上 下
48 / 115

49話 ひ弱な襲撃者

しおりを挟む
「悪いねえ、アタイが手伝えればよかったんだけどさ」
「気にするな。俺は力仕事に向いてるからな」

 これは井戸の掘削作業だ。
 俺の前にはすでに深い縦穴があり、中ではホネイチが懸命につるはしを振るっている。
 雨季に入り、土が少しゆるんだために鍛治場で作業を開始したのだ。

 穴の底でホネイチが掘り、そこで出た土砂を引き上げて捨てるのが俺の仕事だ。
 土砂の引き上げ作業はナイヨが滑車を作ってくれたから楽なものである。

「おっと、合図だ。引き上げるぞ! 当たらないように気をつけろよ!」

 ホネイチが穴の底でロープを引き合図をする。
 すると俺が引き上げるわけだ。

 はじめは俺も一緒に掘ってたんだが、どうしても穴の中での作業は体のサイズ的に厳しいので断念した。

 引き上げた土砂を捨て「下ろすぞ! 気をつけろよ!」とホネイチに合図をしてから板を下におろす。

 その時、カィン、カィン、カィンと金属を打つ音が聞こえた。
 これは異変を知らせるもの、しかも乱打は襲撃だ。

「ホネイチ、敵襲だ! ロープに掴まれ!」

 俺はホネイチを穴から上げ、急いで武器を取りに向かう。
 するとコナンが「これを」と鎧と斧を差し出してくれた。

 この鎧は丈夫なエルフの衣服に煮固めた硬革ハードレザーを張り合わせた逸品だ。
 これに銅の斧頭を持つ手斧と黒曜石の穂先を持つ槍を手にする。
 時間がないので身支度はこれだけだ。

「遅いぞ、ベルク」
「仕方ないだろ? 井戸掘ってたんだよ」

 音の鳴る方に向かうとスケサンに咎められた。
 スケサン、アシュリン、ケハヤ、ホネイチ、コナン、戦えそうな者は全員が揃っている。
 おそらく外にいるのはバーンだ。

 集まるのは俺が最後だったらしい。
 皆がそれぞれ石や銅の武器を手にしている。

「見よ、バーンが追われている。敵は獣人が10人前後、まだいるかもしれぬな。これまでより数が多い」
「ふうん、バーンのやつ上手く挑発してるな」

 見ればバーンは巧みに敵を引きつけて、煽りながら逃げてくる。
 この状況を見れば襲撃者たちと交渉の必要は全くない。

 敵はオオカミやキツネのようなピンと立った耳を持つ種族だ。
 パッと見で金属の武器は見あたらない。

「よし、アシュリン。敵の先頭のヤツの足を止めてくれ。ここから弓で援護して他にも敵がいたら銅板を叩くんだぞ」
「わ、わかったぞ!」

 アシュリンが大弓を引き絞り、バーンを追いかけてる獣人を射かけた。
 矢は狙いを過たず先頭の獣人の太ももに命中し、後続2人を巻き込んで転倒する。

「敵は数は多いが間抜けだ! 突っ込め!!」

 俺は獣のような雄叫びを上げて敵に飛びかかる。
 少数の争いを制するのは個人の武勇だ。
 派手に暴れてビビらせれば勝つ。

 転倒している間抜けには目もくれず、勢いのままに続く敵の腹に槍をぶちこむ。
 隣の敵には至近距離から斧を投げつけた――斧はドスンと音を立てて敵の胸に食い込んだ。

「オオオオオオオォゥッ!!」

 戦いの高揚感が脳天を痺れさせ、股間を衝き上げる。
 武器を失った俺は、逃げ出した敵に食らいつき、押し倒して耳を噛みちぎった。

「そこまでだ、敵は逃げたぞ」

 首を絞めて敵にトドメを刺そうとしたところで、スケサンにポンと肩を叩かれた。
 見れば戦いは終わっているようだ。

「味方に被害はない。完勝だ」
「そうか、でも半分は逃げたみたいだな」

 見ればスケサンが1人を捕虜にし、転んでいた敵はコナン、ケハヤ、ホネイチで囲んで降参させていた。
 片腕が悪いコナンも、いまいち動きが悪いホネイチも、武器を持って囲めば敵は怯えて降参するしかない。

 俺に耳をちぎられたコイツを含めて4人が捕虜。
 やっつけたのは俺がやった2人だけだ。
 こうした戦いは意外と殺すまでは戦わず、動けなくなった時点で捕虜になることが多い。

「いやー、参ったっす。いきなり追いかけてくるんだもんなぁ」

 バーンがのんきな顔して戻ってきた。
 わりと余裕がありそうだ。

「お疲れついでにコイツらの身ぐるみ剥ぐから手伝ってくれよ」
「了解っす。じゃあコッチの女を脱がすっす」

 俺たちは死者も含めて獣人の身ぐるみを剥ぐが、毛皮の服に石や骨の武器……大したモノを持ってない。
 だが、裸に剥くのは戦意を奪う意味もある。
 武器や服を奪われると人は不安になり、抵抗できなくなるのだ。

 俺の黒曜石の槍も銅の斧も回収したが、槍は穂先が割れていた。
 骨にあたったのだろう。

「まあ、毛皮は洗ってヘビ人との交易に使えばいいし、石器はオオカミ人らに渡せばいいか」
「そうですね、女はどうしますか?」

 コナンが遠回しに『繁殖用に使うか?』と訊ねてくるが、俺は襲撃者を里に迎え入れるほど寛容にはなれない。

「いや、とりあえず並べて尋問するとしよう――おい、オマエらは何者だ?」

 さすがに10人以上の襲撃は組織だった攻撃だろう。
 いつものはぐれ者とは一緒にできない。

 俺が「なんとかいえ」と獣人たちに重ねて訊ねると、押し黙っている。
 そこで俺は適当に選んだヤツの頭を斧で砕いた。
 とたん獣人たちはパニックとなり暴れるが、スケサンやコナンに軽く押さえつけられる。
 獣人たちは大した体格でもないし、根性もない。

(なにか変だぞ?)

 盗人はまだしも、いままでの襲撃者はトラ人とかクマ人みたいに勇ましいヤツらが多かった。
 コイツらはイメージが違うのだ。

「いいか、質問に答えなければ1人ずつ殺す。オマエらはわざわざここを狙ってきたのか?」
「ひひ、答えたほうがいいっすよ。この怖い鬼人は人を殺したくて堪らない人っすからね」

 バーンが失礼な感じで脅すと、獣人たちは震えながら事情を話し始めた。

 まず、コイツらはイヌ人。
 オオカミ人より一回り小さく、かなり人間ヒューマンに近い姿をしている。

 地震で居住地が破壊され、生活の基盤が揺らいだところに『ごちゃ混ぜの里には食料が唸るほどある』と聞かされ、里をあげて襲撃を試みたらしい。
 バカバカしい話だが、生活が苦しいときに繰り返し『アイツらは悪いやつらだ』『鬼人が他の種族を奴隷にして搾取している』と聞かされればその気になってくるものだ。

『そんなに悪いやつなら奪ってもいいのではないか』
『他の種族を助けてやろう』

 だんだんとイヌ人もその気になり今に至るというわけだ。

(バーンを狙って襲撃してる時点で怪しいもんだがな)

 俺が苦笑いし「どう思うよ?」と皆に訊ねる。

「ふん、正義のお題目がつけば略奪の抵抗感が薄れる。典型例な略奪者だな」
「この阿呆がリザードマンの里に行かぬとは限らぬ。殺してしまいたいな」

 スケサンは偽善を嘲笑い、ケハヤは仲間を気づかって殺せと口にした。

「ふうん、それで? 誰にそそのかされたんだ?」

 俺が重ねて訊ねるとイヌ人たちは「エルフだ」と口にした。

「う、うそだっ!!」

 いままで黙っていたアシュリンが叫んだ。

「コイツ、悪いことしてエルフのせいにしようとしてるんだっ!!」

 この剣幕を見て、イヌ人たちはアシュリンたちがエルフだと気づいたようだ。
 これは無理はない。
 彼女らはワイルドエルフ独特の装束やペイントをしていないのだ。

「コイツっ! コイツっ!」

 アシュリンは弓を振り上げ、イヌ人たちを打ち据える。
 イヌ人たちは身を寄せあって耐えているが、時折「キャイン」と悲鳴が聞こえた。
 弓で殴られれば皮膚が裂け、血が流れる。
 少しばかりやりすぎではあるが、俺も襲撃者に対してそこまで庇いだてをする義理もない。

「そ、その嘘ばかりつく舌を切り取ってやるっ!」

 頭に血がのぼったアシュリンが銅のナイフを抜いたところでコナンとバーンが割って入る。
 さすがにまずいと判断したのだろう。

「やめましょう、ここで殺したら真偽が分からなくなります」
「そうっす。俺がコイツとエルフの里に行くっす、確かめてきますよ」

 バーンが「オマエがリーダーだろ?」と片耳のイヌ人を指名する。

「俺が戻るまで他のイヌ人は人質にしといて欲しいす。俺が戻らない場合はベルク様とスケサンが報復してくれれば――」
「わかった、万が一の場合はナイヨと腹の子は任せろ。俺の子として育てる」

 俺の言葉を聞いたバーンが驚きで目を丸くしたが、これは危険な任務だ。
 女房子供の心配をしたままでは進退を誤る。
 鬼人はこうして王が戦士の家族を預り、戦士の身になにかあれば王がその子弟にエリート教育を施す。
 こうして強い軍を維持していたのだ。

 ちなみに俺も親父が早くに戦死したので他の鬼人の子供らと教育を受けた。
 まあ、あまりよい思い出ではないが。

「バーン、無理するなよ」
「う、嘘だったらコイツらの皮で絨毯を作ってやる!」

 それからすぐに身支度を整え、バーンは片耳のイヌ人を連れて出発した。

 正直、片耳が行ってしまえば残りのイヌ人たちはお役御免ではあるが、とりあえずは面倒を見る。

「ま、逃げてもいいけど、残ったやつは片耳も含めて皆殺しにするからな」

 俺が軽く脅しつけると、イヌ人たちは大袈裟に震え上がった。
 よほどアシュリンの薬が利いたようだ。

 ちなみに死んだイヌ人たちの遺体は雨季の差し入れとしてケハヤ夫妻とホネイチによってリザードマンの里に届けられた。
 これは他に使い道がないからだが、ずいぶんと喜ばれたらしい。



■■■■


イヌ人

オオカミ人よりも小柄で見た目が人間ヒューマンに似ている。
社会性に優れている反面、その場の空気や同調圧力に弱く、今回のようなことも『皆がやるなら』で行ってしまう危うさがある。
性格は穏やかで正直。
イヌに似た耳や尻尾を持つのが特徴。
コボルドと呼ばれることもある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...