上 下
25 / 115

25話 森の夏

しおりを挟む
 盛夏が過ぎ、やや暑さもゆるんだ。
 この森はなかなか湿気が多く過ごしづらいが、食料と水は豊富である。
 難をいえば虫が多いが、こればかりは仕方ない。

 夏がきて、この拠点が変わったところは2つ。
 まず、新しい住民だ。
 ウシカの子らが元気に転げ回り、それをスケサンが相手をしている。

 リザードマンは生後すぐに動けるようになり、歩けるようになるまでは母親と巣ごもりをして過ごすらしい。
 そして、2ヶ月足らずで2本の足で歩ける程度に成長し、集落の中で暮らすのだそうだ。
 森のなかで生存率を高める工夫なのだろう。

 ウシカの子供は男の子の双子だ。
 例によってウシカとおとウシカと呼ばれているが……正直、俺には区別がつかない(スケサンは見分けがつくそうだ)。

 彼らは言葉はまだしゃべることができないが、ミニチュアリザードマンといった風情でなかなか楽しい。

 スケサンは転げ回る彼らに弱らせたカエルなどを与えて狩りを教えたり、コロコロ転がして遊んでいる。
 コロコロ転がすというのはスケサンの不思議な術だ。
 子供らが外に出そうになったり、火のついたかまどに近づくとヒョイと子供の向きを変えてやるのだ。
 ケガをしないようにひっくり返すこともある。

 どこにも力を加えていないのに、手を出せばふわりと子供が転がる様子は手品のようだ。
 子供たちはこれが楽しくてたまらないらしく、いつもスケサンの周囲を走り回っている。

(まあ、スケサンだからな)

 これで納得するしかない。
 そもそも、しゃべる骨などという未知の存在なのだ。
 魔術くらい使えるのだろう。

「うむうむ、兄ウシカは体の使い方がうまいぞ。弟ウシカは獲物への反応がよい」

 子供の相手をするスケサンは実に楽しそうだ。
 リザードマンの子供は集落の皆で育てるらしい。
 この地で産まれた子はこのように皆で育ててやりたいものだ。

「よしよし、父に負けぬ立派な男になるのだぞ。オヌシらの父のおかげでこの地に畑ができ、オヌシらが産まれたのだ。偉大な父への恩を忘れるでないぞ」

 そして、折に触れてスケサンはウシカの功績を子供らに伝えている。
 子供らが言葉を理解しているかは別問題で、語り聞かせることが大切なのだそうだ。
 ひょっとしたら周囲の大人に聞かせているのかもしれない。

 こうしたこともあり、今ではスケサンが拠点の留守番をすることが多い。

 余談だがスケサンも服が欲しいといったので、なめし革で作った簡素な衣服をきている。
 やはり裸は落ち着かないらしい。
 なめし革も作られ、簡素だが衣服も作れるようになったのだ。

 そして、2つ目の変化は農業だ。
 いよいよ1面の畑ができ、作付けが始まった。
 今はウシカ夫妻が畑の管理をしてくれている。

 そして俺とコナンは畑を獣から守る柵づくりだ。
 もちろん資材はエルフの里跡からの再利用である。
 もう放棄されて数ヶ月だが、まだまだ利用できるものは多い。

「このくらいの間隔かな?」
「もうちょっと狭めましょう。高さは十分だと思いますよ」

 コナンもすっかり肩がよくなり、力仕事もかなりこなすようになった。
 ただし、右腕が肩より上がらないのは変わらない。

「これが終わったら、またかまを造りたいんです。焼いた土の塊や割れた陶器を使えばより強い窯になりますし、新しい薪小屋を作るのも……」
「そうだな。逆がわにも新しい畑を作るわけだからなあ。どんどん木を伐採するし、使わなきゃ薪を置くところがないか」

 開拓した土地の木を無駄にしたくはないし、新しい窯で器を作るのはよいアイデアだ。
 まだまだこの地にはなにもかもが足りていない。
 なにかを作ってあまることはないだろう。

 開拓といえば、伐根した根っこを固めて置いといたらキノコが生えてきた。
 中には食べれるものもあるらしいが、毒キノコも薬にすることがあるらしい。

 順調なのだろう。
 少しずつ、俺もこの地に根を生やし始めたようだ。

「スケサン、お、大きいカマキリ捕まえた。子供たちにあげてもいいか?」
「うむ。よき獲物になるだろう」

 狩りから帰ってきたアシュリンが子供たちに大きなカマキリをあげて大騒ぎになっている。
 どうやら子供が噛まれたようだ。

「アシュリンさまも変わりましたよ。里にいたころは子供嫌いだったんです」
「へえ、自分が子供みたいなのにな」

 考えてみればリザードマンの子供らは言葉を発せず、泣いたりもしない。
 スケサンや女ウシカを呼ぶときに不思議な鳴き声を上げるだけだ。

 つまり、ピーピーと泣いたりしない。
 これは子育てのストレスの大半が軽減されているのではないだろうか。

「か、仇を討て! 逃がすなっ!」

 アシュリンが子供たちをはやし立て、カマキリにけしかけている。
 その姿からは子供嫌いなど見てとれない。
 多種族との関わりのなかでアシュリンにも変化があったのは間違いないだろう。

 ぼんやり眺めていると「わっ」と歓声があがった。
 どうやら飛んで逃げようとしたカマキリを双子の片方が捕まえたようだ。
 そのまま憐れなカマキリは補食される運命となった。

「スゴいな、リザードマンは。産まれて数ヶ月であんなに動けるんだから」
「いや、あれはスケサンどののお陰だ。リザードマンの里では年寄りが面倒を見るために狭い柵に入れることも多いのだ」

 なるほど。
 たしかにあれだけ動く子供らを老人が世話をすることを考えると、柵などに入れるのは効率的だ。
 だが、ここでは疲れを知らないスケサンが面倒をみているために子供は自由に暴れまわっている。
 それがよい影響をあたえているのだろうか。

(俺の子供もあんな風に育つのかな……ちょっと想像できないけど)

 鬼人とエルフは長命なだけに子供はできづらい傾向にある。
 それはそれで、いざ産まれれば長生きするわけだから一長一短ではあるのだが……楽しそうな子供たちを見れば、自分にも子供がいてもいいような不思議な気持ちになる。

「俺も子供が欲しくなったなあ」

 つい、思考が漏れた。
 これがどうアシュリンに伝わったのかはよく分からないが、この日からしばらくいつにも増してベタベタされることになる。
 別に構わないけど、ちょっと回数が増えたくらいで急にできたりはしないと思う。

「なあ、アシュリン。子供ができたらどんな名前にするんだ?」

 ある晩、ふと気になり尋ねてみた。
 鬼人とエルフじゃ名前が違うからだ。

「そ、そんなの決まってるだろ。キアランだ」
「そうか。決まっていたとは知らなかった」

 よくわからんが決まっていたらしい。
 決まった名前なら下手にいじるのはゲンもよくないだろう。

「だ、だめか?」
「いや、ベルクの子キアラン。いいんじゃないか?」

 こうして、この森で過ごすはじめての夏が終わる。



■■■■


森の夏

ベルクたちの拠点は川が近いので湿気が多く、気温のわりに過ごしづらい。
エルフが長年にわたり植樹したために、近くにはスモモ、ビワ、サクランボなどの果実が豊富にある。
川では魚がなどもとれ、食料事情はよい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スローライフは仲間と森の中で(仮)

武蔵@龍
ファンタジー
神様の間違えで、殺された主人公は、異世界に転生し、仲間たちと共に開拓していく。 書くの初心者なので、温かく見守っていただければ幸いです(≧▽≦) よろしくお願いしますm(_ _)m

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!

エノキスルメ
ファンタジー
ノエイン・アールクヴィストは性格がひねくれている。 大貴族の妾の子として生まれ、成人するとともに辺境の領地と底辺爵位を押しつけられて実家との縁を切られた彼は考えた。 あのクソ親のように卑劣で空虚な人間にはなりたくないと。 たくさんの愛に包まれた幸福な人生を送りたいと。 そのためにノエインは決意した。誰もが褒め称える理想的な領主貴族になろうと。 領民から愛されるために、領民を愛し慈しもう。 隣人領主たちと友好を結び、共存共栄を目指し、自身の幸福のために利用しよう。 これはちょっぴり歪んだ気質を持つ青年が、自分なりに幸福になろうと人生を進む物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載させていただいています

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

いじめられて死のうとしていた俺が大魔導士の力を継承し、異世界と日本を行き来する

タジリユウ
ファンタジー
 学校でのいじめを苦に自殺を図ろうとする高校生の立原正義。だが、偶然に助かり部屋の天井に異世界への扉が開いた。どうせ死んだ命だからと得体の知れない扉へ飛び込むと、そこは異世界で大魔導士が生前使っていた家だった。  大魔導士からの手紙を読むと勝手に継承魔法が発動し、多大な苦痛と引き換えに大魔導士の魔法、スキル、レベルを全て継承した。元の世界と異世界を自由に行き来できるようになり、大魔導士の力を継承した正義は異世界と日本をどちらもその圧倒的な力で無双する。

前代未聞のダンジョンメーカー

黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。 けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。 というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない? そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。 小説家になろうでも掲載しております。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

処理中です...