上 下
3 / 115

3話 初の猟果

しおりを挟む
 翌日、まだ早い時間に目が覚めた。
 腹が減ったのと、コウモリの鳴き声で体を休めることができなかったためだ。
 サバイバルはなかなかつらい。

(腹が減りすぎて気持ち悪いな……なんでもいいから、早くメシが食いたいな)

 疲労と空腹で体が重い。

 水筒に溜まった雨水を飲み、体をほぐして行動開始だ。

 さっそく俺はスケサンに指導され、猟具を整え始める。
 昨日の俺は無策でうろつき成果はゼロだった……準備が大切ってことだろう。

「この棒はどうだろう?」

 俺は木の枝を拾い、コンコンと叩く。
 なかなか固そうな木だ。

「うむ、なかなかいいぞ。次に石と石をぶつけて割るといい。尖った石は握斧あくふになる。なにかと使える道具だ」

 スケサンの指示に従い、俺は適当な石を数個投げてぶつける。
 石はウンコ洞窟(仮)の周囲に豊富にあり、尖った形のものがいくつかできた。

「なかなか上手いぞ。その握斧で棒の枝を落とすといい。このていどの作業で鉄のナイフを使うのはもったいないからな」
「なるほどね、道具ってこうして作るんだな」

 純粋な鬼人族はマジで何も作らない。
 支配している他族に何もかもやらせ、戦いのみを行うのだ。
 俺がこうして道具を作れるのは人間ヒューマンやドワーフの血かもしれない。

「なかなか上等な棍棒だ。今から川に向かう途中で小動物を見つけたら投げて仕留めるといい」
「飛び道具か! そいつはいいな」

 何度か軽く投げて感触を確認するが、なかなかいい。
 俺はズタズタになった雑嚢リュックサックをねじりながら帯のように腰に巻き、棍棒と握斧を挟み込んだ。

「いい工夫だろ?」
「うむ、帯に挟めば持ち運びも楽だ。固い木片などがあれば集めておくといい」

 こうして支度を整え、高台から確認した流れの方角に向かって歩く。

「ところどころの木に印をつけておけ。クソまみれのコウモリの巣は生活に適しているとは言いがたいが、とりあえずは拠点にできる。戻れるようにしなければな」
「そうだな、そうしよう」

 俺は枝を折ったり、木に傷をつけたりしながら進む。
 鬱蒼うっそうとした森の中では目印がなければすぐに迷ってしまうだろう。
 こうしたスケサンの知恵はありがたかった。



☆★☆☆



 数時間ほど歩いた。
 喉がカラカラ、腹は減りすぎて気分が悪くなってきた。

「ううむ、生き物の気配はあるが非常に警戒しているようだな。ひょっとしたら他族の人がいるのかもしれんぞ」

 他の人は気になるが、今はとにかく腹が減っていて思考が鈍い。

 乾きや空腹が危険なのはこれである。
 徐々に思考力が低下し、冷静な判断ができなくなるのだ。

「石でも裏返したらなんかいないかな?」

 俺の愚痴にスケサンが「ヘビや虫はいるだろうが生食は危険だ」とか律儀に答えてくれた。

「でもなあ、腹が減るのと下痢じゃどちらがましなんだ?」
「水の確保ができていない状態での下痢は命取りだ」

 スケサンの言うことは正しいのだが、渇きと空腹でイライラする。
 いらだちまぎれに適当な細木をボキリと折ると、スケサンに「うむ、杖にちょうどいい」とか褒められた……少し複雑だ。

 重い足どりで、さらに進むことしばし。
 待望の水の音が聞こえてきた。

「やったぞ! 水だ」

 小走りで近づくと、わりと川幅と水量のある流れが見えてきた。
 流れはさほど速くはない。

 土のような色をした川だ。
 澄んだ流れには見えないが、もう我慢ができない。

 水辺に駆け寄り、顔を流れに浸して水をがぶ飲みする。
 疲れた体に水が染み渡るのを感じた。

「うーむ、いきなり川の水を飲むのはオススメできんが仕方ないだろうな。ほら、あそこに獲物がいるぞ」

 スケサンに促され顔を上げると、大きなカメが甲羅干しをしていた。
 今までの小動物と比べて信じられないような警戒心のなさだ。

「水辺のカメは天敵が少ないからな。だが、握斧があれば腹から割って食べることができる。甲羅は器にもなるだろう」
「よし、あのデカいのを捕まえてやる」

 俺は少し離れた位置から杖で甲羅を小突く。するとカメは手足を引っ込め、簡単に捕獲できた。
 即座にひっくり返し、逃げられないうちに引っ込んだ頭へナイフを突っ込む。

「やったぞ! 飯だ!」

 なんとも締まらない初猟果だが、嬉しさのあまりガッツポーズが出た。

「うむ、幸先がいいな。川辺にある穴に手を突っ込んでみるといい。カエルの巣だ。ついでに川で体を清めるのもいいだろう」
「それはいいんだが、変な肉食魚に齧られるのはごめんだぞ?」

 俺のぼやきを聞き、スケサンが「カカカ」と愉快げに笑う。
 危険はないということだろう。

 季節は春。
 服を脱ぎ、流れに体を浸すとヒヤリとするが良い気持ちだ。

「ワニでも来たら知らせてやる。体を清潔に保つのは大切だ、垢を落とすといい」

 スケサンが怖いことを言うが、冗談だろう。
 泥の穴に手を突っ込むと、ヌルリとした感触と激しい抵抗を感じる……カエルだ。

「よし、捕まえたぞ」

 握りこぶし半分くらいのサイズ感だが、腹の足しになる。
 そのまま足を掴み、川辺の石に叩きつけてトドメをさした。

「上等だ。今日は無理だが、余裕ができたら川辺に拠点を構えるといい。コウモリの巣は水場から遠すぎる」
「そうだな、ここは幸先がいい」

 水から上がり、カメとカエルをぶら下げてウンコ洞窟へと戻る。

 途中で枝や倒木、枯れ草を拾い集めてかなりの大荷物になってしまった。
 カエルはスケサンにくわえてもらったぞ。

「さて、火おこしだが、その大きな固い木片に溝を彫るのだ」

 俺は言われた通りに握斧で木片に溝を刻む。
 この握斧って道具は実に便利だ。

「こんなもんか?」
「うむ、十分だ。後は煙があがるまで木っ端を擦りつける……弱いぞ、しっかり擦りつけろ!遅い、もっと早くだ!」

 必死で火おこしをし、カメを解体して食べるころには日が暮れていた。

「1日が過ぎるのが早いな、食事をするだけで終わってしまう」
「初めはそんなものだ。明日からは石斧を作って川辺に小屋をかけよう。環境が整えば楽になる」

 満腹と焚き火、そして疲労。
 今日はよく眠れそうだ。

(俺はツイてる。こんなところで独りじゃ、1日だって耐えることはできなかった)

 幸いなことに俺には話し相手がいる。
 相手が首だけでも、孤独ではない。
 見ず知らずの土地で見ず知らずのしゃれこうべに助けられるとは思わなかった。
 人生はわからないもんだ。

 こうして、俺の森生活は始まる。
 水、食、火……次はねぐらだ。



■■■■


カメ

硬い甲羅に守られたカメは警戒心が低く、捕まえやすい獲物だ。
解体することが可能ならば、水辺での貴重な食料となる。
旧石器時代の人類はカメを石器で解体し、甲羅ごと焼いて食べていた痕跡があるようだ。
また、チンパンジーがカメの甲羅を割って食べるのも観察されている。
寄生虫が多く生食は厳禁。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】天候を操れる程度の能力を持った俺は、国を富ませる事が最優先!~何もかもゼロスタートでも挫けずめげず富ませます!!~

udonlevel2
ファンタジー
幼い頃から心臓の悪かった中村キョウスケは、親から「無駄金使い」とののしられながら病院生活を送っていた。 それでも勉強は好きで本を読んだりニュースを見たりするのも好きな勤勉家でもあった。 唯一の弟とはそれなりに仲が良く、色々な遊びを教えてくれた。 だが、二十歳までしか生きられないだろうと言われていたキョウスケだったが、医療の進歩で三十歳まで生きることができ、家での自宅治療に切り替わったその日――階段から降りようとして両親に突き飛ばされ命を落とす。 ――死んだ日は、土砂降りの様な雨だった。 しかし、次に目が覚めた時は褐色の肌に銀の髪をした5歳くらいの少年で。 自分が転生したことを悟り、砂漠の国シュノベザール王国の第一王子だと言う事を知る。 飢えに苦しむ国民、天候に恵まれないシュノベザール王国は常に飢えていた。だが幸いな事に第一王子として生まれたシュライは【天候を操る程度の能力】を持っていた。 その力は凄まじく、シュライは自国を豊かにするために、時に鬼となる事も持さない覚悟で成人と認められる15歳になると、頼れる弟と宰相と共に内政を始める事となる――。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中です。 無断朗読・無断使用・無断転載禁止。

スローライフは仲間と森の中で(仮)

武蔵@龍
ファンタジー
神様の間違えで、殺された主人公は、異世界に転生し、仲間たちと共に開拓していく。 書くの初心者なので、温かく見守っていただければ幸いです(≧▽≦) よろしくお願いしますm(_ _)m

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...