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100話 そういうアレか

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 数日が経ち、各地の暴走作戦の報告が届き始めた。
 現時点で連携して結果を出したのは俺とウェンディだが、単独で目だつ戦果をあげたのは36号ダンジョン――シェイラの暗き森だ。

 先日の挨拶も兼ねてウェンディのダンジョンにお邪魔していた俺は、報告書を何度も読み返してうなり声をあげた。

「うーん、こりゃスゴイな。俺たちが連携して成したことを単独で成功するとはなあ」
「シェイラと旦那さんは知る人ぞ知る英雄よ。かつては魔貴族を討ち取るほどの冒険者だったらしいわ。勇者と言ってもいいのかしらね」

 ウェンディの話に俺は「なんだと!?」と立ち上がりかけた。
 シェイラの夫君、タジマ氏の噂を聞いてはいたが勇者だったとは驚きだ。

「もうだいぶ昔だけどね、仲間と一緒に人間の国から亡命したらしいわ。魔族領に来てからは先代の外務卿のトコでエージェントしてたのよ」
「ふうん、すごい大物だったんだな」

 先代の外務卿といえばたしか人間との戦争を終結させたハルパス卿だったか。
 俺も何度か見かけたことがあるが、役者のような美形だった憶えがある。

「驚いた? シェイラってあんな感じだから若く見えるのよねえ。うらやましいわ」
「……この戦術を見るに信じるしかないな」

 報告書にはシェイラたちの作戦行動の詳細が書かれているが、それは驚くべきものだ。
 ステュムパリデスという大きな鳥型のモンスターにレッサーデーモンを空輸させ、いきなり都市内の重要施設に降下して奇襲をしかけたらしい。

 レッサーデーモンは強力なモンスターである。
 それが突如として現れたことで都市は大混乱。
 その隙にゴーレムで城壁を破壊し、都市機能を麻痺させたそうだ。

「この戦術は今までの常識を塗り替えるぞ。敵中に乗り込む部隊は全滅必至だが、使い捨てができるダンジョンモンスターなら……いや、決死隊でも可能だ」

 タジマ氏はこの前代未聞の戦術を『空挺』と名づけたらしい。
 空からの挺身、まさに言い得て妙である。

「社長もタジマ氏の発想力を認めていたが、これは天才、鬼才のたぐいだな。単純だが誰も思いつかなかった戦術だぞ」
「まあねえ、私たちも頑張ったけど霞んじゃうわね」

 ウェンディはあまりピンとこないようだが、これは凄いことなのだ。
 今までもハーピーなどの飛行できる亜人が偵察することはあったが、ハーピーは両腕を翼にする関係で武装ができないし、飛行を妨げる鎧も着用できない。
 この空挺は『飛べないが強力なレッサーデーモンを敵地に送り込んだ』ことに価値がある。

 今後は大規模な空挺に備えた防備や対抗する戦術が必要になるだろう。 

 これを軍で行うにはダンジョンモンスターに代わる飛行用の魔道具が必要になるだろうが、間違いなく開発されるはずだ。

「他には目だったトコはないわねえ」
「まあな、いきなり破壊工作しろと言われてできる方がおかしいからな……これはどうだ? 俺たちの作戦をマネして近場のダンジョン同士がタイミングを合わせ暴走スタンピードしたみたいだぞ」

 それは79号ダンジョン、マスターはあの巨乳シングルマザーである。
 まともな作戦行動はとれていないが、2つのダンジョンが同時に暴走したことでそれなりの戦果はでたようだ。

「あら? マネしてくれたのね」
「俺たちの報告書を見て『そんな手があったのか』と気づいたんだろう。なかなか悪くない判断だな」

 良いと思ったことを即座にマネる――簡単なことではあるが、なかなか難しいことでもある。

 今回の場合は報告書として他のダンジョンマスターも作戦を知ることになるのだ。
 誰だってそこで『マネしてるだけ』とか言われたくないし、プライドもある。
 それを飲み込んで成果を求めるガッツが彼女にはあるのだろう。

「――しかし、分からんな」

 離婚した彼女の元夫は、あの胸を意のままにしながら何の不満があったのだろか。
 俺の理解の範囲外だ。

「ふふ、そりゃ専門家のエドっちから見たら不可解な行動も多いでしょうね」
「まあなあ。この辺なんかは普段の暴走と何が違うんだ? とりあえずお茶を濁したようにしか見えないが」

 ウェンディが俺の独り言を勘違いしたが、これに乗っかることにした。
 なんとなくだが、ウェンディと巨乳の話をしても盛り上がらない気がしたからだ。

(ま、それはさておきダンジョンだよな)

 成果がイマイチあがらなかったダンジョンは目標を設定しただけで適当にモンスターを放流した雑さを感じる。
 作戦もアイアンスパイダーやゴーレムを混ぜただけのようだ。

「これは初めての試みだもの。不手際や失敗は成功例よりも大切よ」
「それは一理ある。たしかにマニュアル作成やノウハウの蓄積に失敗例は大切なことだ」

 だが、一斉にダンジョンが暴走など、頻繁にすることでもないだろう。
 次があるかは少々疑問ではある。

「やっぱり79号のマスターは気になる?」
「うーん、難しいところだが……少しは気にしてるよ。俺の『地域密着型ダンジョン』のレポートを参考にしてるようだし、リリーの先輩みたいだしな」

 本音を言えば胸部に興味津々ではあるが、これらの理由も嘘ではない。

「彼女は能力やキャリアの方向はレタンクールさんに似てるわね。公社の実務やダンジョンの知識に長けているタイプよ。ダンジョンの運営や保安なんかは未経験ね」
「ふむ、たしかに先日の説明会でも理論家の印象だな。このぼやけた狙いの攻撃も戦闘指揮官がいれば結果は変わったのだろう」

 どちらかといえば、俺やゴルンがいるウチみたいなダンジョンの方が変わり種なのだろう。
 普通に公社勤めをしているだけでは軍人や衛兵みたいな戦闘訓練を受けた者とのコネは作りづらいはずだ。

「逆を言えばウチはリリーが連休で空ければ書類が滞るし、公社の事務は大切な能力だけどな」
「そこでエドっちよ。誰か心当たりがあるなら公社に紹介してもいいかもね。こっちのマスターは大半が実務タイプよ」

 ウェンディが報告書の束をポンと叩いた。
 それは先ほどの普段の暴走と区別がつかないような作戦を実施したダンジョンたちだ。

「なるほど……退役する軍人の就職先としても悪くないかもな。キャリアが活かせるし喜ばれそうだ」
「エドっちって成功例があるから受け入れられそうよね。あんまりエドっちのコネが固定化したら印象よくないでしょうけど、そこは匙加減よ」

 ウェンディが手元のコーヒーカップに砂糖をふた匙も入れてグルグルとかきまわす。
 匙加減を表現しているとすれば少々甘すぎる気がしないでもない。

「ま、考えとくよ。機会があれば推薦するとしよう。そういえばウェンディの指揮は見事だったな」
「ありがと。ウチの先代マスターは現場主義のスパルタだったの。私も色々なダンジョンに潜らされて鍛えられたわ」

 この意外な言葉に俺は「ほう」と感心した。
 ウェンディにもそのような下積みがあったわけだ。

「そりゃ厳しいな」
「ホントよね。でも、もちろん感謝してる部分もあるわよ。やっぱりダンジョンに潜らなきゃ分からないことはあるもの」

 なるほど至言である。
 俺もダンジョンに潜るたびに新たな発見があるものだ。

(アンやリリーも他のダンジョンで研修させてもいいかもな。俺やゴルンが護衛してもいいし)

 リリーの冒険者スタイルを見てみたい下心もある。
 冒険者は動きやすい服装を好むので、いつもと違う姿が見れるかもしれない。

「なんだか嬉しそうね?」
「ああ、ウチのスタッフも他のダンジョンへ研修してもいいかと思ってな。ところで――」

 俺は少し気になったので、ウェンディの先代マスターの話を聞くことにした。
 公社を支えつづける老舗ダンジョンの教育方針に興味が湧いたからだ。

「あら、知らなかったの? 今の社長じゃない」
「あ、なるほど。あの人やたらレベル高いのはそういうアレか」

 ウェンディの言葉には妙に納得してしまった。
 エルフ社長のもとで鍛えられたならウェンディもかなりの実力者なのだろう。

 その後はダラダラとウェンディと社長の昔話を聞いたり、流行りのお菓子の話を聞いたりして時間を潰した。

 戻った時にタックからさんざん「遅いっす!」「サボりっす!」と苦情をいれられたが……先ほど聞いたお菓子をおごると言ったら瞬時に機嫌が治ったようだ。
 ウェンディもかなりの食い道楽なのかも知れない。
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