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98話 冒険者サンドラ14

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「まったく! ロクな働きもなかったくせに口だけは一丁前だね!」
「まったくでやんす! オイラたちの活躍をやっかんでるんでやんすよ!」

 プルミエの街、都市衛兵の詰所前で大声を張り上げる冒険者がいた。
 サンドラたちである。

 にわかに起きた大規模暴走事件。
 壊滅したダンジョン地区から多くの住民を救ったサンドラたちだが、これが思わぬ結果を招いてしまった。

 なんと都市の衛兵から『みだりに騒乱を拡大させた』などと難癖をつけられ拘束されたのだ。
 いや、これはまだマシな方で『ダンジョンよりモンスターを引き込んだ』『住民を扇動し暴動を引き起こした』などとデタラメを言いつのる者までいた。

 要は、大きく被害を出したプルミエの衛兵隊としては『モンスター相手に大敗』では体裁が悪いのだ。

 塩の洞穴から湧き出たゴーレムを迎撃したダンジョン地区の衛兵隊長が敗死し、城壁や城門まで破壊された。
 ダンジョンのコントロールをして繁栄を続けてきた都市には致命的な失態である。
 誰かしらのテロ活動の方が都合ががよかったわけだ。

 上から責められた衛兵隊は無理筋でも『犯人』を仕立て上げて責任転嫁を試みた……よくあること言えばよくあることである。

 しかし、手当たり次第に検挙した中にサンドラがいたのは悪手だった。
 衛兵隊は『高レベルでありながらゴーレムの迎撃に参加しなかったのは不審である』としてサンドラたちに目をつけたのだが、これにダンジョン地区の住民や冒険者ギルドが猛抗議。
 これにより面倒ごとを嫌った衛兵隊はサンドラたちを釈放したのだ。

「おいおい、滅多なことを言わないでくれ。また違う嫌疑で引っ張られるぞ」

 サンドラたちの身元を引き取りに来たギルドの職員が苦笑し、たしなめる。
 ギルドに最後まで残っていた職員だが、無事だったようだ。

「まったくいまいましいねっ。アンタらが詐術やら扇動やらのスキルをもってるからややこしくなんだよ!」
「そうは言ってもなあ。あの状況でつかなかったオマエさんやリンが不思議なくらいだがね」

 サンドラの言葉を聞き流しながらドアーティが肩をすくめる。
 隣のオグマはブスッと不機嫌そうな顔を崩さない。

 スキルの習得はわりと理不尽なところがあり、同じ行動をしても習得したりしなかったりは曖昧だ。
 また、今回のようにネガティブなイメージのものがついてしまうと社会的に信用されなくなるようなデメリットも多いのである。

「まあまあ、オイラたちは解散の予定はないでやんす。 しこたま稼いで引退すれば問題ないでやんすよ」
「そうは言うがな、引退後に商売するにしても――」

 リンの言葉にもドアーティの言葉にも一理ある。
 スキルと人格は別物であり、人となりを知っているのであれば問題はない。
 だが、初対面の者からすれば『過去の行動』そのものであるスキルは判断材料になるだろう。

「それはそうとよ、オマエさんたち。このまま街を出ろ」

 ギルド職員は雰囲気を変え、真面目なトーンで告げた。
 どうやら冗談のたぐいではないらしい。

「……ふん、衛兵なんてのはどこも変わらん。さっさと離れるか」

 オグマがいかにも『嫌な話を聞いた』とばかりに吐き捨てた。

(ああ、たしかオグマは過去に罪を問われたと言っていたか。衛兵とも悶着があったのかもしれないな)

 今回のサンドラたちは拘束されたと言っても拷問や嫌なこと・・・・をされたわけではない。
 これはかなりギルドや住民の圧力により『配慮』された扱いだったのだろう。
 そうでなかった過去のオグマが受けた扱いは察してあまりある。

「向こうは誰でもいいから引っ張って罪をおっかぶせたいんだ。下手すりゃパーティーメンバーの誰かが再逮捕とかありえるぜ」
「ひえっ、そいつは詐術がある俺が食らいそうだな。勘弁してくれよ」

 ギルド職員の言葉にドアーティが大げさに肩をすくめるが、話の内容は冗談ではすまされないものだ。

「8階まで進んだ試練の塔は惜しいが……まあ、潮時だね。いい機会だし塩の洞穴へ向かうとしようか」
「そうでやんすね。オイラは賛成でやんすよ」

 もともと身軽な冒険者。
 こうなれば職場を移すだけである。

「む、そうか。そうするしかないだろう」
「ひひっ、オイラたちも強くなったし、ヤクザドワーフもなんとかなるでやんすよ」

 ためらいを見せるオグマをリンがからかい、オグマは「何も問題はない」と露骨に慍色うんしょくを見せた。

「よし、そうと決まれば宿から荷物を取ってきたらそのまま離れるぞ」
「そうだね、そうしよう」

 ドアーティの言葉に皆が頷き、方針が決まる。
 もたもたしていては事態は悪化する一方なのだ。

「ありがとう、世話になったね。助けてくれた地区の顔役にもよろしく伝えといてくれよ」
「ん、ああ……恩に着てくれるなら頼みがある。ローガン……オマエさんたちが住民の誘導に使った冒険者だがな。あれも連れて行ってくれると助かる」

 たしかにサンドラたちが姿を消せば次に拘束されるのは彼……ローガンとやらだろう。
 冒険者ギルドは冒険者の互助団体だ。
 目に見えて危険にさらされる冒険者を助けるために動いたのだろう。

「事情は分かるけど、ローガンとやらのレベルはいくつだい? あまり差があったら互いのためにならないよ」
「いや、パーティーを組んでほしいとかじゃねえんだ。アイツは地生えの冒険者でな、キャリアも浅いし他を知らねえんだよ。ちょいと次の土地まで同行させてやってくれねえか」

 この言葉にサンドラは「わかったよ」と二つ返事で応じた。
 これにはドアーティが「オイオイ」と驚きを見せる。

「よく考えろよ。あまり他の世話を焼く状況じゃないぞ」
「ま、パーティーを組まなくていいなら次のギルドに面通しするまでさ。あそこまで巻き込んで放り出すのもね」

 このサンドラの言葉にはドアーティも苦笑いだ。
 騒動に巻き込んだ自覚はあるらしい。

(それにしても思い出すね、この街から旅立った隊商を……アタシが世話を焼く番になったってことかね)

 かつてのサンドラも隊商の護衛で先達の教えを受けて運を拓いた。
 受けた恩は返すのが冒険者の仁義である。
 他の冒険者を助けることで直接的ではないにせよ、あの日に受けた恩を返したいとサンドラは考えたのだ。

 自己満足に過ぎないのはサンドラも理解しているが、ここでローガンとやらを助ければ、また彼が他を助けることもあるだろう。
 そうした好循環を自分のところで断ち切ることはしたくなかった。

「じゃあ、荷物をとってくる間にギルドに呼んどいてくれ。さすがに出発は遅らせないよ」
「ああ、モタついたら捨ててくれてかまわねえぜ」

 ギルド職員と短いやりとりをし、サンドラたちは宿へ向かう。
 隠れるように廃墟を進む姿は英雄的な働きをした冒険者とは思えない姿だ。

「ふん、この街に再び来ることはないだろう」
「まあね、少なくとも当分は」

 オグマが吐き捨てるように悪態をつき、サンドラも応じる。
 やはり皆が思うところはあるのだ。

 こうして、サンドラたちは開拓村に向かう。
 火災と暴走でメチャクチャになった地区はすでに復旧工事が始まっていた。
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