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77話 ハッキリさせておきたいことがあるんです
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「でも、怒ってるだろ?」
「そうね、初めは腹が立ったわ。でも今はそうでもないかな」
朝、リリーとマリーは常と同じように向かい合って朝食をとっていた。
目の前には色とりどりのフルーツが盛られたアサイーボウルとフレッシュトマトジュース。
美容と栄養のバランスに気を使ったヘルシーなメニューだ。
リリーの言葉を聞いたマリーは「ホントか?」と機嫌をうかがうような上目使いを見せた。
28才なのにあざとい仕草だ。
「ホント。私ね、これを機にハッキリさせなきゃダメだなって気づけたから、これはこれで良かったって考えることにしたの」
そう、リリーは油断をしていたのだ。
毎日エドと顔を合わせ、彼を輔け、隣にいるのは自分。
自分こそがエドにイチバン近い女なのだと。
(甘い蜜に虫がたかるのは当たり前よね。これは私が招いた失態)
リリーはニヒルに口元を歪め、自嘲する。
それを見たマリーは「やっぱり怒ってるじゃないかっ」と縮こまってしまった。
「何度も言わせないでよ。もう怒ってないから。それより、エドと何があったのか教えてくれる? それが分からなきゃエドともお話できないし」
リリーの言葉を聞いたマリーは「……うん」と蚊の鳴くような声で応じた。
「あの、ホモくんからの献上品があったから、私から会いに行って、用事があるって言うから兵器局まで一緒に行って」
この言葉を聞き、リリーには思い当たることがある。
雑誌には『2人はマリー、ホモくんと呼び合う』と書いてあった。
軍事施設に入れば身分は照会されるし、そこで正体がバレたのだろう。
「あんなにおめかしして、エドは褒めてくれた?」
「うん、よく似合ってるって……」
つい嫌味が口をついてしまったが、リリーとて内心は不快なのだ。
そして、それが我慢ができなかった自分の狭量さと、嫌味に気づかないマリーの鈍感さにウンザリし、ため息が漏れる。
「その後に中庭を2人で歩いて……ホモくんに、キ、キスされそうになった」
「エドから? もう少し話を聞いていい?」
なんとマリーの話はゴシップ誌の内容に近い。
これには少し驚いた。
エドとの話とはあまりに違いすぎる。
「ホモくんが、ふ、2人きりになりたかったって……キ、キス……キスがしたいって言うから」
もういい年なのにキスくらいでバタつき過ぎだとは思うが、この内容は聞き逃せない。
基本的にマリーもリリーも互いには嘘はつかない……つまり、この内容はマリーにとっての真実である。
では、エドが嘘をついたのか?
これもリリーには考え難いことだ。
エドは感情の変化が表情に出るし、平然とスタッフ全員に嘘をつけるタイプではない。
(……つまり、両方とも正しいとすれば)
双方が嘘をついていない、つまり両者の認識がズレているのだ。
極端に鈍感で朴念仁のエド、ポンコツで妄想癖のあるマリー、この2人が噛み合わない喜劇じみたやりとりを続けたのだろう。
そしてそれは、おそらく第三者から見ればイチャつくバカップルの様相だったのは想像がつく。
でなければ、あのような写真が撮られるはずがないのだ。
「姉さん、少し整理しましょうか。本当にエドは『キスがしたい』って言ったの?」
「うん、だって――」
こうして、リリーは出勤ギリギリまでマリーの事情聴取をするのであった。
◆
「よお、将軍。なかなかご活躍だな」
「そう言わないでくれ、あれは誤報なんだ。かく言う親父さんも店を出すらしいじゃないか」
就業中、なんと食堂の親父さんがダンジョンを訪ねてきてくれた。
転移ポイントの件(76話参照)で連絡をとったところ、なんと親父さんは退職して食堂を開店する準備をしていたのだ。
「すまない、親父さんが退職してたと知っていれば一席設けたものを」
「やめてくれ、将軍が辞めてから職場の雰囲気が悪くてな。我慢できなかっただけよ」
聞くところによると、俺の後任がベテランを転属させまくったために隊の雰囲気がガラリと変わってしまったのだそうだ。
その後任も勇者の浸透を許し(隊の練度が下がったのだから当たり前だ)左遷されたと言うのだから世話もない。
「良くも悪しくも将軍のカラーが抜けたってわけだな」
「まあねえ。次の次はやりやすくなったのかも知れんなあ」
それが狙いだとしたらローガイン元帥の人事の妙なのかもしれない。
しばらく雑談をした後、親父さんはアンの淹れてくれたコーヒーをぐっと飲み「明るくなった」とボソリと呟いた。
「やはり将軍に任せて良かった。転移ポイントの件だがウチの店を使ってくれ。たまに何か注文してくれたらそれでいいぜ」
「ありがとう、恩に着る。開店したら必ず顔を出すよ」
俺と親父さんの会話は余人が聞けば脈絡がないようにも感じるだろうが、長いつき合いなのだ。
男の友情に言葉は多く必要ない。
「あっ、もうお帰りですか?」
「ああ、今日は宴会だってな。しっかりやんな」
親父さんは別れを惜しむアンを軽く励まし、サッと転移して帰っていった。
照れくさいのだろう。
「あはっ、お店を出すなんてスゴいです。尊敬です」
「そうだなあ。やはり一本どっこでやってくってのは覚悟がいるし、えらいことだ。親父さんらしい気組みだな」
アンもやはり料理人である。
自分の店を出す親父さんへの尊敬の念を強くしたようだ。
「しかし、部隊はバラバラ。食堂の親父でさえ見限る様子じゃ勇者の相手はできんぜ」
「まあな。うぬぼれるわけじゃないが、俺達がいたころは間違いなく魔王軍の最精鋭だったと自負していた……それが数ヶ月で瓦解したとはな」
早くから妻帯者だったゴルンは宿舎の親父さんにはあまり馴染みがないだろうが、それなりにショッキングな内容だったようだ。
ヒゲをなでながら難しい顔をしている。
「まあ、それは退役組が心配することでもないっす! アンちゃん、宴会はどんなのがでるっすか!?」
「はい、せっかくなんでコンロをテーブルに出して色々焼いちゃうのはどうかなって」
アンの大胆な提案にタックがギャーギャーと喜んでいる。
(退役した者が心配することでらない、か)
タックの言葉には思うとこもあるが、間違いなく正論だ。
前の職場の話とはいえ、アンもあっけらかんとしたものである。
「ふん、若いモンにゃ分からねえよ」
「まあなあ、だがタックが正解さ。俺たちにできることない」
そう、できることはないのだ。
俺はゴルンをなだめ、自らのデスクに戻る。
(過去ではなく、今の仕事をやらねばな)
俺は積み重なったダンジョンの記録資料をパラパラとめくる。
地域社会と共生するダンジョンについてのレポートを作成するためだ。
リリーも手伝ってくれるのだがら、やはりどこか気まずさはある。
「エド、姉さんから話は聞きました」
「へ? ああ……マ、魔王陛下には大変迷惑をかけて――」
リリーは俺の言葉を「ちがいます」と遮った。
礼儀正しい彼女にしては非常に珍しいことだ。
「姉もかなり思いこみが……いえ、そこはいいんです」
聞き耳を立てていたらしいタックが「そこはいいんすね」と呟いた。
近くでダンジョンコアの蓋を開けたり締めたりしているが、たぶん働いているフリだろう。
「エド、そろそろハッキリさせておきたいことがあるんです」
「ああ、俺にできることなら……」
リリーの迫力に気圧され、俺の語尾が弱くなる。
そんな俺の弱気を好機と見たか、リリーは俺の正面に立ち視線を合わせた。
口は厳しく引き結んでおり、意志の強さを感じさせる。
「ハッキリさせたいのは、私たちの関係のことです」
この言葉を聞き、後ろでタックが「やったっす!」と小さく叫んだ。
「そうね、初めは腹が立ったわ。でも今はそうでもないかな」
朝、リリーとマリーは常と同じように向かい合って朝食をとっていた。
目の前には色とりどりのフルーツが盛られたアサイーボウルとフレッシュトマトジュース。
美容と栄養のバランスに気を使ったヘルシーなメニューだ。
リリーの言葉を聞いたマリーは「ホントか?」と機嫌をうかがうような上目使いを見せた。
28才なのにあざとい仕草だ。
「ホント。私ね、これを機にハッキリさせなきゃダメだなって気づけたから、これはこれで良かったって考えることにしたの」
そう、リリーは油断をしていたのだ。
毎日エドと顔を合わせ、彼を輔け、隣にいるのは自分。
自分こそがエドにイチバン近い女なのだと。
(甘い蜜に虫がたかるのは当たり前よね。これは私が招いた失態)
リリーはニヒルに口元を歪め、自嘲する。
それを見たマリーは「やっぱり怒ってるじゃないかっ」と縮こまってしまった。
「何度も言わせないでよ。もう怒ってないから。それより、エドと何があったのか教えてくれる? それが分からなきゃエドともお話できないし」
リリーの言葉を聞いたマリーは「……うん」と蚊の鳴くような声で応じた。
「あの、ホモくんからの献上品があったから、私から会いに行って、用事があるって言うから兵器局まで一緒に行って」
この言葉を聞き、リリーには思い当たることがある。
雑誌には『2人はマリー、ホモくんと呼び合う』と書いてあった。
軍事施設に入れば身分は照会されるし、そこで正体がバレたのだろう。
「あんなにおめかしして、エドは褒めてくれた?」
「うん、よく似合ってるって……」
つい嫌味が口をついてしまったが、リリーとて内心は不快なのだ。
そして、それが我慢ができなかった自分の狭量さと、嫌味に気づかないマリーの鈍感さにウンザリし、ため息が漏れる。
「その後に中庭を2人で歩いて……ホモくんに、キ、キスされそうになった」
「エドから? もう少し話を聞いていい?」
なんとマリーの話はゴシップ誌の内容に近い。
これには少し驚いた。
エドとの話とはあまりに違いすぎる。
「ホモくんが、ふ、2人きりになりたかったって……キ、キス……キスがしたいって言うから」
もういい年なのにキスくらいでバタつき過ぎだとは思うが、この内容は聞き逃せない。
基本的にマリーもリリーも互いには嘘はつかない……つまり、この内容はマリーにとっての真実である。
では、エドが嘘をついたのか?
これもリリーには考え難いことだ。
エドは感情の変化が表情に出るし、平然とスタッフ全員に嘘をつけるタイプではない。
(……つまり、両方とも正しいとすれば)
双方が嘘をついていない、つまり両者の認識がズレているのだ。
極端に鈍感で朴念仁のエド、ポンコツで妄想癖のあるマリー、この2人が噛み合わない喜劇じみたやりとりを続けたのだろう。
そしてそれは、おそらく第三者から見ればイチャつくバカップルの様相だったのは想像がつく。
でなければ、あのような写真が撮られるはずがないのだ。
「姉さん、少し整理しましょうか。本当にエドは『キスがしたい』って言ったの?」
「うん、だって――」
こうして、リリーは出勤ギリギリまでマリーの事情聴取をするのであった。
◆
「よお、将軍。なかなかご活躍だな」
「そう言わないでくれ、あれは誤報なんだ。かく言う親父さんも店を出すらしいじゃないか」
就業中、なんと食堂の親父さんがダンジョンを訪ねてきてくれた。
転移ポイントの件(76話参照)で連絡をとったところ、なんと親父さんは退職して食堂を開店する準備をしていたのだ。
「すまない、親父さんが退職してたと知っていれば一席設けたものを」
「やめてくれ、将軍が辞めてから職場の雰囲気が悪くてな。我慢できなかっただけよ」
聞くところによると、俺の後任がベテランを転属させまくったために隊の雰囲気がガラリと変わってしまったのだそうだ。
その後任も勇者の浸透を許し(隊の練度が下がったのだから当たり前だ)左遷されたと言うのだから世話もない。
「良くも悪しくも将軍のカラーが抜けたってわけだな」
「まあねえ。次の次はやりやすくなったのかも知れんなあ」
それが狙いだとしたらローガイン元帥の人事の妙なのかもしれない。
しばらく雑談をした後、親父さんはアンの淹れてくれたコーヒーをぐっと飲み「明るくなった」とボソリと呟いた。
「やはり将軍に任せて良かった。転移ポイントの件だがウチの店を使ってくれ。たまに何か注文してくれたらそれでいいぜ」
「ありがとう、恩に着る。開店したら必ず顔を出すよ」
俺と親父さんの会話は余人が聞けば脈絡がないようにも感じるだろうが、長いつき合いなのだ。
男の友情に言葉は多く必要ない。
「あっ、もうお帰りですか?」
「ああ、今日は宴会だってな。しっかりやんな」
親父さんは別れを惜しむアンを軽く励まし、サッと転移して帰っていった。
照れくさいのだろう。
「あはっ、お店を出すなんてスゴいです。尊敬です」
「そうだなあ。やはり一本どっこでやってくってのは覚悟がいるし、えらいことだ。親父さんらしい気組みだな」
アンもやはり料理人である。
自分の店を出す親父さんへの尊敬の念を強くしたようだ。
「しかし、部隊はバラバラ。食堂の親父でさえ見限る様子じゃ勇者の相手はできんぜ」
「まあな。うぬぼれるわけじゃないが、俺達がいたころは間違いなく魔王軍の最精鋭だったと自負していた……それが数ヶ月で瓦解したとはな」
早くから妻帯者だったゴルンは宿舎の親父さんにはあまり馴染みがないだろうが、それなりにショッキングな内容だったようだ。
ヒゲをなでながら難しい顔をしている。
「まあ、それは退役組が心配することでもないっす! アンちゃん、宴会はどんなのがでるっすか!?」
「はい、せっかくなんでコンロをテーブルに出して色々焼いちゃうのはどうかなって」
アンの大胆な提案にタックがギャーギャーと喜んでいる。
(退役した者が心配することでらない、か)
タックの言葉には思うとこもあるが、間違いなく正論だ。
前の職場の話とはいえ、アンもあっけらかんとしたものである。
「ふん、若いモンにゃ分からねえよ」
「まあなあ、だがタックが正解さ。俺たちにできることない」
そう、できることはないのだ。
俺はゴルンをなだめ、自らのデスクに戻る。
(過去ではなく、今の仕事をやらねばな)
俺は積み重なったダンジョンの記録資料をパラパラとめくる。
地域社会と共生するダンジョンについてのレポートを作成するためだ。
リリーも手伝ってくれるのだがら、やはりどこか気まずさはある。
「エド、姉さんから話は聞きました」
「へ? ああ……マ、魔王陛下には大変迷惑をかけて――」
リリーは俺の言葉を「ちがいます」と遮った。
礼儀正しい彼女にしては非常に珍しいことだ。
「姉もかなり思いこみが……いえ、そこはいいんです」
聞き耳を立てていたらしいタックが「そこはいいんすね」と呟いた。
近くでダンジョンコアの蓋を開けたり締めたりしているが、たぶん働いているフリだろう。
「エド、そろそろハッキリさせておきたいことがあるんです」
「ああ、俺にできることなら……」
リリーの迫力に気圧され、俺の語尾が弱くなる。
そんな俺の弱気を好機と見たか、リリーは俺の正面に立ち視線を合わせた。
口は厳しく引き結んでおり、意志の強さを感じさせる。
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