上 下
80 / 132

77話 ハッキリさせておきたいことがあるんです

しおりを挟む
「でも、怒ってるだろ?」
「そうね、初めは腹が立ったわ。でも今はそうでもないかな」

 朝、リリーとマリーは常と同じように向かい合って朝食をとっていた。
 目の前には色とりどりのフルーツが盛られたアサイーボウルとフレッシュトマトジュース。
 美容と栄養のバランスに気を使ったヘルシーなメニューだ。

 リリーの言葉を聞いたマリーは「ホントか?」と機嫌をうかがうような上目使いを見せた。
 28才なのにあざとい仕草だ。

「ホント。私ね、これを機にハッキリさせなきゃダメだなって気づけたから、これはこれで良かったって考えることにしたの」

 そう、リリーは油断をしていたのだ。
 毎日エドと顔を合わせ、彼を輔け、隣にいるのは自分。
 自分こそがエドにイチバン近い女なのだと。

(甘い蜜に虫がたかるのは当たり前よね。これは私が招いた失態)

 リリーはニヒルに口元を歪め、自嘲する。
 それを見たマリーは「やっぱり怒ってるじゃないかっ」と縮こまってしまった。

「何度も言わせないでよ。もう怒ってないから。それより、エドと何があったのか教えてくれる? それが分からなきゃエドともお話できないし」

 リリーの言葉を聞いたマリーは「……うん」と蚊の鳴くような声で応じた。

「あの、ホモくんからの献上品があったから、私から会いに行って、用事があるって言うから兵器局まで一緒に行って」

 この言葉を聞き、リリーには思い当たることがある。
 雑誌には『2人はマリー、ホモくんと呼び合う』と書いてあった。
 軍事施設に入れば身分は照会されるし、そこで正体がバレたのだろう。

「あんなにおめかしして、エドは褒めてくれた?」
「うん、よく似合ってるって……」

 つい嫌味が口をついてしまったが、リリーとて内心は不快なのだ。
 そして、それが我慢ができなかった自分の狭量さと、嫌味に気づかないマリーの鈍感さにウンザリし、ため息が漏れる。

「その後に中庭を2人で歩いて……ホモくんに、キ、キスされそうになった」
「エドから? もう少し話を聞いていい?」

 なんとマリーの話はゴシップ誌の内容に近い。
 これには少し驚いた。

 エドとの話とはあまりに違いすぎる。

「ホモくんが、ふ、2人きりになりたかったって……キ、キス……キスがしたいって言うから」

 もういい年なのにキスくらいでバタつき過ぎだとは思うが、この内容は聞き逃せない。

 基本的にマリーもリリーも互いには嘘はつかない……つまり、この内容はマリーにとっての真実である。

 では、エドが嘘をついたのか?
 これもリリーには考え難いことだ。

 エドは感情の変化が表情に出るし、平然とスタッフ全員に嘘をつけるタイプではない。

(……つまり、両方とも正しいとすれば)

 双方が嘘をついていない、つまり両者の認識がズレているのだ。

 極端に鈍感で朴念仁のエド、ポンコツで妄想癖のあるマリー、この2人が噛み合わない喜劇じみたやりとりを続けたのだろう。
 そしてそれは、おそらく第三者から見ればイチャつくバカップルの様相だったのは想像がつく。

 でなければ、あのような写真が撮られるはずがないのだ。

「姉さん、少し整理しましょうか。本当にエドは『キスがしたい』って言ったの?」
「うん、だって――」

 こうして、リリーは出勤ギリギリまでマリーの事情聴取をするのであった。



「よお、将軍。なかなかご活躍だな」
「そう言わないでくれ、あれは誤報なんだ。かく言う親父さんも店を出すらしいじゃないか」

 就業中、なんと食堂の親父さんがダンジョンを訪ねてきてくれた。
 転移ポイントの件(76話参照)で連絡をとったところ、なんと親父さんは退職して食堂を開店する準備をしていたのだ。

「すまない、親父さんが退職してたと知っていれば一席設けたものを」
「やめてくれ、将軍が辞めてから職場の雰囲気が悪くてな。我慢できなかっただけよ」

 聞くところによると、俺の後任がベテランを転属させまくったために隊の雰囲気がガラリと変わってしまったのだそうだ。
 その後任も勇者の浸透を許し(隊の練度が下がったのだから当たり前だ)左遷されたと言うのだから世話もない。

「良くも悪しくも将軍のカラーが抜けたってわけだな」
「まあねえ。次の次はやりやすくなったのかも知れんなあ」
 
 それが狙いだとしたらローガイン元帥の人事の妙なのかもしれない。

 しばらく雑談をした後、親父さんはアンの淹れてくれたコーヒーをぐっと飲み「明るくなった」とボソリと呟いた。

「やはり将軍に任せて良かった。転移ポイントの件だがウチの店を使ってくれ。たまに何か注文してくれたらそれでいいぜ」
「ありがとう、恩に着る。開店したら必ず顔を出すよ」

 俺と親父さんの会話は余人が聞けば脈絡がないようにも感じるだろうが、長いつき合いなのだ。
 男の友情に言葉は多く必要ない。

「あっ、もうお帰りですか?」
「ああ、今日は宴会だってな。しっかりやんな」

 親父さんは別れを惜しむアンを軽く励まし、サッと転移して帰っていった。
 照れくさいのだろう。

「あはっ、お店を出すなんてスゴいです。尊敬です」
「そうだなあ。やはり一本どっこでやってくってのは覚悟がいるし、えらいことだ。親父さんらしい気組みだな」

 アンもやはり料理人である。
 自分の店を出す親父さんへの尊敬の念を強くしたようだ。

「しかし、部隊はバラバラ。食堂の親父でさえ見限る様子じゃ勇者の相手はできんぜ」
「まあな。うぬぼれるわけじゃないが、俺達がいたころは間違いなく魔王軍の最精鋭だったと自負していた……それが数ヶ月で瓦解したとはな」

 早くから妻帯者だったゴルンは宿舎の親父さんにはあまり馴染みがないだろうが、それなりにショッキングな内容だったようだ。
 ヒゲをなでながら難しい顔をしている。

「まあ、それは退役組が心配することでもないっす! アンちゃん、宴会はどんなのがでるっすか!?」
「はい、せっかくなんでコンロをテーブルに出して色々焼いちゃうのはどうかなって」

 アンの大胆な提案にタックがギャーギャーと喜んでいる。

(退役した者が心配することでらない、か)

 タックの言葉には思うとこもあるが、間違いなく正論だ。
 前の職場の話とはいえ、アンもあっけらかんとしたものである。

「ふん、若いモンにゃ分からねえよ」
「まあなあ、だがタックが正解さ。俺たちにできることない」

 そう、できることはないのだ。
 俺はゴルンをなだめ、自らのデスクに戻る。

(過去ではなく、今の仕事をやらねばな)

 俺は積み重なったダンジョンの記録資料をパラパラとめくる。
 地域社会と共生するダンジョンについてのレポートを作成するためだ。

 リリーも手伝ってくれるのだがら、やはりどこか気まずさはある。

「エド、姉さんから話は聞きました」
「へ? ああ……マ、魔王陛下には大変迷惑をかけて――」

 リリーは俺の言葉を「ちがいます」と遮った。
 礼儀正しい彼女にしては非常に珍しいことだ。

「姉もかなり思いこみが……いえ、そこはいいんです」

 聞き耳を立てていたらしいタックが「そこはいいんすね」と呟いた。
 近くでダンジョンコアの蓋を開けたり締めたりしているが、たぶん働いているフリだろう。

「エド、そろそろハッキリさせておきたいことがあるんです」
「ああ、俺にできることなら……」

 リリーの迫力に気圧され、俺の語尾が弱くなる。
 そんな俺の弱気を好機と見たか、リリーは俺の正面に立ち視線を合わせた。
 口は厳しく引き結んでおり、意志の強さを感じさせる。

「ハッキリさせたいのは、私たちの関係のことです」

 この言葉を聞き、後ろでタックが「やったっす!」と小さく叫んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

前代未聞のダンジョンメーカー

黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。 けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。 というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない? そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。 小説家になろうでも掲載しております。

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

S級スキル【竜化】持ちの俺、トカゲと間違われて実家を追放されるが、覚醒し竜王に見初められる。今さら戻れと言われてももう遅い

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
 主人公ライルはブリケード王国の第一王子である。  しかし、ある日―― 「ライル。お前を我がブリケード王家から追放する!」  父であるバリオス・ブリケード国王から、そう宣言されてしまう。 「お、俺のスキルが真の力を発揮すれば、きっとこの国の役に立てます」  ライルは必死にそうすがりつく。 「はっ! ライルが本当に授かったスキルは、【トカゲ化】か何かだろ? いくら隠したいからって、【竜化】だなんて嘘をつくなんてよ」  弟である第二王子のガルドから、そう突き放されてしまう。  失意のまま辺境に逃げたライルは、かつて親しくしていた少女ルーシーに匿われる。 「苦労したんだな。とりあえずは、この村でゆっくりしてくれよ」  ライルの辺境での慎ましくも幸せな生活が始まる。  だが、それを脅かす者たちが近づきつつあった……。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...