33 / 132
32話 上 どうやらスルメが欲しいようだ
しおりを挟む
「じゃあ、ちょっと行ってくる。保守を任せる魔道具メーカーとも打ち合わせがあるから昼は過ぎると思う」
「遅くならないように戻ってきます。あとはお願いしますね」
今日はエドとリリーはゴーレムメーカーについて公社で色々と報告するらしい。
「よかったっすね、リリーさん! 戻ってきたらお昼に何食べたか教えてほしいっす!」
娘のタックが気安く口をきいているが、ゴルンはいつも複雑な気持ちで見守っていた。
(やれやれ、すっかり友達気取りだ。どうにかならんものか)
ゴルンからすると、この職場は色々とゆるい(それが悪いとは思わないが)。
この空気に慣れた娘が『どこかで取り返しのつかない無礼をするのではないか』と心配になってしまうのだ。
まあ、本人に直接言うと反発されるので心配しているだけではある。
成人したとはいえ、娘は心配なのだ。
「ゴルン、頼むぞ」
「あいよ。レオもいるし心配はないと思うが、何かあれば大将とリリーさんにメールを入れよう」
冒険者の数は増え続けているが、まだゴーレムの生産ペースは上げられる。
今のところの問題は少ないだろう。
どのような危険予測があるか確認し、エドとリリーは転移装置で公社に向かった。
「あれであの2人つきあってないんすよ」
「知るかよ、本人らの勝手だろ」
タックはゴルンの素っ気ない返事に不満だったらしく、ぶーたれながらダンジョンのメンテナンスに向かう。
ゴルンは軽いため息をつき、少し飲んだコーヒーに蒸留酒をなみなみと注いだ。
コーヒーと蒸留酒はわりと合う。
それを一気にグイと飲み干した。
長いこと軍務にいそしんできたゴルンはタックの幼少期にあまり家にいなかった。
だから、と言うわけでもないだろうが、この娘との距離感を測りかねているのは事実だ。
「やれやれ……レオよ、スルメ食うか?」
ゴルンがスルメを裂いていると、昼寝をしていたレオが鼻をヒクつかせて寄ってきた。
どうやらスルメが欲しいようだ。
「ネコにスルメはダメと聞いたがガティートは大丈夫か?」
『大丈夫です。消化に悪いので食べ過ぎは良くありません』
レオは巧みにメーラーを操り、それを見たアンが「レオさんはお利口ですね」と喜んでいる。
たしかに器用だとは思うが、ゴルンはもう見なれてしまった。
だが、この少女は何度見ても面白いらしい。
「嬢ちゃんもスルメ食うか?」
「あ、いただきます」
アンはレオと並び、スルメをシガシガと噛んでいる。
ゴルンからすれば、酒も飲まずによく食えるものだと感心してしまう。
「ふむ、嬢ちゃんはスルメを戻したことはあるか?」
「戻すってシイタケみたいにですか? 見たことないです」
ゴルンは「簡単だぞ、重曹はあるか」と鍋に水を張り、スルメを浸す。
「食用重曹です」
「おう、これを適当に入れる」
スプーンですくってボトンと鍋に落とす。
そして鍋を揺すれば完成だ。
「これを3~4時間ほっとけば完成だ。できたら炙ってみな。イカの一夜干しより味が濃くてうまいぜ」
「干しシイタケ戻すより簡単ですね」
アンの反応を見て、ゴルンは「ふむ」とアゴヒゲをしごく。
事情を詳しくは知らないが、施設育ちというわりに、この少女には荒みがない。
(育てた人物がよほど優れた人品の持ち主なんだろう。孤児院……今は児童養護施設というのだったか。一度訪ねてみるのも悪くねえ)
ドワーフの社会は独特で、長者と呼ばれる富裕層が他者の子供の面倒を見ることは珍しくはない。
事実、ゴルンの家庭も成人したタックを含めて7人の子供がいるが、実子は3人のみだ(タックは実子)。
若くして体調を崩した親戚の子を引き取り育てている。
古きドワーフの美学では実子と養子を差別せず、子供に技術以外の遺産を残すのは強欲としたものだ。
タックもカレッジを卒業し、働いて家賃を家計に納めている。
施設にドワーフの子がいるなら新たに数人の面倒を見てやってもいいとゴルンは思ったのだ。
レオが「あおん、あおん」と鳴き、モニターを操作した。
「レオさんモニターを見てますよ」
「ん? コイツは……出番かもしれんな。レオ、転移の使い方は分かるか?」
レオは「うわーん」とひときわ高く鳴き、ゴルンに応じる。
器用に前肢でモニターを操るレオの脇ではアンが「レベル18、17、18、16の4人です」と教えてくれた。
そこに映る冒険者は1階宝箱の部屋で岩陰に身を潜めている。
宝箱を開けず待機している姿は不審だ。
「嬢ちゃん、そういう場合は平均17の4人組、みたいな言い方でいいぞ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
ここで『ありがとう』と口から出るあたり、実に素直だ。
タックがこのくらいの年はどうだったかと考え、ほとんど記憶がないことにゴルンは軽いショックを受けた。
戦後の数年は地方で騒動が頻発し、エドの副官として抜擢されたゴルンは忙しく飛び回っていたのだ。
家には寝に帰っていただけである。
(まかぬ種は育たねえって言うけどよ……結局、自分のしたことが帰ってきてるんだろうな)
ゴルンはエドが結婚していないのも似たような理由だと思っている。
皆がプライベートを犠牲にし、軍務に勤しんでいたのだ。
そのことに気づいたからこそ、ゴルンはエドが退役したのを機に自分もアッサリと身を引いた。
氏族との繋がりが薄れることをドワーフは何よりも恐れるのだ。
「人手がいるな、タックを呼んで待機させろ。あとは一応、大将に『不審な冒険者アリ、ゴルンが対処』と連絡を頼む」
ゴルンは手早く指示を出し、甲冑を身につける。
ケガ人が出たときのために回復ポーションも用意した。
「よし、隣の部屋に転移をたのむぜ。他に揉めごとがあったら一旦マスタールームに戻せばいい」
ゴルンの指示を聞き、レオが「あおん」と返事をした。
「遅くならないように戻ってきます。あとはお願いしますね」
今日はエドとリリーはゴーレムメーカーについて公社で色々と報告するらしい。
「よかったっすね、リリーさん! 戻ってきたらお昼に何食べたか教えてほしいっす!」
娘のタックが気安く口をきいているが、ゴルンはいつも複雑な気持ちで見守っていた。
(やれやれ、すっかり友達気取りだ。どうにかならんものか)
ゴルンからすると、この職場は色々とゆるい(それが悪いとは思わないが)。
この空気に慣れた娘が『どこかで取り返しのつかない無礼をするのではないか』と心配になってしまうのだ。
まあ、本人に直接言うと反発されるので心配しているだけではある。
成人したとはいえ、娘は心配なのだ。
「ゴルン、頼むぞ」
「あいよ。レオもいるし心配はないと思うが、何かあれば大将とリリーさんにメールを入れよう」
冒険者の数は増え続けているが、まだゴーレムの生産ペースは上げられる。
今のところの問題は少ないだろう。
どのような危険予測があるか確認し、エドとリリーは転移装置で公社に向かった。
「あれであの2人つきあってないんすよ」
「知るかよ、本人らの勝手だろ」
タックはゴルンの素っ気ない返事に不満だったらしく、ぶーたれながらダンジョンのメンテナンスに向かう。
ゴルンは軽いため息をつき、少し飲んだコーヒーに蒸留酒をなみなみと注いだ。
コーヒーと蒸留酒はわりと合う。
それを一気にグイと飲み干した。
長いこと軍務にいそしんできたゴルンはタックの幼少期にあまり家にいなかった。
だから、と言うわけでもないだろうが、この娘との距離感を測りかねているのは事実だ。
「やれやれ……レオよ、スルメ食うか?」
ゴルンがスルメを裂いていると、昼寝をしていたレオが鼻をヒクつかせて寄ってきた。
どうやらスルメが欲しいようだ。
「ネコにスルメはダメと聞いたがガティートは大丈夫か?」
『大丈夫です。消化に悪いので食べ過ぎは良くありません』
レオは巧みにメーラーを操り、それを見たアンが「レオさんはお利口ですね」と喜んでいる。
たしかに器用だとは思うが、ゴルンはもう見なれてしまった。
だが、この少女は何度見ても面白いらしい。
「嬢ちゃんもスルメ食うか?」
「あ、いただきます」
アンはレオと並び、スルメをシガシガと噛んでいる。
ゴルンからすれば、酒も飲まずによく食えるものだと感心してしまう。
「ふむ、嬢ちゃんはスルメを戻したことはあるか?」
「戻すってシイタケみたいにですか? 見たことないです」
ゴルンは「簡単だぞ、重曹はあるか」と鍋に水を張り、スルメを浸す。
「食用重曹です」
「おう、これを適当に入れる」
スプーンですくってボトンと鍋に落とす。
そして鍋を揺すれば完成だ。
「これを3~4時間ほっとけば完成だ。できたら炙ってみな。イカの一夜干しより味が濃くてうまいぜ」
「干しシイタケ戻すより簡単ですね」
アンの反応を見て、ゴルンは「ふむ」とアゴヒゲをしごく。
事情を詳しくは知らないが、施設育ちというわりに、この少女には荒みがない。
(育てた人物がよほど優れた人品の持ち主なんだろう。孤児院……今は児童養護施設というのだったか。一度訪ねてみるのも悪くねえ)
ドワーフの社会は独特で、長者と呼ばれる富裕層が他者の子供の面倒を見ることは珍しくはない。
事実、ゴルンの家庭も成人したタックを含めて7人の子供がいるが、実子は3人のみだ(タックは実子)。
若くして体調を崩した親戚の子を引き取り育てている。
古きドワーフの美学では実子と養子を差別せず、子供に技術以外の遺産を残すのは強欲としたものだ。
タックもカレッジを卒業し、働いて家賃を家計に納めている。
施設にドワーフの子がいるなら新たに数人の面倒を見てやってもいいとゴルンは思ったのだ。
レオが「あおん、あおん」と鳴き、モニターを操作した。
「レオさんモニターを見てますよ」
「ん? コイツは……出番かもしれんな。レオ、転移の使い方は分かるか?」
レオは「うわーん」とひときわ高く鳴き、ゴルンに応じる。
器用に前肢でモニターを操るレオの脇ではアンが「レベル18、17、18、16の4人です」と教えてくれた。
そこに映る冒険者は1階宝箱の部屋で岩陰に身を潜めている。
宝箱を開けず待機している姿は不審だ。
「嬢ちゃん、そういう場合は平均17の4人組、みたいな言い方でいいぞ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
ここで『ありがとう』と口から出るあたり、実に素直だ。
タックがこのくらいの年はどうだったかと考え、ほとんど記憶がないことにゴルンは軽いショックを受けた。
戦後の数年は地方で騒動が頻発し、エドの副官として抜擢されたゴルンは忙しく飛び回っていたのだ。
家には寝に帰っていただけである。
(まかぬ種は育たねえって言うけどよ……結局、自分のしたことが帰ってきてるんだろうな)
ゴルンはエドが結婚していないのも似たような理由だと思っている。
皆がプライベートを犠牲にし、軍務に勤しんでいたのだ。
そのことに気づいたからこそ、ゴルンはエドが退役したのを機に自分もアッサリと身を引いた。
氏族との繋がりが薄れることをドワーフは何よりも恐れるのだ。
「人手がいるな、タックを呼んで待機させろ。あとは一応、大将に『不審な冒険者アリ、ゴルンが対処』と連絡を頼む」
ゴルンは手早く指示を出し、甲冑を身につける。
ケガ人が出たときのために回復ポーションも用意した。
「よし、隣の部屋に転移をたのむぜ。他に揉めごとがあったら一旦マスタールームに戻せばいい」
ゴルンの指示を聞き、レオが「あおん」と返事をした。
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!
海夏世もみじ
ファンタジー
旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました
動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。
そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。
しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!
戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
前代未聞のダンジョンメーカー
黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。
けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。
というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない?
そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。
小説家になろうでも掲載しております。
S級スキル【竜化】持ちの俺、トカゲと間違われて実家を追放されるが、覚醒し竜王に見初められる。今さら戻れと言われてももう遅い
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
主人公ライルはブリケード王国の第一王子である。
しかし、ある日――
「ライル。お前を我がブリケード王家から追放する!」
父であるバリオス・ブリケード国王から、そう宣言されてしまう。
「お、俺のスキルが真の力を発揮すれば、きっとこの国の役に立てます」
ライルは必死にそうすがりつく。
「はっ! ライルが本当に授かったスキルは、【トカゲ化】か何かだろ? いくら隠したいからって、【竜化】だなんて嘘をつくなんてよ」
弟である第二王子のガルドから、そう突き放されてしまう。
失意のまま辺境に逃げたライルは、かつて親しくしていた少女ルーシーに匿われる。
「苦労したんだな。とりあえずは、この村でゆっくりしてくれよ」
ライルの辺境での慎ましくも幸せな生活が始まる。
だが、それを脅かす者たちが近づきつつあった……。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる