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6話 最強の敵あらわる! あやうしエステバン
5 大人の世界
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翌朝、賑やかなダマスの喧騒の中、シェイラはギルドに向かっていた。
エステバンから譲って貰った短弓を手にし、腰には狩猟用のナイフを下げている。
そして、普段は1つ結んだだけで背中に垂らしていた白い髪を編み上げ、キリリとアップに纏めていた。
レーレはいない。尻子玉を抜かれたエステバンは自ら便所に行くことすら出来ない状態だ。
彼女は宿でエステバンの世話をしてくれている。
シェイラは昨日、初めてエステバンと同衾した……とは言っても、男女のそれではなく、添い寝をしただけである。
尻子玉を抜かれたエステバンは完全に廃人だ。
大部屋に寝かせるわけにもいかず、宿の主人に事情を話して個室で共に寝たのである。
それは、シェイラにとって甘美な体験であった。
ニタニタとだらしなく笑い、エステバンの逞しい肉体と体臭を思い出す――彼女は筋肉フェチに加え、少しだけ匂いフェチの気があった。
昨夜はドキドキしてあまり寝れなかったが、気は高ぶっている。これはこれで悪くない気分だとシェイラは思っていた。
冒険者ギルドに着くと赤目蛇はすでに集まっており、シェイラは「遅れてごめんなさい」と素直に謝る。
「いや、遅れちゃいないさ。シェイラさんこそ、旦那さんが倒れたのに無理しないでおくれよ」
アガタは気の毒そうに顔をしかめるが、シェイラは「ううん、大丈夫」と短く答えた。
赤目蛇はシェイラとエステバンのことを夫婦だと勘違いしている。
それは嬉しい誤解ではあるのだが、少しだけ胸がチクリと痛い。
「行こうぜ、師匠の仇討ちだっ!」
少しセンチな気分になりかけたが、ヤーゴが大きな盾をガンガンと叩いて怪気炎を上げ、場を盛り上げてくれた。
盾使いのヤーゴがエステバンの弟子になるのは不思議な話ではあるが、きっとエステバンは盾も上手なんだとシェイラは納得した。
「さあ、行くよ。先ずはエステバンが保護された路地に向かおうか」
アガタがその場を締め、歩き出した。
一同はそれに続く。
物々しく完全武装した5人の行進、しかも3人が女性である。
この団体は非常に目立ち、知らず知らずの内に町の注目を集めた。
――――――
「ここだね、この路地でエステバンは見つかった。風邪を引きそうな格好でね」
アガタが「ふふ」と笑うが、地人のドランがわざとらしく咳払いし、彼女を嗜めた。
「風邪? どういうこと?」
シェイラが首を傾げる。
エステバンは特におかしな格好はしていなかったはずだ。
「ははっ、お宝を丸出しで倒れてたのさ。ズボンは履かせて……ドラン、睨まないでおくれよ。事件当日の情報の分析は必要なことさ」
無言で睨むドランにアガタは軽口で応戦する。
地人は寡黙で武骨な者が多く、この手のやりとりは苦手としている。
ドランも冗談や軽口は嫌いのようで、ブスッと黙り込んでしまった。
シェイラが「お宝……?」と少し考えたが、すぐに思い当たり顔を赤くした。
さすがに意味が分からぬほど子供ではない。
「ははっ、シェイラさんは可愛いね。エステバンは初心な女がお好みらしいよ? ベレン」
「ええっ、何で私? 私は――」
女三人寄れば姦しいとは事実である。
キャピキャピとした雰囲気で無駄口を叩く女性陣を眺めながらヤーゴとドランは肩を竦め、ため息をついた。
アガタは「ま、賑やかで良いじゃないか」と片目を瞑る。わざと馬鹿話をして皆の緊張を解いたのかも知れない。
シェイラはアガタの振る舞いを見て『大人だな』と憧れに似た感情を持った。
アガタは25才の大人で、シェイラは56才でもまだまだ子供である。
「エステバンは依頼を済ませて宝石店から出た。これは依頼完了の書類を持っていたから間違いないし、昨晩のうちに冒険者ギルドが動いて店主から事情を聞いている」
「なるほど、先ずはここから宝石店までの道のりで臭いとこを洗うか」
町の見取図を眺めながらアガタとドランが怪しい地点を割り出している。
「店主の話によると、エステバンは昨日、夕方に店主と共に店を出たらしい。その後、店主は商業ギルドで人に会った」
「誰と会ったんですか」
アガタの説明中にベレンが口を挟む。しかし、アガタは気にした様子もなく「わからない」と答えた。
「でも、そこは大して重要じゃないはずさ。嘘をついていたとしても、商業ギルドに行けばバレるような嘘をつく必要はない」
アガタの指摘にドランが「店主にはアリバイがあるわけだな」と相槌をうつ。
「犯行の証拠がありますかね?」
「いや、露骨な証拠があれば衛兵だって黙っちゃいないさ。だけど、見落としはあるかもしれない。どんな違和感でもいい、見つけたら教えておくれよ」
ベレンの質問にアガタが応え、皆が頷いた。
アガタは追跡術の名人である。どのような小さな手がかりでも、そこから手を伸ばし、サキュバスに手が届く――皆がそう信じている。
シェイラはエステバンとは違う頼もしさを赤目蛇から感じていた。
皆で相談しながら依頼に当たる。これは当たり前のことかもしれないが、シェイラには初めての経験であり、それは驚きの連続であった。
今までの彼女は何も考えず、エステバンに従っていたのみである。
それを思うと、少しだけ悲しくなった。
――――――
その後の探索は順調とは言い難いものであった。
地面を這いつくばるように調べても、周囲の聞き込みをしても、手掛かりは何もない。
エステバンがサキュバスに襲われたのは夕刻、早い時間だ。まだ人通りがある時間帯だっただけに「目撃情報くらいはあるだろう」と考えていた皆の顔に焦りが浮かぶ。ただ、夢遊病のように歩くエステバンの姿だけは多くの者が見ていたが、それだけだ。
さすがのアガタもノーヒントでは追跡を始めることはできない。
何も得るものが無いまま一同はゴール地点である宝石店に辿り着いてしまった。
アガタは何か見落としがないか、再度町の見取図を眺めている。
モンスターの討伐依頼で重要なのはターゲットを探すまでの手間と根気だ。
特にサキュバスのように『弱い』モンスターは巧みに身を隠し、徹底して姿を現さない。
「違うルートを通った可能性が――」
「もう1度、宝石店に――」
赤目蛇の皆が意見を出し合いながら探索範囲を絞っていく――その時、ピクリとシェイラの長い耳が動いた。
「獣の気配だ、変な足音がする」
シェイラの呟きに、アガタが「え?」と短く聞き返し、皆が顔を見合わせた……それほど、シェイラの一言は突飛な内容だったのだ。
「あの店から獣の気配がする。蹄の足音が家の中からするなんて変だ」
シェイラは宝石店を指差し「間違いない」とハッキリ口にした。
「獣の……? どういうことだい?」
アガタは怪訝そうにシェイラと宝石店を見比べた。
この宝石店は以前にも被害者を出しており、早い段階で店主から聴き込みを済ませていた。
1人で店を経営している店主はエステバンの依頼完了の書類にサインしていたし、何より男性だ。サキュバスではありえない。
アガタの疑問は常識的なものだ。
だが、シェイラには確信があった。
森と共に生きる森人には枯れ木や木葉に擬態をするモンスターを見つけ出す独特の勘がある。
森人に備わる種族独特の魔法かもしれない。
「間違いない、私は森の狩人だから分かる。あの店から獣の気配がする」
もはや理屈ではない。
機嫌悪げに耳をひくつかせたシェイラは箙から矢を外し、弓の張り具合を確認した。もはや戦支度である。
「ちょ、ちょっとシェイラさん、落ち着いてください――」
仲の良いベレンが引き留めようとしたが、シェイラは止まらない。
矢をつがえるような構えのままで店に向かう――これでは強盗と間違われても文句は言えないだろう。
だが、彼女に躊躇いは無い。そのままの勢いでドアを蹴破るように宝石店に突入した。
「おいおい、マジかよ!?」
「ああ、シェイラさん駄目だよっ! 滅茶苦茶だ!!」
シェイラの後ろから赤目蛇が慌てて続いた。
だが、待つ必要はない。時間をかければ獲物が逃げる。
店内では店主が「何事だ!?」と飛び出してきたが、即座にシェイラが放った矢を右肩に受け悲鳴を上げた。
憐れな店主には、この恐るべき蛮行に抗うすべはない。
床を転がるように身を隠し、物陰で震えるのが彼の精一杯であった。
シェイラは止まらず、ナイフを逆手で引き抜き、店舗の奥に突入する。
そこには見目の美しい女が恐怖に震えていた。
「見つけたぞ、死ねっ!!」
シェイラは悲鳴を上げて逃げる女の髪を掴み、壁に叩きつけた。
そして背、肩、後頭部、首筋、それらを狙いも定めずにメッタ刺しにする。
彼女の口許は笑みで歪み、色の薄い肌が返り血で染まる。
端から見れば狂気に犯されたとしか思えない振る舞いだ。
やっと追い付いたヤーゴが「やめねえかっ!」とシェイラを羽交い締めにして美女から引き離す。
もう女は息も絶え絶えに喘ぐばかりだ。
ベレンが真っ青になり「何てこと……!」と呟いた。
彼女の目から見れば、シェイラが狂気を発し、店主を傷つけ、無関係の市民を殺害したとしか思えないだろう。
このままでは同行していた自分たちも絞首刑は免れない。
「畜生! 狂ったのかよ!?」
ヤーゴが怒りに身を任せ、シェイラに詰め寄る、しかし、それをアガタが制した。
「止めな、ヤーゴ!! 落ち着いてコイツを見てみな!」
アガタ蹴とばした『美女だったモノ』は、その正体を露にしていた。
牛かヤギに似た獣の下半身を持つ醜い老婆のような姿だ。
間違いなく、サキュバスである。
その時、裏口からドランが現れ「ほうれ、捕まえたぞ」と負傷した店主を転がした。
どうやらドランは冷静に裏口を固めていたようだ。
「裏口から逃げようとしていたぞ。見事だ森人。認めよう、我らには無い能力だ」
ドランがプイッとソッポを向きながらシェイラを褒め称えた。
戦う力が低いだけにサキュバスは狡猾で油断のならないモンスターだ。
だが、優れた聴力を持ち、動物の足音を聞き分ける森人はサキュバスにとって『最悪の相手』である。
エステバンがサキュバスに抗うすべが無かったように、サキュバスもまた、シェイラに抗うことはできなかったのだ。
今回は姿を見せずに足音だけを聞かれたのもサキュバスにとっては致命的だったろう。
「あーあ、また良いとこ無しじゃないか。バカらしい」
アガタがぼやきながら店主に近づき「事情を聞かせてもらおうか」とドスの利いた声で凄んだ。
――――――
エステバンの尻子玉を取り返し、シェイラは走った。
宝石商の尋問などには興味がない。彼女はただ、エステバンのためだけにサキュバスを狩り、エステバンのためだけに尻子玉を取り戻したのだ。
これでエステバンが助かる、そう思うだけで嬉しくて涙が止まらない。
他人の迷惑も省みず、血塗れのまま町を全力で駆け抜け、勢いよく宿のドアを開けた。
「ただいま! やったよ――えっ? キャアア!」
シェイラは目の前の光景に驚き、目を両手でふさいで顔を背けた。
そこには全裸になったエステバンがベッドの上で尻を突き出すような姿勢で縛られていた。
何故か火のついたランプ、縫い針、ネギなども散らばっている。レーレも扇情的な下着姿だ。
「なな、なにしてるんだよっ! エステバンは弱ってるんだから、エ、エッチなことしちゃダメだっ!」
シェイラは指の間から様子を確認し、レーレに抗議をした。
「ちょっとシェイラ、ドアを閉めて。エステバンはトイレにいけないから世話してただけだよ」
「でも、でも、何で裸で……エステバン、お、おっきくなってるし」
シェイラはドアを締めながらもじもじと口ごもる。
その様子からはサキュバスを容赦なく刺殺した狩人の姿は想像できない。
「もー、そんな事は良いからっ! 尻子玉は見つかったの!?」
レーレに誤魔化されながら、シェイラは「うん、これだよ」とポケットから大切そうに宝石を取り出した。
それは赤から黄にグラデーションカラーとなった不思議な宝石だ。
やや涙型の楕円形で、6センチ強ほどの大きさがある。
普通、尻子玉のような魔力結晶は単一色だが、何故かエステバンのものは色が混ざっている。転生の影響であろうか?
しかるべき相手に売れば天文学的な値がつくかもしれない。
だが、シェイラにはそんなことは分からない。尻子玉を見るのは初めてのことで『こんなもの』だと思い込んでいるし、価値を知っても人に譲るなど考えることも無いだろう。
レーレが「わっ、キレーだね」と歓声を上げた。
シェイラも同感だ。とても人の尻から生まれたとは思えない透明感と輝きである。
「これをお尻に戻すんでしょ? 早くしてあげて」
レーレがシェイラを促すが、彼女にはエステバンのあられもない姿を直視するのは刺激が強すぎ、怯んでしまう。
その様子を見たレーレに「治療なんだよ! しっかりして!」と叱咤され、シェイラは何とか尻と向き合った。
「尻子玉は大きいから濡らしてあげた方がいいんじゃない?」
「濡らす? どうやって?」
シェイラとレーレはゴニョゴニョと相談しながら「そんなのっ、恥ずかしいよっ」「エステバンのためだよ」などと言い合っている。
エステバンに意識があれば大層喜んだであろう。
「ほ、ホントに入るのかな?」
「大丈夫だよ。私がほぐしといたし」
シェイラは「ほ、ほぐしっ!?」と悲鳴に似た声を出し「あばば」などと口走り混乱している。そこには彼女には理解の及ばぬ世界が広がっていた。
レーレはシェイラが思っていたよりずっと大人だったらしい。
「じ、じゃあいくよ」
シェイラは覚悟を決め、ぐっと力を込めて尻子玉を押し込んだ。
この日、エステバンはいい声で鳴き、シェイラは少しだけ大人の世界を覗き見た。
エステバンから譲って貰った短弓を手にし、腰には狩猟用のナイフを下げている。
そして、普段は1つ結んだだけで背中に垂らしていた白い髪を編み上げ、キリリとアップに纏めていた。
レーレはいない。尻子玉を抜かれたエステバンは自ら便所に行くことすら出来ない状態だ。
彼女は宿でエステバンの世話をしてくれている。
シェイラは昨日、初めてエステバンと同衾した……とは言っても、男女のそれではなく、添い寝をしただけである。
尻子玉を抜かれたエステバンは完全に廃人だ。
大部屋に寝かせるわけにもいかず、宿の主人に事情を話して個室で共に寝たのである。
それは、シェイラにとって甘美な体験であった。
ニタニタとだらしなく笑い、エステバンの逞しい肉体と体臭を思い出す――彼女は筋肉フェチに加え、少しだけ匂いフェチの気があった。
昨夜はドキドキしてあまり寝れなかったが、気は高ぶっている。これはこれで悪くない気分だとシェイラは思っていた。
冒険者ギルドに着くと赤目蛇はすでに集まっており、シェイラは「遅れてごめんなさい」と素直に謝る。
「いや、遅れちゃいないさ。シェイラさんこそ、旦那さんが倒れたのに無理しないでおくれよ」
アガタは気の毒そうに顔をしかめるが、シェイラは「ううん、大丈夫」と短く答えた。
赤目蛇はシェイラとエステバンのことを夫婦だと勘違いしている。
それは嬉しい誤解ではあるのだが、少しだけ胸がチクリと痛い。
「行こうぜ、師匠の仇討ちだっ!」
少しセンチな気分になりかけたが、ヤーゴが大きな盾をガンガンと叩いて怪気炎を上げ、場を盛り上げてくれた。
盾使いのヤーゴがエステバンの弟子になるのは不思議な話ではあるが、きっとエステバンは盾も上手なんだとシェイラは納得した。
「さあ、行くよ。先ずはエステバンが保護された路地に向かおうか」
アガタがその場を締め、歩き出した。
一同はそれに続く。
物々しく完全武装した5人の行進、しかも3人が女性である。
この団体は非常に目立ち、知らず知らずの内に町の注目を集めた。
――――――
「ここだね、この路地でエステバンは見つかった。風邪を引きそうな格好でね」
アガタが「ふふ」と笑うが、地人のドランがわざとらしく咳払いし、彼女を嗜めた。
「風邪? どういうこと?」
シェイラが首を傾げる。
エステバンは特におかしな格好はしていなかったはずだ。
「ははっ、お宝を丸出しで倒れてたのさ。ズボンは履かせて……ドラン、睨まないでおくれよ。事件当日の情報の分析は必要なことさ」
無言で睨むドランにアガタは軽口で応戦する。
地人は寡黙で武骨な者が多く、この手のやりとりは苦手としている。
ドランも冗談や軽口は嫌いのようで、ブスッと黙り込んでしまった。
シェイラが「お宝……?」と少し考えたが、すぐに思い当たり顔を赤くした。
さすがに意味が分からぬほど子供ではない。
「ははっ、シェイラさんは可愛いね。エステバンは初心な女がお好みらしいよ? ベレン」
「ええっ、何で私? 私は――」
女三人寄れば姦しいとは事実である。
キャピキャピとした雰囲気で無駄口を叩く女性陣を眺めながらヤーゴとドランは肩を竦め、ため息をついた。
アガタは「ま、賑やかで良いじゃないか」と片目を瞑る。わざと馬鹿話をして皆の緊張を解いたのかも知れない。
シェイラはアガタの振る舞いを見て『大人だな』と憧れに似た感情を持った。
アガタは25才の大人で、シェイラは56才でもまだまだ子供である。
「エステバンは依頼を済ませて宝石店から出た。これは依頼完了の書類を持っていたから間違いないし、昨晩のうちに冒険者ギルドが動いて店主から事情を聞いている」
「なるほど、先ずはここから宝石店までの道のりで臭いとこを洗うか」
町の見取図を眺めながらアガタとドランが怪しい地点を割り出している。
「店主の話によると、エステバンは昨日、夕方に店主と共に店を出たらしい。その後、店主は商業ギルドで人に会った」
「誰と会ったんですか」
アガタの説明中にベレンが口を挟む。しかし、アガタは気にした様子もなく「わからない」と答えた。
「でも、そこは大して重要じゃないはずさ。嘘をついていたとしても、商業ギルドに行けばバレるような嘘をつく必要はない」
アガタの指摘にドランが「店主にはアリバイがあるわけだな」と相槌をうつ。
「犯行の証拠がありますかね?」
「いや、露骨な証拠があれば衛兵だって黙っちゃいないさ。だけど、見落としはあるかもしれない。どんな違和感でもいい、見つけたら教えておくれよ」
ベレンの質問にアガタが応え、皆が頷いた。
アガタは追跡術の名人である。どのような小さな手がかりでも、そこから手を伸ばし、サキュバスに手が届く――皆がそう信じている。
シェイラはエステバンとは違う頼もしさを赤目蛇から感じていた。
皆で相談しながら依頼に当たる。これは当たり前のことかもしれないが、シェイラには初めての経験であり、それは驚きの連続であった。
今までの彼女は何も考えず、エステバンに従っていたのみである。
それを思うと、少しだけ悲しくなった。
――――――
その後の探索は順調とは言い難いものであった。
地面を這いつくばるように調べても、周囲の聞き込みをしても、手掛かりは何もない。
エステバンがサキュバスに襲われたのは夕刻、早い時間だ。まだ人通りがある時間帯だっただけに「目撃情報くらいはあるだろう」と考えていた皆の顔に焦りが浮かぶ。ただ、夢遊病のように歩くエステバンの姿だけは多くの者が見ていたが、それだけだ。
さすがのアガタもノーヒントでは追跡を始めることはできない。
何も得るものが無いまま一同はゴール地点である宝石店に辿り着いてしまった。
アガタは何か見落としがないか、再度町の見取図を眺めている。
モンスターの討伐依頼で重要なのはターゲットを探すまでの手間と根気だ。
特にサキュバスのように『弱い』モンスターは巧みに身を隠し、徹底して姿を現さない。
「違うルートを通った可能性が――」
「もう1度、宝石店に――」
赤目蛇の皆が意見を出し合いながら探索範囲を絞っていく――その時、ピクリとシェイラの長い耳が動いた。
「獣の気配だ、変な足音がする」
シェイラの呟きに、アガタが「え?」と短く聞き返し、皆が顔を見合わせた……それほど、シェイラの一言は突飛な内容だったのだ。
「あの店から獣の気配がする。蹄の足音が家の中からするなんて変だ」
シェイラは宝石店を指差し「間違いない」とハッキリ口にした。
「獣の……? どういうことだい?」
アガタは怪訝そうにシェイラと宝石店を見比べた。
この宝石店は以前にも被害者を出しており、早い段階で店主から聴き込みを済ませていた。
1人で店を経営している店主はエステバンの依頼完了の書類にサインしていたし、何より男性だ。サキュバスではありえない。
アガタの疑問は常識的なものだ。
だが、シェイラには確信があった。
森と共に生きる森人には枯れ木や木葉に擬態をするモンスターを見つけ出す独特の勘がある。
森人に備わる種族独特の魔法かもしれない。
「間違いない、私は森の狩人だから分かる。あの店から獣の気配がする」
もはや理屈ではない。
機嫌悪げに耳をひくつかせたシェイラは箙から矢を外し、弓の張り具合を確認した。もはや戦支度である。
「ちょ、ちょっとシェイラさん、落ち着いてください――」
仲の良いベレンが引き留めようとしたが、シェイラは止まらない。
矢をつがえるような構えのままで店に向かう――これでは強盗と間違われても文句は言えないだろう。
だが、彼女に躊躇いは無い。そのままの勢いでドアを蹴破るように宝石店に突入した。
「おいおい、マジかよ!?」
「ああ、シェイラさん駄目だよっ! 滅茶苦茶だ!!」
シェイラの後ろから赤目蛇が慌てて続いた。
だが、待つ必要はない。時間をかければ獲物が逃げる。
店内では店主が「何事だ!?」と飛び出してきたが、即座にシェイラが放った矢を右肩に受け悲鳴を上げた。
憐れな店主には、この恐るべき蛮行に抗うすべはない。
床を転がるように身を隠し、物陰で震えるのが彼の精一杯であった。
シェイラは止まらず、ナイフを逆手で引き抜き、店舗の奥に突入する。
そこには見目の美しい女が恐怖に震えていた。
「見つけたぞ、死ねっ!!」
シェイラは悲鳴を上げて逃げる女の髪を掴み、壁に叩きつけた。
そして背、肩、後頭部、首筋、それらを狙いも定めずにメッタ刺しにする。
彼女の口許は笑みで歪み、色の薄い肌が返り血で染まる。
端から見れば狂気に犯されたとしか思えない振る舞いだ。
やっと追い付いたヤーゴが「やめねえかっ!」とシェイラを羽交い締めにして美女から引き離す。
もう女は息も絶え絶えに喘ぐばかりだ。
ベレンが真っ青になり「何てこと……!」と呟いた。
彼女の目から見れば、シェイラが狂気を発し、店主を傷つけ、無関係の市民を殺害したとしか思えないだろう。
このままでは同行していた自分たちも絞首刑は免れない。
「畜生! 狂ったのかよ!?」
ヤーゴが怒りに身を任せ、シェイラに詰め寄る、しかし、それをアガタが制した。
「止めな、ヤーゴ!! 落ち着いてコイツを見てみな!」
アガタ蹴とばした『美女だったモノ』は、その正体を露にしていた。
牛かヤギに似た獣の下半身を持つ醜い老婆のような姿だ。
間違いなく、サキュバスである。
その時、裏口からドランが現れ「ほうれ、捕まえたぞ」と負傷した店主を転がした。
どうやらドランは冷静に裏口を固めていたようだ。
「裏口から逃げようとしていたぞ。見事だ森人。認めよう、我らには無い能力だ」
ドランがプイッとソッポを向きながらシェイラを褒め称えた。
戦う力が低いだけにサキュバスは狡猾で油断のならないモンスターだ。
だが、優れた聴力を持ち、動物の足音を聞き分ける森人はサキュバスにとって『最悪の相手』である。
エステバンがサキュバスに抗うすべが無かったように、サキュバスもまた、シェイラに抗うことはできなかったのだ。
今回は姿を見せずに足音だけを聞かれたのもサキュバスにとっては致命的だったろう。
「あーあ、また良いとこ無しじゃないか。バカらしい」
アガタがぼやきながら店主に近づき「事情を聞かせてもらおうか」とドスの利いた声で凄んだ。
――――――
エステバンの尻子玉を取り返し、シェイラは走った。
宝石商の尋問などには興味がない。彼女はただ、エステバンのためだけにサキュバスを狩り、エステバンのためだけに尻子玉を取り戻したのだ。
これでエステバンが助かる、そう思うだけで嬉しくて涙が止まらない。
他人の迷惑も省みず、血塗れのまま町を全力で駆け抜け、勢いよく宿のドアを開けた。
「ただいま! やったよ――えっ? キャアア!」
シェイラは目の前の光景に驚き、目を両手でふさいで顔を背けた。
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何故か火のついたランプ、縫い針、ネギなども散らばっている。レーレも扇情的な下着姿だ。
「なな、なにしてるんだよっ! エステバンは弱ってるんだから、エ、エッチなことしちゃダメだっ!」
シェイラは指の間から様子を確認し、レーレに抗議をした。
「ちょっとシェイラ、ドアを閉めて。エステバンはトイレにいけないから世話してただけだよ」
「でも、でも、何で裸で……エステバン、お、おっきくなってるし」
シェイラはドアを締めながらもじもじと口ごもる。
その様子からはサキュバスを容赦なく刺殺した狩人の姿は想像できない。
「もー、そんな事は良いからっ! 尻子玉は見つかったの!?」
レーレに誤魔化されながら、シェイラは「うん、これだよ」とポケットから大切そうに宝石を取り出した。
それは赤から黄にグラデーションカラーとなった不思議な宝石だ。
やや涙型の楕円形で、6センチ強ほどの大きさがある。
普通、尻子玉のような魔力結晶は単一色だが、何故かエステバンのものは色が混ざっている。転生の影響であろうか?
しかるべき相手に売れば天文学的な値がつくかもしれない。
だが、シェイラにはそんなことは分からない。尻子玉を見るのは初めてのことで『こんなもの』だと思い込んでいるし、価値を知っても人に譲るなど考えることも無いだろう。
レーレが「わっ、キレーだね」と歓声を上げた。
シェイラも同感だ。とても人の尻から生まれたとは思えない透明感と輝きである。
「これをお尻に戻すんでしょ? 早くしてあげて」
レーレがシェイラを促すが、彼女にはエステバンのあられもない姿を直視するのは刺激が強すぎ、怯んでしまう。
その様子を見たレーレに「治療なんだよ! しっかりして!」と叱咤され、シェイラは何とか尻と向き合った。
「尻子玉は大きいから濡らしてあげた方がいいんじゃない?」
「濡らす? どうやって?」
シェイラとレーレはゴニョゴニョと相談しながら「そんなのっ、恥ずかしいよっ」「エステバンのためだよ」などと言い合っている。
エステバンに意識があれば大層喜んだであろう。
「ほ、ホントに入るのかな?」
「大丈夫だよ。私がほぐしといたし」
シェイラは「ほ、ほぐしっ!?」と悲鳴に似た声を出し「あばば」などと口走り混乱している。そこには彼女には理解の及ばぬ世界が広がっていた。
レーレはシェイラが思っていたよりずっと大人だったらしい。
「じ、じゃあいくよ」
シェイラは覚悟を決め、ぐっと力を込めて尻子玉を押し込んだ。
この日、エステバンはいい声で鳴き、シェイラは少しだけ大人の世界を覗き見た。
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ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
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不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
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