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1章 青年期
14話 追分の風 下
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クリフは街道を西に進む。
クリフは追分に立ち、念入りに道を調べている。
追分とは道が2つに分かれる分岐点のことだ。
1つは本街道を進み、もう1つは野を行く間道だ。
「おーい、兄貴っ!」
「はあっ、はあっ、やっと追い付いたっ!」
後ろからギネスとハンナが追い付いてきた。
よほど急いだのだろう、ハンナの息は絶え絶えだ。
「ギネス、見てみろ。」
クリフはギネスに犯人と思われる足跡を示す。
「足跡っすね、犯人は本街道を逃げた……?」
「違う、よく見ろ。バックトラックだ……馴れた奴らだぞ。」
バックトラックとは、追跡者を撒くために自らの足跡を踏んで後退し、戻った所で横に跳ねたりして足跡を消す行為だ。野性動物では熊やウサギなども行う。
街道脇の石の上に不自然に雪がない。バックトラックをした後、石の上を足場にしてさらに跳ねたようだ。
クリフは慎重に観察を重ねていく。
……ここで木に掴まった……そして、ここだ。
クリフは追分からかなり進んだ地点で犯人たちの足跡を発見した。
「すげえ。」
ギネスがクリフの追跡術に舌を巻いた。
「行くぞ。」
クリフはギネスとハンナに声を掛けて、間道の先を進んでいく。
そろそろ、日が沈む。
クリフはギネスが持ってきてくれたランタンに火を着けて先を急ぐ。
後ろのハンナはクリフの道具袋に縛ったロープを手にして歩く……こうしておけば逸(はぐ)れる心配はない。
「待てっ。」
クリフが静かに指示をした。
目の前にはいくつかの骨が散らばっている。
「……スケルトンだ。どうやら犯人と交戦したようだ。」
この時代、人里近くでモンスターは見かけることは少なくなったが街道から逸れると、このようにモンスターに襲われることはままある。
……怪我をしたようだ。血の跡がある……深いな。
クリフは戦いの場に残る血痕を調べた。スケルトンは出血をしない。犯人のものに間違いはない。
そして血痕から深手だと判断をした。
……足跡から判断をして三人……その内の一人が深手だ、逃がさんぞ。
クリフはニヤリと不敵に笑う。
そしてしばらく歩くと、岩と木に挟まれた物陰に野営の跡が見つかった。
「まだ、温かい。」
クリフが焚き火の跡を調べてから呟いた。
「木の燃え方からして、長時間の野営では無い。恐らくは傷を焼いて血を止めただけだな。」
クリフは後ろの二人の様子を見て、ここで追跡を一旦は止めることにした。
ハンナの疲労が大きい。
「明るくなるまで休もう……火は使えないが。」
ここならば少しは風も凌げるだろうとクリフは判断をし、夜を明かすことにする。無理をして夜道を行けば、疲れたところに手痛い反撃を貰うかもしれない。
無理は禁物であった。
春に近づいたとはいえども、屋外の寒さは容赦が無い。
全員で座り込んで暫くすると、ハンナがぶるぶると震えだした……女の体は冷えに弱いのだ。
クリフはハンナをそっと抱き寄せ、自らの外套(マント)で包んだ。
「……ギネス、もう少し近寄ってやってくれ。」
クリフは、遠慮して少し離れていたギネスに低く声を掛けた。
犯人は近いのだ……大声を出すことはできない。
ギネスはクリフと反対側、ハンナを挟むような形でハンナに背を当てた……これはギネスの遠慮であろう。
「ごめんね……温かいよ。」
ハンナが申し訳なさそうに謝った。
………………
夜が明けた。
三人は携帯食料を手早く腹に納め、追跡を再開した。
足跡を追い、歩き始めて数十分。
「……止まれ。」
直ぐにクリフが物陰に隠れて先を示す。
その指先には焚き火が見えた。まだ薄暗い夜明けの時刻に目立つことこの上ない。
「あそこ……追い付いた?」
ハンナがクリフに尋ねる。
「いや、罠だ……追われている者が無防備に火を出す筈がない。」
「確かに、一人しかいませんね。」
ギネスが焚き火を観察して人数を確認した。
「どこかで待ち伏せしているはずだ……二人はここで待機してくれ。俺が偵察に行く……相手は弓を持っているかもしれない、警戒は怠るなよ。」
クリフは屈んだまま歩き出す。周囲の気配に溶け込み、足音一つ立てることは無い。
…………
クリフは大きく迂回して横に回り込み、隠れた犯人を確認した。
……いた、二人潜んでやがる。焚き火のそばの奴が怪我人だな。
木の上と藪に一人づつ潜んでいるのをクリフは発見した。巧みに潜んではいるが、追跡術に優れたクリフの目はごまかすことはできない。
犯人は焚き火を中心にV字型に配置されている。
不用意に近づけば挟み撃ちにされただろう。
……木の上にいるやつは飛び道具を持ってるだろう……仕掛けるか。
クリフはギネスたちを待たずに攻撃を仕掛けることに決めた。
バックラーからナイフを3本取りだし立て続けに木の上に投げつける。
「うわっ!」と大きな声がして木の上から犯人が一人落ちてきた。手には小ぶりの弓を持っている。
すかさずクリフは駆け寄り、剣で止めを刺した。
「野郎!」
藪に潜んだ犯人が立ち上がり、姿を見せた。
こちらは短槍を構えている。
「ギネス! ハンナ! 槍は任せたぞ!」
クリフは駆け寄ってきた二人に指示を飛ばし、怪我をしている囮役の犯人に迫る。
槍の犯人はハンナに狙いを定めたようだ。女と見て油断したのかもしれない。
「畜生め! 食らえ!」
犯人がハンナに突き掛かる。
ハンナは槍の鋭い一撃をくるりと身を回転させて躱わし、槍を構える拳(こぶし)を切りつけた。ハンナの斬撃は見事に犯人の拳(こぶし)を切り飛ばす。
槍の動きに合わせて拳を切りつけるなど、並の力量ではない。
「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた犯人の横面にギネスが鉄鞘の一撃を加え、犯人は気絶した。ギネスは手早く犯人を拘束する。
囮役の犯人は逃走を図ったがクリフから逃げられるものではない。
あっという間に追いつかれ、拘束される。
「畜生っ、ついてねえ……。」
犯人が悪態をつくとクリフの鉄拳が顔面を襲った。
「がっ? やめてくれ! 降参だ!」
犯人がクリフに憐れを乞うが、クリフはお構いなしに犯人の首に縄を回し引っ張った。
犯人は「ぐえっ」と小さな悲鳴を上げ、大人しくなった……もはや自力で逃げ出すことは不可能だろう。
「てめえは……子供の前で親を殺しただろう、逃がさねえよ。」
クリフの眼がギラリと光を増した。
………………
自由都市ファロンに戻った3人は衛兵の詰め所に向かう。
衛兵達は昨日の犯人がこれ程早く捕まるとは考えてはいなかったらしく、少し慌てた様子で犯人の身柄を受け取った。
犯人は手配されていた賞金首であり、3人は報酬を受け取った。
「あの子供は……どうなりました?」
クリフが衛兵に子供の安否を尋ねた。
「ああ、気の毒なことだが……身内が分からなければどうしようもないな。親も旅人だったし、難しいかもしれん。」
衛兵の言葉を聞いてクリフは溜め息をついた。
「また、子供のことを知らせてください。」
クリフはそう告げると、詰め所を辞去した。
「クリフ、仇は討てたんだ……あの子も喜ぶよ。」
ハンナがクリフを気遣って慰めてくれた。
クリフは「ああ」と気の無い返事をし、また溜め息をついた。
……結局、孤児が増えただけか。
3人は無言でいつもの酒場に向かった。
ビュウーと冷たい風が吹く。
春が近いとはいえ、寒気はまだ緩まない。
大通りではストリートチルドレンが集まり、大声で何かを売っていた。
クリフは追分に立ち、念入りに道を調べている。
追分とは道が2つに分かれる分岐点のことだ。
1つは本街道を進み、もう1つは野を行く間道だ。
「おーい、兄貴っ!」
「はあっ、はあっ、やっと追い付いたっ!」
後ろからギネスとハンナが追い付いてきた。
よほど急いだのだろう、ハンナの息は絶え絶えだ。
「ギネス、見てみろ。」
クリフはギネスに犯人と思われる足跡を示す。
「足跡っすね、犯人は本街道を逃げた……?」
「違う、よく見ろ。バックトラックだ……馴れた奴らだぞ。」
バックトラックとは、追跡者を撒くために自らの足跡を踏んで後退し、戻った所で横に跳ねたりして足跡を消す行為だ。野性動物では熊やウサギなども行う。
街道脇の石の上に不自然に雪がない。バックトラックをした後、石の上を足場にしてさらに跳ねたようだ。
クリフは慎重に観察を重ねていく。
……ここで木に掴まった……そして、ここだ。
クリフは追分からかなり進んだ地点で犯人たちの足跡を発見した。
「すげえ。」
ギネスがクリフの追跡術に舌を巻いた。
「行くぞ。」
クリフはギネスとハンナに声を掛けて、間道の先を進んでいく。
そろそろ、日が沈む。
クリフはギネスが持ってきてくれたランタンに火を着けて先を急ぐ。
後ろのハンナはクリフの道具袋に縛ったロープを手にして歩く……こうしておけば逸(はぐ)れる心配はない。
「待てっ。」
クリフが静かに指示をした。
目の前にはいくつかの骨が散らばっている。
「……スケルトンだ。どうやら犯人と交戦したようだ。」
この時代、人里近くでモンスターは見かけることは少なくなったが街道から逸れると、このようにモンスターに襲われることはままある。
……怪我をしたようだ。血の跡がある……深いな。
クリフは戦いの場に残る血痕を調べた。スケルトンは出血をしない。犯人のものに間違いはない。
そして血痕から深手だと判断をした。
……足跡から判断をして三人……その内の一人が深手だ、逃がさんぞ。
クリフはニヤリと不敵に笑う。
そしてしばらく歩くと、岩と木に挟まれた物陰に野営の跡が見つかった。
「まだ、温かい。」
クリフが焚き火の跡を調べてから呟いた。
「木の燃え方からして、長時間の野営では無い。恐らくは傷を焼いて血を止めただけだな。」
クリフは後ろの二人の様子を見て、ここで追跡を一旦は止めることにした。
ハンナの疲労が大きい。
「明るくなるまで休もう……火は使えないが。」
ここならば少しは風も凌げるだろうとクリフは判断をし、夜を明かすことにする。無理をして夜道を行けば、疲れたところに手痛い反撃を貰うかもしれない。
無理は禁物であった。
春に近づいたとはいえども、屋外の寒さは容赦が無い。
全員で座り込んで暫くすると、ハンナがぶるぶると震えだした……女の体は冷えに弱いのだ。
クリフはハンナをそっと抱き寄せ、自らの外套(マント)で包んだ。
「……ギネス、もう少し近寄ってやってくれ。」
クリフは、遠慮して少し離れていたギネスに低く声を掛けた。
犯人は近いのだ……大声を出すことはできない。
ギネスはクリフと反対側、ハンナを挟むような形でハンナに背を当てた……これはギネスの遠慮であろう。
「ごめんね……温かいよ。」
ハンナが申し訳なさそうに謝った。
………………
夜が明けた。
三人は携帯食料を手早く腹に納め、追跡を再開した。
足跡を追い、歩き始めて数十分。
「……止まれ。」
直ぐにクリフが物陰に隠れて先を示す。
その指先には焚き火が見えた。まだ薄暗い夜明けの時刻に目立つことこの上ない。
「あそこ……追い付いた?」
ハンナがクリフに尋ねる。
「いや、罠だ……追われている者が無防備に火を出す筈がない。」
「確かに、一人しかいませんね。」
ギネスが焚き火を観察して人数を確認した。
「どこかで待ち伏せしているはずだ……二人はここで待機してくれ。俺が偵察に行く……相手は弓を持っているかもしれない、警戒は怠るなよ。」
クリフは屈んだまま歩き出す。周囲の気配に溶け込み、足音一つ立てることは無い。
…………
クリフは大きく迂回して横に回り込み、隠れた犯人を確認した。
……いた、二人潜んでやがる。焚き火のそばの奴が怪我人だな。
木の上と藪に一人づつ潜んでいるのをクリフは発見した。巧みに潜んではいるが、追跡術に優れたクリフの目はごまかすことはできない。
犯人は焚き火を中心にV字型に配置されている。
不用意に近づけば挟み撃ちにされただろう。
……木の上にいるやつは飛び道具を持ってるだろう……仕掛けるか。
クリフはギネスたちを待たずに攻撃を仕掛けることに決めた。
バックラーからナイフを3本取りだし立て続けに木の上に投げつける。
「うわっ!」と大きな声がして木の上から犯人が一人落ちてきた。手には小ぶりの弓を持っている。
すかさずクリフは駆け寄り、剣で止めを刺した。
「野郎!」
藪に潜んだ犯人が立ち上がり、姿を見せた。
こちらは短槍を構えている。
「ギネス! ハンナ! 槍は任せたぞ!」
クリフは駆け寄ってきた二人に指示を飛ばし、怪我をしている囮役の犯人に迫る。
槍の犯人はハンナに狙いを定めたようだ。女と見て油断したのかもしれない。
「畜生め! 食らえ!」
犯人がハンナに突き掛かる。
ハンナは槍の鋭い一撃をくるりと身を回転させて躱わし、槍を構える拳(こぶし)を切りつけた。ハンナの斬撃は見事に犯人の拳(こぶし)を切り飛ばす。
槍の動きに合わせて拳を切りつけるなど、並の力量ではない。
「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた犯人の横面にギネスが鉄鞘の一撃を加え、犯人は気絶した。ギネスは手早く犯人を拘束する。
囮役の犯人は逃走を図ったがクリフから逃げられるものではない。
あっという間に追いつかれ、拘束される。
「畜生っ、ついてねえ……。」
犯人が悪態をつくとクリフの鉄拳が顔面を襲った。
「がっ? やめてくれ! 降参だ!」
犯人がクリフに憐れを乞うが、クリフはお構いなしに犯人の首に縄を回し引っ張った。
犯人は「ぐえっ」と小さな悲鳴を上げ、大人しくなった……もはや自力で逃げ出すことは不可能だろう。
「てめえは……子供の前で親を殺しただろう、逃がさねえよ。」
クリフの眼がギラリと光を増した。
………………
自由都市ファロンに戻った3人は衛兵の詰め所に向かう。
衛兵達は昨日の犯人がこれ程早く捕まるとは考えてはいなかったらしく、少し慌てた様子で犯人の身柄を受け取った。
犯人は手配されていた賞金首であり、3人は報酬を受け取った。
「あの子供は……どうなりました?」
クリフが衛兵に子供の安否を尋ねた。
「ああ、気の毒なことだが……身内が分からなければどうしようもないな。親も旅人だったし、難しいかもしれん。」
衛兵の言葉を聞いてクリフは溜め息をついた。
「また、子供のことを知らせてください。」
クリフはそう告げると、詰め所を辞去した。
「クリフ、仇は討てたんだ……あの子も喜ぶよ。」
ハンナがクリフを気遣って慰めてくれた。
クリフは「ああ」と気の無い返事をし、また溜め息をついた。
……結局、孤児が増えただけか。
3人は無言でいつもの酒場に向かった。
ビュウーと冷たい風が吹く。
春が近いとはいえ、寒気はまだ緩まない。
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