猟犬クリフ

小倉ひろあき

文字の大きさ
上 下
15 / 99
1章 青年期

閑話 ギネスへの依頼 上

しおりを挟む
「へっ、そんなことできっこねえよ!」

 後ろのテーブルで数名の男たちが騒いでいる。
 ギネスは後ろのテーブルの喧騒を苛立ちながら聞いていた。

「オメエ、そりゃ東部じゃ一番の腕っこきだぞ! そのぐらいしてのけるだろうよっ!」
「へっ、どうだかね!」

 後ろのテーブルの男たちはギネスの横で静かに飲む男……クリフという冒険者についてあれやこれやと噂話をしているのだ。
 彼は賞金稼ぎ専門の冒険者であり、猟犬クリフと渾名される凄腕だ。ギネスの兄貴分でもある。
 ギネスがどれだけ苛立とうが当の本人が知らぬ顔をしているのだから、ギネスは何も言うことは出来ない。

「おい、ギネス。仕事だぜ、回してやろうか。」

 苛立つギネスを見かねたのか、酒場のマスターがギネスに羊皮紙を差し出しながら声を掛けた。

 ギネスも釣られて紙を覗く。

……人探しか。

 ギネスはクリフと違って賞金稼ぎ専門と言うわけではない。
 ギネスは自由都市ファロンを拠点とし、働く冒険者だ。
 クリフのように旅から旅の冒険者を「本格(ほんかく)」、ギネスのように町に滞在し、依頼をこなす冒険者を「町付(まちつき)」と呼ぶ。
 町付は本格に比べて低く見られがちではあるが、町付には町付の難しさというものがある。

「人探しだ。7番通りに塩問屋があるだろ。そこの店主のブレアさんが娘を探してほしいんだとよ……とりあえずの期限は半月だな。」
「人探しか、良しっ! 引き受けたぜ!」

 ギネスはマスターの差し出した羊皮紙を畳んでポケットに仕舞い込んだ。


「おいっ! あんたが猟犬クリフか!? 面貸せよ!」

 後ろのテーブルで騒いでいた男が怒鳴りながらギネスたちに近づいてきた。
 最近、クリフの評判が高まるにつれ、この手合いが増えた。
 今をときめく猟犬クリフをやっつけたとなれば男が上がると思ってる馬鹿が多いのだ。

 「おい、やめろ」と同席していた男が止めるが「うるせえっ!」と怒鳴り、止めようとした男を突き飛ばした。大分と酔っ払っているようだ。

……野郎、調子に乗りやがって……!

 ギネスが腰を浮かしかけようとした、まさにその瞬間……クリフの右手が閃いた。

 ガツンと音を立ててナイフが壁に突き刺さる。
 絡んできた男が立ち止まる。

 次はガチーンと音がした。同じ所にナイフが1本……クリフの投げた2投目のナイフが、1本目のナイフと寸分違わず同じ所に突き刺さり、1本目のナイフを弾き飛ばしながら壁に突き刺さったのだ。

 ガチーン……3投目も全く同じだ。床に2本のナイフが落ちた。

「なあ、ナイフを取ってくれないか?」

 クリフが男に話しかけた。
 男は青くなり、ナイフを拾い上げ、震える手でクリフに渡した。

「何か用かい?」

 ゆっくりと、クリフが男に語りかけた。
 テーブルの男たちが「すいません、ご迷惑をかけました」と詫び、会計を済ますと足早に店から出ていく。

「……壁に穴を開けるなよ。」

 マスターがクリフに話しかけるがクリフは無言だ。

……兄貴らしくもねえ。

 ギネスは思う。普段のクリフなら、あの手合いは無視するに決まっているのだ。
 実力で黙らせるなんて……らしくない。

 クリフの様子がおかしい理由をギネスは知っていた。

 クリフと恋仲だった娼婦が今日、絞首刑となったのだ……そして彼女を捕らえたのはクリフ本人だ。
 それがクリフの心をささくれ立たせているのだろう。
 クリフは荒れているのだ。

「兄貴、どうやったらあんな風に投げれるんですかい?」

 なんとも言えない嫌な空気を変えれればと、ギネスはつとめて明るくクリフに尋ねてみた。

「……よく狙え。」

 ギネスの問いに、クリフが答えたのはこれだけだった…。



………………



 翌日、7番通りの塩問屋を訪ねるギネスの姿があった。
 塩問屋の店構えは立派なものだ。
 塩という必要不可欠な商品を扱うため、また内陸部に位置するマカスキル王国では塩の値段が高いため、儲けも大きいのだろう。

 店の小僧に用件を伝え、待つことしばし…ギネスは応接間に通された。

「あなたが依頼を引き受けて下さったのですか?」

 挨拶も無くブレアと思わしき50絡みの紳士がギネスに尋ねた。
 じろじろと値踏みをするような嫌らしい目付きをしている。

……なんか、いやな親父だね。

 ギネスは内心不快であったが、おくびにも出さず問いを返した。

「失礼ですが……ブレアさんで?」

 紳士は不快げに「ふん」と鼻を鳴らした。

「そうだ、私が依頼人のブレアだ。」
「依頼を引き受けたギネスと申しやす。娘さんをお探しだとか……幾つか確認させて頂きやす。」

 さらにブレアは不快げな顔をした。

「なぜだね? 私は依頼人だ。君はただ、娘のドリスを探してくれれば良い。私が話すことなどは無い。」

 ギネスはわざとらしく「はあーっ」と溜め息をついた。

「申し訳ありやせんが、何も手がかりが無くては探せませんぜ。第一、今聞くまでドリスさんの名前すら知らなかったんでさ。探しようがねえ。」

 ブレアが「ふむ」と頷いた。

「君は今までに来た冒険者よりも大分とましなようだ……何が聞きたいのかね?」

 探し人というのは比較的簡単な依頼だ。それゆえベテランが引き受けることは先ずは無い。
 今までブレアの元に来た冒険者というのは素人に毛が生えたような奴か、適当に調査したふりをして「死んでました」とか報告するような手合いだったのだろう。その様な冒険者は多い。

「まず、いなくなった時期、いなくなった心当たりがあれば。何しろ手がかりは少しでも欲しいところで。」

 ブレアは思い出したくもないといった風情だが、ギネスの質問に答えていった……。


…………


 娘のドリスがいなくなったのは6年前。ドリスは当時17才だった。

 心当たりは十分にある。
 当時ブレアはドリスが年頃になったので縁談を纏めようとした。何しろドリスは一人娘だ、立派な婿を探してやらねば店が人手に渡ってしまう。

 しかし、ドリスはこの縁談に猛反発した。
 ドリスには恋人がすでにいたのだ。
 相手はチャスという冒険者だった。当然、ブレアは冒険者と娘がどうにかなるなど許すわけがない。
 縁談がいよいよ纏まろうかという時期になり、チャスとドリスは姿を消した。

 駆け落ちしたのだ。

 以来6年、全く音信はない。


…………


「なるほど、有難うございやす。見つけて、場所を報告すればいいんですね?」
「そうだ。様子などが分かれば、なお良い。」

……ふうん、連れ戻さなくてもいいのか。

 ギネスは少し疑問に思いつつも店を辞去した。
 先ずは冒険者のチャスから当たろう。
 冒険者の情報となれば酒場のマスターだ。

 ギネスはいつもの酒場に向かっていった。



………………



「チャスか、知ってるぜ。デールって兄貴と兄弟で冒険者やってたのさ。兄貴のデールは引退して17番通りで野ネズミ亭って酒場をやってるはずだ。」

 マスターに尋ねるや、予想以上に成果があった。
 マスターに自分のことはどれだけ知られているのかと想像すると、ギネスは少しだけ薄寒くなった。

「ありがとよ。17番通りだな。」

 ギネスは注文した代金よりもかなり多目に酒代を支払った。
 これは情報料も含まれている。この手のことを渋ると冒険者としての世渡りはできなくなる。
 「あいつはケチなやつだ」と評判が立とうモノなら仲間(パーティ)は組めなくなるし、噂話も回ってこなくなる、自然と爪弾きにされ廃業だ。

 ギネスは17番通りに向かう。
 もう夕方になる。酒場に向かうには丁度良いだろう。

……へへっ、こいつは早いとこカタがつきそうだぜ。



 まだ依頼も終えぬうちから皮算用を始め、ギネスはほくそ笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...