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一章

速信鳥で

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「イレン、久しぶり」
「アヤラセ、なんかまずい状態?」
そう言って立ち上がったのはすらりとした青髪青目の美しいヒトだった。豊かな乳房が上着からはちきれそうだ。目は切れ長で鋭かったが、アヤラセを見る目は優しかった。背は高く、アヤラセと同じか少し高いくらいに見えた。どう見ても女性にしか見えないそのヒトにも、完全に身長が負けているリキは(…この世界では随分吾は小さいと思われていような)とため息をついた。
「あら、かわいいお客さんもつれているようじゃないか」
「うん、おれの大事な子。リキっていうんだ。イレンも知っといて」
そう言われてリキは会釈をした。
「リキと申す。アヤラセに何かと世話になっておる」
リキの言葉を聞いたイレンは、目を丸くしてアヤラセとリキを交互に見た。アヤラセは正面からイレンの顔を見れないのか、少し顔を背けて耳を赤くしている。リキはまっすぐにイレンの顔を見ていて、その対比にイレンは吹き出しそうになった。
「アヤラセ、よかったねえ。こんな素敵な子がいるなんて、知らなかったよ。」
「…うん、まあね‥。それより速信鳥を貸してくれ。」
イレンの顔がきゅっと引き締まった。
「ヤルルア様に連絡したいのね。…そう、早めがいいよね。」
そういってイレンは何やら呟いてシュッと手を振った。するとそこに白く、ぼんやりとした輪郭の鳥が現れた。リキは驚いてそれをじっと見たが、どうにもその鳥は少し透けているように見える。どういうことか理解ができず、尋ねてみたかったが、イレンとアヤラセの表情は固く、とても訊ける雰囲気ではなかったので黙っていた。
「ヤルルア様に、至急」
そう言うと鳥はふわりふわりと羽ばたき始めた。かといって飛び立つわけでもない。しばらく羽ばたきを続ける鳥を三人で眺めていると、突然、羽ばたきが止まり人の声が聞こえてきた。
「イレン、どうした?」
「ヤルルア様、アヤラセが来てます」
「何⁉︎」
「ヤルルア、久しぶり」
ぼんやりとした姿の鳥からは想像できないくらいのしっかりとした声が響いてくる。
「アヤラセ、元気にしてるのか、よかった。だがこうして連絡をしてきたということは、緊急の事か?…ライセンならアキツマにいるぞ」
「ああ、やっぱりな‥。どうしてもランムイの力を借りなくちゃいけなくって、カンガで通信したんだ。」
「‥‥そうか、あいつ私には何も言わなかったが‥わかった、気をつけておく。他に力になれることはあるか?」
そう言ってくれる頼もしい声に安心しながらも、アヤラセは厳しい顔でイレンに向かって言った。
「イレン、ここから話すことは絶対に漏らさないで」
「承知したよ」
事もなげに返事をしたイレンに安心しながら、アヤラセは続けた。
「ヤルルア、おれ伴侶にしたい子ができたんだ」
鳥からひと息、のんだような気配がしたが、すぐに言葉が出てきた。
「…そうか、よかったな、アヤラセ、よかった…」
「ありがとう。…でも、問題があって。その子、カベワタリなんだ」
鳥の向こうでヤルルアが、ここでイレンがまた息を呑んだ。
「カベ、ワタリ、か‥確かにランムイは何かしら言ってきそうだな‥」
「うん、そしてハリ玉を持ってたから一応一回はここの子果清殿に行くつもり。ナガエって人を紹介してもらった」
「ああ、ナガエ様なら確かに信頼できるな。‥ツトマにはしばらく滞在するか?」
「そうだな、多分」
「わかった、私もここが片付いたらすぐにそちらへ向かおう。お前ひとりでは色々、面倒なことにもなりかねないしな」
ふふっという声が聞こえ、少し改まった様子の声になった。
「そこにカベワタリはいるか?」
「いるよ‥ほら、リキ、話して大丈夫」
リキはおそるおそる鳥に向かって話した。
「わ、吾はリキと申す。アヤラセに世話になっておる」
「ご丁寧にありがとう。私はヤルルア、アヤラセの親だ。アヤラセの心を開いてくれて感謝にたえない。あなたにとって悪いことが起きないよう、私も持てるすべての力を使うと約束しよう。」
リキはアヤラセの親と聞いて少し慌てて返事をした。
「い、いや、吾こそアヤラセには世話になってばかりだ。親御様においてはご不快なこともあろうがご容赦願いたい」
「ふふ、アヤラセ、とてもいい子みたいだね。会うのが楽しみだ。じゃあ、そろそろ行かなきゃならないから通信を切るよ。イレン、ありがとう」
「いえ。ではヤルルア様」
そう言ってイレンが腕をひと回しすると、白くぼんやりとした鳥は霧散して消えた。
ふう、と息をついたイレンにアヤラセは礼を言った。
「ありがとう、イレン。疲れたところだっただろ」
「いいよそんなこと。それより‥」
そう言ってイレンはリキに向き直った。
「リキ、カベワタリなのね。本当の名は?」
「…森力丸長氏じゃ」
「そう。悪いけど、頭巾を脱いでもらえる?」
アヤラセの方を見ると、うなずかれたのでリキは頭巾を取った。さらりと銀色の髪が零れ落ちた。
イレンは目を瞠った。
「子果樹、の色…。」
「そうなんだよ。きいたことある?」
イレンはぶんぶんとかぶりを振った。
「ないわよ。カベワタリ自体、お会いするのは初めてだもの。ゴリキにカベワタリが到来したのって多分百年前くらいが最後よ」
「そうかあ‥」
二人の話す雰囲気から、やはりカベワタリという存在が稀有なものであることをリキは実感した。だが、今一つカベワタリがもたらすことがわからない。結局おのれはこの世界に悪いものをもたらす存在なのか、またはいてはならぬ存在なのか。
「アヤラセ、イレン殿、ご存じの事を全て教えてくださらぬか。この国にとってカベワタリとはどういうものなのだ」
アヤラセはそっとリキの身体を引き寄せ、その肩を抱いた。
「おれはリキに教えたこと以上のことは知らないんだよ。イレン、何か知ってる?」
「私もあまり詳しくは知らないわ。…ただ、コウリキシャがカベワタリを欲しがるといううわさは聞いた事がある。何でも力を倍増させるとかなんとかって…」
アヤラセは驚いてイレンの顔を見た。そんな話は聞いた事がなかった。それでは、リキの身体はぐっと危険にさらされることになってしまう。自分がリキを守りきれるかどうか。
イレンはそんなアヤラセの顔を見て慌てて言葉を継いだ。
「待って、私だっていつ聞いたか覚えてない噂話程度だから。ヤルルア様がきっと情報を集めてくださると思うわ。」
「そ、うか、そうだな」
アヤラセは身体から力が抜けるのを感じた。こんなことではリキを守れるかわからない。もっと肉体的にも精神的にも、強くならなくては。そう思って息を一つついてから、改めてイレンに礼を述べた。
「ヤルルアに連絡が取れて助かったよ、イレン。カベワタリの情報も、知らなかったから助かる」
「だから噂程度よ。もう少し時間があれば調べられないこともないけど、きっとヤルルア様の方が早いと思うから」
「うん、わかってる」
イレンは優しい顔でリキを見つめ、そっと頭をなでた。
「リキさん、アヤラセと一緒にいてくれてありがとう。二人で幸せになってね。私もできることは何でも協力するわ」
「かたじけない、イレン殿。吾もアヤラセが傍におってくれて、助かっておる。アヤラセの役に立てるように精進する」
イレンはふふふと小さな声をたてて笑った。
「いいのよ、あなたはアヤラセに甘えていれば。それがアヤラセだって嬉しいんだから。そうでしょ?」
総顔を覗き込まれながら言われたアヤラセは、また少し顔を赤くしてそっぽを向いた。
「イレンにはかなわねえなあ‥」
イレンは笑みを絶やさぬまま、だが少し顔を引き締めて言った。
「本当はゆっくりお茶でも飲みたいところだけど、話を聞く限りは早めに子果清殿に行った方がいいと思う。今日の訪問の刻限が迫っているから、もうすぐ行った方がいいわ」
「わかった」
アヤラセもそう答えて、軽く礼をしてからすぐに部屋を出た。
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