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66 ままならない人々
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「え、あ、まあ、そうか‥」
ジャックはもう一杯冷たいお茶を注ぎながら言う。
「領主邸にいる使用人たちは基本的にアーセル様が好きですから、マヒロ様がアーセル様と伴侶になってくれたらいいなって思ってますけど、マヒロ様は龍人様の方が好きでしょ?」
「‥‥うん」
ジャックはポットをワゴンに置いて、おや?という顔をした。その気配を感じて思わずマヒロは俯いた。ジャックはそろりとマヒロの近くに寄ってきてしゃがみ込んだ。
「‥マヒロ様?ひょっとしてお気持ちが揺れてたりします?」
マヒロは俯いたまま何も言わない。ジャックは優しくその背を撫でた。
「マヒロ様、『国王選抜』が終わるまではアーセル様と一緒にいるんですよね?それまでまだ時間があるんですからあまり悩まないで!いつでもジャックが話を聞きますよ!」
「‥ありがと」
マヒロは小さくそれに応えた。
アーセルは深いため息をついて寝台に横になった。
疲れた。途轍もなく疲れた。
ここまでティルンと長く時間を過ごしたのは初めてだった。敬愛する国王陛下の子だと思えば遠慮もあったのだが、マヒロへの憎々し気な視線といいアーセルへの接し方といい耐えられるものではなかった。
つい、強い言い方で拒絶をしてしまったが、この先の六か月をどう過ごせばいいのだろうか。そもそも異生物の退治に赴くことが増えるとは思うが、それにしても屋敷に帰ってきていつもあの調子で待ち構えていられるかと思うと今から気が重い。
そこまで考えて、マヒロのことを思った。
あそこまでティルンが自分にベタベタと接していても、その事についてはあまりマヒロの感情は動いていないかのように見えて、ひそかにアーセルはがっかりしていた。
やはり、マヒロの心はあの龍人にあって動くことはないのだろうか。
自分の、伴侶にはやはりなってもらえないのだろうか。
今日のマヒロの一挙手一投足が思い出される。様々な店に行って興味深く話を聞いているマヒロの表情の一つ一つが、どれもアーセルにとってはたまらなく愛おしかった。
ごろりと寝台の上で寝返りを打つ。
ティルンのあの態度はやりすぎだと自分では思ったが、マヒロにも自分はそのような印象を与えているのではないか。その心配が今日はずっと心にあって、なかなかマヒロに話しかけることができなかった。
アツレンに戻れば、基本的に異生物の退治を最優先とした生活を送らねばならない。今までのようにマヒロと話したり食事をしたりする時間はあまりとれない可能性がある。正直そのような状態の中で、ティルンを引き受けるのは気が進まなかった。だが、国王陛下に乞われてしまえばアーセルには断るすべがない。
天井に向けた顔の額に右手を置いて目をつぶる。
自分が国王の器だとは正直思っていない。だが、ダンゾやガルンを国王にするわけにはいかない、その一心で選抜に臨む。無論、常に自分の傍にいるルウェンの強い後押しにも動かされはした。
だが、心のどこかには、そんなものを放り出してマヒロを引っさらいどこかで二人だけで生きていきたい、という勝手な気持ちがある。
そんな勝手な気持ちを持っている自分が、万が一国王になったとしても六十年もの永きに渡りその責を担えるか。
今、アーセルはそれがわからなくなっていた。
『カベワタリ』にここまで心を動かされるとは。
マヒロに出会ってから、思いもよらない自分に驚くばかりだ。
アーセルは額の上の手をぐっと握りしめた。
ティルンは部屋で一人ぼんやりと座っていた。
国王の子といっても、それで特にティルンに何か役割が与えられるわけではない。カルカロア王国では珍しいシンリキシャではあったが、治療などに携われるほどの能力はなかった。だから自分の身の振り方は自分で決めねばならないのだ。
上子達はみなもうそれぞれに進む道を決めている。いまだに決まっていないのはティルンだけだ。
『国王選抜』が終わり、王位移譲が終わる一年後にはティルンは国王の子ですらなくなる。どんなに遅くともその時までには身の振り方を決めねばならない。
小さい時から、アーセルに憧れていた。秀麗な顔立ちや身体つきにも惹かれたが、何よりも騎士修練武闘でのアーセルの戦いぶりがティルンの心を掴んで離さなかった。
なんて美しく戦うヒトなんだろう。
初めてアーセルが戦う姿を見た六歳の時から、ずっとアーセルの伴侶になりたいと思ってきた。自分が成人を迎える前にアーセルが伴侶を迎えてしまったらどうしよう、とそればかり気になっていた。
ようやく十六歳になって、そしてまだアーセルには伴侶がいないということに歓喜していたのに、いざアーセルの近くに来てみれば知らないヒトが居座っている。しかも得体のしれない『カベワタリ』という者であるとか。
アーセルがその者に心を奪われているのは見ていればすぐにわかった。アーセルが他人をあんなに熱い視線で見ているところなど、見たことがなかったから。そのアーセルの姿は、ティルンの心をじくじくと傷めつけた。
何より、その『カベワタリ』のマヒロとかいう者が、アーセルの気持ちに全く応えていない様子なのに腹が立った。『国王選抜』開始のパーティーでは、龍人にエスコートをさせていたではないか。
どこまで、アーセルを馬鹿にすれば気がすむのか。
そう思えばティルンの心は憎悪に燃えた。絶対にあの『カベワタリ』を許すことはできない。そして、アーセルを譲ることもできない。
どうにかしてアーセルの近くから排除しなければならない。
ティルンはきつく唇を噛んで考えていた。
ジャックはもう一杯冷たいお茶を注ぎながら言う。
「領主邸にいる使用人たちは基本的にアーセル様が好きですから、マヒロ様がアーセル様と伴侶になってくれたらいいなって思ってますけど、マヒロ様は龍人様の方が好きでしょ?」
「‥‥うん」
ジャックはポットをワゴンに置いて、おや?という顔をした。その気配を感じて思わずマヒロは俯いた。ジャックはそろりとマヒロの近くに寄ってきてしゃがみ込んだ。
「‥マヒロ様?ひょっとしてお気持ちが揺れてたりします?」
マヒロは俯いたまま何も言わない。ジャックは優しくその背を撫でた。
「マヒロ様、『国王選抜』が終わるまではアーセル様と一緒にいるんですよね?それまでまだ時間があるんですからあまり悩まないで!いつでもジャックが話を聞きますよ!」
「‥ありがと」
マヒロは小さくそれに応えた。
アーセルは深いため息をついて寝台に横になった。
疲れた。途轍もなく疲れた。
ここまでティルンと長く時間を過ごしたのは初めてだった。敬愛する国王陛下の子だと思えば遠慮もあったのだが、マヒロへの憎々し気な視線といいアーセルへの接し方といい耐えられるものではなかった。
つい、強い言い方で拒絶をしてしまったが、この先の六か月をどう過ごせばいいのだろうか。そもそも異生物の退治に赴くことが増えるとは思うが、それにしても屋敷に帰ってきていつもあの調子で待ち構えていられるかと思うと今から気が重い。
そこまで考えて、マヒロのことを思った。
あそこまでティルンが自分にベタベタと接していても、その事についてはあまりマヒロの感情は動いていないかのように見えて、ひそかにアーセルはがっかりしていた。
やはり、マヒロの心はあの龍人にあって動くことはないのだろうか。
自分の、伴侶にはやはりなってもらえないのだろうか。
今日のマヒロの一挙手一投足が思い出される。様々な店に行って興味深く話を聞いているマヒロの表情の一つ一つが、どれもアーセルにとってはたまらなく愛おしかった。
ごろりと寝台の上で寝返りを打つ。
ティルンのあの態度はやりすぎだと自分では思ったが、マヒロにも自分はそのような印象を与えているのではないか。その心配が今日はずっと心にあって、なかなかマヒロに話しかけることができなかった。
アツレンに戻れば、基本的に異生物の退治を最優先とした生活を送らねばならない。今までのようにマヒロと話したり食事をしたりする時間はあまりとれない可能性がある。正直そのような状態の中で、ティルンを引き受けるのは気が進まなかった。だが、国王陛下に乞われてしまえばアーセルには断るすべがない。
天井に向けた顔の額に右手を置いて目をつぶる。
自分が国王の器だとは正直思っていない。だが、ダンゾやガルンを国王にするわけにはいかない、その一心で選抜に臨む。無論、常に自分の傍にいるルウェンの強い後押しにも動かされはした。
だが、心のどこかには、そんなものを放り出してマヒロを引っさらいどこかで二人だけで生きていきたい、という勝手な気持ちがある。
そんな勝手な気持ちを持っている自分が、万が一国王になったとしても六十年もの永きに渡りその責を担えるか。
今、アーセルはそれがわからなくなっていた。
『カベワタリ』にここまで心を動かされるとは。
マヒロに出会ってから、思いもよらない自分に驚くばかりだ。
アーセルは額の上の手をぐっと握りしめた。
ティルンは部屋で一人ぼんやりと座っていた。
国王の子といっても、それで特にティルンに何か役割が与えられるわけではない。カルカロア王国では珍しいシンリキシャではあったが、治療などに携われるほどの能力はなかった。だから自分の身の振り方は自分で決めねばならないのだ。
上子達はみなもうそれぞれに進む道を決めている。いまだに決まっていないのはティルンだけだ。
『国王選抜』が終わり、王位移譲が終わる一年後にはティルンは国王の子ですらなくなる。どんなに遅くともその時までには身の振り方を決めねばならない。
小さい時から、アーセルに憧れていた。秀麗な顔立ちや身体つきにも惹かれたが、何よりも騎士修練武闘でのアーセルの戦いぶりがティルンの心を掴んで離さなかった。
なんて美しく戦うヒトなんだろう。
初めてアーセルが戦う姿を見た六歳の時から、ずっとアーセルの伴侶になりたいと思ってきた。自分が成人を迎える前にアーセルが伴侶を迎えてしまったらどうしよう、とそればかり気になっていた。
ようやく十六歳になって、そしてまだアーセルには伴侶がいないということに歓喜していたのに、いざアーセルの近くに来てみれば知らないヒトが居座っている。しかも得体のしれない『カベワタリ』という者であるとか。
アーセルがその者に心を奪われているのは見ていればすぐにわかった。アーセルが他人をあんなに熱い視線で見ているところなど、見たことがなかったから。そのアーセルの姿は、ティルンの心をじくじくと傷めつけた。
何より、その『カベワタリ』のマヒロとかいう者が、アーセルの気持ちに全く応えていない様子なのに腹が立った。『国王選抜』開始のパーティーでは、龍人にエスコートをさせていたではないか。
どこまで、アーセルを馬鹿にすれば気がすむのか。
そう思えばティルンの心は憎悪に燃えた。絶対にあの『カベワタリ』を許すことはできない。そして、アーセルを譲ることもできない。
どうにかしてアーセルの近くから排除しなければならない。
ティルンはきつく唇を噛んで考えていた。
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