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58 ジャックの腕前
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ジャックはマヒロの部屋まで戻ると、浴室の前で腕まくりをした。
「さあ、マヒロ様!明日のパーティーの戦闘準備です!」
「へ?戦闘準備‥?パーティー、だよね‥?」
ジャックは何を言っているのか、といった顔をしてマヒロを見た。
ジャックはここの領主邸でマヒロの専属になったメイドだ。メイドと言ってもこの世界には男女の別はないので、見た目がいかつい男のようであっても「メイド」と呼ばれる。ジャックは見た目は線の細い中性的な少年、といった風体だったが年齢はすでに三十を超えているとのことだった。(絶対高校生男子でも通るけどな‥)とマヒロは複雑な気持ちでこの線の細いメイドを見つめたのを覚えている。
ジャックはなぜかとてもマヒロの事を気に入っており、どこに行くにも何をするにもマヒロの後を付いてまわって色々なことを教えてくれていた。アツレンに帰る時には自分も一緒に言ってマヒロの世話をする!と言い出し、先日アーセルから許可をもぎ取ってきていたほどだ。
「マヒロ様、明日はパーティーですけど、美しく装った姿を競うという点では戦いなんです!今から入浴をしてマッサージをして、肌の調子を整えて明日の化粧が映えるように仕込みをします!」
「‥ええええ‥」
心底面倒くさそうな顔をして、やや後ずさったマヒロの腕をジャックはがっしりと遠慮なくつかんだ。そして何か含んだような笑顔を見せた。
「逃がしません」
「うう‥」
その後、マヒロは散々にジャックに身体をこねくり回された。風呂場まで入ってきて世話を焼こうとするのには仰天して叫びまくり、それだけは何とか勘弁してもらった。何が悲しくて見た目高校生男子に風呂の世話までされなくてはならないのだ‥。
マッサージは基本的に気持ちよかったが、柔軟のようなものも組み込まれていて身体の固いマヒロは何度となく悲鳴をあげた。
マッサージも度を越せばトレーニングみたいなもので疲れるのだな‥とベッドに引きずり込まれるようにして眠りに落ちる瞬間、マヒロは考えた。
翌朝起きてからもジャックの「戦闘準備」は続いていた。朝一番には澄んだ水をコップで二杯も飲まされた。その後ジャック厳選の食事をとり、衣装を着せられて、化粧と髪の支度にとりかかる。
これまでマヒロは、この世界に来てから化粧というものをしたことがなかった。そういう道具があるとも思っていなかったのだ。もともと日本にいた時でも日焼け止めとリップクリームくらいしかしていなかったマヒロなのであまりそこに関心もなかった。
だが、今目の前に広げられているのは色とりどり様々な種類の化粧品だった。見た目にも美しい容器に入っているものが多く、思わず「わあ」と見とれてしまう。
「マヒロ様はもっと普段から色々構われた方がいいですよ、せっかくきれいな肌もお持ちなんですから」
そう言いながら次々とジャックは色々なものをマヒロの顔に塗りこんでいった。ジャックの手つきは滑らかで慣れたものだった。
「日々のお手入れがお肌を作るんですよ。もう、これから毎日僕がマヒロ様を磨き上げますからね~」
ジャックは嬉しそうにマヒロの豊かな赤毛を手櫛で軽く梳いた。鏡を見たり、少し後ろに引いて衣装とのバランスを見たりしながら何度も髪形を変えていく。もう何でもいいよ‥と思い始めた頃にようやくジャックの納得いくものになったようで、よし、と言われ心からほっとした。
しかし仕上がりは素晴らしかった。ジャックは普段から自分も化粧や手入れに気をつけているようで、色々な知識を持っていた。それがマヒロに対してもいかんなく発揮された形だった。
勿論身にまとうのはハルタカが持ってきてくれたあの衣装である。薄桃色のドレスはそれだけでも華やかだったが、ジャックは裾の長さが足りない、と呟きどこからともなく薄いシフォン生地のような布を持ってきて、たくさんのドレープを寄せながらドレスの裾にあしらった。そのおかげで裾の長さもたっぷりとれ、マヒロのイメージするいわゆる「ドレス」の形になっていた。髪は緩く余裕を持たせてから一つに結い、その後工夫を凝らして高く結い上げられている。そのうなじからは幾筋か髪が垂らされていた。結い上げられた髪には、小さな花のモチーフで作られた黒曜石のような石の髪飾りがちりばめられている。マヒロの赤髪にその石はよく映えた。
顔立ちもジャックの素晴らしい手腕によって肌には透明感が出てつやつやしており、目鼻立ちが少しくっきりするように化粧が施されている。
「う、わ~‥化けた~化けられたよ‥ジャック凄い!さすがプロ!」
ジャックは得意げに胸を張った。
「僕は日々色々な情報を集めて、化粧やお肌のお手入れではだれにも負けないと自負していますからね。マヒロ様、とても美しいです」
「あ、ありがと‥」
普段自分の容姿にほとんど自信を持てていないマヒロだったが、鏡に映る今の自分へは持ってもいいかな‥と思える出来栄えだった。
ジャックが満足する仕上がりになった時にはもう領主邸を出発するという時間になっていた。他の使用人が呼びに来て慌てて玄関に向かう。小型の機工車が用意されていて、退異騎士の正装に身を包んだ凛々しいたたずまいのアーセルとルウェン、そして昨日見た王子様のような格好のハルタカが待っていてくれた。
アーセルは小型機工車に乗せようとしたが、ハルタカはひょい、とマヒロを抱き上げるとテンセイに乗せようとする。そこにジャックの鋭い声が飛んだ。
「龍人様いけません!飛竜で移動するとマヒロ様の装いが無茶苦茶になります!」
有無を言わせぬジャックの口調に、さすがのハルタカもマヒロをテンセイに乗せるのを諦め小型機工車に乗り込むのを見送るしかなかった。
「さあ、マヒロ様!明日のパーティーの戦闘準備です!」
「へ?戦闘準備‥?パーティー、だよね‥?」
ジャックは何を言っているのか、といった顔をしてマヒロを見た。
ジャックはここの領主邸でマヒロの専属になったメイドだ。メイドと言ってもこの世界には男女の別はないので、見た目がいかつい男のようであっても「メイド」と呼ばれる。ジャックは見た目は線の細い中性的な少年、といった風体だったが年齢はすでに三十を超えているとのことだった。(絶対高校生男子でも通るけどな‥)とマヒロは複雑な気持ちでこの線の細いメイドを見つめたのを覚えている。
ジャックはなぜかとてもマヒロの事を気に入っており、どこに行くにも何をするにもマヒロの後を付いてまわって色々なことを教えてくれていた。アツレンに帰る時には自分も一緒に言ってマヒロの世話をする!と言い出し、先日アーセルから許可をもぎ取ってきていたほどだ。
「マヒロ様、明日はパーティーですけど、美しく装った姿を競うという点では戦いなんです!今から入浴をしてマッサージをして、肌の調子を整えて明日の化粧が映えるように仕込みをします!」
「‥ええええ‥」
心底面倒くさそうな顔をして、やや後ずさったマヒロの腕をジャックはがっしりと遠慮なくつかんだ。そして何か含んだような笑顔を見せた。
「逃がしません」
「うう‥」
その後、マヒロは散々にジャックに身体をこねくり回された。風呂場まで入ってきて世話を焼こうとするのには仰天して叫びまくり、それだけは何とか勘弁してもらった。何が悲しくて見た目高校生男子に風呂の世話までされなくてはならないのだ‥。
マッサージは基本的に気持ちよかったが、柔軟のようなものも組み込まれていて身体の固いマヒロは何度となく悲鳴をあげた。
マッサージも度を越せばトレーニングみたいなもので疲れるのだな‥とベッドに引きずり込まれるようにして眠りに落ちる瞬間、マヒロは考えた。
翌朝起きてからもジャックの「戦闘準備」は続いていた。朝一番には澄んだ水をコップで二杯も飲まされた。その後ジャック厳選の食事をとり、衣装を着せられて、化粧と髪の支度にとりかかる。
これまでマヒロは、この世界に来てから化粧というものをしたことがなかった。そういう道具があるとも思っていなかったのだ。もともと日本にいた時でも日焼け止めとリップクリームくらいしかしていなかったマヒロなのであまりそこに関心もなかった。
だが、今目の前に広げられているのは色とりどり様々な種類の化粧品だった。見た目にも美しい容器に入っているものが多く、思わず「わあ」と見とれてしまう。
「マヒロ様はもっと普段から色々構われた方がいいですよ、せっかくきれいな肌もお持ちなんですから」
そう言いながら次々とジャックは色々なものをマヒロの顔に塗りこんでいった。ジャックの手つきは滑らかで慣れたものだった。
「日々のお手入れがお肌を作るんですよ。もう、これから毎日僕がマヒロ様を磨き上げますからね~」
ジャックは嬉しそうにマヒロの豊かな赤毛を手櫛で軽く梳いた。鏡を見たり、少し後ろに引いて衣装とのバランスを見たりしながら何度も髪形を変えていく。もう何でもいいよ‥と思い始めた頃にようやくジャックの納得いくものになったようで、よし、と言われ心からほっとした。
しかし仕上がりは素晴らしかった。ジャックは普段から自分も化粧や手入れに気をつけているようで、色々な知識を持っていた。それがマヒロに対してもいかんなく発揮された形だった。
勿論身にまとうのはハルタカが持ってきてくれたあの衣装である。薄桃色のドレスはそれだけでも華やかだったが、ジャックは裾の長さが足りない、と呟きどこからともなく薄いシフォン生地のような布を持ってきて、たくさんのドレープを寄せながらドレスの裾にあしらった。そのおかげで裾の長さもたっぷりとれ、マヒロのイメージするいわゆる「ドレス」の形になっていた。髪は緩く余裕を持たせてから一つに結い、その後工夫を凝らして高く結い上げられている。そのうなじからは幾筋か髪が垂らされていた。結い上げられた髪には、小さな花のモチーフで作られた黒曜石のような石の髪飾りがちりばめられている。マヒロの赤髪にその石はよく映えた。
顔立ちもジャックの素晴らしい手腕によって肌には透明感が出てつやつやしており、目鼻立ちが少しくっきりするように化粧が施されている。
「う、わ~‥化けた~化けられたよ‥ジャック凄い!さすがプロ!」
ジャックは得意げに胸を張った。
「僕は日々色々な情報を集めて、化粧やお肌のお手入れではだれにも負けないと自負していますからね。マヒロ様、とても美しいです」
「あ、ありがと‥」
普段自分の容姿にほとんど自信を持てていないマヒロだったが、鏡に映る今の自分へは持ってもいいかな‥と思える出来栄えだった。
ジャックが満足する仕上がりになった時にはもう領主邸を出発するという時間になっていた。他の使用人が呼びに来て慌てて玄関に向かう。小型の機工車が用意されていて、退異騎士の正装に身を包んだ凛々しいたたずまいのアーセルとルウェン、そして昨日見た王子様のような格好のハルタカが待っていてくれた。
アーセルは小型機工車に乗せようとしたが、ハルタカはひょい、とマヒロを抱き上げるとテンセイに乗せようとする。そこにジャックの鋭い声が飛んだ。
「龍人様いけません!飛竜で移動するとマヒロ様の装いが無茶苦茶になります!」
有無を言わせぬジャックの口調に、さすがのハルタカもマヒロをテンセイに乗せるのを諦め小型機工車に乗り込むのを見送るしかなかった。
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