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15 番い

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「‥毒など入っていないぞ」
「そんなこと疑ってません!」
仕方なく、ぱく、と口に入れた。甘酸っぱい味と香りが広がり、そのあとすぐにとても濃厚な甘さが広がる。果汁がたっぷりで喉をつるつると滑っていく。
ごく、と嚥下して思わず言った。
「うわ、美味しい!面白い、味が変わるんですね」
「気に入ったならよかった。身体の回復にもいいはずだからたくさん食べろ、まだ食べたければ取ってきてやる」
「‥ハルタカさんが、わざわざ取ってきてくれたんですか?」
「そうだ。ランガはかなり高地にある木に生っているから、ヒトにはなかなかとれないのでな」
「ありがとうございます‥」
いいから食べろ、とハルタカはまた「あーん」状態にしてくる。いや、これは「あーん」というより、「餌付け」に近いのでは。パンダだし。
そうは思ったが、あまりに恥ずかしいのでハルタカの手から短い串を取り上げた。
「自分でも食べられますから」
すると目に見えてハルタカが不機嫌な顔になる。
「マヒロは私に何もさせないな」
「えー‥と‥、ハルタカさんは、私に餌付‥食べさせたいんですか?」
「うむ」
美形が真顔で頷いている。何だそれ。
「それは、なぜ‥?」
問われてハルタカは、ん?という顔をして首をかしげている。‥‥わからんのかいっ、とマヒロは心の中で突っ込んだ。
ハルタカはきゅっと眉を寄せて少し考えていたが、自分でもあまり納得していないような顔で話しだした。
「‥やはり、マヒロは私の番いにあたるのでは、と思う。これまで、このように色々と世話をしたいと思ったり共に過ごしたいと思ったりしたヒトはいなかったからな。‥マヒロは、私と番うのは嫌か?」
「番う、って‥あの、セッ‥性交込みで、付き合うってことですよね‥?」
「そうなるな」
「うーん‥」
今度はマヒロが考え込んでしまう。
確かに恐ろしいほどの美形な男で、なんか能力もあるっぽくて、尽くしてくれそう。‥でも、この人本当に私のこと好きか?ちょっとそれがぴんと来ない。そして自分も、好きかどうかわからない。なんか変な人、という印象の方が強いし。
「ちょっと、まだ判断できないですねえ‥」
難しい顔でそういうマヒロを見て、ハルタカは内心驚いていた。

この世界では、龍人タツトの番いに選ばれるのは大変な栄誉とされている。もちろん滅多にないことだからもあるが、単純に番いになれば[龍人タツトの恩寵]が受けられるので寿命が恐ろしく長くなる。またほとんど年も取らなくなるのだ。龍人タツトの番いになりたくて、龍人タツトを捕まえようとした馬鹿者の事が教訓めいたおとぎ話として残っているほどだ。
ハルタカ自身もこれまで何度もそういう誘いを受けてきたし、一度きりの関係でもいいから抱いてほしいと言われたことも両手でも足りないほどにある。
だが、目の前にいるマヒロはそんなことを全く考えていない。‥おそらく龍人タツトの番いになる、ということに対し、何もありがたいなどと思っていないのだ。しかも断ろうとしている。カベワタリだからその価値を知らないと言えばそれまでだが。
ハルタカはどうすればいいか、一生懸命考えていた。まさか龍人タツトから番いを望まれて断るヒトがいようとは思っていなかったからである。
「マヒロは、私が嫌いか‥?」
恐る恐るこう言っている自分がハルタカは信じられなかった。ヒトの心をこんなに慮ったことはない。
そんなハルタカの心を知ってか知らずか、マヒロはぱくぱくとランガを口に入れて「美味しーい!」とのんきに喜んでいる。‥こんなに喜ぶならもっと取ってきてやればよかった。
「嫌いなんてことはないです、すごくお世話になってるし‥でも、恋愛的な意味で好きかと聞かれると‥まだ知り合って二日しか経ってないんですよ?無理じゃないですか?そんな気持ちになるの」
二日では足りないらしい。だとすればここにしばらくいてもらうよう頼んでおいてよかった。
「では、これからここにいる間に私のことを知れば、好きになるか」
「えええ‥」
マヒロは眉を下げて困ったような顔をした。ランガに挿していた棒が止まる。ランガの皿に目を落とし、果実を意味もなく棒でつついている。ハルタカはじっと返事を待った。そのハルタカの様子をちらりとマヒロは横目で見て、はあ、とため息をついた。
「ハルタカさん、私恋愛をしたことが多分ないんですよね。‥だからどんな風に人を好きになって、それが恋に変わっていくのか自分でもわからないんです」
そう言って、マヒロはハルタカの目をまっすぐに見た。
「正直、ハルタカさんはすっごいイケメン‥綺麗な人だし、親切で何でもできて、私のことも助けてくれて、いい人だなと思います。‥でもだからってそれで好きになる、っていうのは‥なんか違うような気がするんですよね」
褒められている。と思う。だが全く褒められている気がしない。結局マヒロは自分を番いとしては見てくれない、というような内容の事を言っているのだ。
このままともに長く過ごしても、マヒロは自分の事を番いとして見てくれないかもしれない。‥ここからヒトの世に帰って、ヒトに混じって生活をし、‥‥いつか伴侶を得るのか。

そこまで考えた時、ハルタカは胸の奥がカッと熱くなるのを感じた。タツリキが胸の内でうねっている。じわりと身体全体からタツリキが洩れ出しそうになり、慌ててぐっと身体を引き締めた。
一瞬、ハルタカから洩れ出た殺気のようなものに、マヒロはビクッと身体を震わせた。タツリキを読み取れないマヒロは、自分の物言いがハルタカを怒らせたのではないかと不安になった。

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