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13 元の世界の名残り

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そう言えば、着替えをさせていなかった。
ふとハルタカはそう思いついた。ずっと見たことのない服を着ているマヒロの姿が思い浮かぶ。あの下衣は随分と短く、下衣の用をなしていないように見えた。もう少しマヒロの体力が回復したら、衣服を作ってやるか‥‥または近くの街に降りて何か購ってもいいかもしれない。
カベワタリの目には色々と珍しいだろうから、ひょっとしたら喜ぶかもしれない。
そこまで考えて、ハルタカはぎゅっと眉を顰めた。‥自分の思考がおかしい。カベワタリとはいえ単なるヒトの期限を伺うような、そのような思考を龍人タツトである自分がするとは。
自分の思考がこのように乱れて落ち着かないことは初めてだ。マヒロに出会ってからこういうことが増えた。これがカベワタリの影響だろうか。
カベワタリの功罪については古来よりいろいろな説があるが、未だに固定された学説がないのが通念のようだ。‥それを自ら探るのもまたいいのかもしれない。
ハルタカは乱れた思考を振り払うかのように頭を振った。そしてテンセイにかけた鞍に飛び上がる。
「テンセイ、戻れ!」
アオオ!と鋭く鳴いてテンセイは力強く羽搏き、空高く飛びあがった。


飛竜舎前の広場にテンセイを着地させ、荷物をほどき下ろす。何やらの残骸は広場の隅に置いておく。マヒロに聞いてから、その処分を決める。
手荷物らしき包みはマヒロに直接渡すため、手に持った。そのままマヒロが休んでいる部屋に向かう。
部屋の扉を軽く叩いて中に入ると、マヒロはまだ眠っていた。身体を丸め、上掛けの中に潜り込んであどけなく眠っている。十八だと聞いたが、こちらの十八くらいの若者ワクシャより幼く見えるのはなぜだろうか。少し変わった面差しのせいかもしれない。低く丸みを帯びた鼻、細い眉、少しぽってりとした唇。白い肌、きらきらと表情を変える黒い瞳。これまでにハルタカが出会ったどんなヒトにも、このようなものはいなかった。
椅子を引き寄せて寝台の横に座る。すうすうと一定のリズムで呼吸がされている。ずいぶん内部も整ってきたようだ。もともとの体力もあるのかもしれない。
上掛けから覗く髪をさらりと手で梳く。もはやすべてが鮮やかな赤い髪色に変化しており、元の黒髪の名残りはない。艶やかな赤毛はマヒロの顔を彩り、まるで生まれた時からその色であったかのように馴染んでいた。
そのまま手で髪を梳きながら頭を撫でる。‥落ち着く。ずっとこうやって頭を撫でてやりたい。いや、やはり目を覚ましてあのきらきらした瞳を見せてほしい。そしてハルタカに語り掛けてほしい。
そう思って、すっと手の甲で頬をさすった。その拍子に指が睫毛に触れてしまったらしく、「ん‥」とマヒロがぎゅっと瞼を震わせてからその瞳をこちらに向けた。
ああ、目を覚ました。
額にそっと手を当てる。発熱はしていないようだ。
「‥?ハルタカ、さん‥」
「起こしてしまったな。‥まだ眠るなら寝ていてもいい」
「‥ん、起きます‥お水もらえますか?」
からになっていた茶器に水を入れてやり、手渡す。受け取ってこくこくと飲む様子を眺める。‥口移しで飲ませればよかったか。だが、マヒロは嫌がりそうだ。嫌がるかも、と考えると何やら胸がざわざわする。異生物に遭遇した時のような気分になるのはなぜだろうか。
「‥あれ、そのリュック‥」
ハルタカが持ってきていた入れ物にマヒロが気づいたようだ。机に置いていたそれを寝台の上で起き上がったマヒロに渡してやった。
「お前が異生物に襲われていたところを見てきた。これが落ちていたのでお前のものかと思って持って帰ったのだ。やはりそうだったか?」
「はい、そうです、ありがとうございます。‥あんまり大したもの入ってないですけど」
とは言いながらも嬉しそうなマヒロが中を探っている。そのマヒロの横に腰掛けて髪を撫でる。
それに気づいたマヒロはまた顔を赤くして少し身をよじった。
「‥あの、何で撫でるんですか?」
「撫でるのも、だめか?」
そう言いながらハルタカは艶やかな赤毛を撫でるのをやめない。
大きなハルタカの手で、優しく髪や頭を撫でられるのは‥正直言って全然、全く嫌ではなかった。むしろ心地いい。でも、いつかはハルタカと別れなくてはならないのに、この優しい手に慣れてしまってはいけないのではないか、という気持ちがマヒロを襲った。
「だめ、じゃないです、けど‥恥ずかしいです」
「嫌ではないならこうさせてくれ。‥とても、落ち着くんだ」
本当はそのままこの身体ごと抱きしめてしまいたかったが、それは確実にマヒロが嫌がることがわかっているので撫でるだけに留めておく。
ハルタカはマヒロの肩越しにのぞき込むような形で、マヒロの手元を見た。
「よかったら何が入っているのか教えてくれ」
「え~、本当に大したもの入ってないんですけど‥えっと、これは教科書で‥」
課題が出ていたから持ち帰るつもりだった数学と英語の教科書を取り出す。中を見せるとハルタカが感嘆の声を上げた。
「すごいな、こんなに小さな字が、整然と並んでいる。‥絵も本物のようだし、色も鮮やかだ」
「あ~印刷技術が違うのかな‥?えっと、こっちがノートで‥」
「これは、マヒロが書いた字か?」
「そうです、あんまり字がうまくなくって‥恥ずかしいですけど」
「いや、綺麗に書かれているように見えるぞ。‥しかし色がたくさんついているな」
「ああ、色ペンとか蛍光ペンも使うから‥こういう、文字を書くものです。‥ほら」
そう言って赤ペンと黄色の蛍光ペンで線を引いてみせる。ハルタカは驚いた。ペンの中にインクが内蔵されているとは、見たことのない筆記用具だ。
「すごいな、お前の世界の道具は」
「すごいで言えば、こっちかと思いますよ、スマホ・・あ~電源切れてるな」
そう言ってマヒロが取り出したのは、掌より少し大きいくらいの長方形の板だった。片方は真っ黒でもう片方には色々な絵が描いてあるようだ。
「これは何をするものなんだ?」
マヒロは説明しようとして首をひねる。
「え~、むずかしいなあ。う~ん、えっと、友達や家族と連絡を取ったり、写真を撮ったり動画を見たり‥いろいろできるんだけど今は電源入ってないから何も見せられないですね」
「でんげんはいってない、とはどういうことだ?」
自分の顔のすぐ横にある、ハルタカの秀麗な顔を感じてマヒロはずっと顔が赤くなっていた。緊張する、なんでそんなところから顔を出してるんだ!近すぎない?距離感おかしくない?
えーと何だっけ?ああ、電源。
「えーと、この板の中身が動くためには電気が必要なんです」
「でんき」
おうむ返しに繰り返すハルタカを少し可愛いと思いながら、懸命に説明する。「ん~‥何だろ、小さい雷?みたいなエネルギーがこの中で働いて、仕組みを動かすの」
ハルタカは眉をぎゅっと寄せて何か考えているようだ。ああ、やはり考える時の癖なんだな、と顔のすぐ横にあるハルタカの顔から視線をそらしてマヒロは考えた。
ハルタカは身体を起こして位置を入れ替え、マヒロの正面に来るように座り直した。そしてマヒロの手を取った。
「マヒロ、お前のヨーリキを試してみたい」
「ヨーリキ?」
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