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12 この気持ち

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マヒロは、これまで異性とつき合ったことはない。好きになった異性がいなかったわけではないが、それも熱烈に好き!という感じではなく、何となくあの人かっこいいなあ、というくらいの淡い程度のものだった。だからこそ自分から告白してみようとか付き合ってみたいとか思ったこともなかった。
周囲の友人たちはそれぞれ色々な付き合いをしていてその話も見聞きしてはいたが、あまり自分の事としては捉えられなかったのだ。
大学に進学すればまた違った出会いがあったりそこで何かが生まれたりするのかな、などと漠然と考えていた程度のマヒロにとって、この二日間のハルタカとの接触は刺激が強すぎる。まだたった二日しか経っていないのに精神的疲労が休まる暇がない。
「自分がこんなに美形の顔面に弱いとも思ってなかったな‥」
ひとりごちるといつのまにかそのまますうっと眠りに落ちてしまった。


ハルタカはテンセイを駆ってマヒロと出会ったところまでやってきていた。丸二日経っているが、異生物の亡骸はまだそこにある。異生物は生きている時は生き物に害を及ぼす『ニゴリ』を発生させるので厄介だが、死んでしまえば『ニゴリ』も発生せずその亡骸の素材は様々に有用な素材として取引されることがほとんどだ。にもかかわらず亡骸がそのままというのは、いかにここが人通りの少ない場所であるかを示している。
「やはり、ヒトが通った形跡はないか。‥ここはほとんどもうヒトの通らぬ道だろうからな‥」
そう考えれば、この異生物が発生したことによってマヒロはハルタカに発見されたのだから、かなり運がよかったと言える。この道の先は凍てつく山岳地帯で人家なども今はない。反対方向に進んでいたとしても、ヒトが住むところまで徒歩では一か月くらいかかるかもしれない。
「見つけるべくして私が見つけたということか‥」
ヒトの手に負えぬものの処理を、時として任されるのが龍人タツトの宿命だ。マヒロの身柄を預かるのも龍人タツトの役割なのかもしれない、とハルタカは思った。

しかし、やはりハルタカにもわからない部分はある。なぜマヒロを抱きしめたくなるのだろう。あまつさえ、タツリキを流すでもなく口づけまでしてしまった。これまで、どんなにヒトにせがまれても望まれても口づけや抱擁、性交をすすんで行なったことはないハルタカなのに。
マヒロは特別、美しい顔立ちという訳ではないとハルタカは思う。もとは黒髪黒目だったらしいが、赤い髪は全く珍しくはないし、身体つきも少し痩せてはいるが普通だ。
カベワタリだから、気になるのか。おのれの知らぬ知恵を持っているからか。
「‥‥わからぬ」
だが、マヒロが龍人タツトの住処を出て街へ移動したい、と言ったときハルタカは非常に不快だった。その時ハルタカの胸を占めていたのは(なぜ?)という気持ちだった。
なぜ、私のところから去ろうとするのか。
私のところにいるべきなのに。
そんな思いが自分の胸の内を走り抜けたのを、ハルタカは覚えている。
‥早く出て行ってほしいと思っていた当初の気持ちがどこへ行ってしまったのか、それも全くハルタカにはわからない。
本来、龍人タツトとヒトは同じところに長くいるべきではないとされている。生きる時間が違うから、というのももちろんだが、龍人タツトの持つ力は強大すぎて、ヒトによくない影響を与えることの方が多いから、というのがたいていの場合言われる理由だ。
ヒトは、便利であったり都合がよかったりするとどんどんそちらの方へ流れてしまう生き物だ。龍人タツトの強大で便利な力は、人間には毒にもなってしまう。
だから龍人タツトたちは極力、ヒトと仲を深めないし、つき合いもあまりしない。便宜上、各国首脳とくらいは顔繋ぎをしているがその程度だ。例えば、どこかの国がよほどの悪政を敷いていたとしても龍人タツトは介入しない。ヒトの世はヒトの手で変えられるべきだと龍人タツトらは考えているからだ。

だが、先ほどハルタカは自分の意志によって住処にマヒロを引きとめてしまった。
自分自身でも驚き、そして混乱した。なぜ、そういう振る舞いに及んだのか、いくら考えてもわからない。
異生物の亡骸の様子を見るとともに、少し頭の中の整理をしようとここまでやって来たのだったが、全く整理はされなかった。ただ、自分でも処理しきれない事柄がそこにあるのを再認識したに過ぎなかった。

周囲を見回して異常がないのを確かめたハルタカは、異生物の亡骸を人里まで運んでやろうかと思ったのだが、まだ二日しか経っていないと思い直した。もう少し様子を見てからでもいいだろうと思ってそのままにしておく。できるだけ介入しないに越したことはない。
そしてテンセイに乗ろうとして、少し離れたところに何か落ちているのが見えた。近くに寄ってみると、異生物に轢かれたのか少し変形したと思われるものが転がっていた。おそらくは円形のものが二つ付いていたのだろう。円形は車輪のように見えたが今は無残に潰されてしまって車輪の役割を果たせそうにない。籠のようなものもついていたようだがそれもへしゃげており、何も入っていなかった。
だがその物体より少し離れたところに、鞄のようなものが落ちている。変なものがいくつかくっついており、それは一つもハルタカが見たことのないものばかりだった。
これらはおそらくマヒロの持ち物だろう。‥ここに放置していては、ヒトに見つかって色々都合が悪いかもしれない。
ひゅっと口笛を鳴らしテンセイを傍に呼ぶ。二、三度の羽搏きで寄ってきたテンセイは不思議そうにそれらの残骸を軽く嘴でつついた。
「テンセイ、鞍に縛り付けるからこれを運んでほしい。大丈夫か?」
こんなものを運ぶくらい負担でも何でもない、とでも言いたげにテンセイはアオオオ!と軽く鳴いた。頼もしい相方の背を軽く叩き、何かの残骸とマヒロのものとおぼしき荷物を細いが頑丈なクープ紐で鞍とテンセイの身体に固定する。
これらを見れば、少しは喜ぶだろうか。考えてみればハルタカはマヒロの笑顔を見ていない気がする。
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