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6 ハルタカの思い
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面白いな、カベワタリとは。
ハルタカはそう思った。厄介ごとを抱えてしまったかとやや憂鬱になっていたのだが、話してみればあのカベワタリは面白い。随分知識欲があるようだし、こちらの言う事の理解も早い。また、的確に知っていることの説明もできるようだ。おそらくそれなりに教育を受けてきたものなのだろう。
ハルタカは龍人の中でも若い個体だ。龍人自体はそこまで連携を取る生き物ではない。基本的には個人で行動する事がほとんどだ。知識欲の強いハルタカは、疑問に思ったことや解き明かせないことは自分で調べて解明してきた。
そもそも龍人自体がこの帯壁内に二十人強しかいない。ハルタカが聞いた限りでは最高齢の長老は何千年かを生きているらしいのだが、会ったことは一度しかなく言葉も交わせなかったほどなので特に知識を共有してもらえるわけではない。
だから知らない知識を与えてもらえるのは意義があることだった。
「面倒だと思っていたが、色々帯壁外の話を聞いても面白そうだ」
そう思えば、あのヒトの面倒を見るのはそこまで苦にはならない。
龍人はみな、長い生に飽いている。だが、調整者の一人としてヒトの営みを観察するという使命がある。よほど長く生きたものでなければ自ら命を絶つことも難しい。そうして永く生きるのでなかなか龍人の子どもは生まれない。ハルタカ自身生まれたのは三百二十年ほど前だが、およそ千年ぶりの子どもだと当時言われていたものだ。自分を産んでくれたのはヒトの親だ。〔龍人の恩寵〕でまだ生きてはいるものの番いである龍人が囲いこんでいてなかなか会えない。番いの龍人はハルタカの親でもあるのだが、ハルタカへの情よりも番いへの情の方が優先されてしまう。
だが、特にそれを寂しいと思ったことはない。もともと龍人は感情の振れが番い以外には非常に薄い。
だから親たちを見ていても自分が番いを得ることは想像ができない。しかもハルタカは自分の親以外の番いを見たことがないのだ。
しかし、カベワタリから聞いた帯壁外のヒトの身体の仕組みは面白そうだった。もっと詳しい話を聞いてみたい。
だが番いならともかく、龍人があまりヒトに関わるのは良しとされていない。あのカベワタリをここで長く保護するのはよくないだろう。
怪我が治り、ある程度この帯壁内での知識を身につけさせたらヒトの世界に下ろそう。
そう決意してから、世話をするためにテンセイの小屋に向かった。
テンセイはまだ若い飛竜だ。飛竜は龍人が自らの手で掴まえて調教して慣らす。飛竜の棲み処はヒトの足がなかなか及ばない高山であり、龍人でなければなかなかたどり着けない。
テンセイは百年ほど前に、卵の状態で見つけた飛竜である。もともとその親を狙ってハルタカは山に登ったのだが、親自体が寿命が近かったらしく、ハルタカを巣まで導いてこと切れた。最期に卵を託したかったのだろう。
卵から孵すのは初めてで、苦労はしたが孵った飛竜はよくハルタカに懐いた。育ってみれば銀色に光り輝く大きな飛竜となり、ハルタカの翼として大いに活躍してくれている。
飛竜はおよそ何でも食べるが、一番好むのはタツリキが込められた鉱石だ。あまりたくさん与えるとそれしか受け付けぬようになるのでごくたまにしか与えないのだが、あのカベワタリを運ぶのによく低いところを選んで飛んでくれたテンセイに、鉱石を与えようと小屋を訪れたのだった。
大きな小屋の中の干し草が敷き詰められた寝床に、テンセイはだらりと翼を広げて横たわっていた。少し疲れるとこのようにだらしなく横になることが多いテンセイである。やはり低い場所を選びこの住処までやってくるのは骨が折れたのだろう。
「テンセイ」
声をかけると気怠そうに頭を持ち上げハルタカを見た。ルウウウウウと低い声で甘えてくる。手に鉱石を持っているのがわかったのだろう、嬉しそうだ。ハルタカの方に頭を移動させこすり付けるようにする。
ハルタカは手に持った鉱石にゆっくりとタツリキを注いだ。鉱石がゆらゆらと銀色に輝きだすのを見て、テンセイの口の中に放り込んでやる。
テンセイは口の中で転がすようにして鉱石を楽しんでいる。目がきらきら輝いていてうれしそうだ。
「助かった。‥そのうちまた下へ降りる。その時はまた頼むぞ」
そう言って首を叩いてやれば、オオオと短く鳴いて返事をした。
そのままハルタカはテンセイの寝藁を取り換える作業をし始めた。
この高山にあるハルタカの住処には、ハルタカ以外の住人はいない。基本的には全ての事をハルタカがやらねばならないのだが、龍人であるハルタカは自分のタツリキを豊富に使えるのでそこまで困ったことはなかった。また龍人は力もあり身体も頑丈でほとんど病気にもかからず怪我もしにくい。一人で暮らすのに支障はなかった。
たくさんの寝藁を事もなげに抱え上げ、交換していくのもハルタカにとってはそんなに大変な作業ではない。
少し経って作業を終え、テンセイの頭をなでてやってから屋敷に戻る。今日はもう日も落ちることだし早く寝ることにしよう。
‥‥そう言えば、寝台がない。
あのカベワタリが寝ているのは普段ハルタカが寝ている寝台だ。客が来るわけでもないこの屋敷に余計な寝台など置いていない。
「‥‥ふむ」
仕方がない。長椅子で寝るか。
そう決めて、マヒロが寝ている部屋に向かった。
ハルタカはそう思った。厄介ごとを抱えてしまったかとやや憂鬱になっていたのだが、話してみればあのカベワタリは面白い。随分知識欲があるようだし、こちらの言う事の理解も早い。また、的確に知っていることの説明もできるようだ。おそらくそれなりに教育を受けてきたものなのだろう。
ハルタカは龍人の中でも若い個体だ。龍人自体はそこまで連携を取る生き物ではない。基本的には個人で行動する事がほとんどだ。知識欲の強いハルタカは、疑問に思ったことや解き明かせないことは自分で調べて解明してきた。
そもそも龍人自体がこの帯壁内に二十人強しかいない。ハルタカが聞いた限りでは最高齢の長老は何千年かを生きているらしいのだが、会ったことは一度しかなく言葉も交わせなかったほどなので特に知識を共有してもらえるわけではない。
だから知らない知識を与えてもらえるのは意義があることだった。
「面倒だと思っていたが、色々帯壁外の話を聞いても面白そうだ」
そう思えば、あのヒトの面倒を見るのはそこまで苦にはならない。
龍人はみな、長い生に飽いている。だが、調整者の一人としてヒトの営みを観察するという使命がある。よほど長く生きたものでなければ自ら命を絶つことも難しい。そうして永く生きるのでなかなか龍人の子どもは生まれない。ハルタカ自身生まれたのは三百二十年ほど前だが、およそ千年ぶりの子どもだと当時言われていたものだ。自分を産んでくれたのはヒトの親だ。〔龍人の恩寵〕でまだ生きてはいるものの番いである龍人が囲いこんでいてなかなか会えない。番いの龍人はハルタカの親でもあるのだが、ハルタカへの情よりも番いへの情の方が優先されてしまう。
だが、特にそれを寂しいと思ったことはない。もともと龍人は感情の振れが番い以外には非常に薄い。
だから親たちを見ていても自分が番いを得ることは想像ができない。しかもハルタカは自分の親以外の番いを見たことがないのだ。
しかし、カベワタリから聞いた帯壁外のヒトの身体の仕組みは面白そうだった。もっと詳しい話を聞いてみたい。
だが番いならともかく、龍人があまりヒトに関わるのは良しとされていない。あのカベワタリをここで長く保護するのはよくないだろう。
怪我が治り、ある程度この帯壁内での知識を身につけさせたらヒトの世界に下ろそう。
そう決意してから、世話をするためにテンセイの小屋に向かった。
テンセイはまだ若い飛竜だ。飛竜は龍人が自らの手で掴まえて調教して慣らす。飛竜の棲み処はヒトの足がなかなか及ばない高山であり、龍人でなければなかなかたどり着けない。
テンセイは百年ほど前に、卵の状態で見つけた飛竜である。もともとその親を狙ってハルタカは山に登ったのだが、親自体が寿命が近かったらしく、ハルタカを巣まで導いてこと切れた。最期に卵を託したかったのだろう。
卵から孵すのは初めてで、苦労はしたが孵った飛竜はよくハルタカに懐いた。育ってみれば銀色に光り輝く大きな飛竜となり、ハルタカの翼として大いに活躍してくれている。
飛竜はおよそ何でも食べるが、一番好むのはタツリキが込められた鉱石だ。あまりたくさん与えるとそれしか受け付けぬようになるのでごくたまにしか与えないのだが、あのカベワタリを運ぶのによく低いところを選んで飛んでくれたテンセイに、鉱石を与えようと小屋を訪れたのだった。
大きな小屋の中の干し草が敷き詰められた寝床に、テンセイはだらりと翼を広げて横たわっていた。少し疲れるとこのようにだらしなく横になることが多いテンセイである。やはり低い場所を選びこの住処までやってくるのは骨が折れたのだろう。
「テンセイ」
声をかけると気怠そうに頭を持ち上げハルタカを見た。ルウウウウウと低い声で甘えてくる。手に鉱石を持っているのがわかったのだろう、嬉しそうだ。ハルタカの方に頭を移動させこすり付けるようにする。
ハルタカは手に持った鉱石にゆっくりとタツリキを注いだ。鉱石がゆらゆらと銀色に輝きだすのを見て、テンセイの口の中に放り込んでやる。
テンセイは口の中で転がすようにして鉱石を楽しんでいる。目がきらきら輝いていてうれしそうだ。
「助かった。‥そのうちまた下へ降りる。その時はまた頼むぞ」
そう言って首を叩いてやれば、オオオと短く鳴いて返事をした。
そのままハルタカはテンセイの寝藁を取り換える作業をし始めた。
この高山にあるハルタカの住処には、ハルタカ以外の住人はいない。基本的には全ての事をハルタカがやらねばならないのだが、龍人であるハルタカは自分のタツリキを豊富に使えるのでそこまで困ったことはなかった。また龍人は力もあり身体も頑丈でほとんど病気にもかからず怪我もしにくい。一人で暮らすのに支障はなかった。
たくさんの寝藁を事もなげに抱え上げ、交換していくのもハルタカにとってはそんなに大変な作業ではない。
少し経って作業を終え、テンセイの頭をなでてやってから屋敷に戻る。今日はもう日も落ちることだし早く寝ることにしよう。
‥‥そう言えば、寝台がない。
あのカベワタリが寝ているのは普段ハルタカが寝ている寝台だ。客が来るわけでもないこの屋敷に余計な寝台など置いていない。
「‥‥ふむ」
仕方がない。長椅子で寝るか。
そう決めて、マヒロが寝ている部屋に向かった。
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