上 下
2 / 2

対策を練ろう

しおりを挟む
昼食時間になると、またひと騒ぎある。リオーチェは本当は家からお弁当を持参したいのだが、ロレアントが入学してからお弁当の無事が確保されなくなったので諦めている。仕方なく学院の食堂に行くのだが、そうするとどうしてもロレアントに遭遇する。ロレアントはそれがごく当然であるかのようにリオーチェを見つけると必ず隣に座る。リオーチェの意思などお構いなしだ。
「リオ、何食べるの」
「‥日替わりランチです」
「僕も」
そう言って一緒に並ぼうとするが、なぜかロレアントは生活面でかなり鈍くさい。魔法や実験、剣術などで扱う道具は危なげなく華麗に扱っているのに、カップ、皿、カトラリーなどを持って移動しようものなら高確率でひっくり返す。そういうロレアントの性質を知っているから、リオーチェは並ぼうとするロレアントを制して仕方なく自分一人で並ぶ。
だがそうすると、嫌がらせがやってくる。後ろから横から前から、無数の手や足が伸びてくる。ぶつかられたり踏まれたり引っかかれたり。食事自体はロレアントが食べることが確定しているからそこに手を出す者はいない。
ただ、執拗にリオーチェを狙ってくるのだ。
ボロボロになりながら二人分をトレーにのせてもらい、ロレアントのところへ持っていく。そして自分の分をもって去ろうとすれば、くんと袖を引かれる。
「どこ行くの、リオ。一緒に食べよう」
なぜこのようにロレアントがリオーチェに懐いているのか、リオーチェにもわからない。恐らくは小さい頃からの擦りこみなのだろう。さすがに学院に入って貴族子女を多く関わればそんなことはないだろうと踏んでいたのだが、このぼんやり令息の極度の面倒くさがりを失念していた。
新しい人間関係を築くことがどうやらかなり苦手らしいのだ。それは学院に入ってからわかったことだったので、リオーチェにとっては計算外だった。
相変わらず食事マナーそのものは素晴らしいのに、口の端に何かついていたり派手にものを落っことしたり水の入ったコップをひっくり返したりしているロレアントの傍で仕方なく世話をする。
周囲は少し遠巻きにしながら、それでもリオーチェの耳に入るくらいの大きさでひそひそと悪口を言っている。

「まあ、何様のつもりなのかしら」
「あんなにロレアント様のお側に近づいて‥馴れ馴れしい」
「図々しいんですわよ、ほら作法も知らない田舎貴族ですし」
「クラン家なんて聞いた事もありませんでしたわ」

えーそうですー、作法なんて知らなくても生きていける珍しいタイプの貴族ですー。
心の中でそう相槌を打ちながら、もはや無心で世話のみに集中する。自分の食事はその合間に口に放り込むという作業になっている。

「侍従に任せればいいものを、なぜあんな田舎者がしゃしゃり出てくるのかしら」
「侍従の存在をご存じないのではなくて?」
「お優しいロレアント様の心情に付け込んでいるんだわ」

侍従。
‥‥‥侍従!
そうだ、ロレアントには優秀な侍従がいるではないか。なぜか学院にだけはついてこないが、ロレアントに勝るとも劣らないほどの美貌を持った優秀な侍従が!
思わず作業の手を止めてリオーチェは考えた。なぜあの侍従は学院にだけついてこないのだろう。辺境伯以上の貴族には侍従がついていることは当たり前だ。侍従用の控室が設置されているくらいである。しかもロレアントの立場ならどんな無理でも聞いてもらえるはずだ!

「どうしたの?リオ」
「いえ‥お野菜も召し上がってください、また実験中に倒れますよ」
そう言って野菜の入った皿をぐいと押しやりながらリオーチェは考えた。
これは直接あの侍従に頼むしかない。なんのかんの面倒くさがりなロレアントに進言して何とかなるとも思えない。今日の授業が終わったらさっそくヘイデン家のタウンハウスを訪ねよう。どうせロレアントは魔法理学研究会とやらがあったはずだ。ついてこいと言われているが、ついていかなければならない義理は多分ない。
今日の放課後は、ロレアントが来る前にダッシュで帰ろう。リオーチェは心の中でぐっとこぶしを握った。

今日の被害は靴がダメになったこととノートが三冊行方不明になっただけだ。わりと軽めの被害だった。お昼に食堂で並んでいる時爪で引っ掻かれたところがみみずばれになっているからそうでもないか。痛む腕を少しさすりながら、リオーチェは鞄をひっつかんで導体車溜まりに走った。
無論「まあはしたない」という嫌味を背に受けながらだったが、そんなことはどうでもいい。
自家の導体車に滑り込めば、事情を知っている運転手は何も訊かずにすぐ車を動かし始める。ここで呑気にお帰りなさいなんていうやり取りをしていれば、悪意を持った令嬢たちやその取り巻きが追いかけてくるのを運転手も知っているのだ。
そしてようやく、リオーチェは身体を休める。このところ本当に疲れる。昨日湯あみの時に小さいハゲができているのを侍女のメイリーに見つけられてしまい号泣された。リオーチェのせいでもないのに泣かれてもどうしようもない。
「‥‥ああ、もう、面倒くさい‥」
まるでロレアントの口癖のようだ、と思いながらリオーチェは目を閉じた。

導体車が家に着くと、そのまま隣の正門に向かった。門番もリオーチェと親しいので何も訊かずに通してくれる。玄関に入れば、侍女頭が出迎えてくれた。
「あら、リオーチェ様。今日は坊ちゃまとご一緒ではないのですか?」
「ロレアント様は研究会がおありでしたので。あの、ランスさんは今お時間ありますか?」
いつもリオーチェにとても優しい侍女頭が、珍しく眉をひそめた。
「‥大丈夫かとは思いますが‥どのような御用ですか?」
「ロレアント様の事についてお願いがあって」
侍女頭は少し考えるような様子をしていたが、顔をあげて言った。
「ではサンルームの方でお待ちください。‥リオーチェ様、お腹に余裕はありますか?先ほどジャンがピモータルトを焼いていましたので」
「いただきます!」
ピモーはもうすぐ旬になる果実だ。甘く柔らかい果肉でそのまま食べてもお菓子などに焼き込んでも美味しい。ジャンはデザートづくりがとてもうまく、いつもおいしいデザートをリオーチェに分けてくれる。侍女頭もいつもそれを許し、何なら自ら勧めてくれるのだ。
「あ、でもどなたかおいでになるから作られたのではないですか?‥私は大丈夫ですよ?」
招かれざる客である自分が食べてしまったら、本来の用途に足らなくなるのではないか、と危惧したリオーチェが慌てて付け足すと、侍女頭はにっこりと微笑んだ。
「当家のデザートの最優先順位はリオーチェ様にありますから!全く問題ありませんよ!」
そういう侍女頭の言葉に送られてサンルームに向かう。

だがそれっておかしくないか?といつもリオーチェは思う。
婚約者でも何でもない、ただのお隣さんであるだけのしがない地方貴族の令嬢に、この屋敷の者たちは親切が過ぎるように思えるのだ。
デザートのサーブはいつもリオーチェが最初だし、いつ来ても全くとがめられることなどないし、何ならこの屋敷にはリオーチェ用のクローゼットまである。
小さい頃はヘイデン夫人がリオーチェを着せ替え人形のようにあれこれと飾り付けたがって、信じられないほどのドレスや装飾品を買い込んでいたのだ。クラン家ではそんなことをしてもらうわけにはいかないと断固受取を拒否していたが、「じゃあここがリオちゃんのクローゼットということにするわね」の一言で、実家の自室より広いクローゼットが設置されてしまった。
恐ろしいことに、夫人が亡くなった後もそこの衣装は増え続けている。
何でもヘイデン侯爵の言いつけで毎年リオーチェのドレス予算が組まれているらしいのだ。

なんでやねん。

西の方の国の訛りで話す庭師のサイカンの言いぶりを思わず真似したくなる。毎年謎のご招待を受け、寸法を計られ、オーダーメイドのドレスが作られる。だが正直それを着ていく場所などない。デビュタントの際には恐ろしい代物を仕立てられそうになって、両親とともに「記念のものですから親が誂えます」と泣きを入れに行った。貧相な自分の見た目でそんなものを着て行ったらいい笑いものだ。パートナーになってくれた従兄にそう零せば、従兄は呼吸困難になるくらいに笑っていたっけ。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

永遠に手を繋いで

RENRI
恋愛
孤独な元不良の蓮と、男勝りで怖いもの知らずの涼との出会いから始まる愛と成長の物語です。過去に囚われながらも、互いを支え合い、困難を乗り越えながら家族を築く二人の姿を描いています。 物語は、街の片隅で涼がカツアゲに絡まれているシーンから始まります。涼は決して屈することなく、強気で相手に立ち向かいますが、状況は危険です。そこに、蓮が登場し、6人の男たちを相手に激しい喧嘩を繰り広げ、彼女を救います。涼に助けを感謝されても、蓮は冷たく「別に…」と言い、その場を去ろうとしますが、この出会いが二人の運命を大きく変えることになります。 数日後、街の交差点ですれ違った二人は、お互いに「あの時の…!」と気づき、再び連絡を取り合うようになります。積極的な涼にリードされ、無口だった蓮も少しずつ心を開き、電話や会話を重ねていくうちに、彼女への想いが強くなっていきます。知り合ってから2ヶ月後、蓮はついに涼をデートに誘います。初めてのデート先に選んだのは、柄にもない水族館。蓮が魚に夢中になっている姿を見て、涼は「意外とかわいいんだね」とからかい、蓮は「うるせーよ」と照れながら返す微笑ましいシーンもあります。 二人の関係が深まる中、涼が拉致されそうになるという危機に直面します。蓮は涼を守るため、初めて土下座をして「復讐なら俺にして、そいつには手を出さないでくれ」と懇願します。この瞬間、蓮の更生の象徴となり、彼は彼女を守ることに全力を尽くします。 最終的に、二人は結婚し、娘の楓を授かります。過去の影響で良い仕事には就けなかったものの、家族はいつも笑顔で溢れ、互いに支え合いながら幸せな生活を送ります。 物語の最後では、年老いた蓮と涼が共に最後の時を迎え、娘に見守られながら手を繋いで静かに息を引き取ります。天国で再び若い姿となった二人は、出会った頃と同じように微笑みながら手を繋ぎ、永遠の旅路へと向かっていくのでした。 この物語は、愛と絆、そしてどんな困難にも負けない強い信念を描いた感動的な恋愛ドラマです。

現代知識チートからの王国再建~転生第三王子は王国を発展させたい!~二大強国に挟まれた弱小王国の巻き返し!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
東にバルドハイン帝国、西にエルファスト魔法王国という二大強国に挟まれたクリトニア王国は、両国の緩衝役を担っている中立国家である。   農作業が盛んで穀物類が豊富だけど、経済を発展させるだけの技術力を持たないクリトニア王国は常に両大国から嫌がらせを受けても耐え忍ぶしかなかった。   一年前に父である国王陛下が原因不明の病に倒れ、王太子であるローランド兄上が国王代理として国政を担うことになった。   経験が浅く、慣れない政務に疲れたローランド兄上は、いつものように僕― イアン・クリトニアの部屋へやってきて弱音を漏らす。   第三王子イアンの上にはローランド王太子の他に、エミリア第一王女、アデル第二王子がいる。   そして現在、王国内では、法衣貴族と地方貴族がローランド王子派、アデル王子派と分かれて、王位継承争いが勃発していた。   そこへ間が悪いことにバルドハイン帝国軍が王国との国境線に軍を派兵してきた。   国境での小競り合いはいつものことなので、地方貴族に任せておけばいいのに、功を焦ったアデル兄上が王宮騎士団と共に国境へ向かったという。   このままでは帝国と王国との全面戦争にもなりかねないと心配したイアンとエミリア姉上は、アデル兄上を説得するため、王宮騎士団を追いかけて王都を出発した。   《この物語は、二強国に挟まれた弱小国を、第三王子のイアンが前世の日本の知識を駆使し、兄姉達と協力して周囲の人達を巻き込んで、大国へと成り上がっていく物語である》

君は優しいからと言われ浮気を正当化しておきながら今更復縁なんて認めません

ユウ
恋愛
十年以上婚約している男爵家の子息、カーサは婚約者であるグレーテルを蔑ろにしていた。 事あるごとに幼馴染との約束を優先してはこういうのだ。 「君は優しいから許してくれるだろ?」 都合のいい言葉だった。 百姓貴族であり、包丁侍女と呼ばれるグレーテル。 侍女の中では下っ端でかまど番を任されていた。 地位は高くないが侯爵家の厨房を任され真面目だけが取り柄だった。 しかし婚約者は容姿も地位もぱっとしないことで不満に思い。 対する彼の幼馴染は伯爵令嬢で美しく無邪気だったことから正反対だった。 甘え上手で絵にかいたようなお姫様。 そんな彼女を優先するあまり蔑ろにされ、社交界でも冷遇される中。 「グレーテル、君は優しいからこの恋を許してくれるだろ?」 浮気を正当した。 既に愛想をつかしていたグレーテルは 「解りました」 婚約者の願い通り消えることにした。 グレーテルには前世の記憶があった。 そのおかげで耐えることができたので包丁一本で侯爵家を去り、行きついた先は。 訳ありの辺境伯爵家だった。 使用人は一日で解雇されるほどの恐ろしい邸だった。 しかしその邸に仕える従者と出会う。 前世の夫だった。 運命の再会に喜ぶも傷物令嬢故に身を引こうとするのだが… その同時期。 元婚約者はグレーテルを追い出したことで侯爵家から責められ追い詰められてしまう。 侯爵家に縁を切られ家族からも責められる中、グレーテルが辺境伯爵家にいることを知り、連れ戻そうとする。 「君は優しいから許してくれるだろ?」 あの時と同じような言葉で連れ戻そうとするも。 「ふざけるな!」 前世の夫がブチ切れた。 元婚約者と元夫の仁義なき戦いが始まるのだった。

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。驚くべき姿で。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 ※世界観は非常×2にゆるいです。  

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

グラティールの公爵令嬢

てるゆーぬ(旧名:てるゆ)
ファンタジー
ファンタジーランキング1位を達成しました!女主人公のゲーム異世界転生(主人公は恋愛しません) ゲーム知識でレアアイテムをゲットしてチート無双、ざまぁ要素、島でスローライフなど、やりたい放題の異世界ライフを楽しむ。 苦戦展開ナシ。ほのぼのストーリーでストレスフリー。 錬金術要素アリ。クラフトチートで、ものづくりを楽しみます。 グルメ要素アリ。お酒、魔物肉、サバイバル飯など充実。 上述の通り、主人公は恋愛しません。途中、婚約されるシーンがありますが婚約破棄に持ち込みます。主人公のルチルは生涯にわたって独身を貫くストーリーです。 広大な異世界ワールドを旅する物語です。冒険にも出ますし、海を渡ったりもします。

ご要望通り幸せになりますね!

風見ゆうみ
恋愛
ロトス国の公爵令嬢である、レイア・プラウにはマシュー・ロマウ公爵令息という婚約者がいた。 従姉妹である第一王女のセレン様は他国の王太子であるディル殿下の元に嫁ぐ事になっていたけれど、ディル殿下は噂では仮面で顔を隠さないといけないほど醜い顔の上に訳ありの生い立ちの為、セレン様は私からマシュー様を奪い取り、私をディル殿下のところへ嫁がせようとする。 「僕はセレン様を幸せにする。君はディル殿下と幸せに」 「レイア、私はマシュー様と幸せになるから、あなたもディル殿下と幸せになってね」 マシュー様の腕の中で微笑むセレン様を見て心に決めた。 ええ、そうさせていただきます。 ご要望通りに、ディル殿下と幸せになってみせますね! ところでセレン様…、ディル殿下って、実はあなたが一目惚れした方と同一人物ってわかっておられますか? ※7/11日完結予定です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるく、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観や話の流れとなっていますのでご了承ください。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

処理中です...