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第二章後編 百鬼夜行

第99話 人間であることを捨てた陰陽師

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 黄金に輝く大空に浮かぶ浮雲。
 その隙間から差し込む薄明光線はくめいこうせんが色とりどりの草花に彩られた大地を照らし出す。
 
 そんな幻想的な世界で、激闘は繰り広げられていた。

降魔こうま百鬼夜行ひゃっきやこう

 蘆屋あしやの影が大きく広がり、そこから無数の異形達が溢れ出す。
 その正体は、彼が星の記憶アカシックレコードで喰らった妖怪たちだ。

 あるものは飛びかかるように襲いかかり。
 
 あるものは呪術によって火炎や水流、土砂といった、五行元素水木金土火に基づいた自然現象を放つ。

 あるものは固有の妖術を駆使して、変幻自在な動きをみせる。

 一人一人が粒揃いな強大な妖怪たち。

 しかし、八神はそれを一蹴する。

「邪魔」

 ただ、右手に持つ明けの明星フォスフォロスを振るっただけ。
 それだけで全ての妖怪は斬り裂かれる。

 これこそが、侵食領域の真髄。
 彼女の攻撃を防ぐだけの力を持たぬ彼らは、必中の斬撃によって成す術なく断ち切られた。

 しかし、全ての妖怪が打倒されたわけではない。
 百鬼夜行に紛れるは木端妖怪だけではない。

 酒呑童子しゅてんどうじ茨木童子いばらきどうじ土蜘蛛つちぐもぬえ、ぬらりひょん、鴉天狗からすてんぐ牛鬼ぎゅうき天邪鬼あまのじゃく大百足おおむかで山本五郎左衛門。さんもとごろうざえもん

 たった一体で世を混沌に陥れる大妖怪の姿もそこにはあった。

「赤き龍の六柱より序列第六位、地獄の総監督官ネビロスを限定召喚」

 故に、数には数で応じるべく、八神はとある悪魔を召喚する。
 現れたのは軍服の上からマントを羽織る美丈夫。
 艶めく紫紺の長髪をなびかせる彼は、瞳を閉じたままただ一言告げる。

栄光の手ハンド・オブ・グローリー

 ルシファーとの対決時に用いた仮想召喚はおぼろげな影を一時的に召喚するものだった。
 だが、限定召喚はより多くの魔力を使用すること、召喚対象に制限をかけることで、限定的に悪魔の真体しんたいを召喚するものだった。

 そして、召喚された悪魔ネビロスに課された制限は、『ただ一度の権能発動』。

 故に、権能を発動したネビロスはその時点で地獄界へと帰還した。
 されど、彼が発動した権能は健在だ。

 地獄の門は解き放たれた。
 
 ガープ、バエル、アガレス、アモン、バルバトス、ブエル、フォルネウス、ナベリウス。

 そして、彼らが従える名もなき無数の悪魔たち。
 
 そのどれもが魔力で編まれた仮想の肉体ではなく、人類とは次元をへだてる悪魔としての真体をもって現世に降臨した。

「妖怪たちの対処をお願い」

 八神の言葉に従い、悪魔軍と妖怪軍がぶつかる。
 天変地異を引き起こす大戦争の傍ら、蘆屋を氷雪の刃が襲う。

凍え裂ける銀世界フィンブルヴェトル

 世界そのものを凍てつかせる氷雪は、その一つ一つが小さき氷雪の刃であった。
 数えるのもバカらしくなる膨大な量の氷刃が蘆屋を取り囲み、その身を斬り裂く。

「ハハ、流石覚醒紋章者やわ。でも、儂の方が遥かに上手うわてやで」

——炎魔神勅えんましんちょく急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

 蘆屋を起点に莫大な炎熱が解き放たれ、彼を囲い斬り刻んでいた氷刃の嵐は内側から燃やし尽くされた。

五行相生ごぎょうそうしょう火行かぎょう残す灰は土行どぎょうはぐくむ“火生土かしょうど”」

 氷刃の嵐を内側から食い破った灼熱の炎はその姿を変え、土壁となって蘆屋の盾となる。
 直後、盾に無数の斬撃が叩き込まれる。
 遠方では領域の必中効果を利用した斬撃を繰り出した八神が悔しそうな表情を見せていた。

「最近未来視に頼りすぎてて鈍ってんとちゃいます?」
「うっさい。一言多いのが芦屋くんの悪い所だよ」

 図星を突かれた八神はその手に赫黒く輝く極炎の槍を形成する。
 そこに込められた馬鹿げた魔力を目の当たりにして流石の蘆屋も冷や汗をかく。

「ちょっ!? 図星突かれたからってムキになんなや!!」
「ムキになんかなって——ない!!」

——愚者を裁く深淵の投槍アナテマ・ソリフェレウム!!

 領域内における彼女の攻撃に過程は生じない。
 原因が発生すれば、結果もまた同時に発生する。
 故に、彼女がその槍を解き放った瞬間、何の前触れもなく蘆屋を極光が飲み込み、天高く巨大の爆熱が立ち上った。

「あっぶな!! 流石に死ぬかと思ったわ!」

 蘆屋は核爆発にも匹敵するあの槍を受けてなお、目立った傷を負ってはいなかった。
 右脇腹と右腕部分の服が破けているくらいで、その下にある彼の身体には傷一つない。
 破けた服も、光の粒子がより集まって元通り再構築されていく。

白狼駆ける銀世界フィンブルヴェトル

 音も気配もなく、気が付いた時には一匹の白い毛並みの狼が蘆屋の服の裾を噛んでいた。

五行相剋ごぎょうそうこく土剋水どこくすい”!!」

 咄嗟に術を放つも、気づいた時にはもう遅い。
 白狼は内側から莫大な冷気を解き放って大爆発を引き起こした。

「畳みかけるぞ」

 凍雲の周囲には先程の白狼が無数にいた。
 否、その数は現在も加速度的に増していっていた。
 先の白狼の爆発によって天に舞い上がった氷雪は、雪雲となり、シンシンと白雪を降り注がせる。
 その雪が地上で白狼を形作り、その数を無限に増やしていく。

 AOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!

 遠吠えと共に、幻想郷を埋め尽くす無数の白狼が未だ白煙立ち上る爆心地へと次々と突入していく。
 そして、爆発に次ぐ爆発。
 一つ一つがミサイルに匹敵する冷気の爆発が秒間百発単位で引き起こされる。

 爆発しては、氷雪が天へと舞って雪雲となり、降り注ぐ白雪が白狼を形作る。
 無限連鎖を繰り返す氷雪地獄を作り上げた凍雲だったが、その表情に余裕はない。

「奴は本当に人間か?」

 眉間の皺を深めた凍雲の視線の先では、未だに無数の白狼が無限爆破を行なっている。
 しかし、その中心点が突如赤熱し、内側から弾け飛ぶ。

 爆心地から現れた蘆屋はやはり無傷。
 そして、彼を包み込むように赫く巨大な霊体状の鎧武者が顕現していた。

呪鎧装甲じゅがいそうこう火之迦具土神ヒノカグツチノカミ

 日本神話における火の神、火之迦具土神ヒノカグツチノカミ
 彼を加工して造られた巨大な霊体状の鎧武者は、その手に持つ巨大な体躯に見合った剣を振りかぶる。

「私は蘆屋道満の行動を『否定』する!!」

 ルシファーが再構築して異空間に格納してくれていた、八神が持つ八振りの妖刀が一つ“否姫いなひめ”。
 概念格:否定の紋章が宿った紋章武具を振るい、八神は鎧武者の動きを止める。

 そして、その一瞬の隙を凍雲が逃すはずもない。

暴雪纏う絶凍の槍ヤクラーティオ・フリームスルス!!」

 覚醒した凍結の紋章の真髄が込められた、全てを凍結させ、砕き去る、暴雪を纏った絶凍の槍が放たれる。
 
 “否姫”によって一切の動作が封じられた蘆屋は何の防御策も講じれぬまま、自身が貫かれる様を見ているしかなかった。
 

 そして、絶凍の槍は蘆屋の身体を覆う呪鎧装甲諸共粉砕した。










「あぁ、死ぬかと思った」

 絶凍の槍によって身体が凍結し、バラバラに砕け散った蘆屋は天を見上げながらなんてことのないように呟く。
  
 そして、次の瞬間彼が取った行動に二人は度肝を抜かれた。

「まぁ、それくらいはするよね……」
「人間などとうに辞めているということか」

 蘆屋のバラバラに砕かれた五体の断面からドス黒い触手が生えて、パーツを組み合わせるかのように元の形へと繋ぎ合わせていく。

「なんや、八神の姉ちゃんは気づいてたんか? 儂が人間なんかとうに辞めとるって」

 蘆屋は凍雲と異なり、まるで分かっていたかのような反応を返す八神が気にかかった。
 風早には己の正体を語り聞かせたが、八神はそれを知らないはずだからだ。

「勝手ながら、風早くんの記憶をちょっと覗かせてもらったからね。だから殺す気で挑んでるんだし」
「クックック。そうかそうか、道理でやな。親愛をもって止めるとか言うてた割にはエグい攻撃すると思ったわ」
「これぐらいじゃ死なないっていう信頼の形だよ」
「怖い姉ちゃんや」

 クツクツと笑いを堪える蘆屋。
 そうこうしているうちに元の形を取り戻した蘆屋であったが、その接合部分はまだ触手で繋ぎ合わせているだけの不安定なもの。
  
 故に、彼はもう一行程ひとこうてい挟む。

「儂が砕かれたという事象を喰らい尽くせ“暴食の餓狼”グラトニー

 突如地面から現れた霊体状の巨大な狼の顎門あぎとが蘆屋を飲み込むと、まるで役目を終えたとばかりに虚空へ溶けるように消失した。

 砕かれた繋ぎ目すら綺麗さっぱり消え去った五体満足な蘆屋は、平然と立ち上がる。

 そして、泰然自若たいぜんじじゃくな態度で堂々と宣言する。

「さて、第二ラウンドと洒落込もうやお二人さん」


    ◇


 雨戸梨花を起点とした呪術が発動するまで——

 ——残り十分。
 
 
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