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第三章

閑話・イカスミマッスル/思わぬ効果

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「舐めるといい味がするようになったんだよ」

「舐めるといい味がする……」

「なんていうか旨味があるっていうのかね?」

 クラーケン討伐から帰ってきて数日後。
 リュードはバーナードとエリザに会いに来ていた。

 バーナードはリュードを庇って攻撃を受けた訳だし、ちゃんとお礼を言いにきたかったのである。
 命に別状はなく無事であることはすでに聞き及んでいた。

「お兄ちゃん、ツノ生えてるー!」

「こらっ! すまないね、娘が」

「いえいえ、いいんです」

 何をお礼にしたら良いか考えた。
 お金を渡すのは違うし、バーナードたちが何を喜ぶのか分からない。

 人に聞いてみたところ、なんとバーナードたちには子供がいると聞いた。
 しかもその上スナハマバトルへは賞品の香辛料、中でも砂糖を目的に参加していたと聞き出すことに成功した。

 なのでリュードはバーナードとエリザにお礼として砂糖を袋に詰めて持ってきた。

「ありがとね、こんなにたくさん。うちの娘甘いものが好きだから喜ぶよ」

 外で会った時とは違う母親の顔をしているエリザ。
 子供がいるだなんて思いもしなかったけれどそれも冒険者を引退する1つのきっかけなのだろうなと思った。

 そして肝心のバーナードはというと。

「美しい……体の陰影がハッキリと出て俺の肉体が映えている……」

 鏡の前でポージングを取っていた。

 バーナードが食らった黒い塊は粘度の高いイカスミであった。
 ダメージこそあまりなく、拘束目的の攻撃だったようである。

 魔法で洗い流してようやくバーナードは動けるようになったのだが大きな弊害が1つあった。
 イカスミが皮膚に吸収されてしまい、全身が黒くなってしまったのだ。

 若干色落ちして真っ黒からは脱出したのだがバーナードはものすごい黒い。
 しかしこれがまたバーナードのすごいところでこの黒さにバーナードは惚れ込んでしまっていた。

 意外にも黒さが落ち着いてくると日焼けマシンでよく焼きしたような健康的な黒さに近づいてきて、バーナードは己の筋肉が美しく見えるようになったと喜んでいた。
 うっとりと鏡の前でポーズを取り、それを眺める。

 さらにそんなバーナードを眺めるエリザは流石にため息をついていた。
 イカスミは美味しいらしく、それが染み込んだバーナードは舐めると美味しいらしい。
 
 バーナードを舐める気にも、イカスミを皮膚に染み込ませる気にもならないけど面白い発見である。
 横で娘さんも一緒にポージングするのを微笑ましく眺めた後、リュードは改めてお礼を言ってバーナードとエリザの家を後にした。

 ーーーーー

「赤字だ……」

 バイオプラは泣きそうになっていた。
 意地を張らずにあそこで頭を下げてでも止めるべきだった。

 優勝賞品か魔道具のどちらかだけならまだしも両方持っていかれたことは非常にデカかった。

 どうにか損失分を補填しようと頑張ってみたもののスナハマバトルにも出資していたし今期の収支がマイナスになることは避けようがなかった。
 かなりマイナスは圧縮できたもののそれでもまだ赤字は大きい。

 しかし今期を乗り越えればどうにかなる。
 個人の財貨を投入しても乗り切るしかない。

「か、会長! お客さまです!」

「客? 一体誰が……」

 ありがたいけれど今は笑顔を作るのにも苦労をするぐらい精神的に疲れている。
 赤字をもっと減らすには商売は続けなきゃいけないのでバイオプラは重たい腰を上げてお客の元に向かった。

「は、あ、あなた様は!」

 応接室に行ってバイオプラはアゴが外れるほど驚いた。
 そこにいたのはドランダラス、この国の王様だった。

「お、王にご挨拶申し上げます!」

 その場にひざまづいてバイオプラは頭を下げる。
 ドランダラスは温厚で怒ることの少ない王様であるとバイオプラも知ってはいる。

 けれどそれが必要な礼を欠いていいということにはならない。
 どうして王様がこんなところにいるのか分からずバイオプラは何かやってしまったのだろうかと商売の詳細を頭に思い浮かべる。

「頭を上げよ。あくまで今の私はお客としてここに参っている。そう畏まる必要はない」

 そんなこと言ったってと思う。
 後ろに控えている護衛の目は厳しく、とてもじゃないけど畏まらない態度なんて取れるわけがない。

「そ、それで一体どのような御用で我が商会に足を運ばれましたか、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 首に剣でも突きつけられている気分でバイオプラが質問する。
 何かを追求しに来たのではなく、お客としてきたのなら何かを買いに来たはずだ。

「ふむ、ここに最新鋭のコンロの魔道具があると聞いて参ったのだ」

「はっ……?」

「コンロの魔道具だ。先日私の友人が君のところで貰ったと聞いている」

 コンロの魔道具を持っているのは唯一あのスナハマバトルを優勝した若い冒険者のペアだけである。
 貰ったということはまず間違いないだろう。

 王様の友人だったとは、頭を下げて断りを入れなくてよかったとホッとしながらもバイオプラは倉庫にあるコンロのところにドランダラスを案内した。

「その、こちらでございますがこれが一体どうしましたか?」

「是非とも購入したくてな」

「そ、それは本当でございますか!」

 コンロの魔道具、しかも最新式となると値段がかなり高く売れるのにも時間をかけて貴族に売り込んでいく必要があると思っていた。

 売れるなら一気に赤字分を埋め合わせできる。

「ある分全て王城に運ばせよう。後はだな……」

 ドランダラスはルフォンが作ったデザートを作るつもりであった。
 ルフォンに作り方を教えてもらい、再現するつもりだったのだが失敗した。
 
 既存のものでは細かい火力の調節が難しく上手くいかなかったのだ。
 そこでドランダラスはルフォンがコンロを使っていたことを思い出した。

 わざわざ宿に人をやってどこで買ったのかを聞きにいかせて自分で足を運んできた。
 ついでに必要な材料なんかも買えればと思っていた。

「全てすぐに用意させます!」

 バイオプラはリュードたちに対する考えを改めた。
 賞品をタダで持っていき、損害をもたらしただけだと思っていた。

 けれど巡り巡って王様が直接商品を買いに来てくれた。
 高めの商品がバンバン売れてバイオプラは上機嫌になった。

 王様が買ったものという売り文句を付ければ高いコンロだって今後買う人が出てくる。
 厄病神のように感じていた2人のことを急に拝み倒したくなってきた。
 
 運気が巡ってきたと思ったバイオプラは部下に指示を飛ばして商品を準備させる。
 のちにヘランドの海商王……なんて呼ばれたらいいななんてバイオプラは妄想を広げていたのであった。
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