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第三章

閑話・私が泳げなくていい理由1

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 ルフォンは下唇を噛んで泣くのを堪えた。
 みんながこっくーこっくーと自分のことを馬鹿にしてくるのが悔しくて、少しも泳ぐことのできない自分が無性に腹立たしくて。

 もう泣かないと決めたので泣きたくなかったけれど、そんな決意とは裏腹に堪えても涙が出てきてしまう。
 諦めたくて、投げ出したくて、それでも諦められなくて。

 涙を隠すようにルフォンは顔を水につけた。
 こんなこともっと幼い、水が苦手な子供がやることなのだけれど少しずつ段階を上げていこうという話になった。

 水が嫌いなわけじゃなくてただただ浮かないだけ。
 浮かないというか本当に石か何かのようにあっという間に沈んでいってしまうのである。

 どうしてこんな体質なのか一切理由がわからない。
 村では12歳になると川まで行けるようになるので遊ぶことができるのだがちゃんと川遊びするのにもルールがあった。
 
 深いところに入らないとか必ず何人かで行動することとか、安全に遊ぶためのルールである。
 その中の大前提のルールとして、最低限泳げることがある。
 
 体力作り、体作りにもなるのである意味で鍛錬の一環も兼ねながら12歳になると大人が泳ぎを教えてくれる。
 プール授業みたいなもので危なくないように大人が川の浅いところを簡単に区切ってそこで12歳になった子たちが泳ぎを練習する。
 
 真水の川ではなかなか泳ぐのも楽ではなく最低限泳げないと川で遊ぶのも危険であると考えられていた。
 しかしそこは魔人族きっての希少種族の子供たち。
 
 難なく泳ぎをマスターしてスイスイと泳ぐ中で逆の意味で頭角をあらわしたのがルフォンだった。
 一切泳げない。
 
 大人が手を引いてあげているとまだ良いのだが離すとそのままゆっくりと川底に沈んでいってしまう。
 体の力を抜くとか単純に水に浮くだけのようなこともルフォンには難しかった。
 
 まさしく黒重鉄で体ができているのではないかなんて思えるほどだった。
 子供の口にするあだ名は時に残酷だ。
 
 きっと考えたのは他の、もっと上の世代の大人が子供の時に誰かが言い出したものがなぜか伝わっていた。
 水に浮かない黒重鉄。
 
 それを言いやすく“こっくー“とカナヅチのことをみな呼んでいた。
 こっくーなんて可愛らしく言い出したのは最近の子たちかもしれない。
 
 響きは可愛くても言われた本人はとても嫌だった。
 そもそもルフォンは水着も嫌だった。
 
 水着と言うが可愛げのあるものではなく、村での水着はいわゆる競泳水着のようなピチッとしたものを水着としていた。
 名前も水着じゃなくて水衣とかそんな呼び方であった。
 
 成長期にあって体の作りが変化しつつあるルフォン、というか女の子たちにとって体のラインが出る水衣はとても不評だった。
 なんやかんやでみんなが川遊びが許可されていくのにルフォンだけは一向に泳げる気配すらなかった。
 
 見かねたウォーケックがルフォンに付きっきりで教えていたのだけれど上達しない原因も分からなかった。
 いつまで経っても初心者ゾーンから抜け出せないルフォンを誰かが軽い気持ちでこっくーと言い出した。
 
 ルフォンがそれを鼻にかけたことなんて一度もなかったが、やはり先祖返りという体質はどうしても奇異の目で見られるためにからかいの対象になってしまった。
 リュードが止めたりもしてたが、人の口を塞いで回ることもできない。

「ごめんね、リューちゃん……」

 初心者ゾーンのある川の横で朝から泳ぐ練習をしていたルフォンとリュードは休憩していた。
 ウォーケックも練習に付き合ってくれていたけれどいつも付き合えるわけじゃない。

 全くルフォンが泳げない事は皆分かっていたので1人での練習は許可できなかった。
 そこでリュードが大人に頼み込んで自分が責任を持って面倒を見ると約束して練習に付き合った。

 川遊びは絶対じゃない。
 泳げないなら諦めて川に近づかないでもいいのにルフォンが泳ぎを頑張る理由はリュードがいるからである。

 やはり川遊びの人気は高く、暑い季節になるとみんな川に行きたがる。
 当然リュードも誘われれば行くこともあるのだけど、リュードに引っ付いて回っていたルフォンは泳げないので川に行く事は許されなかった。

 リュードの側にいたいという思いや水着姿のリュードをもっと見たいなんて下心があったりなかったりして、ルフォンは泳ぎの練習を頑張っていた。
 もちろん1人だけ泳げないのが悔しかったりこっくーと馬鹿にされるのが嫌だっていう思いもあった。

 リュードも根気強くルフォンの泳ぎの練習に付き合っているのだけど上手くならない。
 何か呪いでもかけられているのではないかと疑えるほどに泳げないのである。

 本当ならもっとちゃんとしたところでリュードも遊んでいたはず。
 自分が泳げないせいでリュードを付き合わせてしまっている。

 申し訳ない気持ちでルフォンはいっぱいになった。

 泳げない自分に幻滅しただろうか。
 散々付き合わせて上達の気配も見えない自分を嫌いになっただろうか。

 何もかもが上手くいかなくてルフォンは自己嫌悪に陥っていた。

「んーにゃ、謝る事じゃないよ」

 日がポカポカとして暖かい。
 好きでやってることだからそんなに落ち込んだ顔をしないでほしいとリュードは思った。

 こっくーこっくーとルフォンのことを馬鹿にするアホどもの顔が頭に浮かんできてムカつく。
 実際子供による淡い恋心的なものも混じってのことだったのだけど、泳げないくらいで人を金属呼ばわりするとは何事だ。

 何回か誘われたからリュードも川遊びをしたけどルフォンが近くにいないというのはどうにも落ち着かない。
 ジッと窓から悲しそうな顔で見てくるルフォンの顔が頭をチラついてしまって心の底から楽しみきれない感じがあった。

 川に行くなら釣りでもしてる方が実はリュードは好きだった。
 泳ぎが嫌いなわけじゃないけど誰か流される奴はいないかなんて中身が大人なリュードは気になってしまう。

「俺が好きでやってんだ。ここはごめんじゃなくてありがとう、だろ?」

「うん……ありがとう」

 結果的には一緒に川遊び。
 しかも2人きり。

 そう考えると泳げなくても悪くないとルフォンは顔が熱くなってくる。
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