上 下
68 / 307
第一章

閑話・異世界へ5

しおりを挟む
「ううっ……」

 どれほど飲んでどれほど眠ったのだろうか。
 環境に変化の見られない神の世界では時間の感覚が分からない。

 もっともあんなに飲んで楽しくやっていたら普通の状況でも時間感覚が狂ってしまうに違いない。
 二日酔いのような頭痛やなんかは無いものの、ボヤッとしていてまだ夢見心地な感じがする。

「おはようございます」

 上半身を起こしてゆっくりと深呼吸をして意識をしっかりさせていると女性の声が聞こえた。
 周りを見渡すとケーフィスやケブスの姿はなく、丸テーブルやイスも無くなっていて代わりに足の短い四角いテーブルとメイドのような格好をした女性が脇に立っていた。

 草原ではなく家の中にいた。

「お水はいかがですか」

「もらうよ。ありがとう」

 水の入った木のコップを渡してくれたメイドさんはとても美人な人だった。
 ここにいるということはもしかしたら神様なのかもしれない。

 しかしケーフィスとため口で話していて緩んだ意識はなかなか戻らずサラッとため口で返してしまった。
 程よく冷えた水は体に染み渡る。

 もう一杯もらって飲んでようやく頭がハッキリとしてくる。

「簡単にですがお食事も用意してあります」

 テーブルの上には具材をパンで挟んだ料理、いわゆるサンドイッチというやつが置いてある。
 さんざん飲み食いして起きた直後ならお腹はすいてないというところだったけど水を飲んでスッキリした頭と体は何か食べ物を欲していた。

 死んでいても食欲というものがあるのか。

「いただきます」

 ちゃんと手を合わせてからサンドイッチを食べる。
 そうしている間もメイドさんは横に立ってコップに水を注ぎ足してくれたり、サンドイッチを食べ終わった後はどこから持ってきたのかケーキをデザートに出してくれた。

「転生に関してもうすぐ準備が整いますのでもうしばらくここでくつろいでもらうよう、主神より仰せつかっております」

 くつろぐといっても何をしていいのか。
 気温は快適で気分も悪くはないけどゲームやスマホといったものはおろか本などの娯楽もない。

 休むにしても散々寝たし床に寝るわけにもいかない。
 草原ならそれもよかったが見知らぬ家の床は抵抗がある。
 
 しばらくというのもどれほどの時間なのか。
 あたかも普通のリビングのようだが時計もないのでそもそも時間すら分からない。

 残り少なくなったケーキを口に放り込みながら時間を潰す方法を考えてみるものの何もないのだから何もしようがない。

「時間潰しになるかは分かりませんがよければこちらをどうぞ」

 ドサっとテーブルに置かれる分厚い本の数々。
 『魔法学入門』『中世界略歴史』『魔物図鑑』『世界の歩き方』などといった本をメイドさんが持ってきてくれた。

 もちろん心惹かれるのは『魔法学入門』である。

「ありがとう」

 どれもハードカバーの分厚い本.。読みきるにはだいぶ時間がかかるだろう。
 手に取るとずっしりと重い『魔法学入門』をペラペラめくり始めた。

 ーーーーー

「ペルフェ、こちらが注文書になりまーす」

 ケーフィスはメガネをかけた腰まである黒髪のクールな印象の美人に数枚の紙を手渡した。
 酔っ払いながら考えた転生後の初期ステータス希望案である。
 
 とりあえず書き留めたものをケブスが箇条書きにして簡単にまとめていた。
 この世界の創造神はややゆるい。

 それも人間の信仰によるところであって、神様は子供のような純粋な心を持ち楽しいことが大好きな神様であって、自分が作った世界をせっかくだから色々と賑やかに、それでいて楽しんでもらおうと考えていた。
 人間や魔人、魔物なんかを生み出して神様は世界から自分を切り離し、世界に住まうモノどもに世界を委ねてそれを楽しんでいる。

 世界の危機には加護という形で救済を与えたりするけれど基本は関わらず苦しみすら1つの楽しさのためのタネだと考える。
 そんな信仰の影響を受けて創造神はかなり軽く子供っぽい感じの神様になってしまった。

 ただ切り離しているといってもそんな性格の神様が世界に関わらないはずもなく、問題が起きることもしばしばあった。
 そんな神様の尻拭いは他の神であり神に仕える下神、それに世界に住まう者たちなのだ。

 ペルフェはそんな奔放な創造神を見て怪訝な顔をする。
 だいたい持ってくるのは厄介案件だからだ。

 別世界から来た人間の魂を転生させるということについては聞いていたけれど、まさか自分に仕事が回ってくるとは思わなかった。
 神に書かれた希望を見て、ペルフェは思い切り眉間にシワを寄せる。

 字が汚い、書いてあるやつも塗りつぶしたりバツで消してあったりと読みにくいことこの上ない。
 ケブスがまとめたものをさらにケーフィスが書き加えていた。

 
 別の世界ではステータスを目に見える形で表示できたりスキルという形で能力を表したり強化したりすることもあるそうだが、この世界においてはそうした便利表示のシステムはない。
 希望の能力など数値化などできるものではないのである程度ざっくりしたものになるのは要求が大雑把なのはしょうがない。

 提案したこともあるのだけれど分からない方が面白いのだと創造神に却下されたのだ。
 解読に苦労しながら実際に中身を見てまとめてみると要望としてはシンプルなものがほとんどだった。
 
 雑でどうとでも解釈できるものはこちらの裁量で選択するしかない。

「それにしても何ですか、この幼馴染が欲しいって!」

「幼馴染っていうのはね、君でいうセンソンみたいな……」

「そういうことではありません!」

 幼馴染が何たるかを問うているわけでない。
 幼馴染なんていうのは用意しようと思って用意するのではない。

 世界にあまり手を出せないのだから子供の出生もそれこそ授かり物に他ならず、適当に産ませようで産ませられるものでもないのだ。
 子を司る神が少し先の出生について分かるので幼馴染的な近さの子供の出生は可能だが、両親同士が仲が良かったりしなければ幼馴染として成立しない可能性もあるし単に近くで近い時期に生まれればいいというわけじゃない。

 それに幼馴染条件をクリアしながら他の条件もクリアしようと思うのは難しい。
 変なところでバカ真面目なペルファは頭を抱える。

「けれどこの世界を救ってくれたまさに神様みたいな人の希望なわけだよ?」

 悪びれる様子もなくのたまうケーフィスだがその言葉は正しく、しかと恩に報いなければいけないとペルフェは思う。
 どっちにしろ創造神に怒鳴ったところでもはや意味もないことだと分かっているから簡単にまとめた希望を再度しっかりと書き直してどうにかおおよそクリア出来るように努力した方が早い。

 思わずため息が漏れる。

「他の条件はおよそ難しくはありません……やはりこの幼馴染……プクファンに連絡をして子供がどこで生まれそうか確認して…………」

 仕事モードに入ってブツブツとつぶやいているペルフェの視界にもうケーフィスは入っていない。
 つまらそうに口を尖らせてケーフィスはその場を後にした。

「種族は……人…………人?」

 意思の疎通とは難しい。
 雑な神様が書いた、酔っ払いの会話のメモ書きなんて思わぬ解釈を生んでしまうこともあるのだ。

 持ってこられた本のいくつかをようやく読み終わった頃、転生を司るペルフェという女神に呼ばれてまばゆいほどの光が溢れる門を通ったことはなんとなく覚えている。
 その前後の記憶はやや曖昧であってよく思い出せない。

 ケーフィスもその場にいたような気もするし何か言っていたような気もするけれど、それが別れの挨拶だったの最後に再び感謝を述べのかすら分からない。
 ただ温かさと安心感に包まれて、眠るように転生を果たしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう

味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく

転生幼児は夢いっぱい

meimei
ファンタジー
日本に生まれてかれこれ27年大学も出て希望の職業にもつき順風満帆なはずだった男は、 ある日親友だと思っていた男に手柄を横取りされ左遷されてしまう。左遷された所はとても忙しい部署で。ほぼ不眠不休…の生活の末、気がつくとどうやら亡くなったらしい?? らしいというのも……前世を思い出したのは 転生して5年経ってから。そう…5歳の誕生日の日にだった。 これは秘匿された出自を知らないまま、 チートしつつ異世界を楽しむ男の話である! ☆これは作者の妄想によるフィクションであり、登場するもの全てが架空の産物です。 誤字脱字には優しく軽く流していただけると嬉しいです。 ☆ファンタジーカップありがとうございました!!(*^^*) 今後ともよろしくお願い致します🍀

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...