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第一章

旅立ちの日

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 村から真人族の町に行商が出発する日がやってきた。
 つまりはリュードたちの旅立ちの日。

 出発の時間は朝早いこともあって人は少ないが見送りにはリュードとルフォンの両親、村長となぜかテユノとフテノも来ていた。

「シューナリュード、ルフォン、これを持っていきなさい」

 村長がリュードとルフォンそれぞれにペンダントのようなものを渡した。

「これは何ですか?」

 チェーンの先に模様と文字が刻まれた小さい金属板が付いている。
 特に魔力などは感じられることはなく魔道具ではなさそうだ。

「同族の証だ」

 村長がもう1つ同じ物を取り出した。
 よく見ると模様はリュードと村長の物が同じで、ルフォンの物は若干異なっている。

「魔人化も出来る種族では普段は真人族と変わらない見た目で生活しているものも多い。同族であることを示すのにわざわざ魔人化するのは面倒であるし、そうできない状況や場所であることもある。
 そこで考えられたのが同族の証だ。シューナリュードに渡したのが竜人族の証で、ルフォンに渡したのが人狼族の証だ」

 竜人族の証は竜を抽象的にかたどったもので、人狼族は狼を抽象的にかたどったいた。
 刻まれている文字は古代の文字であるらしくそれぞれの種族名を表している。

「我々は数が少ないから出会うことも稀だろう。だからこそ出会った時にお互い争うことのないようにするために考え出された知恵だ」

「ありがとうございます」

「なに、渡すのが当然で感謝されるものではない。私からの餞別はこれだ」

 手のひらサイズの小さな箱。村長の手にあると余計に小さく見えるぐらいの箱を受け取る。

「くさい!」

 箱を開けると一緒に中を覗き込んだルフォンが顔をしかめて離れていった。
 独特な臭いがしてリュードも顔をしかめる。

 臭いは箱の中から漂ってきていた。
 丸い形をした茶色い塊がいくつか入っていて、それが猛烈に臭っている。

「なんですかこれ……」

 もらいものに悪いが嫌な顔をしてしまっているのは許容してもらうしかない。
 我慢できないほどに臭いのだ
 
 腕を伸ばしてできるだけ体から遠ざける。
 というか村長もやや離れている。

「これは燃やすと魔物が嫌がる臭いを放つ煙を発生させる薬丸だ。これを燃やすとこの臭いが好きな魔物以外はたいてい逃げていく。いざというときに使うと良い。我々にとってもキツイ臭いはするけれどな」

 にやりと村長が笑う。
 貴重なものなのかもしれないけれどなんせ臭いがキツイ。
 
 箱のふたを閉めてマジックボックスのカバンに入れる。
 しないのは分かっているけれど臭い移りしないか心配になる。

「いつ何時も切り札や逃走の手段は持っておきなさい。これは魔物だけでなく鼻が利く種族にも効くから何か助けになることがあることも考えられる。頭の隅にでも置いておきなさい」

「ありがとうございます……」

 せっかくの金言だがリュードの鼻も悪くはないので少し具合が悪くなってしまった。

「事前に言わず悪かったな」

 ポンとリュードの肩に手を置いた村長の目はとても優しかった。
 村長なりに旅立ちの緊張をほぐしてくれようとしたのかもしれない。

「2人も見送りに来てくれたんだな」

 次はテユノとフテノに向き直る。

「父さんが見送りに行くっていうからついてきたんだ」

「…………」

 フテノはいつものように柔らかく笑顔を浮かべているがテユノは無言でリュードと顔を合わせない。
 元々あまり会わなかったのに決闘以来姿を見かけることすらなくなった。
 
 初めて子供部門でチャンピオンになったときに嫌ってはいないと分かったのだが妙によそよそしくなったりいきなり優しくなったりとリュードも距離感を測りかねていた。

「……ルフォン」

 無言だったテユノが声をかけたのはルフォンの方だった。
 2人は同い年で数の少ない子供部門では何回も戦った仲である。

 メーリエッヒとルーミオラのようにルフォンとテユノは互いにライバルであると思っていた。
 また力比べ以外のところでも別の意味でライバル。
 
 お互いに譲れない思いがあった。
 リュードだけが気づいていない。

「この間の力比べでは私の負けだったけど、私、もっと強くなるから。強くなって、あなたを倒して…………私が隣に立つから」

 テユノの宣戦布告。これが何を意味するところであるのか、2人には分かっている。

「私も負けないよ」

 ルフォンが一歩リュードに近づく。
 少しだけ悪い顔で笑うルフォン。

 言葉にしなくても通じる思いもある。
 じっと見つめあった2人はニッと笑いあって会話が終わった。

「あんたも怪我なんかしないように気をつけなさいよ。それと時々村に帰ってきなさいよ、みんなさみしがるから」

「ああ、わかった」

 憎まれ口でも言うようにしながら相手を思いやるような言葉を言う。
 不器用な優しさ。リュードも笑顔で答える。

「行っちゃうのね……」

 流石のメーリエッヒでも息子がいなくなると寂しい。
 いつかこんな日が来るかもしれないと思っていたけれど覚悟していても分かっていても感情は抑えられない。

 魔人族である竜人族や人狼族は寿命が長いのでまた会う機会は真人族よりも多いと思う。
 しかし寿命が長いからこそ子供と過ごした時間も短く感じられる。

 まだまだ子供という思いもある。
 だからこそ旅に出る息子はどんな経験をしてそのように大きくなっていくのか。

 これからの成長も楽しみな側面もあった。
 リュードもルフォンも両親と抱擁を交わしてお別れの挨拶をする。
 
 ギュッと抱きしめたメーリエッヒはリュードの額にキスをする。
 ルーミオラもルフォンを痛いほどに抱きしめていた。
 
 ウォーケックは泣き崩れているがリュードはそんな師匠の姿を見ていられなかった。
 ヴェルデガーは優しく微笑んで優しくリュードを抱きしめた。

 そして出発の時間を迎えた。

「それじゃ、行ってくる」

「行ってきまーす!」

 ちょっとそこらにでも行ってくる。
 そんな風にリュードたちは村を旅立った。

「よかったのか?」

「何が?」

「リュー……痛い」

「何が言いたいのよ」

「いやさ、リュードとルフォン、2人、もしくは1人と一緒に行かなくてよかったのかなーなんて」

「なんで私が」

「分かってるくせに、って痛い痛い!」

 テユノは無言で兄を殴る。

「父さんだってあの2人とならいいって言いそうだし、後れを取っちゃうかもよ?」

「……後れなんて取らない。次あったときには私の方が強くなってるから」

「……ふう、そうかい」

 わが妹ながら難儀な性格をしているとフテノはため息をつく。
 ほんの少し素直になるだけでよかったのに。
 
 けれどお前も悪いんだぞ、とフテノはリュードに対して思わざるを得なかった。
 どうにも強すぎるし父親が村長なので貰い手もいない。

 どうせならもっと強くなってもっと稼いで戻ってきてくれてリュードがもらってくれればいいのにと思う兄と、その後ろで会話に入るには入れず気配を消してただ立っている村長なのであった。
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