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《プロローグ》
001:プロローグ
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あれは確か7ヶ月前……高校1年の夏休み。8月19日だったな。
この日、僕は初めて恋をし――いや、違うな。これは恋という感情ではない。
恋とはまた別の……別の何か。
そう。言うならば〝推し〟だ。
うん。これが一番しっくりくる言葉だ。
では改めてもう一度。
――高校1年の夏休み、この日、僕こと――山本隼兎に初めて推しができた。
「どうしたの? じーっと私とのチェキを眺めて……」
教室の片隅、推しとのツーショットチェキを眺めている僕に声をかけてきたのは、クラスメイトの小熊さん――小熊明香里さんだ。
鼓膜を振動させる甘い声は僕の脳を蕩けさせる。何度聞いても心地の良い声だ。うん。天使の声だ。
そして優しい性格なのだと一発でわかる温かみのある口調も兼ね備えている、控えめに言っても極上の声。もしかしたら女神様なのかもしれない。
「もしかして、いつもみたいに変なことでも考えてたの? 隼兎くんのえっち」
時々小悪魔のような一面を見せるのも小熊さんの……いや、この場合はこう呼ぼう。〝くまま〟の魅力だ、と。
そう。小熊さんは僕が今眺めているツーショットチェキに僕と一緒に映っている天使――ご当地アイドルIRISのくままだ。
身長167センチ、2月3日生まれのO型。好きな食べ物はお米。趣味は筋トレ。特技はけん玉。イメージカラーは黄色。
どうしてここまで小熊さんに詳しいかって?
決してストーカーとかの類ではない。断じて違うと誓おう。
誤解を招かないためにもこれは公式情報だと、ネット上に公開されている情報だと伝えたい。
僕は小熊さんの――くままのファンだから。ファンなら覚えていて当然の情報だ。
「へ、変なことって……!? 違うに決まってるじゃん。ファンとしてそれは絶対にあり得ない。それにいつもってなんだよ!?」
「ふ~ん。そっか。それじゃあ、私のチェキを目で舐め回すように見ながら何考えてたの?」
「言い方っ! チェキが100枚に到達したから、達成感を味わいつつ思い出に浸ってただけだよ。卒業までに間に合って良かった……」
「そっか。ついに私とのチェキが3桁を突破したんだね。おめでとう! それと、本当にいつもありがとうねっ!」
小熊さんも嬉しそうな表情を見せてくれてる。ご満悦だ。天使に喜んでもらえて僕も満足。
それと学校で堂々とツーショットチェキを眺めてるのを拒絶されなくてよかった。
もしも拒絶なんてされてしまったら、推し活に支障をきたしかねない。
「うん。ついに念願の……約束の3桁到達だよ」
「それじゃあさ~、100枚到達記念に……私と普通の写真撮ってよ。チェキじゃなくて普通の写真をさ~」
急激に近付いてくる小熊さん。時々距離感がおかしい。これにももう慣れてしまっている僕がいる。
「あっ、う、いや、そ、その……」
訂正しよう。全く慣れていない。
写真の画角に収まるための距離なんだろうけど、それにしても近い。近すぎる。
ミルク石鹸の甘い香りのせいで僕の思考が鈍くなる。
「あっ、やあ、そぬ……の……」
思考が鈍くなっただけじゃなかった。呂律が回らない。回らなすぎてる。恥ずかしい。
一旦落ち着いて軌道修正しなければ。
「…………ふ、普通の写真はさ……ほ、ほら、いつも言ってるけど、他のファンに申し訳ないというか……変な誤解を招いてくままに迷惑がかかるかもだから……だからダメです。い、今のこの情報が飛び交うネット社会の時代、どこでどんな情報が漏れるかわからないので……僕のせいで炎上なんてしたら、死んでも死にきれない」
本当はチェキ以外にも小熊さんとツーショットが撮りたい。
撮りたいけど小熊さんは――くままは僕の推し。僕はくままのファンだ。
この関係を崩したくない。絶対に崩したくないんだ。
だから最善の注意を払わないといけない。
写真一枚の流出によって起こり得るスキャンダルなんてもってのほかだ。
「えー! またそんな理由? クラスメイトなんだしいいじゃん! それに私のファンって隼兎くん以外だと、おじいちゃんとかおばあちゃんしかいないでしょ? 知ってるよね? だからさ~撮ろうよ? ねー、いいでしょー?」
「いや、本当に……ダメだって……それにクラスメイトっていう特権を使うのも、ファンとしてどうかと思うんだけど……」
純粋無垢で無邪気、そして元気いっぱいな子供のような小熊さん。僕の腕を力いっぱい引っ張ってくる。
これはご当地アイドルとしてのくままからは、絶対に見ることがない一面だ。
クラスメイトの特権を使わないと言った矢先、クラスメイトの特権を存分に楽しんでいる僕がいる気がするのは気のせいだろうか。
許してください。くままのファンのおじいちゃんおばあちゃん。
これは不可抗力なのです。僕のような未熟者には抗うことすらできないのです。
「チェキは100枚も撮ってくれたのに~、なんで普通の写真はダメなのよ~。こんなに推しが頼んでるのに~。チェキとは違ってお金取らないよ? 無料よ。無料~」
「無料とかそういう問題じゃないから!」
本当にそう。そういう問題ではない。
――君は僕の推しのままでいてほしい。
――僕は君のファンのままでいたい。
もしもチェキ以外でツーショット写真なんて撮ってしまったら、僕のこの気持ちが変わってしまうかもしれない。
いや、絶対に変わってしまう。好きになってしまう。
僕は君が――くままがご当地アイドルを卒業するまで、チェキ以外でツーショット写真を撮ることができない。
最後まで全力でくままを応援したいから。
「来週! 来週の――3月26日のくままの卒業イベント、それが終わったら絶対に撮るから! 今はダメ! これだけは本当に譲れないから!」
「も~う本当に頑固なんだから~。わかったよ。約束よ! 絶対のぜ~ったい! ねっ?」
太陽のように眩しい笑顔が向けられた。太陽の女神様なのかな?
その眩しさに僕は目を逸らしそうになったが、目を逸らすことをしなかった。
逸らすなんて勿体なさすぎる。この笑顔を目に焼き付けておかないなんてもったいなさすぎる。
「うん。約束!」
やっぱりこの笑顔を目に焼き付けておくだけじゃもったいない。
来週、くままがご当地アイドルを卒業したら、絶対に写真を撮るぞ。
約7ヶ月間、誘惑に耐え続けて撮らなかった普通のツーショット写真を。
そしてこの気持ちを――約7ヶ月間、隠してきた気持ちを伝えるんだ。
――推しの卒業イベントまであと1週間。修了式を終えたばかりの僕は、心に固く誓った。
この日、僕は初めて恋をし――いや、違うな。これは恋という感情ではない。
恋とはまた別の……別の何か。
そう。言うならば〝推し〟だ。
うん。これが一番しっくりくる言葉だ。
では改めてもう一度。
――高校1年の夏休み、この日、僕こと――山本隼兎に初めて推しができた。
「どうしたの? じーっと私とのチェキを眺めて……」
教室の片隅、推しとのツーショットチェキを眺めている僕に声をかけてきたのは、クラスメイトの小熊さん――小熊明香里さんだ。
鼓膜を振動させる甘い声は僕の脳を蕩けさせる。何度聞いても心地の良い声だ。うん。天使の声だ。
そして優しい性格なのだと一発でわかる温かみのある口調も兼ね備えている、控えめに言っても極上の声。もしかしたら女神様なのかもしれない。
「もしかして、いつもみたいに変なことでも考えてたの? 隼兎くんのえっち」
時々小悪魔のような一面を見せるのも小熊さんの……いや、この場合はこう呼ぼう。〝くまま〟の魅力だ、と。
そう。小熊さんは僕が今眺めているツーショットチェキに僕と一緒に映っている天使――ご当地アイドルIRISのくままだ。
身長167センチ、2月3日生まれのO型。好きな食べ物はお米。趣味は筋トレ。特技はけん玉。イメージカラーは黄色。
どうしてここまで小熊さんに詳しいかって?
決してストーカーとかの類ではない。断じて違うと誓おう。
誤解を招かないためにもこれは公式情報だと、ネット上に公開されている情報だと伝えたい。
僕は小熊さんの――くままのファンだから。ファンなら覚えていて当然の情報だ。
「へ、変なことって……!? 違うに決まってるじゃん。ファンとしてそれは絶対にあり得ない。それにいつもってなんだよ!?」
「ふ~ん。そっか。それじゃあ、私のチェキを目で舐め回すように見ながら何考えてたの?」
「言い方っ! チェキが100枚に到達したから、達成感を味わいつつ思い出に浸ってただけだよ。卒業までに間に合って良かった……」
「そっか。ついに私とのチェキが3桁を突破したんだね。おめでとう! それと、本当にいつもありがとうねっ!」
小熊さんも嬉しそうな表情を見せてくれてる。ご満悦だ。天使に喜んでもらえて僕も満足。
それと学校で堂々とツーショットチェキを眺めてるのを拒絶されなくてよかった。
もしも拒絶なんてされてしまったら、推し活に支障をきたしかねない。
「うん。ついに念願の……約束の3桁到達だよ」
「それじゃあさ~、100枚到達記念に……私と普通の写真撮ってよ。チェキじゃなくて普通の写真をさ~」
急激に近付いてくる小熊さん。時々距離感がおかしい。これにももう慣れてしまっている僕がいる。
「あっ、う、いや、そ、その……」
訂正しよう。全く慣れていない。
写真の画角に収まるための距離なんだろうけど、それにしても近い。近すぎる。
ミルク石鹸の甘い香りのせいで僕の思考が鈍くなる。
「あっ、やあ、そぬ……の……」
思考が鈍くなっただけじゃなかった。呂律が回らない。回らなすぎてる。恥ずかしい。
一旦落ち着いて軌道修正しなければ。
「…………ふ、普通の写真はさ……ほ、ほら、いつも言ってるけど、他のファンに申し訳ないというか……変な誤解を招いてくままに迷惑がかかるかもだから……だからダメです。い、今のこの情報が飛び交うネット社会の時代、どこでどんな情報が漏れるかわからないので……僕のせいで炎上なんてしたら、死んでも死にきれない」
本当はチェキ以外にも小熊さんとツーショットが撮りたい。
撮りたいけど小熊さんは――くままは僕の推し。僕はくままのファンだ。
この関係を崩したくない。絶対に崩したくないんだ。
だから最善の注意を払わないといけない。
写真一枚の流出によって起こり得るスキャンダルなんてもってのほかだ。
「えー! またそんな理由? クラスメイトなんだしいいじゃん! それに私のファンって隼兎くん以外だと、おじいちゃんとかおばあちゃんしかいないでしょ? 知ってるよね? だからさ~撮ろうよ? ねー、いいでしょー?」
「いや、本当に……ダメだって……それにクラスメイトっていう特権を使うのも、ファンとしてどうかと思うんだけど……」
純粋無垢で無邪気、そして元気いっぱいな子供のような小熊さん。僕の腕を力いっぱい引っ張ってくる。
これはご当地アイドルとしてのくままからは、絶対に見ることがない一面だ。
クラスメイトの特権を使わないと言った矢先、クラスメイトの特権を存分に楽しんでいる僕がいる気がするのは気のせいだろうか。
許してください。くままのファンのおじいちゃんおばあちゃん。
これは不可抗力なのです。僕のような未熟者には抗うことすらできないのです。
「チェキは100枚も撮ってくれたのに~、なんで普通の写真はダメなのよ~。こんなに推しが頼んでるのに~。チェキとは違ってお金取らないよ? 無料よ。無料~」
「無料とかそういう問題じゃないから!」
本当にそう。そういう問題ではない。
――君は僕の推しのままでいてほしい。
――僕は君のファンのままでいたい。
もしもチェキ以外でツーショット写真なんて撮ってしまったら、僕のこの気持ちが変わってしまうかもしれない。
いや、絶対に変わってしまう。好きになってしまう。
僕は君が――くままがご当地アイドルを卒業するまで、チェキ以外でツーショット写真を撮ることができない。
最後まで全力でくままを応援したいから。
「来週! 来週の――3月26日のくままの卒業イベント、それが終わったら絶対に撮るから! 今はダメ! これだけは本当に譲れないから!」
「も~う本当に頑固なんだから~。わかったよ。約束よ! 絶対のぜ~ったい! ねっ?」
太陽のように眩しい笑顔が向けられた。太陽の女神様なのかな?
その眩しさに僕は目を逸らしそうになったが、目を逸らすことをしなかった。
逸らすなんて勿体なさすぎる。この笑顔を目に焼き付けておかないなんてもったいなさすぎる。
「うん。約束!」
やっぱりこの笑顔を目に焼き付けておくだけじゃもったいない。
来週、くままがご当地アイドルを卒業したら、絶対に写真を撮るぞ。
約7ヶ月間、誘惑に耐え続けて撮らなかった普通のツーショット写真を。
そしてこの気持ちを――約7ヶ月間、隠してきた気持ちを伝えるんだ。
――推しの卒業イベントまであと1週間。修了式を終えたばかりの僕は、心に固く誓った。
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