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外伝:白兎月歌『腕相撲大会編』

外伝56 圧倒的実力差

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 人間族の国ユマン王国の中央に聳え立つ王宮。その地下で大戦争を企てる悪の組織による腕相撲大会の後半戦が行われていた。
 準決勝戦セミファイナルへ出場したのは、龍人族のルーク。エルフのクイーン。聖騎士団朱猿すえん団長のミリオン・ヴェル。そして、人間族の国ユマン王国の王ジングウジ・ロイ。この四名だ。

 粉々に砕けたテーブルの代わりに新しいテーブルが用意される。
 そのテーブルにルークとクイーンが向かい合って立った。準決勝戦セミファイナル第一試合が始まろうとしているのだ。


 《準決勝戦セミファイナル第一試合ルークVSクイーン》


「うふふっ。勝つのは私よ」

「それはどうかな?」

 ルークは多く語らずに腕相撲をするために義手である右手を出した。

「右手でいいのかしら?」

「当然だ」

 ルークの返答を聞いた後、クイーンもテーブルに肘をついて右手を出した。そしてルークの構える右手と握り腕相撲の体勢へとなる。

 この二人は三千年前の『亜人戦争』の生き残り。亜人戦争では今は亡き神たちと互角に渡り合ったほどの実力者だ。
 クイーンに至っては、数多のスキルを所持し神からの加護を受けているブランシュと互角に戦ったほど。
 そして二人は上位種族。ルークは龍人族、クイーンはエルフだ。この腕相撲は上位種族同士の対決となる。

 腕相撲の体勢となった二人を黒瞳に映したロイは、一番近くにいるシアンとその次に近いアマゾンに向かって口を開いた。

「シアンとアマゾンはさ、どっちが勝つと思う?」

 まず最初に答えたのは聖騎士団青犬せいけんの団長シアンだ。

「そうですね。実力はほぼ互角。種族で考えたとしても同格の上位種族。どちらが勝ってもおかしくありませんが、パワーだけで考えればルークでしょうか? 右腕ですし」

 シアンが答えた直後、大きな傭兵団の団長アマゾンが口を開く。

「俺はクイーン姐さんだな。腕相撲をしてみて感じたよ。ってな」

 二人の意見を聞いたロイは、「うんうん。わかるわかる」と楽しそうにしながら頷いていた。

 そんな中、審判役を務めるミオレが試合開始の合図をするために、ルークとクイーンの二人が組んでいる手に自分の手を添えようとしていた。
 そして二人の手に触れた瞬間、無意識に離れた。まるで火傷するほど熱いものに触った時に反射的に起こる行動のように。

「おいおいおいおい。やべー殺気だなァ……まあいい。始めるぞォ」

 ミオレは二人の殺気を耐えられるギリギリの場所で手を構えた。そしてそのまま試合開始の合図を始める。

「三、二、一、始めェ!」

 すると、ルークとクイーンの二人の殺気は、瞬く間に地下室全体を包み込んだ。
 常人なら生命を失ってしまうほどの殺気。強者でも気絶してしまうほどの殺気だ。

「いいねいいね。やっぱり二人は最高だよ。この殺気だけでも何人殺せるんだろう。あははっ」

 そんな殺気に余裕で耐えている、否、耐えるような仕草すらも見せていないロイは別格だ。そして気絶せずに耐えている他のメンバーも計り知れない強さだということになる。

 ルークとクイーンの手の位置は開始地点から全く動いていない。ほぼ互角の勝負をしているということだ。
 そんな接戦の最中、クイーンは妖艶に微笑んだ。

「うふふっ」

 微笑むほど余裕がクイーンにはある。その証拠にクイーンの手はゆっくりとゆっくりと、ルークの手の甲をテーブルに近付けていった。

「なっ!?」

 驚くルークに向かってクイーンが、放っている殺気とは裏腹に、とても静かで優しげな声で囁く。

「あなたのを壊してはいけないと思って加減をしていたのだけれども。うふふっ。もう少し力を入れてもよかったのね」

 その囁きが終わるのと同時にルークの手の甲がテーブルに付いた。その瞬間、地下室を包み込んでいた殺気が刹那の一瞬で消失する。
 そして驚くことにテーブルは一切壊れていなかった。生命を奪うほど殺気を地下室全体に放っていながら、二人は力のコントロールをしていたのだ。壊すだけが力ではない。壊さないこともまた力なのである。

 勝者が決まったということで、審判役のミオレが勝者の名を呼んだ。

「勝者、クイーン!」

 ルークは右手の義手の状態を確認しながら、勝利したクイーンに向かって口を開く。

「さすがクイーンだな。今の俺なら勝てるかもしれないと思っていたが、見縊っていたようだ。すまない」

「うふふっ。ルーク。あなたも相当強かったわよ」

 そう言った後、クイーンの黒瞳は次に腕相撲をするであろうロイのことを映した。その瞬間、嬉しさのあまり思わず笑みが溢れる。

「うふふっ。温泉デート確定ねっ。うふふっ」

 こうして準決勝戦セミファイナル第一試合の勝者はクイーンとなった。そして、すぐさま同じテーブルで準決勝戦セミファイナル第二試合が始まろうとしていた。


 《準決勝戦セミファイナル第二試合ヴェルVSロイ》


「よしっ。ヴェル。早くやろう。やろうやろう。さあさあ!」

 子供のようにはしゃぐロイは、早くもテーブルに肘をつけて腕相撲ができる体勢へとなる。
 そんなロイの手をヴェルは呆れた様子で握った。

「慌てなくてもすぐにやりますよ。あと手加減してくださいよ。俺まだ死にたくないので」

「またまた~」

「またまたって! 冗談で言ってるわけじゃないですからね。本気ですよ。本気で手加減してくださいよ」

「わかったわかったって~」

「ほ、本当に、わかってくれてますかね……」

 心配そうな表情のヴェルと鼻歌を歌うご機嫌なロイ。二人は手を組んでいつでも腕相撲が始められる体勢へとなった。

「それじゃミオレ。お願いね」

「はい。では…………三、二、一、始めェ!」

 腕相撲開始直後、「えいっ」と、呆気ない声がロイの口から出た。それと同時にヴェルの手の甲はテーブルに付いたのだった。

「勝者、キング!」

 先ほどの殺気に満ち溢れたルークとクイーンの腕相撲の直後だとは思えないほど、可愛らしいと思えてしまうほど呆気ない腕相撲だった。

「やったー。あははっ」

 子供のように万歳をしながら勝利を喜ぶロイ。

 ロイは殺気を一切発することなく軽々とヴェルに勝利した。対してヴェルはすべての力を右手に込めていた。殺気までは放たなかったものの聖騎士団朱猿すえんの団長にまで上り詰めたすべての力を出したのだ。
 それでも呆気なくヴェルは負けたのだ。

 これが悪の組織のボスとその幹部の決して超えることができない圧倒的な実力差なのである。

「わかってはいましたが、次元が違いすぎますよ。さすがです。キング」

「あははっ。ありがとう。ヴェルもなかなかの力だったよ~」

「お世辞でも嬉しいです」

 こうして決勝戦ファイナルに進出する二名が決まった。クイーンとジングウジ・ロイの二名だ。
 トーナメント表ができた時点でこうなることは決まっていたと言っても過言ではない決勝戦ファイナルの組み合わせだ。


 《決勝戦ファイナルクイーンVSロイ》


「うふふっ。ゾクゾクしちゃうわ」

 妖艶に微笑むクイーン。

「あははっ。楽しいね」

 上機嫌に楽しそうに笑うロイ。

 両者、黒瞳を交差させながら手を組んで腕相撲がいつでもできる体勢へとなった。

「確認してもいいかしら?」

「ん? なに?」

「キングに勝てば温泉デートを二回してくれるのね?」

「温泉デート? ああ。ご褒美のことね? もちろんだよ。クイーンは決勝戦に来れたから約束どおり一回はご褒美あげるよ。旅館の料理が今から楽しみだよ~」

「うふふっ。私もすっごく楽しみだわ」

 確認を済ませた瞬間、クイーンからただならぬオーラが溢れ出た。そして舌で唇を妖艶に舐めた後、囁くように口を開く。

「一回でもとっても嬉しいのだけれども、二回温泉デートができるチャンスがあるのなら、そのチャンスを本気で掴みにいくわ。たとえ相手がキングでも。あなたのために私はあなたに勝つの。うふふっ」

「おっ。本気だね。そうこなくっちゃ! くぅ~。もっと楽しくなってきたぞぉ~! 早くやろう。やろうやろう」

「ええ。早くやりましょう」

 早く腕相撲がやりたくてうずうずしている二人だったが、一向に開始の合図が起きない。
 なぜなら審判役のミオレがクイーンのオーラに当てられて、立ったまま気絶してしまったからだ。
 他のメンバーを見てみれば、アマゾンも豪快に床に倒れて気絶している。ヴェルとシアンはギリギリ意識を保っている状態だ。
 そんな中、平然としているのが龍人族の男ルークだ。気絶してしまったミオレの代わりに審判役を務めようとしている。

「クイーン。ここにいる者はキングが認めた仲間だ。殺すんじゃないぞ」

「わかってるわよ。焦らさないでちょうだい。早くキングとやらせて」

 開始の合図が待ちきれないクイーンは禍々しいオーラをルークにも突き刺す。

「まあいい。では、ミオレに変わって俺が開始の合図を行います。キングも準備はいいですか?」

「もちろんだよ。いつでもどうぞ~」

「はい。では、三、二、一、始め!」

 ルークの開始の合図と共にクイーンの禍々しいオーラは、自らの右手に吸い込まれるように集まった。
 そして、その右手でロイの右手をテーブルに向かって動かした。

「おおっ!? やるね~。動いた動いた!」

 さすがのロイも驚いた表情を見せた。しかし、余裕とした態度は依然として変わらない。
 クイーンはそこからさらに力を込める。ロイの手がなければ王宮を拳ひとつで真っ二つにしかねないほどの怪力だ。

「あなたと二回、温泉デートにっ」

「そんな旅館の料理が食べたいんだね。クイーンがそういうの好きって全然知らなかったよ」

「私は料理よりも温泉デ――」

 温泉デートと言おうとしたクイーンの言葉にロイの言葉が被る。

「わかった。温泉だね! 気分がいいから今から行こうか。今すぐに。ね」

「はい。とっても行きたいわ」

 ロイとクイーンの話は若干だが噛み合っていない。けれどなんとか話の歯車はいいところまで絡み合ってきていた。
 そして、妖精族の国カポクオーコの温泉旅館『二千年樹』に今すぐ行きたいロイは、腕相撲を終わらせに入る。

「それじゃ、腕相撲終わり~」

 そう言いながらあっさりとクイーンの手の甲をテーブルに付けたのだった。これはクイーンが手加減を始めたからではない。ロイが少し力を入れた結果なのだ。

「勝者、キング! 当然だな」

 ここでもまた圧倒的な実力差が表れた。これがエルフや龍人族の上位種族と団長クラスの猛者を束ねるロイの底知れない実力の片鱗なのである。

「うふふっ。私で遊ぶだなんて……キング。あなたはやっぱり素敵だわ」

「いやいや。遊んでないよ。一瞬負けるかと思っちゃったし~。ってそれよりも! 行こうよ! で温泉旅館に!」

「ええ。行きましょう。すっごく楽し…………みんなで?」

「うん。気分がいいって言ったでしょ。せっかくだからさ、みんなにご褒美をあげたくなったんだよ~」

「ふ、二人っきりの……温泉デートは?」

「みんなで行ったほうが絶対楽しいと思うよ。上に立つ人間として全員にご褒美をあげるのは当然だよね。僕、王としての風格が出てきたんじゃない?」

「そ、そうね。キングはこういう人でもあったわ……」

「よしっ! 行こう! 旅館に! っと、まずはミオレとアマゾンを起こしてあげよう」

 落胆するクイーンとそれに気付かずに子供のようにはしゃぐロイ。

「ミオレ。起きろ~。旅館に行くぞ~」

 こうして突然始まった腕相撲大会はロイの完全勝利で幕を閉じた。
 そして宣言通りにこの後、ご褒美として妖精族の国カポクオーコの温泉旅館『二千年樹』に全員で向かったのだった。
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