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外伝:白兎月歌『白いウサギ編』

外伝39 突如始まるお祝いパーティー

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 シロを家族として迎え入れた翌日のこと。
 ブランシュとフエベスの二人は、珍しく仕事が休みで太陽が燦々と照らしている昼下がりの中、ぐっすりと眠りについていた。

 この家の中で起きているのは白いミニウサギのシロだけだ。

「フスフスー」

 昨夜ブランシュが用意しておいたペットフードを一粒一粒美味しそうに食べていた。

 そんな時だった。

 家の扉がトントントンと、リズム良くノックされた。

「……ん? ぁ?」

 そのノックに目を覚ましたブラッシュ。

 《個体名――》

(……わかってる。寝る)

 月の声が扉の先にいる人物を知らせようとしたが、それを聞くまでもなく、ブランシュは気配から扉の先にいる人物を特定し、二度寝をかます。

 普段睡眠が少ない分、休日だけは長時間眠っておきたいのである。

「おーい! ブランシュー! いないのかー?」

 扉の先にいる人物はしつこく何度も何度も扉をノックする。そして呼びかけ続けた。

 しつこすぎるノックと呼びかけに、ハンモックで眠っていたフエベスの意識は覚醒した。

「……ぬ、ぁ、ブーちゃん……お客さん……だよ。ぐっすり寝てる時に限って誰かに起こされるんだよね……。まったく、休日くらいゆっくり寝させてほしいよ。ね? ブーちゃん。って、ブーちゃん?」

 二度寝をかましたブランシュの意識はまだ夢の中だ。
 ここまで起きないのは、数多のスキルの影響ではない。慣れだ。
 超お喋りな妖精のマシンガントークの中でも、眠れるようになったブランシュが身に付けたもの。スキルとは違った生き物としても経験によるものである。

「ブーちゃん、起きてー! お客さんだよー」

「フスーフスー!」

 フエベスとシロの二匹は協力し合いながらブランシュを起こそうと試みた。
 フエベスはブランシュの雪のように白い頬を引っ張る。
 シロはブランシュの腕に向かって体をなんでも擦り付けた。

 さすがのブランシュもフエベスとシロの行動、そして、今もなおブランシュを呼ぶ扉の先の人物の行動に意識が完全に覚醒した。

「わかった、わかったから……」

 立ち上がるブランシュは、真っ白なブランケットを羽織って、騒がしい扉の方へと向かった。

「どうしたんですか、

 と、扉を開ける前に、気配と声から特定した、人物の名前を口にしながら扉を開いた。

 すると、扉の先にいたのは、聖騎士団白兎びゃっとの面々。ブランシュの先輩のジェラ・ダンと、ブランシュ後輩のズゥジィ・エーム、さらには副団長のアセディ・フレンムの三人だ。

 この三人は『いずれ来る大戦争』に関わるであろうエルフと龍人族を調査する極秘調査隊のメンバーでもある。
 そして、ブランシュ以外の三人は仕事中だ。否、正確には昼休憩だ。
 仕事の合間に来たのだからエルフや龍人族関連で重要な情報や重要な任務などが入り込んだのだと思うのが普通だ。
 しかし、ブランシュはそんなことを全く思っていなかった。むしろダンから感じる気配からウキウキワクワクと胸を躍らせている感情を感じ取っていて、別の意味で嫌な予感を感じていたのである。

「やっと開けたか! ほら、だ」

「祝いの酒?」

 ブランシュは深青の瞳で訪れてきた三人の手荷物を見た。
 ダンの右手には安物の酒。フレンムの右手には、ダンが持っている酒よりも少しだけ高級そうな酒がある。
 そして、エームの両腕にはおつまみであろう商品が、袋いっぱいに詰められていた。

「おいおい、寝ぼけてるのかよ。昨日ウサギちゃんを飼ったんだろ? だから俺たちで祝ってやろうってなったんだよ。どうだ? 嬉しいか?」

「いや、なぜ私がウサギを飼ったと……」

 ブランシュは疑問に思った。
 なぜウサギを飼ったことを知っているのかに。
 その疑問の答えはすぐにエームの口から明かされた。

「あのですね先輩。昨日の魔獣のことを話してる流れで、白いウサギの話になりまして……そしたらですね、お二人が『ブランシュなら絶対に飼う』と言い出して……午前中はずっとお祝いの準備をして……今に至るというわけです」

「……な、なるほど」

 納得のブランシュ。
 ウサギを『飼う』『飼わない』の二択の後者をダンとフレンムはバッサリと切ったのである。なので、お祝いムードでここまでやってきたのだ。
 それほど、ウサギを家族に迎え入れることはめでたいことなのだ。

「とにかく、もう祝う気満々だからよ、中に入れさせてくれ。お前が選んだウサギが、どんなウサギかも気になるしな」

「はぁ……帰ってくださいと言っても帰らなそうですし、仕方ないですね。いいですよ。中に入ってください」

 ブランシュはため息を吐きながらダン、フレンム、エームの三人を家の中へと通した。

(私のこととなると何かと祝ったりしたいダンさんと、サボることなら全力を尽くす副団長、その二人には絶対に逆らえないエーム……はぁ……仕方ないよな)

 仕方がないと諦めたブランシュは、三人をもてなそうと試みようとする。

「フエベス。お客さんだ。何かもてなせるものはあるか?」

「えっ、中にまで入ってくるの? 早く言ってよ~。私、寝癖がすごいんだからー! それに寝起きで私の可愛い可愛いお顔がちょっと、ほんのちょっとむくんでるんだよー! でもでもでもでも、ブーちゃんは私の寝起きのお顔も好きでしょ~。ブーちゃんが好きならいいっか。きゃはっ。で、それで、おもてなしだよね~? う~ん。賞味きげ……あ、揚げ物とか冷凍保存した野菜とかだったらあったはずだよ。調理しなきゃいけないから少しだけ時間かかっちゃうけど……」

「そうか。頼めるか?」

 ブランシュの問いにフエベスは腕をまくりながら答えた。

「もちろん! ブーちゃんのためなら私は全力で寝癖を直してから調理するよ~。きゃはっ」

「あぁ、よろしく頼む。水は私が出そう」

 フエベスとの会話を終わらせたブランシュは、意識を来客三人に向けた。

「副団長たちは座れるところを見つけてテキトーに座って――」

 くださいと、最後まで言葉を言わなかったのは、三人ともブランシュの話を聞いていなかったからだ。否、聞こうという意思があったのはエームだけだったからだ。
 しかし、そのエームもブランシュの話よりもダンとフレンムの行動にあたふたしていたのである。
 その行動とは――

「こいつがブランシュの新しい家族のウサギちゃんかー。ブランシュに似てて真っ白だな」

「あっ、ダンさん。触ると噛まれますよ!」

「大丈夫だろ」

 何度も噛まれたことがあるエームは、無闇にウサギを触ろうとするダンに勧告をする。
 その横ではダンに続いてフレンムもウサギを触ろうとしていた。

「白くて小さいから、ブランシュが入団した時のことを思い出すヨ」

「あー、副団長も危ないですって、引っ掻かれますよ!」

「心配いらないヨ」

 何度も引っ掻かれている経験からエームはフレンムにも勧告する。
 そんなエームは、目を疑う衝撃的な出来事を目の当たりにした。

「か、噛まない……引っ掻かない……」

 シロは撫でてくるダンとフレンムのことを噛んだり引っ掻いたりしなかったのである。むしろ、ダンとフレンムを受け入れて撫でられるがままのぬいぐるみのような存在になったのだ。

「エームも触ってみろよ。大人しくて可愛いぞ」

「きっと大丈夫だヨ」

 ダンとフレンムは、エームにウサギを触るようにと後押しする。

「じゃ、じゃあ……」

 エームの男性とは思えないほど綺麗な手が、シロの頭へと近付く。そして、指先が白い体毛に触れた。
 その瞬間、エームの脳裏には昨日のことがフラッシュバックした。噛まれたり引っ掻かれたりした記憶だ。

「――うっ」

「フスフス」

「か、噛まない!? 引っ掻かない!?」

 エームは驚いた。昨日のウサギと同一だと思えないほど大人しく可愛いからだ。

「えっ、何で? 何でですか先輩。もうしつけしたんですか?」

 と、当然のことながらブランシュに質問を投げかけた。

「いや、私は何もやってない」

「そ、そうなんですか」

「おそらくだが、ここが自分の家だとわかってるから安心してるんじゃないか?」

「なるほど。確かに。昨日も先輩から離れた時だけ暴れてましたからね」

 ブランシュの考えは、ほぼほぼ正しい。ただ違うのは縄張り意識がどこにあるかというものだ。
 ウサギは縄張り意識が強い生き物。縄張りに入ったモノは例え同族であろうと容赦しないことが多い。噛んだり引っ掻いたり、昨日のシロがエームにやったように容赦しない。
 昨日のシロと今回のシロで共通するところは一つ。ブランシュがいるということ。シロの縄張り意識は、この家にあるのではなくブランシュにあるということだ。
 つまりシロはブランシュから引き離そうとする相手を容赦無く噛み付いたり引っ掻いたりする。まさに縄張りに入ってきた相手に対して容赦しないのと同じように。
 それ以外の大抵のことなら怒ることは滅多にない大人しく可愛らしいウサギなのである。

「まぁ、ウサギちゃんも俺たちを歓迎してるってことだよ。さあ、俺たちも祝いの準備をするぞ」

「あっ、は、はい!」

 ダンの声かけに合わせて慌てながら行動に移すエーム。おつまみ系の食品が入った袋の中身を小さなウッドテーブルの上に並べ始めた。
 その横で何もせずに腰を下ろすのはフレンムだ。めんどくさがり屋な性格から極力働きたくないのである。
 そして声をかけたのにも関わらずシロにべったりなダン。ニヤニヤと笑顔を溢し喋りかけながら撫でている。

「本当に可愛いな。うちの下の子たちが大きくなったらウサギちゃん飼おう。うん。絶対に飼ってあげよう。きっと喜ぶだろうな~。でへへへへ」

 ダンがニヤニヤしている理由は自分の娘のことを思ってのことだった。
 そんなダンは、シロを撫でながらブランシュに向かって口を開いた。

「でもまぁ、安心したよ」

「ん? 何がですか?」

「いや、ブランシュはさ、両親がいないだろ? だから孤独で辛い人生を送るんじゃないかなって思っててさ。まぁ、これでも俺はお前の教育係みたいなもんだからさ。あっという間に実力は超されちまったけどな……」

 ダンはブランシュが聖騎士団白兎びゃっとに入団した八歳のころからずっとブランシュの面倒を見てきた人物だ。
 ダンにとってブランシュは娘のような存在と言っても過言ではない。それほどブランシュのことも心配しているということなのである。

「妖精ちゃんとウサギちゃんがお前のそばにいてくれれば、心配はいらないよなってことだよ。うん。めでたいめでたい。だからこそ今日はお祝いだ! 夕刻前まで呑むぞ! お前らももう二十歳だしな!」

「ちゃんと夕刻には帰るんですね。安心しましたよ」

「あったりまえだろ! 可愛い可愛い娘が三人もパパの帰りを待ってるんだからよ~」

「そうですね。それじゃ夕刻前まで呑みましょうか」

 こうしてシロを家族に迎え入れたお祝いと称したおサボりパーティーが突如開催した。
そして、ブランシュは仲間たちと家族に囲まれながら、今日だけは『いずれ来る大戦争』のことを忘れて夕刻前まで楽しく飲んだのだった。
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