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外伝:白兎月歌『女の戦い編』

外伝28 勝負の行方

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(――まずは、三体の龍からだな)

 その瞬間、ブランシュはクイーンが放った『火』『雷』『土』の最大魔法へ向かって飛んだ。
 ブランシュは、三つの最大魔法のちょうど真ん中の位置に入った。そして居合斬りをするかの如く『月の剣』と『光の剣』を構えた。

月影流つきかげりゅう奥義――盈月えいげつ

 心の中だけで技を唱えたのは、クイーンの手刀によって声帯を貫かれ、声が出せないからである。
 ブランシュの『月の剣』と『光の剣』は、ブランシュを中心に球体状に斬撃を放つ。
 その斬撃はみるみるうちに大きな球体となる。その球体はクイーンが放った三体の龍を呑み込んだ。それと同時に斬り刻んだのだ。

 盈月えいげつ。それは新月から満月になるまでの間の月と同じ名称。
 ブランシュの技もまた、新月から満月になるかのように、小さな球体の斬撃が大きな球体の斬撃――つまり満月になるまでの過程を表現した技だったのだ。

 大技だけあって、最大魔法でもある三体の龍は、斬撃に切り刻まれ激しい光と共に消失。
 その光の中をブランシュは駆けて、一気にクイーンとの間合いを詰める。

月影流つきかげりゅう奥義――風月ふうげつ

 ブランシュの『月の剣』と『光の剣』の刃先が届く範囲に入った途端に大技を炸裂。今度は寸止めやフェイントなどは入れず、真っ向から三日月の形をした風の斬撃を喰らわしていく。
 その風の斬撃はブランシュが『月の剣』と『光の剣』を振るたびに現れる。何度も何度も。ブランシュが手を止めない限り永遠と現れる。

 対して風の斬撃を受け続けるクイーンは避けることも防ぐこともしない。呪いである『吸収』の効果が発動しているからだ。
 避けることも防ぐことも無駄な行動。ダメージ全てを吸収しなければ逆にもったいないことでもあるのである。

「あら? 今度はちゃんと踊ってくれるのね?」

 そんなクイーンの言葉にブランシュは返さない。
 喉を貫かれて喋れないからではない。ブランシュもまた、返答する時間がもったいない、返答するくらいなら剣撃を与えたほうが良いと、思っているのだ。

(私の吸収の能力に気付いていると思っていたのだけれど……拍子抜けね。うふふ。せっかくだし、このままダメージを吸収されてもらうわ。血塗れの子ウサギさん)

 クイーンは何もしないことを選んだ。ただただその場に立ち、ブランシュの剣撃を受け続ける。そしてダメージを吸収して蓄える。

(ある程度ダメージが貯まったら、一撃でイかせてあげるとしましょう。今まで感じたことのない一撃を。うふふ。楽しみだわ)

 すると突然、クイーンの心臓がドクンと、大きく鼓動を鳴らした。

「――ん、ぐッ」

 そして、ダメージを吸収して無傷のはずのクイーンが膝から崩れ落ちた。
 それでもなおブランシュは剣撃を止めない。首を、肩を、腹を、脚を。頭の先から爪先まで全身を二本の剣で狙い続ける。
 膝から崩れ落ちたクイーンも『吸収』の効果が切れたわけではない。無限に続くブランシュの剣撃を吸収し続けている。

 それならなぜクイーンは膝から崩れ落ちたのか?
 その答えは剣撃を与え続けるブランシュと、その心の中に存在する『月の声』が知っている。

(やっと効いてくれたか)

 《7937回目の剣撃でのスキルの効果を与えることに成功しました》

(カウントしていたのか……それよりも、放出される前にこのまま剣撃を続けるぞ。スキルの維持を頼む)

 《はい。マスター》

 クイーンが膝から崩れ落ちた理由。それはブランシュが手に入れた三つのスキルの影響だった。
 ブランシュが試してみたいと心に思った瞬間に手に入れた三つのスキル。それは、『麻痺攻撃』『火傷攻撃』『毒攻撃』といった相手に状態異常をきたすスキルだ。
 その名称通り麻痺、火傷、毒を剣撃にのせて相手に付与するスキル。吸収を生業とするクイーンの呪いの効果と相性が良い。

 しかし、試してみたいと思っていたブランシュ自身、このスキルには懸念があった。
 それは未知の『吸収』という力が、麻痺、火傷、毒の効果を浄化や無効化してしまわないか、ダメージ以外の不純物は吸収されないのではないかということ。
 その懸念は、たった今、膝から崩れ落ちるクイーンを見て解消されたのだ。

 あとはブランシュの策にクイーンが気付く前に倒すのみ。
 気付かれてしまった場合は最悪で、吸収された『麻痺』『火傷』『毒』の状態異常が全て放出されてブランシュ自身に返ってきてしまう。
 放出されるということはクイーンの中にある『麻痺』『火傷』『毒』の全てが無くなるということ。やっと与えられたダメージも無駄になってしまうということだ。
 だからこそブランシュは剣撃を続ける。反撃の猶予も与えぬまま、吹き続ける風のように二本の剣を振り続ける。

(心臓の鼓動と一緒に感じた嫌な痛み…………それと同時に見えた子ウサギさんの分身……いいえ、幻覚だわ……おそらくだけど、私の吸収の力を逆手にとって私の体内に毒素を入れ込んでいたのね……うふふ。耐性はあったつもりだったんだけれど、子ウサギさんの毒素のほうが私の耐性を上回ったってことね。それなら、このまま子ウサギさんの攻撃を受け続けるのはあまり良くないわね……早めに毒素を放出しないといけないのだけれど……逃げる隙も反撃の隙も微塵もないわね……)

 経験の数が多いからか、それとも機転が効くのか、どちらにせよクイーンは瞬時にブランシュの策に気が付いた。
 しかし膝から崩れ落ちた時点ですでに手遅れだ。
 止まないブランシュの剣撃と、思うように動かすことのできない体。毒素を全て放出しなければクイーンの敗北、ブランシュの勝利は、時間の問題なのである。

 そんな勝利の道が確保されたブランシュだったが、一瞬剣撃が止まった。
 体力の限界がきたわけでもなければ、集中力が切れたのではない。むしろ集中していたからこそ剣撃を刹那の一瞬止めてしまったのだ。
 その刹那の一瞬を逃さなかったクイーンは、重たい体を引きずりながらも、ブランシュから距離を取った。
 そしてクイーンは、毒素を体から出すために魔法を発動し放出を始めた。

爆龍風ストームブラスト

 無詠唱で放たれた風属性最大の魔法は、所々に淀んだ色を乗せながら龍の形を成していた。
 本来は無色透明の風の龍の形をなすはずだ。この淀んだ色の正体こそ、ブランシュが与え続けた『麻痺』『火傷』『毒』の毒素だ。

(放出されたか……)

 《風属性最大の魔法攻撃、爆龍風ストームブラストです》

(わかってる)

 風の龍はブランシュを標的に定めて嵐の如く竜巻を起こしながら飛んでいく。
 そのままブランシュを丸呑みしようとした瞬間、風の龍はブランシュの斬撃によって相殺した。

「……はぁ……はぁ……うふふ。やるわね。子ウサギさん」

 放出したはずのクイーンだが、息を切らし膝をついていた。
 受けてしまったダメージは吸収していないので放出することができない。つまり『麻痺』『火傷』『毒』のダメージはクイーンに残ったまま。放出されたのはその毒素のみということだ。

 このままブランシュは、クイーンとの間合いを詰めればいいのだが、それをしようとはしなかった。否、体が前に動こうとしなかったのだ。
 それはブランシュが剣撃を一瞬止めた事にも関係している。

「随分と派手にやられたな。クイーン」

 突然、クイーンの横に義手の男が現れた。義手ではない左腕は龍の刺青が彫られていて、その刺青は左顔にまで彫られている。
 クイーンの事を知っていることから、クイーンの仲間であることは間違いない。つまり『いずれ来る大戦争』を企てる組織の一員で間違いがない。
 そして、クイーンと同等に、その男の実力は高いものだと、戦わずともブランシュは感じていた。だからこそ体が動いてくれなかったのだ。

「うふふ。アナタがここに来るなんてね。どうしたのかしら?」

の命令だ。ここで白き英雄を倒しておくのもいいが、黒き者の正体がわからない以上、これ以上の戦いは好ましくないってな。それにここで戦力を削るわけにもいかないからな」

「あら? それって私が子ウサギさんに負けるってことかしら? 

「それはありえないな。今殺しておくのもありだが、何事も一朝一夕ではうまく回らないものだ。それに相手が相手だろ。何が起きるかわからない。生かしておけ。その時じゃない」

 クイーンとの会話を終わらせたルークという名の刺青男は、血塗れの白い兎人族とじんぞくの少女を見た。

「というわけで、白き英雄よ。女同士の戦いに水を差してしまって悪いが、いずれ戦うその時まで、この勝負はお預けだ。それでは失礼する」

 ルークは弱ったクイーンをお姫様抱っこをして、その場から飛んだ。ただ垂直に飛んだだけにも関わらず、地面は割れて、そのヒビがブランシュを襲う。
 そしてルークはクイーンをお姫様抱っこしたまま宙を蹴り、遠くへと消えていった。

 ブランシュは崩れる地面を回避し、安全な場所へ着地する。そのまま『待て』と、叫ぶことすらできずにクイーンとルークが去っていった方角を見続けた。
 そして気配も姿も完全に見えなくなった瞬間、ブランシュは光属性の魔法を解除し、その場に大の字で倒れた。

 《マスター?》

(はぁー、しんどー。強すぎるんだが……)

 白き兎人族とじんぞくの少女は、空を見上げながら心の中で叫んだのだった。
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