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外伝:白兎月歌『女の戦い編』
外伝27 吸収と放出
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先手必勝。先に動いたのは、白き兎人族の少女だ。
彼女は、黒い花魁衣装を身に纏い妖艶な笑みを浮かべているエルフの女に向かって、一度の踏み込みで跳んだ。
ブランシュは右手に『光の剣』、左手に『月の剣』を握り、クイーンに剣撃を喰らわす。
その剣撃は、今までの卓越された華麗なものとは違い、どこか疎か。
剣を習いたての素人が無闇矢鱈に振り回していると思えるほど疎かだ。
「戦闘スタイルを変える……うふふ。そういうことね」
クイーンは、疎かになったブランシュの剣撃の意図に気が付いている。
(わざと作っている隙だらけの剣撃。思わず手を出したくなっちゃうわ……うふふ。誘うのが上手なのね。でもその誘いには乗れないわ。だって乗ってしまったら私は真っ二つに斬られちゃうもの)
ブランシュはわざと隙を作っている。攻撃本能や反射的に手を出してしまいたくなるほどの絶妙な隙だ。
その絶妙な隙は、戦闘経験が多ければ多いほど、効果は増す。相手に攻撃を与えられる絶好のチャンスだからだ。
その絶好のチャンスを何度も逃すのは、精神的にもストレスが溜まる。そのストレスが実力者の判断を狂わせることもあるのだ。
(でもそれだけじゃないわ……先ほどから感じる違和感……そうね、言うなら手応えの無さかしら。乱暴に振り回しているはずの剣が、まるで羽毛のようにしなやかで柔らかい…………もしかして、私のこの能力の秘密に気付いている? だとしたら戦闘においてかなりのセンスを持っているわ。うふふ)
戦闘スタイルを変えたブランシュの剣撃は、側から見れば素人そのもの。ちゃんばらごっこだ。
しかし、そのちゃんばらごっこは、相手に剣先が触れる寸前までのこと。
「なぜ寸止めをするのかしら?」
ブランシュは全ての剣撃を寸止めしているたのだ。
勢い任せで振り回す乱暴な剣撃にブレーキなど一切かけずに寸止めしている。相当な腕力がなければ、成し遂げるのは不可能な技術だ。
しかし、ブランシュはそれを可能にする幾多のスキルを所持している。その幾多のスキルが、この出鱈目な剣撃を可能にしているのだ。
しかし、ブランシュ自身どのスキルを発動しているのか定かではない。そして発動しようと思って発動しているわけではない。それでもこの出鱈目な剣撃を可能にしているのは、あの存在があるからである。
そう、それはブランシュの内に存在する『月の声』だ。
『月の声』がブランシュの意識が届かない部分を補いサポートし最適解に導く。指示や相談がなくても己の体の一部のように操作が可能。
ブランシュにとって『月の声』は絶対の信頼をおけるパートナーのようなものだ。
だからこそブランシュは剣を乱暴に振り回すことができるのである。
「なんで寸止めかって? それは月の知らせに従っているまでのこと」
「月の知らせ……子ウサギさんにも秘密の力があるということなのね。でも酷いわ。全然攻撃を当ててくれないのは。私が汚れてるみたいじゃない」
「焦らされるのは好きじゃないみたいだな。黒女、いや、黒エルフ」
「うふふ。そうね……でも焦らされて気付いたわ。あまり嫌いじゃないのかもしれないってね。でも我慢できるか心配。思わず手を出してしまいたくなるのだから」
クイーンは考え始めた。手を出すべきか、出すべきではないかを。
(このまま手を出さないのも埒が明かないわよね。それなら子ウサギさんの罠にはまってあげましょうかね。もちろん演技だけれど。そこで偽物の隙を本物の隙に変えてしまえばいいんじゃないかしら? それなら反撃を受ける前にこちら側もいろいろ仕掛けられる。そうでもしないと私のこの呪い……吸収する呪いが効果を発揮しないのだから……)
考えがまとまったクイーンは、偽物の隙だとわかっていながら、ブランシュの右脇腹に向かって手刀を伸ばした。
その瞬間、ブランシュが左手に握る『月の剣』が微妙に動いた。これは罠にはまった獲物を確実に仕留めるための動作。
わずかコンマ数センチにも満たない微妙な動きだが、戦闘経験が豊富なクイーンはすぐに感じ取ったのだ。
(隠そうとしているみたいだけれど、私には見え見えよ。その剣が私の命を狙っているということに…………確か、殺気こそが一番の隙だったかしら? アナタがそれを教えてくれたのよ。子ウサギさん。さぁ私の罠に引っかかりなさい)
クイーンの手刀はブランシュの右脇腹には届かず、右手に握る『光の剣』によって防がれる。これもクイーンが計算した通りのこと。
そのまま右手から繰り出される『月の剣』の剣撃、ブランシュの反撃にも気付かないフリをする。
『月の剣』の剣撃が迫ってきていることに気付いてはならないクイーンは、あえて『月の剣』の剣撃が迫ってきている右手でみぞおちに手刀攻撃を仕掛けた。
そうすることによって『月の剣』の剣撃が迫ってきているということに、気付いていないのだと思い込ませることができるからだ。
黒い花魁姿のエルフの女クイーンは、罠にはまった獲物のフリをここまで見事に演じ切ったのだ。
(あとは気付かれずに反撃に対して反撃で返すだけね)
チャンスとばかりに迫る『月の剣』はクイーンの首元を捉える。
クイーンは、その『月の剣』をギリギリまで待った。反撃されないと思わせるため。確実に獲物を殺せると思わせるまで。ただただ待った。
その間、みぞおちを狙ったクイーンの右手の手刀は、ブランシュの足蹴りによって防がれる。片足のみでなお、体勢を崩さないブランシュの体幹はまさに鉄そのもの。
わずかコンマ数秒の世界を二人の女は戦う。そんな世界の中で、その時がきた。
(――今ね)
クイーンはここの瞬間が好機だと見極め、反撃を開始する。
クイーンの反撃のプランはこうだ、『光の剣』によって防がれた左手の手刀で『月の剣』を防ぐ。その時に生じた隙を利用して、足蹴りによって防がれた右手の手刀で再び同じみぞおちを狙う。しかしこれはフェイク。みぞおちを狙うと見せかけて直角に角度を変えて手刀でのアッパー攻撃をブランシュの首元へと当て、息の根を止める。
この二重にトラップを仕掛けた反撃ならば、隙を突かれたブランシュは対処することが不可能だと、クイーンは直感している。
その直感は見事に的中し、みぞおちへのフェイク攻撃まで成功した。残りは直角に角度を変えて手刀でのアッパー攻撃をするだけ。
ブランシュが右手で握る『光の剣』は、みぞおちへの攻撃を防ぐために構えてしまい、他の技を対処するのが不可能。
そのままクイーンの手刀は直角に角度を変えてブランシュの首元を捉えた。
(首を狙っていたはずが、首を狙われていた方が自分だったと知った時、子ウサギさんは一体、どんな顔をするのかしら? うふふ。楽しみだわ。首が吹き飛ぶのが)
クイーンの手刀はブランシュの首を刺した。刺さった深さは、中指の第二関節まで。
口から血が溢れ出し致命傷だ。このまま血が溢れ続けたら呼吸困難で死んでしまうこと間違いなし。
ブランシュはクイーンの術中にはまってしまったのである。
「……こ、れで、い、い……」
喉に手刀が刺さっているのにもかかわらず、ブランシュは笑った。
その微笑みを黒瞳に映したクイーン。次の瞬間、鈍痛が全身を廻り冷や汗を流した。
脳が瞬時に鈍痛の箇所を伝える。その箇所は左首だ。
鈍痛が響く左首を黒瞳に映すと、真っ赤な血が滝のように大量に流れていた。そしてブランシュの『月の剣』の刃が刺さっていたのだ。
(なぜ私の首から血が…………血を流すのは子ウサギさんだけのはずなのだけれど…………それよりも止めたはずの……今も止めているはずの、剣がなぜ、もう一本も、あるのかしら……)
クイーンは黒瞳の視線を正面のブランシュに戻した。そこでようやく自分の身に何が起きたのかを把握する。
「腕が三本……いいえ、私の右手で止めている剣は……残像……そういうことなのね。まんまと罠にはまったのは私の方だったのね。けれど、子ウサギさんも相当の深傷を負っているはずよ。私の指は完全にアナタの首を刺しているのだから」
「……ぁあ……あ、」
ブランシュがクイーンの首に『月の剣』の剣撃を当てられたのは、残像ではなく『分身スキル』を利用したからだ。
クイーンに受け止められた左腕。この腕自体が『分身スキル』によって作られた腕。本物の腕は右首ではなく、左首を狙っていたのである。
クイーンの行動パターンを分析そして把握し、全てに最適解で対応できるように剣を振るっていたのだ。
(首を斬り落とせればよかったんだが……でも月の声の言う通り、黒エルフの攻撃を防ぐ不思議な力は『吸収』によるものかもしれないな。首の途中から全く手応えを感じなかったのは、私の剣撃が吸収されたからに違いない……)
《吸収したダメージは攻撃力を増加させるエネルギーに変換される可能性が高いと思われます》
(あぁ、十中八九そうだろうな。黒エルフの力の根源は、今まで集めたダメージだ。そうじゃなければ、私の首に指を刺すなどまず無理だからな)
《吸収と放出のスキルまたは呪い》
(あぁ、そういうことだろうな)
ブランシュの首が切断されずに済んだのは、『切断無効』のスキルによるもの。そして、『痛覚大軽減』や『苦痛大耐性』などで痛みを和らげている。さらには、『体力自動回復』『体力高速回復』『体力回復量増加』の回復系スキルによってダメージを受けながらも傷を癒している。
数多のスキルのおかげでブランシュの首は繋がったままでいられたのである。ただ、致命傷は致命傷だ。この戦いの決着が付く頃でも傷が完全に癒えることはないだろう。
それを踏まえてもなお、ブランシュはクイーンに傷を与えることに成功したのである。
「……ぅ、ッ……」
「あら? 苦しそうね。うふふ」
ブランシュは『月の剣』、クイーンは手刀を互いの首に刺している。そんな状態を続けるわけにもいかず、両者は背後に飛んで距離を取った。
ブランシュが『月の剣』に力を込めなかったのは、無駄な行動だからだ。すでに『吸収』の能力が発動している以上、攻撃が全て無駄になる。
クイーンが手刀をさらに深くまで刺さなかったのは、『吸収』の発動条件が満たされなくなるからだ。『吸収』の発動が解除された瞬間に、首に刺さっている『月の剣』が首を斬り落とすことを知っている。だから『吸収』の発動を解除する行動、すなわち『攻撃』ができなかったのである。
だからこそ両者は相手の首から刃を抜き、距離を取ったのだ。次なる攻撃をするために。
(治癒魔法は……無理ね。発動している最中に子ウサギさんは確実に仕留めにくるわ。そしたら終わりね。治癒魔法でも属性魔法でも吸収の発動が解除されてしまうわ…………でも、深い傷じゃない。問題ないわ。それに、畳みかけなさいと、私の本能が告げているのだから)
クイーンは両手をブランシュに向けてかざした。その瞬間、数分前に見た炎の龍、雷の龍が出現する。属性の最大魔法を無詠唱で発動したのである。
その龍は、手負いのブランシュを標的に定め、飛んだ。それと同時に地面も盛り上がる。土属性の最大魔法から出された土の龍が潜み、標的に向かっているのだ。
《爆龍炎、爆龍雷、そして地面から爆龍土がきます》
(わかってる。どうしても私を近付けたくないようだな……さて、どうするか……)
ブランシュはクイーンが放った三体の龍を迎え撃つため『月の剣』と『光の剣』を構えた。
(一つだけ試してみたいことがあるんだが……)
《■■■■を獲得しました。▲▲▲▲を獲得しました。●●●を獲得しました》
(ただ思っただけで三つもスキルを獲得するだなんて……都合の良すぎる世界だな……)
ブランシュは新たに三つのスキルを手に入れた。そのスキルで再度クイーンに挑む。
彼女は、黒い花魁衣装を身に纏い妖艶な笑みを浮かべているエルフの女に向かって、一度の踏み込みで跳んだ。
ブランシュは右手に『光の剣』、左手に『月の剣』を握り、クイーンに剣撃を喰らわす。
その剣撃は、今までの卓越された華麗なものとは違い、どこか疎か。
剣を習いたての素人が無闇矢鱈に振り回していると思えるほど疎かだ。
「戦闘スタイルを変える……うふふ。そういうことね」
クイーンは、疎かになったブランシュの剣撃の意図に気が付いている。
(わざと作っている隙だらけの剣撃。思わず手を出したくなっちゃうわ……うふふ。誘うのが上手なのね。でもその誘いには乗れないわ。だって乗ってしまったら私は真っ二つに斬られちゃうもの)
ブランシュはわざと隙を作っている。攻撃本能や反射的に手を出してしまいたくなるほどの絶妙な隙だ。
その絶妙な隙は、戦闘経験が多ければ多いほど、効果は増す。相手に攻撃を与えられる絶好のチャンスだからだ。
その絶好のチャンスを何度も逃すのは、精神的にもストレスが溜まる。そのストレスが実力者の判断を狂わせることもあるのだ。
(でもそれだけじゃないわ……先ほどから感じる違和感……そうね、言うなら手応えの無さかしら。乱暴に振り回しているはずの剣が、まるで羽毛のようにしなやかで柔らかい…………もしかして、私のこの能力の秘密に気付いている? だとしたら戦闘においてかなりのセンスを持っているわ。うふふ)
戦闘スタイルを変えたブランシュの剣撃は、側から見れば素人そのもの。ちゃんばらごっこだ。
しかし、そのちゃんばらごっこは、相手に剣先が触れる寸前までのこと。
「なぜ寸止めをするのかしら?」
ブランシュは全ての剣撃を寸止めしているたのだ。
勢い任せで振り回す乱暴な剣撃にブレーキなど一切かけずに寸止めしている。相当な腕力がなければ、成し遂げるのは不可能な技術だ。
しかし、ブランシュはそれを可能にする幾多のスキルを所持している。その幾多のスキルが、この出鱈目な剣撃を可能にしているのだ。
しかし、ブランシュ自身どのスキルを発動しているのか定かではない。そして発動しようと思って発動しているわけではない。それでもこの出鱈目な剣撃を可能にしているのは、あの存在があるからである。
そう、それはブランシュの内に存在する『月の声』だ。
『月の声』がブランシュの意識が届かない部分を補いサポートし最適解に導く。指示や相談がなくても己の体の一部のように操作が可能。
ブランシュにとって『月の声』は絶対の信頼をおけるパートナーのようなものだ。
だからこそブランシュは剣を乱暴に振り回すことができるのである。
「なんで寸止めかって? それは月の知らせに従っているまでのこと」
「月の知らせ……子ウサギさんにも秘密の力があるということなのね。でも酷いわ。全然攻撃を当ててくれないのは。私が汚れてるみたいじゃない」
「焦らされるのは好きじゃないみたいだな。黒女、いや、黒エルフ」
「うふふ。そうね……でも焦らされて気付いたわ。あまり嫌いじゃないのかもしれないってね。でも我慢できるか心配。思わず手を出してしまいたくなるのだから」
クイーンは考え始めた。手を出すべきか、出すべきではないかを。
(このまま手を出さないのも埒が明かないわよね。それなら子ウサギさんの罠にはまってあげましょうかね。もちろん演技だけれど。そこで偽物の隙を本物の隙に変えてしまえばいいんじゃないかしら? それなら反撃を受ける前にこちら側もいろいろ仕掛けられる。そうでもしないと私のこの呪い……吸収する呪いが効果を発揮しないのだから……)
考えがまとまったクイーンは、偽物の隙だとわかっていながら、ブランシュの右脇腹に向かって手刀を伸ばした。
その瞬間、ブランシュが左手に握る『月の剣』が微妙に動いた。これは罠にはまった獲物を確実に仕留めるための動作。
わずかコンマ数センチにも満たない微妙な動きだが、戦闘経験が豊富なクイーンはすぐに感じ取ったのだ。
(隠そうとしているみたいだけれど、私には見え見えよ。その剣が私の命を狙っているということに…………確か、殺気こそが一番の隙だったかしら? アナタがそれを教えてくれたのよ。子ウサギさん。さぁ私の罠に引っかかりなさい)
クイーンの手刀はブランシュの右脇腹には届かず、右手に握る『光の剣』によって防がれる。これもクイーンが計算した通りのこと。
そのまま右手から繰り出される『月の剣』の剣撃、ブランシュの反撃にも気付かないフリをする。
『月の剣』の剣撃が迫ってきていることに気付いてはならないクイーンは、あえて『月の剣』の剣撃が迫ってきている右手でみぞおちに手刀攻撃を仕掛けた。
そうすることによって『月の剣』の剣撃が迫ってきているということに、気付いていないのだと思い込ませることができるからだ。
黒い花魁姿のエルフの女クイーンは、罠にはまった獲物のフリをここまで見事に演じ切ったのだ。
(あとは気付かれずに反撃に対して反撃で返すだけね)
チャンスとばかりに迫る『月の剣』はクイーンの首元を捉える。
クイーンは、その『月の剣』をギリギリまで待った。反撃されないと思わせるため。確実に獲物を殺せると思わせるまで。ただただ待った。
その間、みぞおちを狙ったクイーンの右手の手刀は、ブランシュの足蹴りによって防がれる。片足のみでなお、体勢を崩さないブランシュの体幹はまさに鉄そのもの。
わずかコンマ数秒の世界を二人の女は戦う。そんな世界の中で、その時がきた。
(――今ね)
クイーンはここの瞬間が好機だと見極め、反撃を開始する。
クイーンの反撃のプランはこうだ、『光の剣』によって防がれた左手の手刀で『月の剣』を防ぐ。その時に生じた隙を利用して、足蹴りによって防がれた右手の手刀で再び同じみぞおちを狙う。しかしこれはフェイク。みぞおちを狙うと見せかけて直角に角度を変えて手刀でのアッパー攻撃をブランシュの首元へと当て、息の根を止める。
この二重にトラップを仕掛けた反撃ならば、隙を突かれたブランシュは対処することが不可能だと、クイーンは直感している。
その直感は見事に的中し、みぞおちへのフェイク攻撃まで成功した。残りは直角に角度を変えて手刀でのアッパー攻撃をするだけ。
ブランシュが右手で握る『光の剣』は、みぞおちへの攻撃を防ぐために構えてしまい、他の技を対処するのが不可能。
そのままクイーンの手刀は直角に角度を変えてブランシュの首元を捉えた。
(首を狙っていたはずが、首を狙われていた方が自分だったと知った時、子ウサギさんは一体、どんな顔をするのかしら? うふふ。楽しみだわ。首が吹き飛ぶのが)
クイーンの手刀はブランシュの首を刺した。刺さった深さは、中指の第二関節まで。
口から血が溢れ出し致命傷だ。このまま血が溢れ続けたら呼吸困難で死んでしまうこと間違いなし。
ブランシュはクイーンの術中にはまってしまったのである。
「……こ、れで、い、い……」
喉に手刀が刺さっているのにもかかわらず、ブランシュは笑った。
その微笑みを黒瞳に映したクイーン。次の瞬間、鈍痛が全身を廻り冷や汗を流した。
脳が瞬時に鈍痛の箇所を伝える。その箇所は左首だ。
鈍痛が響く左首を黒瞳に映すと、真っ赤な血が滝のように大量に流れていた。そしてブランシュの『月の剣』の刃が刺さっていたのだ。
(なぜ私の首から血が…………血を流すのは子ウサギさんだけのはずなのだけれど…………それよりも止めたはずの……今も止めているはずの、剣がなぜ、もう一本も、あるのかしら……)
クイーンは黒瞳の視線を正面のブランシュに戻した。そこでようやく自分の身に何が起きたのかを把握する。
「腕が三本……いいえ、私の右手で止めている剣は……残像……そういうことなのね。まんまと罠にはまったのは私の方だったのね。けれど、子ウサギさんも相当の深傷を負っているはずよ。私の指は完全にアナタの首を刺しているのだから」
「……ぁあ……あ、」
ブランシュがクイーンの首に『月の剣』の剣撃を当てられたのは、残像ではなく『分身スキル』を利用したからだ。
クイーンに受け止められた左腕。この腕自体が『分身スキル』によって作られた腕。本物の腕は右首ではなく、左首を狙っていたのである。
クイーンの行動パターンを分析そして把握し、全てに最適解で対応できるように剣を振るっていたのだ。
(首を斬り落とせればよかったんだが……でも月の声の言う通り、黒エルフの攻撃を防ぐ不思議な力は『吸収』によるものかもしれないな。首の途中から全く手応えを感じなかったのは、私の剣撃が吸収されたからに違いない……)
《吸収したダメージは攻撃力を増加させるエネルギーに変換される可能性が高いと思われます》
(あぁ、十中八九そうだろうな。黒エルフの力の根源は、今まで集めたダメージだ。そうじゃなければ、私の首に指を刺すなどまず無理だからな)
《吸収と放出のスキルまたは呪い》
(あぁ、そういうことだろうな)
ブランシュの首が切断されずに済んだのは、『切断無効』のスキルによるもの。そして、『痛覚大軽減』や『苦痛大耐性』などで痛みを和らげている。さらには、『体力自動回復』『体力高速回復』『体力回復量増加』の回復系スキルによってダメージを受けながらも傷を癒している。
数多のスキルのおかげでブランシュの首は繋がったままでいられたのである。ただ、致命傷は致命傷だ。この戦いの決着が付く頃でも傷が完全に癒えることはないだろう。
それを踏まえてもなお、ブランシュはクイーンに傷を与えることに成功したのである。
「……ぅ、ッ……」
「あら? 苦しそうね。うふふ」
ブランシュは『月の剣』、クイーンは手刀を互いの首に刺している。そんな状態を続けるわけにもいかず、両者は背後に飛んで距離を取った。
ブランシュが『月の剣』に力を込めなかったのは、無駄な行動だからだ。すでに『吸収』の能力が発動している以上、攻撃が全て無駄になる。
クイーンが手刀をさらに深くまで刺さなかったのは、『吸収』の発動条件が満たされなくなるからだ。『吸収』の発動が解除された瞬間に、首に刺さっている『月の剣』が首を斬り落とすことを知っている。だから『吸収』の発動を解除する行動、すなわち『攻撃』ができなかったのである。
だからこそ両者は相手の首から刃を抜き、距離を取ったのだ。次なる攻撃をするために。
(治癒魔法は……無理ね。発動している最中に子ウサギさんは確実に仕留めにくるわ。そしたら終わりね。治癒魔法でも属性魔法でも吸収の発動が解除されてしまうわ…………でも、深い傷じゃない。問題ないわ。それに、畳みかけなさいと、私の本能が告げているのだから)
クイーンは両手をブランシュに向けてかざした。その瞬間、数分前に見た炎の龍、雷の龍が出現する。属性の最大魔法を無詠唱で発動したのである。
その龍は、手負いのブランシュを標的に定め、飛んだ。それと同時に地面も盛り上がる。土属性の最大魔法から出された土の龍が潜み、標的に向かっているのだ。
《爆龍炎、爆龍雷、そして地面から爆龍土がきます》
(わかってる。どうしても私を近付けたくないようだな……さて、どうするか……)
ブランシュはクイーンが放った三体の龍を迎え撃つため『月の剣』と『光の剣』を構えた。
(一つだけ試してみたいことがあるんだが……)
《■■■■を獲得しました。▲▲▲▲を獲得しました。●●●を獲得しました》
(ただ思っただけで三つもスキルを獲得するだなんて……都合の良すぎる世界だな……)
ブランシュは新たに三つのスキルを手に入れた。そのスキルで再度クイーンに挑む。
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1章 辺境極貧生活編
2章 都会発明探偵編
3章 魔術師冒険者編
4章 似非魔法剣士編
5章 内政全知賢者編
6章 無双暗黒魔王編
7章 時操新代魔王編
終章 無双者一般人編
サブタイを駄洒落にしつつ、全261話まで突き進みます。
---------
《異界の国に召喚されたら、いきなり魔王に攻め滅ぼされた》
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/952068299/
同じ世界の別の場所での話になります。
オキス君が生まれる少し前から始まります。
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