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外伝:白兎月歌『入団試験編』
外伝1 入団試験
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およそ十六年前、大きな白夜月が雲一つない青い空で一際目立っていた昼のこと。
この日、聖騎士団の入団試験に八歳の幼女が参加した。三千年以上続く聖騎士団の歴史史上初の最年少記録だ。
その最年少記録を作った幼女の名は――アンブル・ブランシュ。白き兎人族の幼女。
混じり気のない純粋な白色の髪。その純白の髪には雪のように白い大きなウサ耳が生えている。そのウサ耳は太陽の光に照らされて薄ピンク色の皮膚が透けて見えるほど。
さらに日焼けなど一度もしたことがないであろう白い肌。そして全てを見据えているのではないかと思わせるような深青の双眸。
八歳の幼女とは思えないほど大人びた堂々たる異色のオーラを放ち、入団試験に参加している。
ブランシュ以外には四十三名の参加者がいる。この四十三名の参加者は全員十五歳以上で男だ。
男臭い入団試験だが、幼女が聖騎士団へ入団を希望すること自体異例なのである。
そしてブランシュを含めた四十四名の参加者の種族は、犬人族、猿人族、鹿人族、猫人族、兎人族の五種族となっている。
今期の兎人族の参加者はブランシュだけという肩身が狭い入団試験となっている。
聖騎士団の入団試験に参加する五種族には理由がある。
聖騎士団には『四獣』と呼ばれる組織が存在する。『青犬』『朱猿』『白兎』『玄鹿』。猫人族以外の四種族がその隊を表す種族になっているのである。
入団試験に合格した者は、自分の種族の組織に入団するのである。猫人族のように四獣に該当しない種族の場合は、王の護衛を目的とした組織に配属される。
どちらの組織も聖騎士団の役割としてはほぼ同等だが、四獣の名を持たない者からすれば喉から手が出るほど四獣の称号は欲しいのだ。
なので種族の活躍によっては四獣が入れ替わることもある。実際に百年以上前に『白猫』から『白兎』に入れ替わっている。
これは当時の兎人族の活躍そして当時の猫人族の怠慢さにより入れ替わったものだ。猫人族は、この称号を取り戻すために、こぞって聖騎士団の入団試験に参加しているのである。
聖騎士団の入団試験は午前と午後の二部制にて行われる。
午前の部は聖騎士団が管理する森に放たれた魔獣を討伐すること。下級の魔獣を五匹もしくは中級の魔獣を一匹討伐すれば午前の部の試験はクリアとなる。
安全面に配慮して上級の魔獣は放たれていない。そして参加者の実力不足で危険が及ぶ場合のみ現聖騎士団の試験官が助けに入る。
午前の部の魔獣討伐にさえクリアすれば聖騎士団へ入団する資格を手に入れることができる。
午後の部は午前の部の試験をクリアした者による一対一の模擬試合が行われる。
トーナメント形式で行われ、対戦相手が戦闘不能もしくは降参するまで戦う。
午前の部同様に安全面に配慮されており危険な行為と判断した場合のみ試験官が中断させる。
この模擬試合で勝ち残った一名には最優秀新人騎士賞が授与される。
参加者は皆、午前の部のクリアは当たり前だと思っている。なので午後の部の模擬試合に勝ち残り最優秀新人騎士賞を目指している。
「では午前の部の魔獣討伐開始じゃ」
入団試験開始の合図をしたのは白髪で細目の老人――人間族の王『ジングウジ・ローテル』だ。
一眼で王だとわかる王族の衣装を纏い、杖を持っている。色が落ちた真っ白で長い髭は整えられており真っ直ぐに伸びていた。いかにも王の風貌だ。
そんな人間族の王ローテルの合図とともに、四十四名の参加者が魔獣を討伐するために一斉に動き出し聖騎士団が管理する森へと向かっていった。
その参加者の最後尾には、ゆっくりと歩くブランシュの姿がある。
ブランシュの装備は他の参加者と比べると軽装だ。
鎧や盾のような身を守る物は一切身につけてはいない。身に纏っているのは白いローブのみ。
その代わり背中には二本の長剣を背負っている。そして腰の周りには十五本の短剣がかけられているが、白いローブで隠れているため外見からでは短剣の本数までは把握できない。
(下級の魔獣とは戦うわけにはいかない。だから中級の魔獣を探さなければ……)
ブランシュは森の中に入るとその場で立ち止まった。そして深青の双眸を閉じて集中力を高める。
中級の魔獣を討伐するために真っ白のウサ耳の聴覚を研ぎ澄まして魔獣の位置を探っているのである。
兎人族の聴力は優れており周波数の幅を広範囲で聞き取ることが可能だ。
そしてブランシュの『聴覚スキル』の効果を合わせることによって音が物体にぶつかるまでの距離を計測して生物の位置や建物の広さなどを把握することも可能なのである。
聴力スキルは使用者の聴力を極限まで高める効果がある。聴力が優れている兎人族にこそ効果を最大限にまで発揮することができるスキルなのだ。
この力を使えばブランシュがいる森の広さを計測することが可能だ。なので魔獣の位置だけではなく森の広さの計測も同時進行で行っている。
(魔獣自体は無数にいるが弱い魔獣の反応ばかりだ……ということはこの辺りには中級の魔獣はいないということになるな。強い魔獣の反応があるまで探し続けるしかないな。それとは別に同時進行で計測してる森の広さだが、森にかけられている魔法のせいで音がかき消されて聴力スキルだけでは広さが把握できない。悔しいな……とりあえず森の広さよりも魔獣だな。地道に探すか……)
ブランシュは瞳を開けて一歩前へと進んだ。
その時――
《スキル『範囲把握』を獲得しました 》
ブランシュの頭の中でステレオチックな機械音が流れた。この機械音をブランシュは『月の声』と呼んでいる。
(範囲把握……試しに使ってみるか)
ブランシュは獲得したばかりのスキルを使用する。使用方法はわからない。しかし『使う』という念を込めればスキルは使用されるのである。使用さえしてしまえばスキルの効果は自ずと知ることができる。
《敷地面接74.58ヘクタール》
(かなり広いな。魔法がかけられてなくても測定不能の広さだった。この広さなら中級の魔獣が見つからない可能性が浮上したな。仕方ない。終了時間ギリギリまで使って探しても見つからなかったら下級を狩るしかないな……)
《北緯35度58分7.88秒 東経140度37分53.37秒》
(位置まで細かく把握することが可能なのか。ここまで正確な情報だが私にとっては無駄な情報だな……)
ブランシュは『範囲把握』の細かい情報に驚きつつもゆっくりと背筋を伸ばして堂々と歩いている。
森の中で幼女が一人。側から見れば迷子だと思われるほどの年齢だが、ブランシュの堂々たる佇まいを見れば、迷子だと思われる幼女に声をかけるのを躊躇うほどだ。
見た目と反してそれほど大人びているのである。
ゆっくりと歩くこと五分、ブランシュの足は突然止まった。
そして強靭な脚を使い右側へと跳ねた。ウサギ跳びだ。
ブランシュが先ほどまで立っていた場所にボーリングの球ほどの黒い球体が物凄い速さで飛んできた。
もちろんこの世界にはボーリングの球は存在しない。似たようなもので言うと大砲の弾だが、こんな森の中に大砲なども設置されていない。
もし大砲の弾なら発射する際に激しい音を鳴らす。しかし飛んできた黒い球体は無音だ。
無音の黒い球体正体。可能性として考えられるのは魔獣だろう。
(見たことない物体だ。それに速い……魔獣か? 鑑定を頼む)
ブランシュは鑑定スキルを使い得体の知れない物体の鑑定を月の声に任せた。
その瞬間、頭の中ではステレオチックな機械音が流れる。
《鑑定結果:魔獣真黒守毛。柔軟性がありもちもちとした柔らかい体が特徴的。戦闘時、鉱石のように硬く硬化することができる。時速百キロメートルで跳ねて攻撃してくる》
(やはり魔獣か……時速百キロメートル。速い分威力も相当な物だと見た。しかし下級の魔獣だ。戦うわけにはいかない……)
ブランシュは真黒守毛から逃げるため脚に力を込めて跳んだ。
「瞬発スキル!」
瞬発スキルを使い百メートル先までひとっ飛び。
「俊足スキル!」
着地と同時に俊足スキルを発動して走り出した。
真っ直ぐ。ひたすら真っ直ぐに白き幼女は走る。
ブランシュの俊足スキルの速さは、世界一足が速いとされるチーターを凌駕するほどだ。その速さ時速で計算するとおよそ二百キロメートル。
さすがにマックロスケを振り切ったと思ったが、マックロスケは大砲のように真っ直ぐに飛びながらブランシュの後ろを同じ速さで追ってきていた。
まるで磁石によって引き付けられているかのように。
(この速さに付いて来ているだと!? これは逃げるのに一苦労しそうだな)
《魔獣『真黒守毛』はしつこい魔獣です。一度ターゲットを決めれば見失うまで追いかけて来ます。なので討伐をおすすめします》
(そうか……できれば見失って欲しかったところだが……やるしかないな)
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されますが、魔法攻撃は適用されます。光属性の魔法ならなお効果的です》
(物理攻撃が無効化か……少し試してみるか)
頭の中のステレオチックな機械音と会話するブランシュは、迫りくる物理攻撃を無効にする魔獣を間一髪で避ける。
ブランシュは空中で華麗に舞い白いローブを揺らしながら着地。そして深青の双眸で真黒守毛を睨む。
魔獣から目を逸らすことなく腰にかけてある短剣を左手で一本取った。そして構えた。
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
(わかってる)
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
(………………)
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
ブランシュは頭の中で流れるステレオチックな機械音を無視して目の前の敵に集中する。
物理攻撃が無効だからこそ物理攻撃を試したいのである。
次の瞬間、静まりかえった森の中、黒い球体の魔獣は一切の音を出すことなくブランシュに向かって跳んだ。否、発射された。
たとえ跳んでくるとわかっていたとしても、秒速八十メートルで跳んでくる物体を避けるのは至難の技。
だからこそブランシュは迎え撃つ。左手で握る短剣一本で迎え撃つのだ。
魔獣がブランシュに向かって発射されてからわずか一秒後、魔獣は真っ二つになりブランシュの横を通り過ぎていった。
《学習。魔獣『真黒守毛』が硬化中であったとしても一定数以上のダメージを与えることができれば無効化を解除し物理ダメージを与えることが可能。上書き》
しつこかった機械音はブランシュがもたらした結果によって学習し情報を上書きしたのであった。
(やはりな。ここまでの威力を試したものはいないということか)
魔獣を倒したブランシュの左手で構えられていた短剣は粒子の粒となり、そのまま風に乗り飛ばされていった。
これは魔獣の効果や呪いのようなものではない。ブランシュから自然と溢れ出る膨大な力に耐えられずに短剣が粒子の粒になったのである。
(短剣は残り十四本。午後の部のトーナメントも控えてる。下級の魔獣に使うわけにはいかないな……)
ブランシュは風に乗る短剣だったものを深青の瞳に映しながら真っ二つになった魔獣の元へと向かった。
魔獣の姿は跡形もなく消えているが、その代わりに魔石が落ちている。ドロップアイテムのようなものだ。
この魔石が魔獣を倒した証拠になるのだ。
ブランシュは魔石を拾った。その瞬間、月の声が頭の中で流れる。
《収納スキルを使用しますか?》
(いいや。使用しない。収納スキルから取り出した魔石は不正扱いされそうだからな。このままポケットに入れておくよ)
《了解しました》
ブランシュは拾った魔石を白いローブのポケットに入れた。その姿はお気に入りの形をしたどんぐりを見つけてポケットにしまう普通の幼女のようにも見える。
そんな幼女とはかけ離れた力を持つブランシュは中級の魔獣を討伐するために再び歩き始めた。
この日、聖騎士団の入団試験に八歳の幼女が参加した。三千年以上続く聖騎士団の歴史史上初の最年少記録だ。
その最年少記録を作った幼女の名は――アンブル・ブランシュ。白き兎人族の幼女。
混じり気のない純粋な白色の髪。その純白の髪には雪のように白い大きなウサ耳が生えている。そのウサ耳は太陽の光に照らされて薄ピンク色の皮膚が透けて見えるほど。
さらに日焼けなど一度もしたことがないであろう白い肌。そして全てを見据えているのではないかと思わせるような深青の双眸。
八歳の幼女とは思えないほど大人びた堂々たる異色のオーラを放ち、入団試験に参加している。
ブランシュ以外には四十三名の参加者がいる。この四十三名の参加者は全員十五歳以上で男だ。
男臭い入団試験だが、幼女が聖騎士団へ入団を希望すること自体異例なのである。
そしてブランシュを含めた四十四名の参加者の種族は、犬人族、猿人族、鹿人族、猫人族、兎人族の五種族となっている。
今期の兎人族の参加者はブランシュだけという肩身が狭い入団試験となっている。
聖騎士団の入団試験に参加する五種族には理由がある。
聖騎士団には『四獣』と呼ばれる組織が存在する。『青犬』『朱猿』『白兎』『玄鹿』。猫人族以外の四種族がその隊を表す種族になっているのである。
入団試験に合格した者は、自分の種族の組織に入団するのである。猫人族のように四獣に該当しない種族の場合は、王の護衛を目的とした組織に配属される。
どちらの組織も聖騎士団の役割としてはほぼ同等だが、四獣の名を持たない者からすれば喉から手が出るほど四獣の称号は欲しいのだ。
なので種族の活躍によっては四獣が入れ替わることもある。実際に百年以上前に『白猫』から『白兎』に入れ替わっている。
これは当時の兎人族の活躍そして当時の猫人族の怠慢さにより入れ替わったものだ。猫人族は、この称号を取り戻すために、こぞって聖騎士団の入団試験に参加しているのである。
聖騎士団の入団試験は午前と午後の二部制にて行われる。
午前の部は聖騎士団が管理する森に放たれた魔獣を討伐すること。下級の魔獣を五匹もしくは中級の魔獣を一匹討伐すれば午前の部の試験はクリアとなる。
安全面に配慮して上級の魔獣は放たれていない。そして参加者の実力不足で危険が及ぶ場合のみ現聖騎士団の試験官が助けに入る。
午前の部の魔獣討伐にさえクリアすれば聖騎士団へ入団する資格を手に入れることができる。
午後の部は午前の部の試験をクリアした者による一対一の模擬試合が行われる。
トーナメント形式で行われ、対戦相手が戦闘不能もしくは降参するまで戦う。
午前の部同様に安全面に配慮されており危険な行為と判断した場合のみ試験官が中断させる。
この模擬試合で勝ち残った一名には最優秀新人騎士賞が授与される。
参加者は皆、午前の部のクリアは当たり前だと思っている。なので午後の部の模擬試合に勝ち残り最優秀新人騎士賞を目指している。
「では午前の部の魔獣討伐開始じゃ」
入団試験開始の合図をしたのは白髪で細目の老人――人間族の王『ジングウジ・ローテル』だ。
一眼で王だとわかる王族の衣装を纏い、杖を持っている。色が落ちた真っ白で長い髭は整えられており真っ直ぐに伸びていた。いかにも王の風貌だ。
そんな人間族の王ローテルの合図とともに、四十四名の参加者が魔獣を討伐するために一斉に動き出し聖騎士団が管理する森へと向かっていった。
その参加者の最後尾には、ゆっくりと歩くブランシュの姿がある。
ブランシュの装備は他の参加者と比べると軽装だ。
鎧や盾のような身を守る物は一切身につけてはいない。身に纏っているのは白いローブのみ。
その代わり背中には二本の長剣を背負っている。そして腰の周りには十五本の短剣がかけられているが、白いローブで隠れているため外見からでは短剣の本数までは把握できない。
(下級の魔獣とは戦うわけにはいかない。だから中級の魔獣を探さなければ……)
ブランシュは森の中に入るとその場で立ち止まった。そして深青の双眸を閉じて集中力を高める。
中級の魔獣を討伐するために真っ白のウサ耳の聴覚を研ぎ澄まして魔獣の位置を探っているのである。
兎人族の聴力は優れており周波数の幅を広範囲で聞き取ることが可能だ。
そしてブランシュの『聴覚スキル』の効果を合わせることによって音が物体にぶつかるまでの距離を計測して生物の位置や建物の広さなどを把握することも可能なのである。
聴力スキルは使用者の聴力を極限まで高める効果がある。聴力が優れている兎人族にこそ効果を最大限にまで発揮することができるスキルなのだ。
この力を使えばブランシュがいる森の広さを計測することが可能だ。なので魔獣の位置だけではなく森の広さの計測も同時進行で行っている。
(魔獣自体は無数にいるが弱い魔獣の反応ばかりだ……ということはこの辺りには中級の魔獣はいないということになるな。強い魔獣の反応があるまで探し続けるしかないな。それとは別に同時進行で計測してる森の広さだが、森にかけられている魔法のせいで音がかき消されて聴力スキルだけでは広さが把握できない。悔しいな……とりあえず森の広さよりも魔獣だな。地道に探すか……)
ブランシュは瞳を開けて一歩前へと進んだ。
その時――
《スキル『範囲把握』を獲得しました 》
ブランシュの頭の中でステレオチックな機械音が流れた。この機械音をブランシュは『月の声』と呼んでいる。
(範囲把握……試しに使ってみるか)
ブランシュは獲得したばかりのスキルを使用する。使用方法はわからない。しかし『使う』という念を込めればスキルは使用されるのである。使用さえしてしまえばスキルの効果は自ずと知ることができる。
《敷地面接74.58ヘクタール》
(かなり広いな。魔法がかけられてなくても測定不能の広さだった。この広さなら中級の魔獣が見つからない可能性が浮上したな。仕方ない。終了時間ギリギリまで使って探しても見つからなかったら下級を狩るしかないな……)
《北緯35度58分7.88秒 東経140度37分53.37秒》
(位置まで細かく把握することが可能なのか。ここまで正確な情報だが私にとっては無駄な情報だな……)
ブランシュは『範囲把握』の細かい情報に驚きつつもゆっくりと背筋を伸ばして堂々と歩いている。
森の中で幼女が一人。側から見れば迷子だと思われるほどの年齢だが、ブランシュの堂々たる佇まいを見れば、迷子だと思われる幼女に声をかけるのを躊躇うほどだ。
見た目と反してそれほど大人びているのである。
ゆっくりと歩くこと五分、ブランシュの足は突然止まった。
そして強靭な脚を使い右側へと跳ねた。ウサギ跳びだ。
ブランシュが先ほどまで立っていた場所にボーリングの球ほどの黒い球体が物凄い速さで飛んできた。
もちろんこの世界にはボーリングの球は存在しない。似たようなもので言うと大砲の弾だが、こんな森の中に大砲なども設置されていない。
もし大砲の弾なら発射する際に激しい音を鳴らす。しかし飛んできた黒い球体は無音だ。
無音の黒い球体正体。可能性として考えられるのは魔獣だろう。
(見たことない物体だ。それに速い……魔獣か? 鑑定を頼む)
ブランシュは鑑定スキルを使い得体の知れない物体の鑑定を月の声に任せた。
その瞬間、頭の中ではステレオチックな機械音が流れる。
《鑑定結果:魔獣真黒守毛。柔軟性がありもちもちとした柔らかい体が特徴的。戦闘時、鉱石のように硬く硬化することができる。時速百キロメートルで跳ねて攻撃してくる》
(やはり魔獣か……時速百キロメートル。速い分威力も相当な物だと見た。しかし下級の魔獣だ。戦うわけにはいかない……)
ブランシュは真黒守毛から逃げるため脚に力を込めて跳んだ。
「瞬発スキル!」
瞬発スキルを使い百メートル先までひとっ飛び。
「俊足スキル!」
着地と同時に俊足スキルを発動して走り出した。
真っ直ぐ。ひたすら真っ直ぐに白き幼女は走る。
ブランシュの俊足スキルの速さは、世界一足が速いとされるチーターを凌駕するほどだ。その速さ時速で計算するとおよそ二百キロメートル。
さすがにマックロスケを振り切ったと思ったが、マックロスケは大砲のように真っ直ぐに飛びながらブランシュの後ろを同じ速さで追ってきていた。
まるで磁石によって引き付けられているかのように。
(この速さに付いて来ているだと!? これは逃げるのに一苦労しそうだな)
《魔獣『真黒守毛』はしつこい魔獣です。一度ターゲットを決めれば見失うまで追いかけて来ます。なので討伐をおすすめします》
(そうか……できれば見失って欲しかったところだが……やるしかないな)
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されますが、魔法攻撃は適用されます。光属性の魔法ならなお効果的です》
(物理攻撃が無効化か……少し試してみるか)
頭の中のステレオチックな機械音と会話するブランシュは、迫りくる物理攻撃を無効にする魔獣を間一髪で避ける。
ブランシュは空中で華麗に舞い白いローブを揺らしながら着地。そして深青の双眸で真黒守毛を睨む。
魔獣から目を逸らすことなく腰にかけてある短剣を左手で一本取った。そして構えた。
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
(わかってる)
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
(………………)
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
《硬化中の体には物理攻撃は無効化されます》
ブランシュは頭の中で流れるステレオチックな機械音を無視して目の前の敵に集中する。
物理攻撃が無効だからこそ物理攻撃を試したいのである。
次の瞬間、静まりかえった森の中、黒い球体の魔獣は一切の音を出すことなくブランシュに向かって跳んだ。否、発射された。
たとえ跳んでくるとわかっていたとしても、秒速八十メートルで跳んでくる物体を避けるのは至難の技。
だからこそブランシュは迎え撃つ。左手で握る短剣一本で迎え撃つのだ。
魔獣がブランシュに向かって発射されてからわずか一秒後、魔獣は真っ二つになりブランシュの横を通り過ぎていった。
《学習。魔獣『真黒守毛』が硬化中であったとしても一定数以上のダメージを与えることができれば無効化を解除し物理ダメージを与えることが可能。上書き》
しつこかった機械音はブランシュがもたらした結果によって学習し情報を上書きしたのであった。
(やはりな。ここまでの威力を試したものはいないということか)
魔獣を倒したブランシュの左手で構えられていた短剣は粒子の粒となり、そのまま風に乗り飛ばされていった。
これは魔獣の効果や呪いのようなものではない。ブランシュから自然と溢れ出る膨大な力に耐えられずに短剣が粒子の粒になったのである。
(短剣は残り十四本。午後の部のトーナメントも控えてる。下級の魔獣に使うわけにはいかないな……)
ブランシュは風に乗る短剣だったものを深青の瞳に映しながら真っ二つになった魔獣の元へと向かった。
魔獣の姿は跡形もなく消えているが、その代わりに魔石が落ちている。ドロップアイテムのようなものだ。
この魔石が魔獣を倒した証拠になるのだ。
ブランシュは魔石を拾った。その瞬間、月の声が頭の中で流れる。
《収納スキルを使用しますか?》
(いいや。使用しない。収納スキルから取り出した魔石は不正扱いされそうだからな。このままポケットに入れておくよ)
《了解しました》
ブランシュは拾った魔石を白いローブのポケットに入れた。その姿はお気に入りの形をしたどんぐりを見つけてポケットにしまう普通の幼女のようにも見える。
そんな幼女とはかけ離れた力を持つブランシュは中級の魔獣を討伐するために再び歩き始めた。
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ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!
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