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第5章:大戦争『最終決戦編』

354 ブランシュの死を悼む者たち

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 喜びと悲しみが目の前で同時に転がっているとしたら、人はどちらの感情を優先するのだろう。
 その答えは悲しみの感情だ。悲しみの感情が先に立ち優先される。
 人として生を授かったのならば当然のこと。自然の摂理だ。

 今この物語の登場人物たちの前には喜びと悲しみが転がっている。
 喜びは大戦争を企てた悪の組織の親玉ジングウジ・ロイを倒したこと。そしてマサキとルナが生きているということ。
 対して悲しみは、大戦争を終結させた功労者、白き英雄になるべき人物――アンブル・ブランシュの死だ。

「うぅ……真っ白な団長さん……助けられなかった……うぅ……あぅ……」

 人間不信の男は人のために泣けるほどまで成長していた。
 それを退化とも呼ぶ人はいるかもしれない。
 けれどこの涙は紛れもなく成長の証だ。

「マサキさん」

 白銀髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女が、マサキの右隣で彼の名を呼んだ。

「マスター」

 子ウサギサイズの小さな妖精族の美少女が、マサキの肩の上で羽を休めながら彼の名を呼んだ。

「おにーちゃん」

 薄桃色の髪と左右非対称のウサ耳が特徴的な兎人族の美少女が、マサキの左隣で彼の名を呼んだ。

「兄さん」

 オレンジ色の髪と小さなウサ耳が特徴的な兎人族の美少女が、双子の姉妹に体を預けながら彼の名を呼んだ。

「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん」

 オレンジ色の髪と小さなウサ耳が特徴的な双子の姉妹が、長女を支えながら彼の名を呼んだ。

「……ンッンッ」

 地面に付くほど長いウサ耳とチョコレートカラーのもふもふの体毛が特徴的なウサギが、小さな声を漏らした。

 人間不信で孤独だった男には、一緒に寄り添ってくれる家族ができていた。
 嬉しい時には一緒に喜び合える家族。悲しい時は一緒に泣いてくれる家族。
 マサキたちは互いに体を寄り添いながら、ブランシュの死をいたんだ。

 マサキたちの他にもブランシュの死を悼む者は当然いる。

「ふざけるなッ! 勝ち逃げなんて許さゲフッゴフッ――」

 血を吐きながら訴えるのは、ブランシュのライバルであるセルフ・フォーンだ。

「フォーンさん! 血が! 傷が開いちゃってますよ!」

「落ち着け。フォーン。気持ちはわかるが一旦落ち着くんだ」

 フォーンをなだめるのは、ブランシュの部下でもあるズゥジィ・エームとフォーンの義理の姉であるセルフ・メジカだ。
 歩くことが困難なフォーンをブランシュの亡骸のところまで連れて行ったのは二人だ。
 ブランシュの死を悼むと思われていたフォーンだったが、現実が受け止め切れずに案の定暴れてしまったのである。

 その横ではガルドマンジェが涙を流していた。

「ブランシュ様……あなたは世界を救った。よく頑張りました……」

 頬に伝う大粒の涙は何度も何度も砕けた地面へと落ちていく。
 ガルドマンジェの斜め横には小さな傭兵団の三人――スクイラル、リリィ、モモンがいる。
 三人も涙を流しながら静かにブランシュの死を悼んでいた。

 そして上半身と下半身の半分に斬られたロイのところには、ハクトシンとフレンムがいる。
 ロイの死を確認しない限り、この大戦争は本当の意味で終結したことにはならない。
 だからこそハクトシンとフレンムは、己の責務としてロイの死を確認するためにロイの傍にいるのである。
 ハクトシンには神としての責務。フレンムは聖騎士団としての責務だ。

「まだ生きているネ。しぶといヨ」

「回復はしていないようだから時期に死ぬだろうね。その時は『死後の呪い』に気をつけよう」

 ハクトシンの一番の懸念は『死後の呪い』だ。
 死後の呪いはその名の通り、死後強い念によってもたらされる呪いで、その念が強ければ強いほど強力な呪いと化す。
 ブランシュが亡骸となったこの状況で、ロイほどの凶悪な人物がもたらす死後の呪いはどれほど強力なものなのだろうか。
 ハクトシンは緊張と不安の感情に駆られながら、ロイの死後の呪いに備える。

「ブランシュのためにも必ず死後の呪いがもたらす厄災を阻止しよう」

「殺さず監禁し続けるって手もありますヨ。それなら死後の呪いは発動しないネ」

「それだとダメだね。ジングウジ・ロイの念が強力になる。この先の未来へと厄災を先延ばしにするだけの行為になってしまうよ」

「そうだネ。オレたちの時代で全てを終わらせるネ」

 ハクトシンとフレンムの会話を終始朧げな瞳で聞いていたロイだったが、突然豹変する。

『ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ……』

 壊れたおもちゃのように笑い始めたのだ。
 その笑い声に不協和音を合わさり、本能が危険であると警鐘を鳴らす。

「ど、どうしたネ!?」

「そろそろだよ。ジングウジ・ロイの死後の呪い」

 そう言ったハクトシンに対してロイが口を開く。

『マスターは死後の呪いを発動できない。マスターは一億三千年前にこの世を去った人物。マスターが生き続けているのは呪いである私のおかげ。ケタケタケタケタケタ……』

 話しているのはロイではない。
 ロイの体を乗っ取った、ロイの内にある『呪い』である。
 これはブランシュの『月の声』やギンの『心の声』と同じもの。つまり『呪いの声』だ。
 『呪いの声』がロイの体を使いハクトシンたちに向けて喋っているのである。

「それじゃあボクが解呪かいじゅさせてもらうよ」

『無駄だね。個体名アルミラージ・ハクトシンが、私を解呪するよりも先に契約が実行される』

「契約?」

 小首を傾げるハクトシン。
 それに対して呪いの声はケタケタと笑いながら答える。

『マスターの死後実行される契約さ。キミたちからしたら死後の呪いのようなものだけどね。ケタケタケタケタケタ――』

「うるさいネ」

 ケタケタと笑う呪いの声の口にフレンムは容赦無く長剣を突き刺した。
 フレンムの加護『ヤサイコロ』で出現させた長ネギの長剣だ。
 それと同時にハクトシンは呪いの声の解呪を試みる。
 手のひらから幻想的な白い光を放出しロイに浴びせている。神の力で呪いを解呪しようとしているのである。

 しかしその白い光はロイの体に触れた瞬間、水と油のように決して混ざり合うことなく弾かれていく。
 黒雷も呪いの鎧も身に纏っていない状態だ。それなのに弾かれるということは、それほど強力な“契約”というものを実行しているという証拠なのである。

 呪いの声はこの契約を死後の呪いのように受け取ってもいいと言っていた。
 しかしハクトシンはそのようには受け取らない。

「これは……死後の呪いの比じゃないよ……」

 ハクトシンが感じているものは死後の呪い以上のものだったのだ。
 隣にいるフレンムもハクトシンの意見に共感している。冷や汗や震えが止まらなくなるほどに。

「ブランシュ……死ぬには少し早すぎたかもネ……」

 そう思ってしまうほど、目の前の敵の亡骸に宿る呪いのエネルギーが強大に膨れ上がっていく。
 もちろんブランシュの死を悼んでいる者たちにもその異変に気付いていた。

「ハクトシン様……これは一体……」

 ガルドマンジェが問う。

「なんだこれはッ!」

 ガルドマンジェとほぼ同じタイミングでフォーンは驚いていた。
 そしてガルドマンジェとフォーンに続いて声を上げたのはマサキだった。

「まさかこれは……ラスボスを倒した後に発生する……真のラスボスイベントってやつか」

 そのまさかである。
 ゲームプレイヤーがブランシュなら既にゲームオーバーとなっているが、この世界はゲームではない。ゲームプレイヤーがいなくとも時間は進む。
 真のラスボスイベントは発生されるのである。

「全員この場から――」

 離れて、と指示しようとしたハクトシンだったが、その声は呪いの声が言う契約とやらに遮られた。
 その場にいた者たちはロイの亡骸を中心に吹き飛ばされてしまったのだ。

「いててて……」

 腰を思いっきり打ったマサキは、その痛みに耐えながら立ち上がり、叫んだ。

「ルナちゃん、ネージュ、クレール、ダール!」

 叫んだ際も腰を打った痛みが芯から痛んだが、そんなことは気にせずに叫び続ける。

「デール、ドール、ビエルネス!」

 家族の名を叫ぶ。
 それだけ煙が煙がまっていて視界が悪いのだ。
 さらに時刻は深夜。月と星の輝きが最も綺麗に見える時間帯だ。その分暗闇も多い。
 余計に視界が悪いのだ。
 しかし煙が待っていたとしても爆風の前と比べるとやけに暗すぎると感じるマサキ。
 まるで何か大きな壁が出現し、月や星の輝きを遮断しているのではないかと思うほどに。

「マサキ殿!」

「スクイラルさん!」

 マサキの叫び声を聞いて最初にやってきたのはスクイラルだった。
 スクイラルは短剣を構え警戒しながらマサキの正面へと立った。

「気を付けるでござる。何か……何か恐ろしい存在がいるでござるよ……」

「恐ろしい存在?」

 それがなんなのか。マサキの瞳はそれを確認するように動く。
 恐ろしい存在なら見ない方がいいのだが、それでも確認してしまうのは、人としての性だ。
 スクイラルが見ている先、そこは暗くて何もいない。
 だからマサキは何かに吸い込まれるように上を見てしまう。
 普通、何かがいるのなら正面を見るはずだが、どうしても上から何かを感じていたのだ。

「星?」

 マサキの視界に映ったのは、二つの星。
 この暗闇と煙の中でもハッキリと見えるほどの星だ。
 しかしその星はマサキの知識にはない色をしていた。

「紫色……」

 異世界に紫色の星があってもおかしくはない。
 しかしこの一年間の異世界生活で一度たりとも見たことがない色の星だ。
 だから紫色の星は星ではないのではないかと頭を過ぎる。
 その瞬間、それが正しいのだと肯定するかのようにスクイラルは口を開いた。

「あれは目でござるな」

「……目?」

 確かに紫色の二つの星は並行していて目のようにも見える。
 『恐ろしい存在』と『目』その二つからもたらされたマサキなりの回答は――

「魔獣……」

 誰もがこの状況では目の前の存在を魔獣だと思うだろう。
 目の位置も星と見間違えてしまうほど位置にある。巨人や巨大な魔獣でしかあり得ないような位置だ。
 それなのにスクイラルは首を横に振り否定する。

「違うでござる。あれは魔獣なんかじゃないでござるな」

「そ、それじゃ一体……」

 その疑問に答えたのは、スクイラルではない別の声だ。

「あれは神ですよ」

「ビエ……ルーネスさん!」

 答えたのは妖精族のルーネスだった。
 ビエルネスと見間違えてしまうほど似ている見た目からビエルネスの名前を言いそうになるマサキ。
 口調や雰囲気が違うことにすぐ気付き、ビエルネスの名前を言い切る前に訂正したのである。

「神ってどういうことですか? 神様ってもっと明るい存在かと思うんですが」

「そうですね。その解釈は間違ってません。実際ハクトシン様はどんな星よりも輝いていらっしゃいますから。でも私たちの目の前にいる神は全くの別物。悪魔族の神なのです」

「悪魔族の……神……」

 マサキたちの目の前に出現した恐ろしい存在の正体は、悪魔族の神だった。
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