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第5章:大戦争『黒と白の邂逅編』
340 白き英雄の復活
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マサキは月の剣をブランシュと鎖の間に通した。
「し、慎重に……慎重に……」
亡骸となったブランシュを傷つけないために慎重に行っていが、その手はガタガタと小刻みに震えているため、いつブランシュの体を傷つけるか心配だ。
しかし緊張でミスをしてブランシュの体に月の剣が当たったとしても、当たる部分は峰である。そのためブランシュが傷つくことはない。
「ンッンッ! ンッンッ!」
《その調子です。個体名セトヤ・マサキ。もう少しです》
マサキを応援するルナと月の声。
マサキからしたら応援されているとは思っていないだろう。
それでもルナの鳴き声はマサキに勇気をくれる。
「よ、よし、や、やるぞ。やるぞ! ルナちゃん!」
「ンッンッ!」
マサキはブランシュを縛る鎖を斬るために月の剣の刃部分を鎖に付けた。
そこからギコギコと押し引きを繰り返し鎖を斬るつもりなのである。
「ギコギコ作戦」
作戦名を言った直後、マサキが握る月の剣が引かれた。
その瞬間――
ザザグッ!!
「――え?」
砂利道をひと踏みしたかのような音がマサキの鼓膜を振動させた。
それと同時にマサキの瞳には、果物が切られたのかと思うくらいいとも容易く斬られた鎖が映っている。
その聴覚からの情報と視覚からの情報に驚愕した瞬間、マサキの口から情けない声が溢れたのだ。
そしてここからが本物の驚愕を味わう時だ。
「な、なんだ!?」
鎖から解放されたブランシュの体が白く発光し始める。
その光は天に向かって伸びていく。崩壊した天井を越え、雲を越え、まだ地上に顔を見せていない月にまでその白い光は届く。
「おいおいおいおい。どうなってるのこれ? まさか呪いがどうたらってやつじゃないよな?」
「ンッンッ」
「なんだか、ヤバい気がするぞ。ルナちゃん逃げよう!」
「ンッンッ」
マサキはルナを持ち上げる。ルナは抵抗する意思が全くなく、全身をビヨーンと伸ばしている。
そんなルナをマサキはルナの定位置である頭の上に乗せようとする。
しかしルナは無気力だ。体はビヨーンと伸びているだけで頭の上に乗ろうとはしない。
「ど、どうしたんだよルナちゃん! こんな時に!」
「ンッンッ」
白い光に見惚れているのか、不思議な光景に驚愕しているのか、それとも白き英雄の復活をその目に焼き付けようとしているのか。
どれにしてもルナは自分の意思で動こうとはせず、その漆黒の瞳で白く発光するブランシュを見続けるのである。
「こ、こうなったら抱っこしたまま逃げるしかない!」
マサキの右手には月の剣が握られている。
ルナを抱っこするのにやや不便ではあるが、抱っこできないわけではない。
マサキは左腕で器用にルナを抱き抱えながら、発光するブランシュから遠ざかろうと一歩踏み出した。
しかしマサキは二歩目を踏み出すことができずにいた。
「――な!?」
マサキの右手が体の動きに合わせて付いて行かなかったのだ。
パントマイムでもしているかのような姿だが、この状況でパントマイムをするひょうきんな者などいないだろう。
マサキなら尚更だ。
右手が動かなかったのは、マサキの意思ではない。月の声の意思だ。
月の剣に宿る月の剣がブランシュから遠ざかろうとはしなかったのだ。
自らの意思で動くことができずとも、そこに止まることはできるらしい。
もしかしたらブランシュと月の声が磁石のように引き寄せあっている可能性もある。
突然の出来事と情報量の多さに困惑の色を浮かべるマサキ。
すぐに行動に移さなければならない状況にも関わらず、なかなか動き出せずにいた。
そして時がゆっくりと進んでいき、最初に動き出した者がいた。
――ピクッ。
ブランシュの指が微かに動いたのである。
そこからの展開は早かった。
指、手、足、腕、肩、首、ありとあらゆる関節や筋肉が動き出したのだ。
そして心臓も動きだしたことによって血液が全身に巡り、体温を取り戻していく。
ブランシュの意識が覚醒すると、発光している白い光が徐々に弱まっていく。
否、ブランシュに吸収されているのだ。
そして他にも吸収されている光があった。
それは先ほどまでなかった光――月の剣から発光される光だ。
その光はオーブのように球体状となり、瞬きの刹那ブランシュの体へと吸収された。
その途端、パントマイムをしているかのように固まっていたマサキの右腕の自由が効くようになる。
「お、治まった? っていうか、い、生き返った?」
発光する白い光が完全に治るのと同時にブランシュが上半身を起き上がらせたのだ。
それを見たマサキはブランシュが生き返ったのだと考える。
それと同時にブランシュではない呪いの類で動いたのではないかと警戒も強めた。
だからマサキは月の剣を構えた。
剣など構えたことのないマサキでも自然と構えることができる構えでだ。
震えているのは手だけではなく体を支える足も。全身が小刻みに震えている。
「ンッンッ。ンッンッ。ンッンッ」
マサキの振動を感じ、そのリズムに合わせて声を漏らし続けるルナ。
マサキとは正反対に警戒心ゼロ。振動を気持ちよく、心地よく感じている。
そんな警戒心強めのマサキと警戒心ゼロのルナをブランシュは己の深青の瞳に映した。
その瞬間ブランシュが口を開く。
「キミが――」
そう言った直後、訂正を加えるかのようにブランシュの脳内では女性の声が再生される。
《個体名セトヤ・マサキです》
その声を聞いた瞬間、ブランシュはこの状況の全てを理解した。
そして目の前の青年に向かって発した言葉は途中で止まり、脳内での会話が始まった。
(月の声、戻って来れたのか)
《はい。個体名セトヤ・マサキと個体名ルナのおかげで何とか戻ってくることができました。そして個体名クイーンの死後の呪いを解呪することもできました》
(……感謝しないとな)
ブランシュは途中で止めていた口を開く。
「キミが私を助けてくれたみたいだね」
「あ、い、いや、た、助けたというか、なんというか、俺はただ鎖を斬っただけで何も……」
「鎖を斬ってくれたおかげで私は助かったのだよ。感謝する。ありがとう。セトヤ・マサキ」
感謝の言葉を受けたマサキは驚きの表情を見せた。
突然の感謝もそうだが、自分の名前を知っていることに驚いているのだ。
「あっ、お、俺の名前を知ってるんですね」
「あぁ、さっき月の声から聞いてね」
「つ、月の声?」
「ンッンッ!」
マサキは頭にハテナを浮かべているが、ルナは月の声という言葉を聞いて嬉しそうに鳴いた。
「実はキミが向けているその剣は私の物なんだ。返してくれると嬉しいんだが……」
ここまでマサキはブランシュに月の剣を向けたままだ。警戒心は一切解かれていない。
しかしブランシュの今の言葉によって、警戒心に堰き止められていたマサキの感情が動き出した。
そのまま警戒心は心の溝へと流れていき、新たな感情がマサキに現れる。
「そ、そうだったんですね。も、もちろんお返ししますよ」
ブランシュの剣を他人である自分が持っていること、そしてその剣の穂先を持ち主へと向けていることに対しての申し訳ないという感情だ。
だからマサキはペコペコと頭を下げながら月の剣をブランシュへと渡した。
「と、取ったとかではなくて、拾っただけですからね。あっ、拾ったというのは、ここではなくて、妖精族の国らへんでなので、そのー、泥棒の決まり文句とかじゃないですからね。決して……」
「そのことについてもわかってるよ。ありがとう」
「あ、は、はい」
素直に感謝されたマサキは呆気に取られる。
少しぐらい疑ってもいいのに、となぜか寂しくも思たりしていた。逆に疑ってこないことに対して不審に思ったりもしている。
人間不信な性格のマサキだからこそ起こり得た感情、そして考えだった。
その後、二人の会話が一切無くなる。
人間族の国の中心部に堂々たるや聳え立つ王宮の地下が静寂に包まれる。
この静寂が気まずく感じているマサキは頭をフル回転させた。
静寂を、そして沈黙を断ち切る方法は何か、どんなことを話すべきか、何をしたらいいのか、」など人間不信でコミュニケーション能力が皆無だからこその悩みがマサキを苦しめる。
そして苦しみの果てにその答えを見つける。否、喋らなければならなかったことを思い出すのだ。
「そ、そうでした! 信じてもらえないかもしれないですが、モジャ、じゃなくて、元神様のウェネトさんから伝言があります!」
なぜこんなにも大事なことを忘れていたのかマサキ自身も疑問に思っている。
しかし忘れて当然な状況であったのも事実だ。
伝言を伝える対象者がすでに亡骸になっていたこと。鎖を斬らなければいけない状況に陥ってしまったこと。亡骸から激しい白い光が発光されたこと。そして生き返ったこと。
情報量の多さや衝撃的度合いが忘れさせてしまったのである。
「ウェネトさんに会ったことと未来が変わったこと。その二つを白き英雄に……真っ白な団長さんに伝えてくれと言われました」
「そうか。それに関してはにわかに信じ難いな。今は亡き兎人族の元神様、アルミラージ・ウェネト様に会ったというのは……」
「で、ですよね……」
「いや、でも信じよう。ウェネト様ならそれぐらいのことをしそうだからな。そうか。未来が変わってしまったか」
ブランシュはマサキの言葉を全面的に信じ、その内容について頭を悩ませていた。
未来が変わった。その言葉が意味するのは、未来が悪い方向に転がったということ。
そして己自身が白き英雄になることができず白き者のまま敗北してしまうということ。
「それでこっからは俺が伝えたいことです。お願いします。みんなを救ってください」
マサキは頭を下げた。そして心から思いを告げた。
助けてほしいのだ。救ってほしいのだ。この国を。みんなを。家族を。
「俺の力じゃ何にもできないです。大事な家族を守ろうと思ってもその力がない。無力で弱者な俺はこうして頭を下げるしかできないです。だからお願いします。未来を塗り替えてください。明るい未来に。そのためだったら、家族のためだったら、俺はなんでもします。だからお願いします。助けてください」
誠心誠意マサキは伝えた。
それがどう伝わったのか、ブランシュの表情を見ていないからわからない。
だからブランシュが声を出すまでの沈黙の時間が怖くて仕方がないのだ。
「違うなセトヤ・マサキ」
「え?」
違うとはなんなのか。それが理解できずマサキは下げていた頭を上げてブランシュの表情を見た。
悪い表情をしていない。それなら尚更先ほどの言葉の意味がわからない。
だからマサキはブランシュからの言葉を待った。息苦しくなりながら、心が痛みながらも待った。
「セトヤ・マサキ、キミは私と月の声を救った。私を救ったということはこの国を世界を救ったことになる」
「それってつまり……」
「あぁ、キミの願いもウェネト様からの託された希望も全て私に――白き英雄になる者アンブル・ブランシュに任せてくれ」
ブランシュは爽やかな笑顔を浮かべながら言った。
それはマサキを安心させるための言葉でもありながら、己自身を鼓舞するための言葉でもあるのである。
「し、慎重に……慎重に……」
亡骸となったブランシュを傷つけないために慎重に行っていが、その手はガタガタと小刻みに震えているため、いつブランシュの体を傷つけるか心配だ。
しかし緊張でミスをしてブランシュの体に月の剣が当たったとしても、当たる部分は峰である。そのためブランシュが傷つくことはない。
「ンッンッ! ンッンッ!」
《その調子です。個体名セトヤ・マサキ。もう少しです》
マサキを応援するルナと月の声。
マサキからしたら応援されているとは思っていないだろう。
それでもルナの鳴き声はマサキに勇気をくれる。
「よ、よし、や、やるぞ。やるぞ! ルナちゃん!」
「ンッンッ!」
マサキはブランシュを縛る鎖を斬るために月の剣の刃部分を鎖に付けた。
そこからギコギコと押し引きを繰り返し鎖を斬るつもりなのである。
「ギコギコ作戦」
作戦名を言った直後、マサキが握る月の剣が引かれた。
その瞬間――
ザザグッ!!
「――え?」
砂利道をひと踏みしたかのような音がマサキの鼓膜を振動させた。
それと同時にマサキの瞳には、果物が切られたのかと思うくらいいとも容易く斬られた鎖が映っている。
その聴覚からの情報と視覚からの情報に驚愕した瞬間、マサキの口から情けない声が溢れたのだ。
そしてここからが本物の驚愕を味わう時だ。
「な、なんだ!?」
鎖から解放されたブランシュの体が白く発光し始める。
その光は天に向かって伸びていく。崩壊した天井を越え、雲を越え、まだ地上に顔を見せていない月にまでその白い光は届く。
「おいおいおいおい。どうなってるのこれ? まさか呪いがどうたらってやつじゃないよな?」
「ンッンッ」
「なんだか、ヤバい気がするぞ。ルナちゃん逃げよう!」
「ンッンッ」
マサキはルナを持ち上げる。ルナは抵抗する意思が全くなく、全身をビヨーンと伸ばしている。
そんなルナをマサキはルナの定位置である頭の上に乗せようとする。
しかしルナは無気力だ。体はビヨーンと伸びているだけで頭の上に乗ろうとはしない。
「ど、どうしたんだよルナちゃん! こんな時に!」
「ンッンッ」
白い光に見惚れているのか、不思議な光景に驚愕しているのか、それとも白き英雄の復活をその目に焼き付けようとしているのか。
どれにしてもルナは自分の意思で動こうとはせず、その漆黒の瞳で白く発光するブランシュを見続けるのである。
「こ、こうなったら抱っこしたまま逃げるしかない!」
マサキの右手には月の剣が握られている。
ルナを抱っこするのにやや不便ではあるが、抱っこできないわけではない。
マサキは左腕で器用にルナを抱き抱えながら、発光するブランシュから遠ざかろうと一歩踏み出した。
しかしマサキは二歩目を踏み出すことができずにいた。
「――な!?」
マサキの右手が体の動きに合わせて付いて行かなかったのだ。
パントマイムでもしているかのような姿だが、この状況でパントマイムをするひょうきんな者などいないだろう。
マサキなら尚更だ。
右手が動かなかったのは、マサキの意思ではない。月の声の意思だ。
月の剣に宿る月の剣がブランシュから遠ざかろうとはしなかったのだ。
自らの意思で動くことができずとも、そこに止まることはできるらしい。
もしかしたらブランシュと月の声が磁石のように引き寄せあっている可能性もある。
突然の出来事と情報量の多さに困惑の色を浮かべるマサキ。
すぐに行動に移さなければならない状況にも関わらず、なかなか動き出せずにいた。
そして時がゆっくりと進んでいき、最初に動き出した者がいた。
――ピクッ。
ブランシュの指が微かに動いたのである。
そこからの展開は早かった。
指、手、足、腕、肩、首、ありとあらゆる関節や筋肉が動き出したのだ。
そして心臓も動きだしたことによって血液が全身に巡り、体温を取り戻していく。
ブランシュの意識が覚醒すると、発光している白い光が徐々に弱まっていく。
否、ブランシュに吸収されているのだ。
そして他にも吸収されている光があった。
それは先ほどまでなかった光――月の剣から発光される光だ。
その光はオーブのように球体状となり、瞬きの刹那ブランシュの体へと吸収された。
その途端、パントマイムをしているかのように固まっていたマサキの右腕の自由が効くようになる。
「お、治まった? っていうか、い、生き返った?」
発光する白い光が完全に治るのと同時にブランシュが上半身を起き上がらせたのだ。
それを見たマサキはブランシュが生き返ったのだと考える。
それと同時にブランシュではない呪いの類で動いたのではないかと警戒も強めた。
だからマサキは月の剣を構えた。
剣など構えたことのないマサキでも自然と構えることができる構えでだ。
震えているのは手だけではなく体を支える足も。全身が小刻みに震えている。
「ンッンッ。ンッンッ。ンッンッ」
マサキの振動を感じ、そのリズムに合わせて声を漏らし続けるルナ。
マサキとは正反対に警戒心ゼロ。振動を気持ちよく、心地よく感じている。
そんな警戒心強めのマサキと警戒心ゼロのルナをブランシュは己の深青の瞳に映した。
その瞬間ブランシュが口を開く。
「キミが――」
そう言った直後、訂正を加えるかのようにブランシュの脳内では女性の声が再生される。
《個体名セトヤ・マサキです》
その声を聞いた瞬間、ブランシュはこの状況の全てを理解した。
そして目の前の青年に向かって発した言葉は途中で止まり、脳内での会話が始まった。
(月の声、戻って来れたのか)
《はい。個体名セトヤ・マサキと個体名ルナのおかげで何とか戻ってくることができました。そして個体名クイーンの死後の呪いを解呪することもできました》
(……感謝しないとな)
ブランシュは途中で止めていた口を開く。
「キミが私を助けてくれたみたいだね」
「あ、い、いや、た、助けたというか、なんというか、俺はただ鎖を斬っただけで何も……」
「鎖を斬ってくれたおかげで私は助かったのだよ。感謝する。ありがとう。セトヤ・マサキ」
感謝の言葉を受けたマサキは驚きの表情を見せた。
突然の感謝もそうだが、自分の名前を知っていることに驚いているのだ。
「あっ、お、俺の名前を知ってるんですね」
「あぁ、さっき月の声から聞いてね」
「つ、月の声?」
「ンッンッ!」
マサキは頭にハテナを浮かべているが、ルナは月の声という言葉を聞いて嬉しそうに鳴いた。
「実はキミが向けているその剣は私の物なんだ。返してくれると嬉しいんだが……」
ここまでマサキはブランシュに月の剣を向けたままだ。警戒心は一切解かれていない。
しかしブランシュの今の言葉によって、警戒心に堰き止められていたマサキの感情が動き出した。
そのまま警戒心は心の溝へと流れていき、新たな感情がマサキに現れる。
「そ、そうだったんですね。も、もちろんお返ししますよ」
ブランシュの剣を他人である自分が持っていること、そしてその剣の穂先を持ち主へと向けていることに対しての申し訳ないという感情だ。
だからマサキはペコペコと頭を下げながら月の剣をブランシュへと渡した。
「と、取ったとかではなくて、拾っただけですからね。あっ、拾ったというのは、ここではなくて、妖精族の国らへんでなので、そのー、泥棒の決まり文句とかじゃないですからね。決して……」
「そのことについてもわかってるよ。ありがとう」
「あ、は、はい」
素直に感謝されたマサキは呆気に取られる。
少しぐらい疑ってもいいのに、となぜか寂しくも思たりしていた。逆に疑ってこないことに対して不審に思ったりもしている。
人間不信な性格のマサキだからこそ起こり得た感情、そして考えだった。
その後、二人の会話が一切無くなる。
人間族の国の中心部に堂々たるや聳え立つ王宮の地下が静寂に包まれる。
この静寂が気まずく感じているマサキは頭をフル回転させた。
静寂を、そして沈黙を断ち切る方法は何か、どんなことを話すべきか、何をしたらいいのか、」など人間不信でコミュニケーション能力が皆無だからこその悩みがマサキを苦しめる。
そして苦しみの果てにその答えを見つける。否、喋らなければならなかったことを思い出すのだ。
「そ、そうでした! 信じてもらえないかもしれないですが、モジャ、じゃなくて、元神様のウェネトさんから伝言があります!」
なぜこんなにも大事なことを忘れていたのかマサキ自身も疑問に思っている。
しかし忘れて当然な状況であったのも事実だ。
伝言を伝える対象者がすでに亡骸になっていたこと。鎖を斬らなければいけない状況に陥ってしまったこと。亡骸から激しい白い光が発光されたこと。そして生き返ったこと。
情報量の多さや衝撃的度合いが忘れさせてしまったのである。
「ウェネトさんに会ったことと未来が変わったこと。その二つを白き英雄に……真っ白な団長さんに伝えてくれと言われました」
「そうか。それに関してはにわかに信じ難いな。今は亡き兎人族の元神様、アルミラージ・ウェネト様に会ったというのは……」
「で、ですよね……」
「いや、でも信じよう。ウェネト様ならそれぐらいのことをしそうだからな。そうか。未来が変わってしまったか」
ブランシュはマサキの言葉を全面的に信じ、その内容について頭を悩ませていた。
未来が変わった。その言葉が意味するのは、未来が悪い方向に転がったということ。
そして己自身が白き英雄になることができず白き者のまま敗北してしまうということ。
「それでこっからは俺が伝えたいことです。お願いします。みんなを救ってください」
マサキは頭を下げた。そして心から思いを告げた。
助けてほしいのだ。救ってほしいのだ。この国を。みんなを。家族を。
「俺の力じゃ何にもできないです。大事な家族を守ろうと思ってもその力がない。無力で弱者な俺はこうして頭を下げるしかできないです。だからお願いします。未来を塗り替えてください。明るい未来に。そのためだったら、家族のためだったら、俺はなんでもします。だからお願いします。助けてください」
誠心誠意マサキは伝えた。
それがどう伝わったのか、ブランシュの表情を見ていないからわからない。
だからブランシュが声を出すまでの沈黙の時間が怖くて仕方がないのだ。
「違うなセトヤ・マサキ」
「え?」
違うとはなんなのか。それが理解できずマサキは下げていた頭を上げてブランシュの表情を見た。
悪い表情をしていない。それなら尚更先ほどの言葉の意味がわからない。
だからマサキはブランシュからの言葉を待った。息苦しくなりながら、心が痛みながらも待った。
「セトヤ・マサキ、キミは私と月の声を救った。私を救ったということはこの国を世界を救ったことになる」
「それってつまり……」
「あぁ、キミの願いもウェネト様からの託された希望も全て私に――白き英雄になる者アンブル・ブランシュに任せてくれ」
ブランシュは爽やかな笑顔を浮かべながら言った。
それはマサキを安心させるための言葉でもありながら、己自身を鼓舞するための言葉でもあるのである。
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