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第5章:大戦争『悪王侵略編』
335 ロイVSフォーン -最初の難関-
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ロイと対峙するのは聖騎士団玄鹿団長セルフ・フォーンだ。
彼の頭には立派なツノが生えており、両腕には亡くなった二人の兄のツノを素材として作られた“最強の盾”が装着されていた。
そんなフォーンの玄色の瞳の端には、意識を失いながらも立っているスクイラルの姿が映っていた。
(スクイラル……)
フォーンは心の痛みを堪えるべく、歯を食いしばった。拳を強く握りしめた。
直後、意識を失ったまま立っていたスクイラルは倒れた。スクイラルの心がフォーンの気配に気付き、自分の役目はここまでだと、時間を稼ぐことができたのだと、安堵の気持ちで倒れたのだ。
(ここは任せろッ。スクイラルッ)
フォーンは力尽きる友人を玄色の瞳に映した直後、殺気をロイに向ける。そして口を開く。
「フレンムさんとエームもやったのもお前かッ? キングッ?」
「キミにその呼び名で呼ばれると違和感があるね」
「話を逸らすなッ! 答えやがれッ!」
「その様子じゃ、彼らは死んだみたいだね。あはははっ」
ロイは突然の訃報に高笑いする。
知っていたと言えば知っていたこと。自分でそうしたのだから当然だ。しかし生死の確認は行なっていない。だからこの突然の訃報に笑ってしまったのである。
やっぱりか、だろうな、当然だ、と高笑いしてしまったのだ。
しかしその訃報は早とちりだった。
「二人は生きてるッ。俺が治癒魔法で一命を取り留めたからなッ」
フォーンはフエベスを家に届けるというブランシュとの約束を果たすために兎人族の国を訪れていた。その際に瀕死のフレンムとエームを見つけて助けていたのだ。
そしてフレンムとエームを冒険者ギルドに、フエベスをブランシュの家まで送り届けたのである。
その後、避難民である火竜の親子を鹿人族の国にある聖騎士団玄鹿の本部で預かるため向かっていたところ、避難民をさらに避難させている義姉であるセルフ・メジカたちと遭遇する。
簡潔に状況の説明を受けた後、火竜の親子をメジカに預けてここまでやってきたのである。
「ふ~ん。そうなんだ」
ロイは面白くなさそうな顔で応えた。
ロイにとってフレンムとエームの生死は実際のところどうでもいい。
しかし確実に死に向かっていたところを助けられたとあっては面白くない、許せないのだ。
だからこそ、二人の死を邪魔した人物に――フォーンに向かって殺気を放った。今までにないほどの放出量だ。
「――ッ!」
ロイの殺気を全身に浴びるフォーンは、その殺気の圧に怯みはしたものの、それは瞬きの刹那ほどの時間だけだった。
「それじゃ、キミが代わりに死んで?」
問いかけるロイだが、その問いかけは問いかけにはなっていない。殺す、と言っているのと変わらないほどの威圧だからだ。
そんなロイの殺害予告に対してフォーンは堂々と答える。
「――断るッ!!!!」
フォーンが堂々と答えた直後、二人の戦闘が始まった。
最初に動いたのはフォーンの方だった。
「――奈落の底へと導く・重力の穴!!」
重力系の闇属性魔法だ。それをロイに向かって、否、伸びてくる呪いの触手に向かって放ったのである。
呪いの触手は、激しい重力の渦に呑み込まれていく。
ロイはすかさず二本目、三本目と呪いの触手を出現させたが、それすらも激しい重力の渦が呑み込んだ。
四本目の呪いの触手を出現させようとしたロイだったが、ロイ自身も激しい重力の渦に呑み込まれ始めた。そのせいで四本目の呪いの触手が出現できなかったのだ。
「……強力な重力だ。僕が動かされるだなんて……さすがだね。キミを厄介な一人として頭に入れといて正解だったよ。キミは僕にとって最初の難関ってことだねっ!」
ロイは重力の渦に呑み込まれながらフォーンを称賛し始めた。一切焦ることなく余裕な表情でだ。
「そのまま地中で圧死しろッ!」
「う~ん。それはないかな」
そう言いながらロイは踵を返す。そして何事もなかったかのようにゆっくりと歩き始め、いとも容易く重力の渦から脱出して見せた。
「――なッ!?」
驚くのも当然だ。こんなにあっさりと重力の渦から抜け出した人間を見たのは初めてなのだから。
重力の渦から脱出したロイは、重力の渦の先にいるフォーンの方へ体を向き直してから口を開く。
「この程度の重力じゃ、僕を動かすことができても動きを制することは無理だね」
その直後、呪いの触手を三本伸ばした。
先ほどは重力の渦に呑み込まれてしまった呪いの触手だが、今回は違う。
重力の渦の影響を受けずに真っ直ぐにフォーンの元へと伸びていったのだ。
「――でもよッ!」
フォーンは両腕に装着している盾を構えた。
「動きが遅く見えるぜッ!!!」
両腕の盾で呪いの触手を三本とも弾き返した。
呪いの触手は、重力の渦の影響を全く受けていないわけではなかったのだ。だから通常よりも動きが鈍くフォーンの盾によって弾き返されたのである。
ロイは呪いの触手が何度弾き返されようとも攻撃の手を止めることはなかった。
その度にフォーンは盾で防ぎ続ける。そしてじわじわとロイに近付いていく。
「へぇ~。キミは重力の影響を受けないんだね……いや、違うか。別の重力を纏ってどうにかしてるって感じだね」
「チッ。見破られたかッ」
ロイの考察通りフォーンは重力の渦以外に別の重力系の闇属性魔法を発動し、己自身の体に重力の鎧のようなものを着て重力の渦の影響下から免れていたのである。
この重力の鎧をフォーンは重力の鎧と呼んでいる。
重力の鎧を身に纏わなかった場合は、フォーン自身も重力の渦の影響を受ける。戦況によって重力の鎧を発動するかどうかを見極めているのだ。
その重力の鎧を瞬時に見破るほどロイの観察眼は鋭いのである。
「それじゃーよッ! これはどうだッ!」
ロイの呪いを両腕の盾で防いでいたフォーンの姿が突然、ロイの視界から消える。
直後、ロイの視界の真下から姿を現した。
重力の鎧が重力の渦を退け合うように働きかけ、その反発する力を利用した瞬間移動をフォーンは行ったのである。
そして鹿人族の特徴である強固なツノで、ロイの腹部に強烈な一撃を喰らわせようとした。
「――うらぁッ!!!!」
重力同士の反発力によって瞬間移動した勢いもそのまま上乗せした強烈な一撃だ。
ロイは背後に吹き飛んだが、二本の呪いの触手が地面を削りながらその勢いを殺した。
フォーンのツノによる強烈な一撃を受けた腹部は、呪いの触手が受け止めていたため無傷だった。
今回のフォーンの攻撃はただ吹き飛ばしただけで終わってしまったのである。
「なかなかに強烈。だけど僕には届かないよ」
「そうみたいだなッ。これだから呪いは好きになれねーなッ」
「おや? その言い方だと呪いに嫌な思い出でも?」
ロイは意外そうな顔をしながら問いかけた。呪いのことに関しては興味が湧くようだ。
そんなロイの問いかけにフォーンは――
「教えねーよッ!」
と、言葉を吐き捨てた。
それに対してロイは興味が削がれたように両手を頭の後ろで組むポーズを取った。
「ふ~ん。まあいいや」
両手を頭の後ろで組むポーズを取ったロイは一見隙だらけのように見える。
しかしフォーンは動くことができずにいた。
(……まったく隙がねぇぞッ)
隙だらけに見えるポーズのロイだが、その周りには呪いの触手が四本うねうねとロイを守るために動いている。その動きは不規則で近付こうにも近付けないのだ。
(ならッ……隙を作ればいいッ! 一瞬ッ。たった一瞬の隙ッ。それだけで十分だッ)
フォーンは頭を突き出して突進するかのようなフォームで駆けた。真っ直ぐロイに向かうのではなくロイの周辺を弧を描くように駆けている。
これはただ単に隙を窺っている走りではない。隙を作るための走りだ。
「――奈落の底へと導く・重力の穴!!」
先ほどの重力の渦と同じ重力系の闇属性魔法が発動した。
それによってロイを中心とした重力の渦が発生。その瞬間、ロイを守るために動いていた呪いの触手の動きが一拍遅くなる。
この一拍こそフォーンが求めている一瞬の隙だ。
「――今だッ!」
ロイの周辺を弧を描きながら駆けていたフォーンは、この隙を見逃さずロイに向かって真っ直ぐに駆けた。
自らが発動した重力の渦に突っ込む事になるが、フォーンの体はすでに重力の鎧に覆われていて重力の渦の影響を受けない。
否、今回も重力の渦の影響を利用している。
先ほどは反発する力だったが、今回は引き寄せ合う力――引力を利用している。
それによって重力の渦に入った瞬間、フォーンは重力の渦の中心、つまりロイのいる場所へと物凄い速度で引き寄せられたのだ。
速度が上がれば、フォーン自身の突進攻撃の威力が上がる。攻撃を躱される確率が減少する。呪いの触手によって攻撃を防がれる確率が減少する。
そして敵を――ジングウジ・ロイを倒せる確率が上がるのだ。
「――喰らいやがれッ!!!!」
フォーンのツノが完全にロイを捉えた。動きが遅くなった呪いの触手では防ぐことのできない突進攻撃だ。
しかしこの瞬間、ダメージを負って宙に舞ったのは、ロイではなくフォーンの方だった。
「――ガハァッ!!!!」
血を吐きながら宙を舞うフォーン。
意識を失いかけたが、それでも彼の玄色の瞳はロイから目を逸らしていなかった。
(何が起きたんだッ。なんで俺がやられてるッ? カウンターかッ?)
カウンター。そう考えるのが妥当だ。
しかしあの重力の渦の中、カウンターを喰らわせるのは不可能だとフォーンは思っている。否、思い込んでいたのだ。
「自分の力を過信しちゃったのか、それとも僕のことを見縊っていたか……どちらにせよ、キミは僕の力を見極めきれなかったってことだね」
ロイの言葉は事実だ。
フォーンは己の技が通用すると甘く見ていた。それでけ自信があった。だから思い込んでしまいロイに騙されたのだ。
ロイの呪いの触手はこの程度の重力で動きが遅くなることはないのである。
最初から重力で動きが鈍くなったように見せていただけ。
そうやって先ほどのようにフォーンを誘い込み、攻撃を仕掛けるために生じる一瞬の隙に呪いの職種によるアッパーのような攻撃でカウンターを喰らわしたのである。
だからフォーンは今、ロイの真上に舞っているのだ。
(一瞬の隙を装って一瞬の隙が生じた俺を狙ったのかッ……くッ。それに俺の重力が効かないだなんてッ……ありえないッ)
「ありえないって思ってる顔だね。残念ながら有り得ちゃうんだよね。これが」
宙に舞っているフォーンだったが、落下するよりも先に突然地面に引き寄せられる感覚に陥った。
否、引き寄せられているのではない。体を呪いの触手に拘束され、そのまま地面に向かって引っ張られているのだ。
(ならッ、道連れだッ!)
このままでは地面に衝突して自分だけがダメージを負うことになる。そう予測したフォーンは落下の最中に闇属性魔法の詠唱をした。
「――隕石の如く・死の重力!!」
シアンを倒した大技だ。それを己自身を対象に発動したのである。
それによってフォーンは隕石落下の規模で落下する。呪いの触手に引っ張られて落下する勢いも利用しているため、その落下速度と威力は桁違いのものになること間違いなしだ。
この距離でのこの大技の発動は、フォーンが考えるように確実にロイを道連れに追い込むことが可能だ。
その証拠にフォーンが落下した瞬間、雷が落ちたかのような激しい轟音が鳴り響いた。そして激しい振動と衝撃波が生じる。さらには地面が粉々に砕けた。
その粉々に砕けた地面の中央にはフォーンが倒れていた。
道連れにしようとしていただけあって致命傷を負った様子だ。
それに対してロイは、衝撃によって吹き飛びはしたものの軽く傷を負った程度のダメージだった。
「四本じゃ完璧に守りきれなかったか……これは僕が見極めきれなかったな」
ロイの禍々しいオーラによる四本の呪いの触手がロイの体を守ったのである。その結果が軽傷。致命傷を自ら負ったフォーンとはダメージの違いは歴然だ。
しかしそれでもロイは軽傷を負ってしまったことに対して、見極めきれなかったのだと反省している。
「まあ仕方ないか。どうせ負ける未来はないんだし。それじゃ楽にしてあげるとするかな」
ロイは粉々に砕けた地面の中央で倒れているフォーンにゆっくりと近付いて行く。
そんなロイの周辺をうねうねと不規則に動く四本の呪いの触手は、まるで誰がフォーンに止めを刺すのか相談しているようにも見えた。
実際相談していたのかどうかは不明だが、一本の呪いの触手だけが先頭になり、他の三本の呪いの触手がやや後ろ気味に位置を変えた。
「……くッ……ここまで……やるとはなッ…………」
玄色の瞳でロイを睨みつけながら言った。
満身創痍で倒れているフォーンだが、その戦意はまだ削がれていない。
そしてフォーンの手のひらからは緑色の光が放出されていた。ロイに気付かれないように自らの体に治癒魔法を施していたのだ。
「キミも想像以上にやれる男だったよ。僕に傷を負わせたんだからさ」
「傷……だとッ……?」
ロイの体を観察するフォーンだが、傷と呼べるほどの傷はどこにも見当たらない。
そんなフォーンを見てロイは静かに口を開く。
「ああ、もう無くなったよ。呪いが治癒してくれたんだ」
「……そうかよッ」
納得いかない表情のフォーン。
フォーンは一から治癒魔法を学び努力した。しかしロイは努力せずに治癒魔法以上の回復能力を手に入れている。
そしてフォーンは治癒魔法で回復に勤しんでいる中、ロイは呪いであっという間に傷を完治していた。努力せずに手に入れた力で。
あまりにも不公平。あまりにも呪いというものはチート。納得がいかないのも当然だ。
「最初の難関ってこんなもんなのか。想像してたよりも普通って感じだったかも。これも準備運動として認識しておいた方が良さそうかも。まあでも一瞬だけでも楽しめたから、最初の難関ってことにしておいてあげるかな。あははっ!」
ロイはとても楽しそうに独り言を始めた。
「ッ!?」
ロイの笑いが終えた瞬間、フォーンは驚愕し体が硬直した。
人生で経験したことのないほどの殺気を浴びたのだ。その殺気から自分が死ぬ未来を想像できるほどに。
その自分の死が想像なのか現実なのか分からなくなるほど恐ろしく悍しい殺気だ。
この瞬間から“食う側”と“食われる側”がはっきりと分かれた。
ロイは食うだけのただの肉食動物。フォーンは食われるだけのただの草食動物。
ただただその未来に従うだけの普通の関係。食物連鎖としての当たり前の関係だ。
「それじゃ、セルフ・フォーン。さような――」
別れの言葉を告げようとしたロイだったが、別の方へ気を取られ、その言葉が途中で止まった。
西の方角の空を見上げるロイ。その瞳には、空を裂くほどの光線が放たれている光景が映っていた。直後、その空には虚無の世界が出現する。
ロイは虚無の世界を瞳に映しながら今までにないほど楽しそうに笑った。
「くくくっ……はははっ! あっはっはっはっは!!!!!」
全てを手に入れたとき、人はロイのように高笑いするだろう。
まだ何も手に入れていないロイが高笑いしているのだから、その瞳に映る光景は全てを手に入れる準備が整った知らせのようなもの。
ロイたち悪の組織が目的のものを発見した際に空に魔法を放って知らせるようにと、あらかじめ計画していたのである。
誰が空に攻撃を放ったのか、それはロイほどの実力者なら簡単にわかってしまうこと。そして攻撃を放つ側も誤射するのはあり得ないほどの実力者。
確実にロイに向けてのメッセージなのだ。
それによって新たな世界へのカウントダウンが本格的に始まったのだ。
「やっと。やっとだ。ルークが見つけてくれた。今すぐ行かないと、ってキミを忘れてたよ。殺してから……あれ?」
気を取られている間にフォーンはその場から去っていた。
フォーンは決して戦いから逃げたのではない。怖気づいたわけでもない。賢明な判断をしたのだ。
(くそッ! 最初から俺は見誤っていたッ。悔しいが……俺たちだけでどうにかなる相手じゃないッ!)
フォーンはスクイラルを担ぎながら、ロイが見上げていた空とは逆方向の東へと全速力で駆ける。
(全員で協力しないと、ロイには……キングには勝てないッ!)
実際に戦ったフォーンだからこそ断言できる。一個人の力だけでは到底敵わないのだと。その強さ、呪いの恐ろしさには勝てないのだと。
「あー! いたいた!」
ロイは米粒ほどのサイズのフォーンの背中を捉える。
その瞬間、フォーンの命を奪おうと先頭に位置していた呪いの触手が、フォーンの心臓を貫くために恐ろしいほど早く伸びて向かって行く。
その気配にフォーンは気付き――
「――ぶなッ!!!」
間一髪のところで躱した。
そして針のように鋭く尖った呪いの触手を玄色の瞳に映す。
「こんなに伸びるのかよッ!」
このままフォーンは、針のように鋭く尖った呪いの触手を警戒しながら走り去っていった。
「残念。躱されちゃった。それに逃げられちゃったかー。追いかけたいけど、優先順位があるからなー」
ロイはフォーンが逃げて行った東の方角を見ながら言った。
「それにさ、やっぱり見える攻撃だと簡単に躱せちゃうよね。気配も完全に消さないとダメだよね。それが僕の唯一の欠点だと思ってるよ」
一度も追撃が当たらなかったのは、その攻撃が可視できるから。そして微量とはいえ殺気や気配があるからだとロイは解釈している。
そして不敵な笑みを溢しながら言葉を続ける。
「まあ、その欠点も今からなくなるんだけどね。さて、奪りに行くとしよう。待ち望んだ悪魔族が生み出した力……透明の呪いを」
その力をロイが手に入れれば、ロイの勝利は目前となる。
つまり西側の国を滅ぼす力が『透明の呪い』にはあるということ。
それと同時に白き英雄、黒き者、幻獣の三者を倒せるほどの力を入手するということになるのだ。
大戦争の終わりが――この世界がロイの物になる未来が近付いているのである。
彼の頭には立派なツノが生えており、両腕には亡くなった二人の兄のツノを素材として作られた“最強の盾”が装着されていた。
そんなフォーンの玄色の瞳の端には、意識を失いながらも立っているスクイラルの姿が映っていた。
(スクイラル……)
フォーンは心の痛みを堪えるべく、歯を食いしばった。拳を強く握りしめた。
直後、意識を失ったまま立っていたスクイラルは倒れた。スクイラルの心がフォーンの気配に気付き、自分の役目はここまでだと、時間を稼ぐことができたのだと、安堵の気持ちで倒れたのだ。
(ここは任せろッ。スクイラルッ)
フォーンは力尽きる友人を玄色の瞳に映した直後、殺気をロイに向ける。そして口を開く。
「フレンムさんとエームもやったのもお前かッ? キングッ?」
「キミにその呼び名で呼ばれると違和感があるね」
「話を逸らすなッ! 答えやがれッ!」
「その様子じゃ、彼らは死んだみたいだね。あはははっ」
ロイは突然の訃報に高笑いする。
知っていたと言えば知っていたこと。自分でそうしたのだから当然だ。しかし生死の確認は行なっていない。だからこの突然の訃報に笑ってしまったのである。
やっぱりか、だろうな、当然だ、と高笑いしてしまったのだ。
しかしその訃報は早とちりだった。
「二人は生きてるッ。俺が治癒魔法で一命を取り留めたからなッ」
フォーンはフエベスを家に届けるというブランシュとの約束を果たすために兎人族の国を訪れていた。その際に瀕死のフレンムとエームを見つけて助けていたのだ。
そしてフレンムとエームを冒険者ギルドに、フエベスをブランシュの家まで送り届けたのである。
その後、避難民である火竜の親子を鹿人族の国にある聖騎士団玄鹿の本部で預かるため向かっていたところ、避難民をさらに避難させている義姉であるセルフ・メジカたちと遭遇する。
簡潔に状況の説明を受けた後、火竜の親子をメジカに預けてここまでやってきたのである。
「ふ~ん。そうなんだ」
ロイは面白くなさそうな顔で応えた。
ロイにとってフレンムとエームの生死は実際のところどうでもいい。
しかし確実に死に向かっていたところを助けられたとあっては面白くない、許せないのだ。
だからこそ、二人の死を邪魔した人物に――フォーンに向かって殺気を放った。今までにないほどの放出量だ。
「――ッ!」
ロイの殺気を全身に浴びるフォーンは、その殺気の圧に怯みはしたものの、それは瞬きの刹那ほどの時間だけだった。
「それじゃ、キミが代わりに死んで?」
問いかけるロイだが、その問いかけは問いかけにはなっていない。殺す、と言っているのと変わらないほどの威圧だからだ。
そんなロイの殺害予告に対してフォーンは堂々と答える。
「――断るッ!!!!」
フォーンが堂々と答えた直後、二人の戦闘が始まった。
最初に動いたのはフォーンの方だった。
「――奈落の底へと導く・重力の穴!!」
重力系の闇属性魔法だ。それをロイに向かって、否、伸びてくる呪いの触手に向かって放ったのである。
呪いの触手は、激しい重力の渦に呑み込まれていく。
ロイはすかさず二本目、三本目と呪いの触手を出現させたが、それすらも激しい重力の渦が呑み込んだ。
四本目の呪いの触手を出現させようとしたロイだったが、ロイ自身も激しい重力の渦に呑み込まれ始めた。そのせいで四本目の呪いの触手が出現できなかったのだ。
「……強力な重力だ。僕が動かされるだなんて……さすがだね。キミを厄介な一人として頭に入れといて正解だったよ。キミは僕にとって最初の難関ってことだねっ!」
ロイは重力の渦に呑み込まれながらフォーンを称賛し始めた。一切焦ることなく余裕な表情でだ。
「そのまま地中で圧死しろッ!」
「う~ん。それはないかな」
そう言いながらロイは踵を返す。そして何事もなかったかのようにゆっくりと歩き始め、いとも容易く重力の渦から脱出して見せた。
「――なッ!?」
驚くのも当然だ。こんなにあっさりと重力の渦から抜け出した人間を見たのは初めてなのだから。
重力の渦から脱出したロイは、重力の渦の先にいるフォーンの方へ体を向き直してから口を開く。
「この程度の重力じゃ、僕を動かすことができても動きを制することは無理だね」
その直後、呪いの触手を三本伸ばした。
先ほどは重力の渦に呑み込まれてしまった呪いの触手だが、今回は違う。
重力の渦の影響を受けずに真っ直ぐにフォーンの元へと伸びていったのだ。
「――でもよッ!」
フォーンは両腕に装着している盾を構えた。
「動きが遅く見えるぜッ!!!」
両腕の盾で呪いの触手を三本とも弾き返した。
呪いの触手は、重力の渦の影響を全く受けていないわけではなかったのだ。だから通常よりも動きが鈍くフォーンの盾によって弾き返されたのである。
ロイは呪いの触手が何度弾き返されようとも攻撃の手を止めることはなかった。
その度にフォーンは盾で防ぎ続ける。そしてじわじわとロイに近付いていく。
「へぇ~。キミは重力の影響を受けないんだね……いや、違うか。別の重力を纏ってどうにかしてるって感じだね」
「チッ。見破られたかッ」
ロイの考察通りフォーンは重力の渦以外に別の重力系の闇属性魔法を発動し、己自身の体に重力の鎧のようなものを着て重力の渦の影響下から免れていたのである。
この重力の鎧をフォーンは重力の鎧と呼んでいる。
重力の鎧を身に纏わなかった場合は、フォーン自身も重力の渦の影響を受ける。戦況によって重力の鎧を発動するかどうかを見極めているのだ。
その重力の鎧を瞬時に見破るほどロイの観察眼は鋭いのである。
「それじゃーよッ! これはどうだッ!」
ロイの呪いを両腕の盾で防いでいたフォーンの姿が突然、ロイの視界から消える。
直後、ロイの視界の真下から姿を現した。
重力の鎧が重力の渦を退け合うように働きかけ、その反発する力を利用した瞬間移動をフォーンは行ったのである。
そして鹿人族の特徴である強固なツノで、ロイの腹部に強烈な一撃を喰らわせようとした。
「――うらぁッ!!!!」
重力同士の反発力によって瞬間移動した勢いもそのまま上乗せした強烈な一撃だ。
ロイは背後に吹き飛んだが、二本の呪いの触手が地面を削りながらその勢いを殺した。
フォーンのツノによる強烈な一撃を受けた腹部は、呪いの触手が受け止めていたため無傷だった。
今回のフォーンの攻撃はただ吹き飛ばしただけで終わってしまったのである。
「なかなかに強烈。だけど僕には届かないよ」
「そうみたいだなッ。これだから呪いは好きになれねーなッ」
「おや? その言い方だと呪いに嫌な思い出でも?」
ロイは意外そうな顔をしながら問いかけた。呪いのことに関しては興味が湧くようだ。
そんなロイの問いかけにフォーンは――
「教えねーよッ!」
と、言葉を吐き捨てた。
それに対してロイは興味が削がれたように両手を頭の後ろで組むポーズを取った。
「ふ~ん。まあいいや」
両手を頭の後ろで組むポーズを取ったロイは一見隙だらけのように見える。
しかしフォーンは動くことができずにいた。
(……まったく隙がねぇぞッ)
隙だらけに見えるポーズのロイだが、その周りには呪いの触手が四本うねうねとロイを守るために動いている。その動きは不規則で近付こうにも近付けないのだ。
(ならッ……隙を作ればいいッ! 一瞬ッ。たった一瞬の隙ッ。それだけで十分だッ)
フォーンは頭を突き出して突進するかのようなフォームで駆けた。真っ直ぐロイに向かうのではなくロイの周辺を弧を描くように駆けている。
これはただ単に隙を窺っている走りではない。隙を作るための走りだ。
「――奈落の底へと導く・重力の穴!!」
先ほどの重力の渦と同じ重力系の闇属性魔法が発動した。
それによってロイを中心とした重力の渦が発生。その瞬間、ロイを守るために動いていた呪いの触手の動きが一拍遅くなる。
この一拍こそフォーンが求めている一瞬の隙だ。
「――今だッ!」
ロイの周辺を弧を描きながら駆けていたフォーンは、この隙を見逃さずロイに向かって真っ直ぐに駆けた。
自らが発動した重力の渦に突っ込む事になるが、フォーンの体はすでに重力の鎧に覆われていて重力の渦の影響を受けない。
否、今回も重力の渦の影響を利用している。
先ほどは反発する力だったが、今回は引き寄せ合う力――引力を利用している。
それによって重力の渦に入った瞬間、フォーンは重力の渦の中心、つまりロイのいる場所へと物凄い速度で引き寄せられたのだ。
速度が上がれば、フォーン自身の突進攻撃の威力が上がる。攻撃を躱される確率が減少する。呪いの触手によって攻撃を防がれる確率が減少する。
そして敵を――ジングウジ・ロイを倒せる確率が上がるのだ。
「――喰らいやがれッ!!!!」
フォーンのツノが完全にロイを捉えた。動きが遅くなった呪いの触手では防ぐことのできない突進攻撃だ。
しかしこの瞬間、ダメージを負って宙に舞ったのは、ロイではなくフォーンの方だった。
「――ガハァッ!!!!」
血を吐きながら宙を舞うフォーン。
意識を失いかけたが、それでも彼の玄色の瞳はロイから目を逸らしていなかった。
(何が起きたんだッ。なんで俺がやられてるッ? カウンターかッ?)
カウンター。そう考えるのが妥当だ。
しかしあの重力の渦の中、カウンターを喰らわせるのは不可能だとフォーンは思っている。否、思い込んでいたのだ。
「自分の力を過信しちゃったのか、それとも僕のことを見縊っていたか……どちらにせよ、キミは僕の力を見極めきれなかったってことだね」
ロイの言葉は事実だ。
フォーンは己の技が通用すると甘く見ていた。それでけ自信があった。だから思い込んでしまいロイに騙されたのだ。
ロイの呪いの触手はこの程度の重力で動きが遅くなることはないのである。
最初から重力で動きが鈍くなったように見せていただけ。
そうやって先ほどのようにフォーンを誘い込み、攻撃を仕掛けるために生じる一瞬の隙に呪いの職種によるアッパーのような攻撃でカウンターを喰らわしたのである。
だからフォーンは今、ロイの真上に舞っているのだ。
(一瞬の隙を装って一瞬の隙が生じた俺を狙ったのかッ……くッ。それに俺の重力が効かないだなんてッ……ありえないッ)
「ありえないって思ってる顔だね。残念ながら有り得ちゃうんだよね。これが」
宙に舞っているフォーンだったが、落下するよりも先に突然地面に引き寄せられる感覚に陥った。
否、引き寄せられているのではない。体を呪いの触手に拘束され、そのまま地面に向かって引っ張られているのだ。
(ならッ、道連れだッ!)
このままでは地面に衝突して自分だけがダメージを負うことになる。そう予測したフォーンは落下の最中に闇属性魔法の詠唱をした。
「――隕石の如く・死の重力!!」
シアンを倒した大技だ。それを己自身を対象に発動したのである。
それによってフォーンは隕石落下の規模で落下する。呪いの触手に引っ張られて落下する勢いも利用しているため、その落下速度と威力は桁違いのものになること間違いなしだ。
この距離でのこの大技の発動は、フォーンが考えるように確実にロイを道連れに追い込むことが可能だ。
その証拠にフォーンが落下した瞬間、雷が落ちたかのような激しい轟音が鳴り響いた。そして激しい振動と衝撃波が生じる。さらには地面が粉々に砕けた。
その粉々に砕けた地面の中央にはフォーンが倒れていた。
道連れにしようとしていただけあって致命傷を負った様子だ。
それに対してロイは、衝撃によって吹き飛びはしたものの軽く傷を負った程度のダメージだった。
「四本じゃ完璧に守りきれなかったか……これは僕が見極めきれなかったな」
ロイの禍々しいオーラによる四本の呪いの触手がロイの体を守ったのである。その結果が軽傷。致命傷を自ら負ったフォーンとはダメージの違いは歴然だ。
しかしそれでもロイは軽傷を負ってしまったことに対して、見極めきれなかったのだと反省している。
「まあ仕方ないか。どうせ負ける未来はないんだし。それじゃ楽にしてあげるとするかな」
ロイは粉々に砕けた地面の中央で倒れているフォーンにゆっくりと近付いて行く。
そんなロイの周辺をうねうねと不規則に動く四本の呪いの触手は、まるで誰がフォーンに止めを刺すのか相談しているようにも見えた。
実際相談していたのかどうかは不明だが、一本の呪いの触手だけが先頭になり、他の三本の呪いの触手がやや後ろ気味に位置を変えた。
「……くッ……ここまで……やるとはなッ…………」
玄色の瞳でロイを睨みつけながら言った。
満身創痍で倒れているフォーンだが、その戦意はまだ削がれていない。
そしてフォーンの手のひらからは緑色の光が放出されていた。ロイに気付かれないように自らの体に治癒魔法を施していたのだ。
「キミも想像以上にやれる男だったよ。僕に傷を負わせたんだからさ」
「傷……だとッ……?」
ロイの体を観察するフォーンだが、傷と呼べるほどの傷はどこにも見当たらない。
そんなフォーンを見てロイは静かに口を開く。
「ああ、もう無くなったよ。呪いが治癒してくれたんだ」
「……そうかよッ」
納得いかない表情のフォーン。
フォーンは一から治癒魔法を学び努力した。しかしロイは努力せずに治癒魔法以上の回復能力を手に入れている。
そしてフォーンは治癒魔法で回復に勤しんでいる中、ロイは呪いであっという間に傷を完治していた。努力せずに手に入れた力で。
あまりにも不公平。あまりにも呪いというものはチート。納得がいかないのも当然だ。
「最初の難関ってこんなもんなのか。想像してたよりも普通って感じだったかも。これも準備運動として認識しておいた方が良さそうかも。まあでも一瞬だけでも楽しめたから、最初の難関ってことにしておいてあげるかな。あははっ!」
ロイはとても楽しそうに独り言を始めた。
「ッ!?」
ロイの笑いが終えた瞬間、フォーンは驚愕し体が硬直した。
人生で経験したことのないほどの殺気を浴びたのだ。その殺気から自分が死ぬ未来を想像できるほどに。
その自分の死が想像なのか現実なのか分からなくなるほど恐ろしく悍しい殺気だ。
この瞬間から“食う側”と“食われる側”がはっきりと分かれた。
ロイは食うだけのただの肉食動物。フォーンは食われるだけのただの草食動物。
ただただその未来に従うだけの普通の関係。食物連鎖としての当たり前の関係だ。
「それじゃ、セルフ・フォーン。さような――」
別れの言葉を告げようとしたロイだったが、別の方へ気を取られ、その言葉が途中で止まった。
西の方角の空を見上げるロイ。その瞳には、空を裂くほどの光線が放たれている光景が映っていた。直後、その空には虚無の世界が出現する。
ロイは虚無の世界を瞳に映しながら今までにないほど楽しそうに笑った。
「くくくっ……はははっ! あっはっはっはっは!!!!!」
全てを手に入れたとき、人はロイのように高笑いするだろう。
まだ何も手に入れていないロイが高笑いしているのだから、その瞳に映る光景は全てを手に入れる準備が整った知らせのようなもの。
ロイたち悪の組織が目的のものを発見した際に空に魔法を放って知らせるようにと、あらかじめ計画していたのである。
誰が空に攻撃を放ったのか、それはロイほどの実力者なら簡単にわかってしまうこと。そして攻撃を放つ側も誤射するのはあり得ないほどの実力者。
確実にロイに向けてのメッセージなのだ。
それによって新たな世界へのカウントダウンが本格的に始まったのだ。
「やっと。やっとだ。ルークが見つけてくれた。今すぐ行かないと、ってキミを忘れてたよ。殺してから……あれ?」
気を取られている間にフォーンはその場から去っていた。
フォーンは決して戦いから逃げたのではない。怖気づいたわけでもない。賢明な判断をしたのだ。
(くそッ! 最初から俺は見誤っていたッ。悔しいが……俺たちだけでどうにかなる相手じゃないッ!)
フォーンはスクイラルを担ぎながら、ロイが見上げていた空とは逆方向の東へと全速力で駆ける。
(全員で協力しないと、ロイには……キングには勝てないッ!)
実際に戦ったフォーンだからこそ断言できる。一個人の力だけでは到底敵わないのだと。その強さ、呪いの恐ろしさには勝てないのだと。
「あー! いたいた!」
ロイは米粒ほどのサイズのフォーンの背中を捉える。
その瞬間、フォーンの命を奪おうと先頭に位置していた呪いの触手が、フォーンの心臓を貫くために恐ろしいほど早く伸びて向かって行く。
その気配にフォーンは気付き――
「――ぶなッ!!!」
間一髪のところで躱した。
そして針のように鋭く尖った呪いの触手を玄色の瞳に映す。
「こんなに伸びるのかよッ!」
このままフォーンは、針のように鋭く尖った呪いの触手を警戒しながら走り去っていった。
「残念。躱されちゃった。それに逃げられちゃったかー。追いかけたいけど、優先順位があるからなー」
ロイはフォーンが逃げて行った東の方角を見ながら言った。
「それにさ、やっぱり見える攻撃だと簡単に躱せちゃうよね。気配も完全に消さないとダメだよね。それが僕の唯一の欠点だと思ってるよ」
一度も追撃が当たらなかったのは、その攻撃が可視できるから。そして微量とはいえ殺気や気配があるからだとロイは解釈している。
そして不敵な笑みを溢しながら言葉を続ける。
「まあ、その欠点も今からなくなるんだけどね。さて、奪りに行くとしよう。待ち望んだ悪魔族が生み出した力……透明の呪いを」
その力をロイが手に入れれば、ロイの勝利は目前となる。
つまり西側の国を滅ぼす力が『透明の呪い』にはあるということ。
それと同時に白き英雄、黒き者、幻獣の三者を倒せるほどの力を入手するということになるのだ。
大戦争の終わりが――この世界がロイの物になる未来が近付いているのである。
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