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第5章:大戦争『兎人ちゃんたちの戦い編』

313 『膝枕』ならぬ『膝ベッド』

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 ガルドマンジェは頭を上げるとともに気持ちを切り替える。そして次の負傷者に治癒魔法をかけるため、その負傷者に視線を向けた。

「次は幻獣様ですね」

 今はハクトシンに抱き抱えられながら眠っている幻獣様ことルナ。次の治癒魔法の対象者だ。

(……幻獣様)

 ガルドマンジェがルナのことを幻獣様と呼んだことに引っかかるネージュだが、マサキのことを知っている点を踏まえてあまり気にしなくても良さそうだと判断する。
 その結果、口には出さずにガルドマンジェの行動を見守ることにした。

 ガルドマンジェがルナに治癒魔法をかけようと手を伸ばした。直後、ハクトシンから待ったの声がかかる。

「幻獣様はセトヤ・マサキのおかげで無傷だよ。すでにボクが確かめた。だけど幻獣様は眠り続けている。その原因がわからない以上は治癒魔法をかけないほうがいいかもしれないよ。もう少しだけ様子を見るのが賢明だと思う」

「承知いたしました」

 健康な状態、無傷の状態の者に治癒魔法は逆効果になる場合が稀にある。
 ハクトシンはネージュからルナを受け取った際に、ルナの体に傷一つないことを確認していた。そこで分かったのが当然のことながら『特に異常なし』ということだけだ。
 しかし、ルナは不自然に眠り続けている。『特に異常なし』の状態こそが異常なのだ。だからハクトシンは、ルナに治癒魔法をかけない方がいいと判断せざるを得なかったのである。

「では最後にセトヤ様を」

 ガルドマンジェの青く澄んだ瞳が意識を失っているボロボロの青年を映した。
 しかし、ここでも待ったがかかる。

「待ってください」

 待ったをかけたのはネージュだ。

「マサキさんが自分は最後にしてほしいって言ったのなら、まだマサキさんの番じゃありません! 本当なら今すぐにでも治癒魔法をかけてほしいのですが…………でもマサキさんの意見を尊重します!」

 ネージュはマサキとガルドマンジェを交互に青く澄んだ瞳に映しながら言った。
 その直後、ガルドマンジェの返事を待たずに左横を見る。
 誰もいないネージュの左側。視線の奥にはデールとドールがいるが、ネージュの視線はその手前、むしろ自分の真横にを見ている。

「クレール、大丈夫ですよ」

 銀鈴のような優しく音色で声をかけるネージュ。そして左手をゆっくりと自らの膝に置いた。
 その左手は何かを握っているかのような中途半端な形をしている。
 次の瞬間、中途半端に握られていると思った手のひらが優しい温もりに変わった。

「こ、これは……驚きました」

「キミすごいね。ボクでも気が付かなかったよ」

 目を丸くして呆気にとられるガルドマンジェとハクトシン。
 二人の瞳に映ったのは、ネージュの横に座りネージュの左手を握る左右非対称のウサ耳と薄桃色の髪が特徴的な兎人族とじんぞくの美少女の姿だった。

 クレールは親しくなった人、信頼している人の前でしか姿を現さない。
 なぜなら右顔を覆い隠すほど大きな垂れた右のウサ耳と、とても小さな左のウサ耳の左右非対称のウサ耳を、見られたくないからである。
 その左右非対称のウサ耳には『悪魔が宿る』という伝承が語り継がれており、兎人族とじんぞくの誰もがその伝承を知っている。
 それが原因でクレールは幼少期に家族に酷い目にあった。そして孤児院では虐めにあったりしていたのだ。
 だからクレールは親しくなった人、信頼している人の前でしか姿を現さないのである。

 しかし、その信頼しているネージュが大丈夫だと言ってくれたのだ。トラウマや恐怖、不安や緊張などの負の感情をすべて包み込み忘れさせてくれるような銀鈴の声で。優しい温もりで。優しい笑顔で。
 だからクレールはハクトシンとガルドマンジェとルーネスの前であっても『透明スキル』を解除して姿を現したのだ。

「クーは……ここが……ちょっとだけ痛いぞ」

 クレールは右顔を覆い隠すほど大きな垂れた右のウサ耳を髪と一緒に軽くかきあげて右頬をガルドマンジェに見せた。
 怒りに任せて暴れていたホンザワの拳が当たってしまった右頬だ。怪我はこの右頬だけだと遠慮しがちでクレールは伝えたのだ。
 しかし、腕や足、垂れた大きなウサ耳などにも腫れのような傷や擦り傷なども見当たる。それと同様に服で隠れている部分にも傷はあるだろう。
 そう判断したガルドマンジェは、クレールの小柄な体すべてを緑色の温かい光で包み込んだ。

「……あ、温かいぞ」

「温かくて優しいですよね」

「う、うん! 心に染みるぞ~」

 手を繋いだまま笑顔で会話する美少女二人。髪色と瞳の色が違えど仲の良い姉妹のように見える。
 数分間、緑色の光に包まれて治癒魔法完了。所々見えていた腫れや擦り傷がきれいさっぱり消えていた。

「では最後にセトヤ様ですね」

 そのガルドマンジェの言葉に兎人とじんちゃん全員が反応する。
 それぞれが「よろしくお願いします!」と声を揃えて言ったのだ。
 ガルドマンジェは「お任せください」と一礼してからマサキの方へと向かった。

「私もお手伝いさせていただきます」

 ルーネスは半透明の羽をパタパタと羽ばたかせながら老紳士の後を追う。
 すぐにガルドマンジェに追いついたルーネスは、ガルドマンジェの肩に止まった。そこがルーネスの定位置なのである。
 そんな二人に続いてデールとドールがドタバタと走りながら近付く。二人もマサキが心配なのである。
 そして近付いたのは、デールとドールだけではない。二人を追うようにダールが歩み寄る。
 クレールとネージュもマサキの元へと歩み寄るために立ち上がる。ネージュが立ち上がったことによってハクトシンも立ち上がらなくてはならなくなり渋々立ち上がった。
 ハクトシンの腕の中には眠り続けるウサギのルナと、そのルナの背中の上で「ましゅた~」と寝言を言い続けるビエルネスがいる。
 その小さな二匹に向かってハクトシンが口を開く。

「キミたちもセトヤ・マサキが心配だろ? ボクが連れて行ってあげるよ」

 そう言った直後、ハクトシンはゆっくりと歩き出す。
 こうして全員がマサキの周りに集まり治癒魔法が完了するまで見届けたのだった。


 マサキが緑色の温かい光に包まれ全身の傷が癒えてから数分が経過した。

「……ぅぅ……ぅ……」

 意識の覚醒が近いのか、それとも悪夢にうなされているのか、マサキは呻き声を出しながら動き始めた。
 その直後、マサキの目蓋のカーテンが開かれた。呻き声を出していたのは、意識の覚醒の前兆だったのだ。

「……ん、なんだこれ。柔らかい……今まで触った事ない感触、いや、何度か触ったことがある。えーっとなんだっけ?」

 手のひらから脳に伝わる柔らかな感触。意識の覚醒直後の脳では感触だけで何を触っているのか判断できずにいた。だからこそ開いたばかりの瞳でそれを確認しようとする。
 しかし、その前にマサキの鼓膜を銀鈴の激しい声が振動させた。

「な、何してるんですかー!」

 その声の直後、マサキは硬い床へと転がり落ち背中を強打する。

「いてててて……床硬ッ! 冷たッ!」

 見慣れた景色の床が黒瞳に映り反射的に声を出してしまったのだ。
 そして自分が何を触っていたのか、何から転がり落ちたのか、その答えを知るために上半身を起こす。

「……え? なんでみんな正座? ど、どうなってるの?」

 マサキの黒瞳に映ったのは横一列に綺麗に並んで正座をしている兎人ちゃんたちの姿だった。
 右からネージュ、ダール、クレール、デール、ドールの順番で正座をしているのだ。
 その異様な光景に小首を傾げたのも束の間、手のひらで感じた感触の正体がわかってしまう。

「ラッキースケベか……」

 真っ赤に顔を染めながら豊満なマフマフを隠すネージュの姿が黒瞳に映り、自分はネージュのマフマフ、つまりおっぱいを揉んでしまったのだと気付いた。
 マサキにとっては無意識の内に起きた出来事であったためラッキースケベにほかならない。しかし、揉まれた張本人は違う。

「マサキさんの変態!」

 頬をぷくーっと膨らませて怒る。そのネージュの顔を見てマサキは咄嗟に正座をした。
 横一列に正座する兎人ちゃんの正面で同じように正座をするマサキ。
 その光景に可愛らしく膨らんでいた頬が萎み笑顔に変わった。
 怒りの表情から笑顔に変わったところで、マサキは疑問を口にする。

「えーっと、その……なんでみんな正座してるの?」

 横一列に綺麗に正座をする兎人ちゃんたち。その光景は異質でしかないのだ。
 そんなマサキの質問にクレールが答えた。

「膝枕だぞ! いてててて……」

 足が痺れたのだろう。足を崩し楽な体勢へと変わった。
 クレールに続いてデールとドールも口を開く。

「ひざまくらー!」
「ひざまくらー!」

 同時に叫ぶ双子の姉妹。デールとドールのシンクロ率は凄まじいものだ。
 デールとドールはクレールとは違い足が痺れているような様子は一切見られなかった。元気いっぱいで膝枕を楽しんでいたのだ。
 そんなデールとドールの二人の姉であるダールは、ニヤニヤと笑いながらマサキに向かって口を開く。

「アタシの膝枕はどうでしたッスか? 最高でしたッスよね?」

「最高も何も気絶しててわからなかったよ……というか待って。みんなで俺のこと膝枕してたってことなの?」

「そうッスよ! 横一列に並んで膝枕したッス!」

「それって膝枕って言うのか? どちらかと言うと膝ベッドって感じなんだが……」

 マサキは兎人とじんちゃんたちが横一列に並んでいた理由を理解する。そして的確にツッコミを入れた。
 そんなマサキのツッコミの直後、ネージュが何かを思い出したかのように口を開く。

「あっ、そうでした。言い忘れてました」

「ん? 何を? 」

「お帰りなさい。マサキさん」

 ネージュの美しい銀鈴の声がマサキの鼓膜を振動し、そのまま脳と心と全身に優しく染み込んでいった。
 そんな銀鈴の声に続いてロリボイスの甘い声、太陽のように元気で明るい声、様々な声がマサキの帰りを喜ぶ。

「お、おう! ただいま!」

 マサキから『ただいま』を聞いたネージュの表情がまたしても変わる。

「ううぅ……」

 涙を流し泣き顔になった。
 溢れるように流れる涙は止まらない。先ほどまで涙を流してなかったのが、信じられないと思うほどに涙が止まらなくなってしまったのだ。

「うぅう……あぅ……」

 嗚咽するほど泣いてしまったネージュ。

「うぅ……」
「あう……ぅぐ……」
「うぅっ……」
「うぅっ……」

 気が付けば兎人ちゃんたち全員が涙を流していた。
 ネージュの気持ちが伝染してしまったのだ。
 そして、涙を流すのは兎人ちゃんたちだけではない。マサキもだ。

「うぐっ……みんな……あぅ……こ、怖かったよな……お、おれ……おれ……めっちゃこわかったよぉおおぉお!」

 マサキは飛び込んだ。どこに向かって飛び込んだのかなどはない。ただ目の前に、目の前の兎人ちゃんたちに飛び込んだのだ。
 そんなマサキに引き寄せられるように兎人ちゃんたちも飛び込んだ。
 そして全員が抱き合った。涙を流して全員が抱き合ったのだ。

「ごわがっだぁですよぉお! マザギざぁあああん!!!」

 ネージュもマサキと同じように叫んだ。
 その直後、マサキとネージュに異変が生じる。

「ガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガ」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」

 呪いにかかっていた頃と同じように小刻みに震えてしまったのだ。
 そんなマサキとネージュの振動をクレールとダールとデールとドールの四人が振動マシンのように感じ取り「ああああああああああああ」と声を漏らしていた。
 直後、クレールが振動したまま口を開く。

「すううううううううううごごごごごごごごごいいいいいいいいいいいい」

 言葉を発すればその言葉が連続で続くほど。もはや振動マシンにおける強の強さ並だ。
 それが面白くてクレールは「あああああああああああ」と言葉を発し続けた。
 そんなクレールに続いてデールとドールも「ああああああああ」と言葉を発する。
 楽しそうにするクレールとデールとドールを見て、いてもたってもいられなくなったダールも言葉を発する。

「にいいいいいいいいいいいいいさああああああああああああ」

 兄さんとその一言を言おうとしているのだが、うまく言えていない。むしろこの振動を楽しんでわざと声を漏らしている。

 マサキとネージュが小刻みに震えたおかげで、クレールたちはすっかり元気になり、いつの間にか涙が止まっていたのだった。

「ガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッ――」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガ――」
「ぬああああああああああああああああああああああああああ――」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――」
「らああああああああああああああああああああああああああ――」
「らああああああああああああああああああああああああああ――」

 マサキとネージュから発せられる振動を楽しむクレールとダールとデールとドール。
 そんな六人がうるさかったのか、一匹の妖精と一匹のウサギが目を覚ます。

「マースーター!!!」
「ンッンッ! ンッンッ!」

 目を覚ましたのは、力を使い果たして気を失ってしまったビエルネスと原因不明に眠り続けていたルナの二匹だ。
 ビエルネスは半透明の羽をパタパタと勢いよく羽ばたかせながら、ルナは短い手足をドタバタと動かしながら、小刻みに震えているマサキたちの元へと向かう。

「ガガガッガ! ガガガッガ! (ビエルネス! ルナちゃん!)」
「まあああああああああああああああああすううううううううううたああああああああああ」
「ンンンンンンンンンンンッンンンンンンンンンンンンッ!」

 当然のことながら小刻みに震えるマサキとネージュに触れたことによって、ビエルネスとルナも振動する。小さな体だから余計に激しく振動してしまっていた。

「ガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガガッガガッ? ガガガッガッガガガガッガッガガガガッガガ!! (良かった。本当に良かった。ビエルネスが助けてくれたんだろ? 本当にありがとう。ルナちゃんも起きてくれて安心したよ)」

「あばあばばばあああああああああああああああああああああああああああああ! はあああああはああああ! (マスターが無事で良かったですよ。傷も治ってますし、私を助けてくれたんですね! 愛してますよマスター! ハァハァ!)」

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ! (愛してるとか照れくさいだろ!)」

「あばあばばばあああああああああああああああああああああああああ! (照れちゃうってことはマスターも私のことを愛してるってことになりますよ!)」

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ! (そこは普通に『ありがとう』だろってこと!)」

「あばあばばばああああああ! (照れちゃって~!)」

 マサキは小刻みに震え、ビエルネスはその振動を受けている。互いに何を喋っているのか普通なら全くわからないこの状況なのだが、マサキとビエルネスにはそれが不思議とハッキリ理解していて伝わっていたのだ。
 しかし、それを間近で聞いていた兎人ちゃんたちには一切伝わっていない。
 これはむしろ一種の暗号のようなものに近い会話だ。心が通じ合っているからこそ為せる高等技術なのかもしれない。

 そして忘れてはいけないのがルナだ。

「ンンンンンンンンンンンッンンンンンンンンンンンンッ!」

 マサキとネージュの二人の膝の上に乗るルナのもふもふボディが、ぷるんぷるんとゼリーやプリンのように振動し揺れている。

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ!」

 ルナに声をかけるマサキだが、ビエルネスとは違って一切ルナには通じていない。
 そもそもルナはウサギであり幻獣でもある。人の言葉を完璧に理解しているかどうかは不明だ。
 それでもマサキはルナに向かって小刻みに震えながらも声をかけ続けた。
 それだけルナが目覚めたことが嬉しいのだ。

 マサキ、ネージュ、クレール、ダール、デール、ドール、ビエルネス、ルナの八人が無事に終結できた瞬間である。
 大戦争の真っ只中、こんなにも幸せそうにしている家族は他にはいないだろう。

 そんな八人家族の光景をウッドテーブルの前にある椅子に座り紅茶をすすりながらハクトシンとガルドマンジェ、そしてルーネスの三人は見えていた。

「すごく揺れてるね。面白い」

 ハクトシンは微笑みながら呟いた。
 それに頷くガルドマンジェとルーネスも釣られて微笑む。

 大戦争の真っ只中ということを忘れさせるひとときだが、それも長くは続かない。
 新たな脅威が一歩、また一歩と近付いているからだ。
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