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第5章:大戦争『聖騎士団同士の戦い編』

289 大切なもの

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 聖騎士団朱猿すえんの団長――“爆炎”のミリオン・ヴェルに勝利したブランシュ。フエベスに心配され傷付き焼き焦げた肌に薄緑色の光を――温かな治癒魔法をかけらていた。

「私は大丈夫だぞ。体力自動回復と体力高速回復、それに体力回復量増加のスキルがある。そのうち治るから」

「ダメダメダメダメ。ブーちゃんが良くても私はダメなの! もー! なんでいつも無茶ばかりするの? いつもいつもいつもボロボロで帰ってきて……でも涼しげな顔で……今だってこんなにボロボロなのに『大丈夫』だって……。ブーちゃんの戦ってるところ全然見たことなかったし、あんな太陽にも立ち向かって……私、心配したんだよ。もう心臓が飛び出るかと思ったよ。怖かったんだよ。ブーちゃんが負けちゃったらどうしようって……。本当に怖かった。ブーちゃんっていつもあんな戦いをしてたの?」

「いつもではないが……」

「いつもです! いつもボロボロだもん! ボロボロのボロボロ! 血だらけでボロボロ!」

「いや、返り血がほとんどだと思うんだが。それに私にはいろいろと耐性があってだな……」

「そんなのはどうでもいいの! 無茶しないでよって言ってるの!」

 ブランシュを心配するフエベスの声が鳥人族の国トリノクニの奥地で響き渡る。もう誰も国民はいない。焼け焦げた森だ。
 炎がいつの間にか鎮火しているのは、ブランシュの月の斬撃によるものと、フォーンの重力攻撃によるもの。その衝撃と風圧で燃え盛っていた炎は鎮火したのである。

 フエベスがこうしてブランシュを心配するのは、ブランシュのことを家族だと思っているからだ。
 十二年間同棲を続け、毎朝、毎晩同じテーブルで食事をしてきた。寝るときも起きるときも一緒だ。これが家族でなければなんなのだというのだ。

「ブーちゃんがいなくなるのは嫌だよ。もう無茶するのはやめてよ……」

 ブランシュは強い。そんなことはフエベスもよく知っている。けれど間近であんな無茶な戦いを見てしまえば心配してしまうのも当然だ。
 数多のスキルを所有し、そのスキルがブランシュを守ってくれる。だから同時にブランシュはどこまでも無茶をする。それがフエベスは不安で、怖いのである。

「私は大丈夫だ。けれど……これからもっと激しい戦いをしなければならない」

 だからブランシュは正直に答えた。フエベスに余計に心配をかけることをわかっていたとしても嘘をつけなかったのだ。だって、ブランシュもフエベスを家族だと思っているから。

「私の話聞いてたの!? ブーちゃんこれ以上無茶すると死んじゃうよ! 何にも大丈夫じゃないよ! 私やシーちゃんはどうするの? ブーちゃんがいなくなったら……ブーちゃんが……ブーちゃんが……。もう戦うのやめようよ
 。戦わないでよ。ブーちゃんがいなくなっちゃうよ」

「私は大丈夫」

 ブランシュは再び『大丈夫』と答えた。その『大丈夫』に対してフエベスが反論するよりも先にブランシュは言葉を続ける。

「私は大丈夫。いなくなったりしないよ。でも、私が戦うのをやめたら私の大切なものを失ってしまう」

「大切なもの? 何? 聖騎士団としての意思とか使命とか? そんなものだったら棄てちゃってよ!」

「違う!」

 ブランシュはハッキリと答える。そしてその答えはフエベスを納得させる答えとなる。

「フエベスやシロ。それに国のみんな。聖騎士団のみんな。私は誰も失いたくない。大切な者たちを失いたくない。だから私は戦う。私じゃなきゃこの戦争は……大戦争は止められない」

「……ブーちゃん」

 超お喋りな妖精のフエベスでもこれ以上言葉が出なかったのは、納得してしまったから、肯定してしまったからだ。
 だからフエベスの両手から放出される薄緑色の光は先ほどよりも強く輝きだす。ブランシュの傷を早く治癒してあげようと。無茶するブランシュの手伝いを少しでもしようと。万全な状態で戦ってもらおうと。
 フエベスのブランシュを想う気持ちが治癒魔法の威力を上昇、効果を増幅させたのである。

 フエベスの治癒魔法とブランシュの自己回復系のスキルによってブランシュの怪我や火傷は、あっという間に完治する。
 その間、眠りについていた火竜の親子は目を覚ました。そして自分の命よりも、娘が、母親が生きていることに、心から喜び涙を流していた。
 火竜のような人に害を与えない魔獣でも人と同じような感性を、心を持っているのだ。人も魔獣も動物も皆同じ。同じ生き物なのだ。
 そんな尊き存在の命を奪おうとする者だけが、道を外れた者だけが、違った生き物。この世界に存在してはいけない生き物なのである。

(ジングウジ・ロイ……クイーン、龍人族、サルにイヌ……)

 ブランシュは大戦争を企てる悪の存在の名を脳内で繰り返した。感知した体を確認しながら、倒すべき存在の名を繰り返し繰り返し。倒した者の名を繰り返し繰り返し。
 それがどれほど過酷なものなのかを先ほどのサル――ミリオン・ヴェルとの戦いで思い知らされる。否、八年前のクイーンとの戦いですでに思い知っている。

 《マスターなら大丈夫ですよ》

 そんな声が脳内で繰り返し再生される悪の存在の名を遮った。
 ここでようやくフエベスに繰り返し伝えた『大丈夫』という言葉は、実は自分にもかけていた言葉だったのだと気付く。

(……ありがとう。大戦争をこの手で終わらせるよ)

 ブランシュが生まれて来た意味。兎人族の神様の加護に選ばれた意味。そして“白き英雄”になる者として選ばれた意味。全ては『いずれ来たる大戦争』つまり今各地で始まってしまった大戦争を終わらせるためだ。
 そこに妖精族のフエベスやウサギのシロ、国民を守るというブランシュ個人の目的を加えたとしても最終的な目的は同じ。これもブランシュの決められた宿命、運命なのだ。
 だからブランシュは完治したばかりの拳を強く握りしめ、気合いを拳に閉じ込めた。決して忘れてはいけないと、その拳に自分の課せられた運命を握りしめた。

 そんな時、ブランシュたちの耳に聞き慣れた男の声が届く。

「悪いなッ。遅くなったッ。複雑に骨が折れてたんでなッ」

 鹿人族の特徴でもある大きなツノを生やし、両腕には盾のような防具。ボロボロの玄色の制服からは死闘を繰り広げていたのだとわかる。特徴的な語尾があるその男は、聖騎士団玄鹿げんろく団長のセルフ・フォーンだ。
 そんなフォーンの晴れやかな表情を見てブランシュは口を開いた。

。鹿男」

「んッ? ああッ。やり遂げたよッ」

 二人の兄を殺した奴に対して仇討ちをするためにここまで努力してきたフォーン。そのことを誰にも話していないつもりだったが、好敵手であるブランシュにはお見通しだったようだ。
 そしてフォーン自身もブランシュに気付かれているということも気付いていたようだ。
 何も言わずとも違いが違いを応援しあっていた。好敵手だからこそ応援しあっていたのだ。

「よかったよ」

「ブランシュの方はどうだったんだッ? 悪いがシアンには聞いてないぞッ。自分のことで精一杯だったからなッ」

「ああ。問題ない。サルもイヌも違うよ。ダンさんを殺した人物はジングウジ・ロイから訊こうと思っている」

「それじゃよッ。ジングウジ・ロイを探さなきゃなッ」

 フォーンは両拳をぶつけ合い戦う意思をブランシュに見せた。
 そんな時、火竜の母親が申し訳なさそうに口を開く。

「ジョ、シュ、シュゴゴ……」

 助けを求めるかのような声と瞳。そして娘を強く抱きしめる姿。自分たちはこれからどうしたらいいのかを聞こうとしているのだ。
 言葉が通じなくてもそれだけの情報とこの状況が誰もが推測できるだろう。だからブランシュはその解決策を口にする。

「他の鳥人族の国トリノクニの国民は、おそらくだが妖精族の国カポクオーコに避難しただろう。だが、いずれは妖精族の国カポクオーコからも避難することになる。兎人族の国キュイジーヌ鹿人族の国ナラーンにな」

「そうだなッ。そっちの方が戦力は十分だろうからなッ。簡単には落ちねえッ」

「それで提案だ。先に兎人族の国キュイジーヌ鹿人族の国ナラーンに避難し、後から来る同胞たちを待つのはどうだろうか? 今なら聖騎士団玄鹿げんろくの団長の鹿男が護衛につくぞ」

 ブランシュは立てた親指でフォーンを指した。フォーンは親指を刺されたことよりもその前のことが気になり声を上げた。

「鹿男じゃねーッ! フォーンだッ! それにさっきも鹿男って言ってなかったか? ツッコむの忘れてたけどよッ」

「鹿男は鹿男だ。だからそんなこと覚えてない」

「まず、名前を覚えろやッ! フォーンだッ。フォーンッ! 覚えただろッ? ほら、言ってみろッ!」

「…………」

 ブランシュは目を細めてフォーンの名前を言うのを拒否した。恥ずかしいとかそういう類のものではない。言ってみろと言われて言ってしまうと負けたような気持ちになってしまうからだ。
 好敵手にはどんな些細なことでも負けたくないものなのである。

 そんな二人のやりとりを困った眼差しで見つめる火竜の母親。そのまま二人のやりとりに終止符を打とうと声を出そうとするが、火竜の母親が声を出す前にフエベスが口を開く。

「ちょっと待ってよブーちゃん。今のブーちゃんの言い方だと一緒に行かないみたいじゃん。一緒に兎人族の国キュイジーヌに、鹿人族の国ナラーンに向かわないみたいじゃん! どういうことなの?」

「さっきまではその予定だったんだが……妖精族の国カポクオーコの方から私を手招く禍々しいオーラに触れてしまったんでな」

「ん? どういうこと?」

 フエベスは小首を傾げた。ブランシュの言葉の意味がわからなかったからではない。禍々しいオーラなど一切感じていないからだ。だから小首を傾げた。ブランシュは何を感じ取って禍々しいオーラだと口にしたのか。
 その答えをブランシュ本人の口から聞く前に、フエベスの薄青の瞳はフォーンの方を見ていた。彼なら同じものを感じていると思ったからだ。
 そんなフエベスの視線に気付いたフォーンは、フエベスの言葉を代弁してブランシュに問う。

「禍々しいオーラなんて感じねえぞッ。気のせいじゃねえのかッ?」

「いや、気のせいではない。それにこのオーラは私だけに向けられているオーラだろう。だからフエベスも鹿男も感じ取れないんだ」

「なるほどなッ。それじゃそいつのところに行って二人で倒しちまうのはどうだッ? そっちの方が確実だろッ?」

「いや。それはダメだな」

 ブランシュの視線は子ウサギサイズの小さな妖精を無意識に見ていた。言葉で答えるよりも視線が先に答えていたのだ。

「心配だよなッ。よしッ。わかったッ。俺に任せておけッ。こいつらを無事に鹿人族の国ナラーンに送り届けるッ。白兎びゃっとの本部よりも玄鹿げんろくの本部の方が広いし頑丈だからなッ。っと、その前にブランシュのところのウサギも回収しなきゃだなッ」

 フォーンはブランシュの気持ちに気付き、ブランシュに全てを言わせることなくブランシュの意見に従ったのだ。

「よろしく頼む」

「おうッ。心配はしてねーがッ、がんばれよッ。俺もフエベスたちを送った後は好きにやらせてもらうからなッ」

「ああ」

 信頼しているからこそ任せられる。任せたからこそこの先の戦いを全力で行える。全力で行わなければ負けてしまう可能性がある相手だから。だからブランシュは一人で向かう決意を固めたのだ。
 大切なものたちを守るために。

「ブーちゃん!!!」

 そこで黙っていないのがフエベスだ。先ほどは納得したからと言って、こうもすぐにブランシュが一人で危険な場所に行ってしまうのなら文句の一つや二つをかけてやりたくなるもの。

「絶対に戻って来てよ。シーちゃんとお家で待ってるから」

 しかし、フエベスは違った。フォーンがブランシュの気持ちに気付きブランシュの意見に従ったように、フエベスもブランシュの気持ちに気付きブランシュの意見に従ったのだ。
 信じているからこそ、己の心を再び支配しようとする不安や恐怖を跳ね除けることができ、ブランシュの背中を押したのだ。

「約束するよ。

 ブランシュはフエベスの方へ歩み寄り、小さなフエベスのおでこに自らのおでこを重ねた。
 これは兎人族とじんぞくが信頼している相手に行う行為。好きな気持ちを伝える時や謝罪の時、約束事の時などに行う行為。口約束や指切りげんまんなどの上位互換の誓いだ。

「ブーちゃん。気をつけてね。私の笑顔が見たかったらちゃんと戻ってくるんだよ。シーちゃんをもふもふしたかったらちゃんと戻ってくるんだよ。あっ、そうだ。まだブーちゃんに話してない面白い話もあるんだよ。妹のビエルネスの話! それも聞かせたいからさ。絶対ブーちゃん笑うと思うよ。もしかしたらお腹抱えて笑っちゃうかもね。きゃはっ」

「それは楽しみだな。早くもふもふしたいな」

「でしょでしょ~。って、もふもふしたいってシーちゃんのことじゃん! 私の面白話も楽しみにしてよー! 絶対笑わせてみせるから! 話を盛りに盛りまくってすっごく面白くしちゃうんだから! それに一個だけじゃないからね。三個くらい、ううん、五個くらい面白い話を用意しておくんだからね。きゃはっ。覚悟しておいてよね」

 フエベスは腰に手を当てながら小さなほっぺをぷくっと膨らます。その後、ほっぺの膨らみは消え、代わりに笑顔となった。
 そんなフエベスの笑顔に釣られてブランシュも優しい表情となり、そのまま別れの言葉を告げる。

「それじゃ、行ってくる」

 その瞬間、ブランシュは瞬間移動したかのように一瞬で姿を消し、ブランシュを手招きする禍々しいオーラの持ち主――エルフのクイーンの元へと、因縁の戦いに終止符を打つために向かったのであった。
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