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第4章:恋愛『一億三千年前の記憶編』

268 白い稲妻

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 ルシェルシュの死後の呪いに白雷はくらいの魔法を放ち続けるギン。
 落雷のような稲妻音が繰り返し響き渡り、ルシェルシュの死後の呪いの体から出る不協和音はもちろんのこと、断末魔などは一切聞こえない。
 そしてあまりにも眩し過ぎる白色の雷がルシェルシュの死後の呪いの姿を確認させない。
 つまりギンはルシェルシュの死後の呪いが魔法をちゃんと受けているのかどうかの確認を行うことなく無心に白雷はくらいの魔法を放ち続けているのである。

 そんなギンの耳に微かに相棒のセレネの可愛らしい鳴き声が届く。

「ンッンッ!」

 セレネの声が届きようやく放ち続けていた白雷はくらいの魔法に終わりの時がやってきた。

「ンッンッ!」

「……セレネ」

「ンッンッ!」

 ギンの黒瞳には雪のように真っ白な体毛をしたイングリッシュロップイヤーのような見た目でゾウのように大きな幻獣の姿が映る。
 その後、停止していた思考が動き出す。

「そ、そうだ。マッドサイエンティストの呪いは?」

 すぐさまルシェルシュの死後の呪いの確認を始めるギン。
 土属性の魔法で大きく抉れた地面の中央――砂地獄の中央にはその姿は一切見当たらなかった。
 逃げられたという可能性はない。宣言通りのだ。
 ここでようやくギンは安堵する。そして歩み寄ってくるセレネの首回りの肉垂――マフマフを思う存分もふもふと撫でた。勝利のご褒美というやつだ。

「ンッンッ」

「傷一つなくて本当に良かったよ。でも少し体が汚れてきたよな。拠点に戻ったら水浴びでもしよう」

「ンッンッ。ンッンッ」

「よしっ。じゃああともう少しだけ頑張りますか!」

 セレネを思う存分撫で続けたギンは、そのセレネと少しでも早く拠点に帰るために先を急ごうとする。
 両手にはセレネのもふもふの白い毛が大量に付いている。それを叩こうとしないのはご褒美のもふもふのあとの追加報酬のようなものだとギンは考えているからだ。

「ンッンッ!」

 先を急ごうとするギンをセレネが呼び止める。

「ん? 背中?」

 どうやら背中に何かあるらしく、セレネはそれをギンに見てもらいたいのだ。
 ギンはセレネに言われた通り背中を見た。そこにあるのはもふもふの白い体毛だ。そのもふもふの白い体毛に埋もれているものこそがセレネが見せたいものなのだ。
 だからギンはもふもふの白い体毛を掻き分けるようにして覗き込んだ。

「…………ミカン?」

 そこにいたのは眠っている獣人――ミカンによく似た獣人の幼女だった。

 ミカンはすでに亡くなっている。そしてもふもふの背中に埋もれているミカンに似ている獣人の幼女は二人いる。
 明らかにミカンではないと頭でも心でもわかっているギンだが、あまりにもそっくりだったため、思わずミカンの名前を口にしたのだ。

「ンッンッ」

「なるほど。牢の中で眠ってるこの子たちを見つけたのはいいが、起きてくれなくて連れて来たんだな」

「ンッンッ」

「奴隷生活での肉体的疲労と精神的疲労が蓄積してたんだろうな。でも気持ちよさそうに寝てるのはなんでだ? ああ、セレネのもふもふのせいか。気持ちいいからな。これは当分起きないぞ」

「ンッンッ」

「それにしても似てる。双子か? ミカンの姉妹だったら三つ子になるよな。でも気のせいか。ミカンよりも少し小さい気がする。それに子供の寝顔はみんな似てるもんだしな」

「ンッンッ」

 ギンとルシェルシュの死後の呪いに魔法を放ち続けていたあの時間、セレネはミカンによく似た二人の獣人を牢の中で見つけたのだ。
 ギンが言ったようにミカンに似た二人の幼女は、肉体的疲労と精神的疲労が蓄積していてその疲労を回復するためにと深い眠りに付いていたのである。
 何度も起こそうと試みたセレネだったが、あまりにも起きないため背中に乗せて連れて来たのだ。そしてもふもふで気持ちがいい背中に乗せてしまったせいでミカンによく似た二人の幼女はさらに深い眠りに誘われてしまったのだ。

「ンッンッ。ンッンッ」

「そうだよな。さて、この子たちをどうするか。このまま連れていくか。一旦地上に戻るか」

 ギンは悩んだ。ミカンによく似ている幼女をこのままセレネの背中に乗せて連れていくのか。それとも地上に戻り安全な場所に避難させるのか。

 このまま連れて行くのはもちろん危険だ。守り切る自信はあっても保証はどこにもない。現にルシェルシュの死後の呪いのように強敵がこの先も現れる可能性がある。だから連れて行くのが正解だとは思えないのだ。

 そして引き返して地上に戻るのも時間が惜しいと思ってしまうのも事実。ギンが侵入し暴れているということを聞きつけてルシェルシュがやって来たように他の関係者もきっとやってくる。
 そうなればギンを処分するために動くだろう。もしくはギンの強さを知って逃げ出すかもしれない。その場合は証拠を少しでも隠滅するために、この先も囚われているであろう奴隷の獣人を兵士や魔人たちに殺させる可能性もある。

(心の声さんはどうしたらいいと思う?)

 悩み続けるギンは心の声に助けを求めた。
 一人で考えるより誰かと一緒に考えた方が最適解が出せる可能性が高いとギンは知っているのだ。その相手が心の声という特殊な力ならなおさらだろう。

 《一度地上に戻り、今まで逃した獣人たちの安否確認を行うのはどうでしょうか? その際、そちらの幼女二名を預ければいいと思います》

(それもそうだな。逃した責任もあるし、秘密裏にしていたとはいえ地上が安全だとは限らないからな……)

 《はい。一応今まで逃した獣人たちの気配を全て追ってますが今のところ全員無事です》

(え? この呪いだらけの気持ち悪い気配の中でよく気配を追えたね)

 《一度出会った者であれば気配を追いかけることは可能です》

(す、すごいな……)

 《マスターに許可をとらず勝手に行ってしまいすみませんでした》

(いやいや謝ることじゃないだろ。むしろ誇っていいことだよ。俺、気配を追うだなんて無理だと思ってたからさ。現に俺が無理だからさ)

 《マスターにそこまで言っていただき光栄です》

(うん。それじゃ、この子たちを地上に送り届けるのと怪しいやつが地上にいないか確認してからまたここに戻るとするか)

 心の声のおかげでギン一人では出なかったであろう最適解が簡単に出た。

「そうと決まればすぐに行動だ。セレネ。一旦地上に――」

 戻るぞと言おうとしたギンの口が止まった。
 ルシェルシュの死後の呪いのような邪悪な気配を複数感じたからだ。
 その気配はルシェルシュが現れたこの先の奥からこちらに向かってやって来ている。

「……何か来る」

「……ンッンッ」

 目を凝らし気配のする方を見るギンとセレネ。姿がなかなか見えないのはこの先が薄暗くなっているからだ。そして邪悪な気配を放ちながら向かってくるそれの全身がドス黒く暗闇と同化しているからである。

「魔人か……」

 ギンが呟いたように邪悪な気配を放っている正体は魔人だ。それも今まで出会った魔人とは少し違う。

 《死後の呪いを身に纏っています》

(あー、なるほどね)

 誰のどんな死後の呪いかは不明だが、向かってくる複数の魔人は全員『死後の呪い』を身に纏っているのだ。
 もしかしたら実験体として魔人にされた本人の『死後の呪い』かもしれない。その場合その呪いを向ける相手が違うのだが、とギンは思いながら対峙する。

「セレネはその子たちを連れて地上に戻ってくれ。それで逃した獣人にその子たちを預けてくれ。俺はこいつらの足止めをするからさ」

「ンッンッ! ンッンッ!」

「大丈夫だよ。足止め役がいなきゃ魔人たちが地上にまで行っちゃうだろ。もしかしたらそっちが本命かもしれないし」

「ンッンッ」

「それに俺は誰かを守りながら戦うほど器用じゃないからさ。だから頼む。セレネにしか頼めないんだ」

「……ンッンッ」

「また小さな命が失うのは見たくないんだ。だから頼む。セレネ」

 人生は計画通りには進まないもの。どんなに最適解を出したとしても一瞬でそれが崩れてしまうことがあるのだ。

「ンッンッ!」

 セレネは走った。背中に埋もれている獣人たちを気にしながら、白いもふもふボディを揺らして全速力で走る。

「セレネは本当にいい子だな。これはご褒美に高級なニンジンを買ってあげないとな。いや、全身もふもふマッサージでもしてあげよう。俺もそれは気持ちいいし」

 ギンは今後の明るい未来を想像しながら全身を白い稲妻に包み込んだ。

(心の声さん。あとは任せた)

 《かしこまりました》

 心の声が応えた直後、ギンの意識は眠りについたかのように深い闇の中へと消えていった。

 《では始めます》

 意識のないギンの体は稲妻の如く標的――魔人に向かって攻撃、否、突進をする。
 ただそれだけ。突進するだけ、ぶつかるだけで魔人は雷に打たれた案山子のように倒れていく。

 意識のないギンが正確に魔人を狙っているのは、心の声が魔人に標準を定めているからだ。
 あとは定めた標的に向かって自動的に突進を行うだけ。
 攻撃だけに特化したギンと心の声にしかできない攻撃なのである。
 敵に標準を定めているとはいえ、強力な攻撃なので近くにいる者を巻き込む可能性が高い。なのでセレネが一定距離離れてからこの攻撃を発動したのである。
 ギンの意識がないように攻撃以外には制限がかかる厄介な攻撃だが、それゆえ強力なのだ。

 ギンの意識が戻るとき、それは敵を殲滅した時だ。
 眠りから目を覚ますようにギンの意識は覚醒する。

 《マスター。マスター》

「…………ん……っ」

 意識が覚醒したギンの黒瞳に真っ先に映ったのは魔人の死体の山。
 その死体の山を見た瞬間、脳に電気が流れたように意識を失う前の記憶が鮮明に蘇る。

(無事に終わったんだな。意識がないから実感が……)

 《はい。向かってくる魔人は全て殲滅しました。五十七秒です》

(速ッ! 一分切ってんじゃん!)

 《はい。一生懸命頑張りました。この先にも邪悪な気配を感じますので十分にお気をつけてください》

(うん。ありがとう)

 《また何かあればすぐに代わりますのでいつでもお声かけてください》

(その時はまたよろしく)

 《はい。かしこまりました》

 どこか寂しげなトーンで返事をする心の声。
 数十体の魔人を一分以内に殲滅したのがあまりにも快感だったのであろう。もしくはギンの体を自由に扱えたことに興奮したのかもしれない。
 心の声が何かに目覚めてしまう前にギンは先を急ぐ。死体の山となった足場を踏みながら奥へと進んで行くのであった。
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