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第4章:恋愛『グルメフェス満腹祭編』
234 キスはキス
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告白の返事をもらったはずのマサキ。
マサキとネージュは彼氏と彼女の関係になっていないとおかしいはずなのだが、ネージュいわく、自分はマサキの彼女はなっていないと言っている。
この生じた矛盾にマサキは夢が醒めたかのような感覚に陥っていた。
「か、彼女になったんじゃないの? じゃ、じゃあ、今のってなんだったの?」
しかし、マサキは大きな勘違いをしていただけだった。
「私は彼女じゃなくて妻ですよね? 結婚ですから、そうですよね? って、なに言わせてるんですか。は、恥ずかしいですよ……」
「え? 俺って、初めての彼女をすっ飛ばして、妻ができたってことなの? た、確かに、結婚って言ったけど……ネージュだって結婚って言ってたし……な、なんか詐欺られた気分なんだが……」
「さ、詐欺ってなんですか! ひ、酷いですよ。もーう」
ネージュは頬を膨らましながらマサキのことをポコポコと、両拳で何度も叩く。肩叩きよりも弱い力で何度も何度も。
叩くのをやめないのは、単純に恥ずかしさを誤魔化しているだけである。
「詐欺じゃない詐欺じゃないごめんごめん! って、じゃあ、ダールはどうなるの?」
ここで当然頭に浮かぶのはダールという存在だ。
ダールの告白次第では、初めての彼女か二人目の妻のどちらかになる。
「マサキさんはダールになんて告白されたんですか? まさか忘れたとか言わないですよね?」
「わ、忘れてないよ! えーっと、結婚を前提に付き合ってください。だったな。って……ことは……」
「マサキさんが告白の返事をしたら、ダールはマサキさんの彼女になるってことですね」
「そ、そうなるよな。で、でもネージュが妻になったってことを知ったら、ダールも妻がいいとか言い出すんじゃないか? ネージュに譲りそうな気もするけど……でも、そこはハッキリと決めておきたいよな」
「その時は、ぜひ妻にしてあげてくださいよ。また返事を先延ばしとかしたら、かわいそうですからね」
「わ、わかってるよ。でも、その場合って、どっちが第一妻ってやつになるの? 告白はダールの方が先だったけど、実際、先に返事をしたのは、ネージュの方だし……って、これやばくないか……俺たちの関係が崩れるきっかけになるんじゃないか? やばい、やっちまったぞ! こうならないために慎重に動いてたのに!」
マサキは立ち上がり、頭を抱えながら誰がどう見てもわかる慌て方で、慌て始めた。
そんなマサキを見てネージュは他人事のようにクスクスと笑う。
「ちょっ、何笑ってんの? 一大事だぞ! あー、もう、どうしたらいいんだよー。ネージュもなんか、案を出してくれ! 」
「えー嫌ですよー。私が第一妻です。これは決定ですよ!」
「ちょっ、おい! さっきは『先にダールに返事を』とかって言ってなかったか?」
「私、先になんて一言も言ってませんよ。譲る気はないってことは言いましたけど」
ネージュの言う通り、ダールの告白の返事をするようにと促しただけであって、先に返事をしろなどとは一言も言ってないのだ。
「た、たしかに、一言も言ってないし、譲る気はないってことは言ってた気が……。じゃあどうすんだ。やばいやばいやばいやばいやばい。どうすんだよ。やばいやばいやばいやばいやばい。マジでやばい。やばいやばいやばいやばいやばい」
マサキは『やばい』と連呼しながら、小走りでネージュの周りを走り続ける。
そんなマサキに救いの手を差し伸べるべく、ネージュは解決策を講じる。
「マ、マサキさん。提案なんですが、ダールが第一妻が良いって言うのなら、その……譲ってあげてもいいですよ。そもそもダールの方が告白が早かったんですし。そこは仕方ないとは思ってます」
「ネージュ。いいのか! なんて優しいウサギちゃんなんだ! これで関係が変に崩れることはなくなった!」
「ふふっ。ウサギちゃんですか。懐かしいですね。その呼び方」
「ああ、最初の頃は時々、ウサギちゃんって呼んでたっけな。って、思い出に浸ってる場合じゃないって! 提案って言ってたよな。条件とかあるはずだろ? その条件って何?」
「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ……」
先ほどまで自然に会話ができていたはずのネージュが突然壊れ始めた。
「そ、それはぁ!!!」
今度は裏声で叫び出す。
その姿を黒瞳に映すマサキは、とてつもない提案が飛び出るのだと悟った。
「わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、た、しとー!!!!!」
今度は言葉を震わせながらの裏声だ。
マサキはさらに身構える。
「わたしとー!! き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、きー!!」
深夜の井戸の前。虫か何かの生き物にそっくりな鳴き声が響き渡る。
「きしゅぅぅうー!!」
「キシュ? なにそれ? まだ俺の知らない言葉が、この世界には……」
「はぁはぁ……キ、キ……キィイ! キ、キ、キ……キ、キキ、キ、キ、キ、キ、キ……はぁはぁ……」
伝えたいことが伝わらず、ネージュは再び条件を伝えるべく、震えながら、息を切らしながら、一生懸命言葉を伝えようとした。
「キシュ! キスー! キスしてください!」
「キ、キス!?」
「は、初めては……初めては、どうか、どうか、私で!!!」
ついにネージュは、ダールに第一妻を譲る条件を口にすることに成功した。
「キ、キスって、あのキスか?」
「そ、そうですよ。キ、キ、キ、キ…………です。な、何度も言わせないでください! 恥ずかしいです」
マサキとネージュの二人は、かぁあああっと、頬を赤らめ、恥ずかしさのあまり、互いの顔を見れずにいた。
(キキキキキキキキス!? お、俺がネージュとキス!? あ、あれか? もしかしたらおでことおでこをくっつける的なやつか? ネージュはそれが言いたいのか? ネージュのことだ。きっとそうだ)
マサキが思考する『おでことおでこ』。これは兎人族の間では、謝る時の行為であったり、信頼する者同士がその信頼をおでこをくっつけることで表現したりする行為であるのだ。
だから、マサキは『おでことおでこ』の行為をネージュが言う『キス』そのものだと思っている。否、思い込んでしまっている。
『キス』は『キス』。それ以上でも以下でもないのに。
(まぁ、おでこをくっつけるくらいなら大丈夫か。本来なら緊張するんだろうけど、ネージュとは、手を繋いだり、抱き合ったりしてるせいか、おでこをくっつけるって行為だけだとあんまり緊張しないんだよな。でも、顔が近くよな……間違って唇に触れないようにしないと。ラッキースケベどころの騒ぎじゃなくなるからな)
マサキは思考していくうちにどんどんと冷静さを取り戻していく。
そんなマサキとは対照的に時間が経過するにつれてネージュの顔とウサ耳は、どんどん赤色に染まる。
そして心拍数が上昇。鼓動が速く刻み、その心拍音が、静寂な銀色の世界に響き渡りそうになる。
その鼓動を鎮めるために、ネージュは瞳を閉じて平常心に戻そうと試みる。
この精神を鍛える期間中に習得した、緊張や不安を解す方法だ。
クレールが言っていた『心を落ち着かせる方法』から着想を得て習得したものである。
(やばい。ネージュのやつ目閉じた。相変わらず可愛い顔しやがって……って、そうじゃない。きっと、これは合図だ。アニメとか映画とかでよく見るキスをする前の合図だ! で、でも、お、おでこだよな。おでことおでこをくっつけるだけだよな)
澄んだ青色の瞳を閉じるネージュを見たマサキは、それが合図なのだと思ってしまう。
実際にこの世界でもキスをする時は瞳を閉じる。しかし、緊張しているネージュは、心を落ち着かせるためにやった行為であって、キスをする前の行動だということに気が付いていなかった。
(やっぱり目を閉じると少し落ち着きます。近くにマサキさんがいるからかもしれませんけどね。さて、心が落ち着いたらどうやってキスをするか……って、私は何てことを言ってるんですか! キ、キスだなんて、恥ずかしくてできないですよ。気絶しちゃいます。絶対に!)
瞳を閉じたことによってネージュも冷静に物事を判断できるようになっていった。
だが、時すでに遅し。
ネージュが瞳を開けた時、マサキの顔がすぐそこまで来ていたのだ。
(キ、ス……)
キスされる寸前なのだとすぐに理解した。
そして、同時に開けたばかりの瞳を閉じた。マサキからのキスを受け入れるためだ。
心の準備などしていない。準備したところで緊張したり、恥ずかしがったりするのは目に見えている。
だからネージュはマサキに全てを委ねる。
唇を少し尖らせて。鼻息が当たらないように呼吸を弱くして。マサキの唇を待った。
(おでことおでこをくっつける)
(マサキさんとキス)
絶妙にすれ違う二人。
主導権はマサキにある。待つ側のネージュには主導権はないのだ。
よってマサキのおでことネージュのおでこが重なり合う。
「ど、どう? こ、こういうことだよね?」
「……ち、違います。違いますよ! もーう!」
「え? あっ、あれ? 違うの? 兎人族はこうするものだと……」
「な、なんでですか! おでこをくっつける行為は、謝罪の時とか、信頼する相手にその信頼を表す行為なんですよー。前にも言ったじゃないですか」
「そ、そうだったっけ? じゃ、じゃあネージュが言ってるキスって……」
「キスはキスですよー。初めてのキスは好きな人とがいいんです! そ、それに、好きな人がまだキスをしたことがないなら、そのキスもしてあげたいです!」
頬を膨らませながら、恥ずかしい台詞を恥ずかしがり屋がハキハキと言った。
それを聞いたマサキは、恥ずかしさを通り越して、よくわからない感情に陥る。
それが逆によかったのか、一周回っていつものようなテンション高めのマサキになった。
「し、したことないって、勝手に決めつけるなー! まあ、実際、したことないんですけど! ファーストキスになるんですけど!」
そのままマサキはネージュの肩を掴んだ。
余計なことを考えてしまう前に、勢いに任せてキスをしてしまおうという魂胆だ。
肩を掴まれたネージュは、反射的に一瞬ビクッとなる。しかし、すぐに受け入れて、先ほどのように澄んだ青色の瞳を閉じた。
閉じた瞳は同じだが、閉じた理由は先ほどとは異なる。
先ほどは、心を落ち着かせるため。今はマサキとキスをするためだ。
マサキとネージュ。二人は互いにキスをしようとしている。
先ほどのようなすれ違いはない。同じ気持ちだ。
ゆっくりと、ゆっくりと、互いの唇が引き寄せられているかのように近付いていく。
勢いに任せてキスをしようとしているとは思えないほど、静かでゆっくりだ。
この時間、緊張と恥ずかしさで、両者の頭の中は真っ白に染まる。
夜空に輝く欠けた月は、二人を祝福するかのように、今夜一番の輝きで二人を照らした。
月に祝福され見守られながら、マサキとネージュの唇は、重なり合おうとしていた。
そして、二人の唇が重なる寸前、ビリッと電気を浴びたかのような感覚が二人を襲った。
その電気は静電気よりも強力。重なり合おうとしていた唇が反射的に離れ、体が後方へしいぞいてしまうほどのものだった。
「は、初めてのキスが、電気の味! ってそんなわけあるか!?」
マサキは、謎の電気によってキスができなかったことがあまりにも恥ずかしく、ついノリツッコミで恥ずかしさをごまかしてしまっていた。
「というか、キスできなかったぞ! なんだったんだ? ビックリしたんだが……」
「は、はい。ビ、ビックリしましたね……」
キスができなかった者同士、互いの瞳は交差し合う。そして同時に、視線が横に動く。
何かがいる。
視線の先に何かがいるのだ。
禍々しい気配に引き寄せられ、二人の意識が、その何かへと向いた。
そこには、見たことが無い生物が立っていた。否、浮いていたのだ。
その生物は、全身闇色。この世の全てを無差別に吸い込んでしまうのでは無いかと思うほど、闇色の全身は渦巻いている。
そして顔や手足、ましてや体というものが、どこにあるのかがわからない見た目をしている。
しかし、そんな見た目をしていても『生物』なのだと、その威圧感が強制的に知らしめている。
そんな禍々しい生物の正体を、マサキとネージュは同時に見抜いた。否、初めから知っていた。
見たことがないのに初めから知っている。そんな矛盾を説明できる存在。
そう。この生物の正体は――
「の、呪い……?」
呪いだ。
マサキとネージュは彼氏と彼女の関係になっていないとおかしいはずなのだが、ネージュいわく、自分はマサキの彼女はなっていないと言っている。
この生じた矛盾にマサキは夢が醒めたかのような感覚に陥っていた。
「か、彼女になったんじゃないの? じゃ、じゃあ、今のってなんだったの?」
しかし、マサキは大きな勘違いをしていただけだった。
「私は彼女じゃなくて妻ですよね? 結婚ですから、そうですよね? って、なに言わせてるんですか。は、恥ずかしいですよ……」
「え? 俺って、初めての彼女をすっ飛ばして、妻ができたってことなの? た、確かに、結婚って言ったけど……ネージュだって結婚って言ってたし……な、なんか詐欺られた気分なんだが……」
「さ、詐欺ってなんですか! ひ、酷いですよ。もーう」
ネージュは頬を膨らましながらマサキのことをポコポコと、両拳で何度も叩く。肩叩きよりも弱い力で何度も何度も。
叩くのをやめないのは、単純に恥ずかしさを誤魔化しているだけである。
「詐欺じゃない詐欺じゃないごめんごめん! って、じゃあ、ダールはどうなるの?」
ここで当然頭に浮かぶのはダールという存在だ。
ダールの告白次第では、初めての彼女か二人目の妻のどちらかになる。
「マサキさんはダールになんて告白されたんですか? まさか忘れたとか言わないですよね?」
「わ、忘れてないよ! えーっと、結婚を前提に付き合ってください。だったな。って……ことは……」
「マサキさんが告白の返事をしたら、ダールはマサキさんの彼女になるってことですね」
「そ、そうなるよな。で、でもネージュが妻になったってことを知ったら、ダールも妻がいいとか言い出すんじゃないか? ネージュに譲りそうな気もするけど……でも、そこはハッキリと決めておきたいよな」
「その時は、ぜひ妻にしてあげてくださいよ。また返事を先延ばしとかしたら、かわいそうですからね」
「わ、わかってるよ。でも、その場合って、どっちが第一妻ってやつになるの? 告白はダールの方が先だったけど、実際、先に返事をしたのは、ネージュの方だし……って、これやばくないか……俺たちの関係が崩れるきっかけになるんじゃないか? やばい、やっちまったぞ! こうならないために慎重に動いてたのに!」
マサキは立ち上がり、頭を抱えながら誰がどう見てもわかる慌て方で、慌て始めた。
そんなマサキを見てネージュは他人事のようにクスクスと笑う。
「ちょっ、何笑ってんの? 一大事だぞ! あー、もう、どうしたらいいんだよー。ネージュもなんか、案を出してくれ! 」
「えー嫌ですよー。私が第一妻です。これは決定ですよ!」
「ちょっ、おい! さっきは『先にダールに返事を』とかって言ってなかったか?」
「私、先になんて一言も言ってませんよ。譲る気はないってことは言いましたけど」
ネージュの言う通り、ダールの告白の返事をするようにと促しただけであって、先に返事をしろなどとは一言も言ってないのだ。
「た、たしかに、一言も言ってないし、譲る気はないってことは言ってた気が……。じゃあどうすんだ。やばいやばいやばいやばいやばい。どうすんだよ。やばいやばいやばいやばいやばい。マジでやばい。やばいやばいやばいやばいやばい」
マサキは『やばい』と連呼しながら、小走りでネージュの周りを走り続ける。
そんなマサキに救いの手を差し伸べるべく、ネージュは解決策を講じる。
「マ、マサキさん。提案なんですが、ダールが第一妻が良いって言うのなら、その……譲ってあげてもいいですよ。そもそもダールの方が告白が早かったんですし。そこは仕方ないとは思ってます」
「ネージュ。いいのか! なんて優しいウサギちゃんなんだ! これで関係が変に崩れることはなくなった!」
「ふふっ。ウサギちゃんですか。懐かしいですね。その呼び方」
「ああ、最初の頃は時々、ウサギちゃんって呼んでたっけな。って、思い出に浸ってる場合じゃないって! 提案って言ってたよな。条件とかあるはずだろ? その条件って何?」
「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ……」
先ほどまで自然に会話ができていたはずのネージュが突然壊れ始めた。
「そ、それはぁ!!!」
今度は裏声で叫び出す。
その姿を黒瞳に映すマサキは、とてつもない提案が飛び出るのだと悟った。
「わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、た、しとー!!!!!」
今度は言葉を震わせながらの裏声だ。
マサキはさらに身構える。
「わたしとー!! き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、き、きー!!」
深夜の井戸の前。虫か何かの生き物にそっくりな鳴き声が響き渡る。
「きしゅぅぅうー!!」
「キシュ? なにそれ? まだ俺の知らない言葉が、この世界には……」
「はぁはぁ……キ、キ……キィイ! キ、キ、キ……キ、キキ、キ、キ、キ、キ、キ……はぁはぁ……」
伝えたいことが伝わらず、ネージュは再び条件を伝えるべく、震えながら、息を切らしながら、一生懸命言葉を伝えようとした。
「キシュ! キスー! キスしてください!」
「キ、キス!?」
「は、初めては……初めては、どうか、どうか、私で!!!」
ついにネージュは、ダールに第一妻を譲る条件を口にすることに成功した。
「キ、キスって、あのキスか?」
「そ、そうですよ。キ、キ、キ、キ…………です。な、何度も言わせないでください! 恥ずかしいです」
マサキとネージュの二人は、かぁあああっと、頬を赤らめ、恥ずかしさのあまり、互いの顔を見れずにいた。
(キキキキキキキキス!? お、俺がネージュとキス!? あ、あれか? もしかしたらおでことおでこをくっつける的なやつか? ネージュはそれが言いたいのか? ネージュのことだ。きっとそうだ)
マサキが思考する『おでことおでこ』。これは兎人族の間では、謝る時の行為であったり、信頼する者同士がその信頼をおでこをくっつけることで表現したりする行為であるのだ。
だから、マサキは『おでことおでこ』の行為をネージュが言う『キス』そのものだと思っている。否、思い込んでしまっている。
『キス』は『キス』。それ以上でも以下でもないのに。
(まぁ、おでこをくっつけるくらいなら大丈夫か。本来なら緊張するんだろうけど、ネージュとは、手を繋いだり、抱き合ったりしてるせいか、おでこをくっつけるって行為だけだとあんまり緊張しないんだよな。でも、顔が近くよな……間違って唇に触れないようにしないと。ラッキースケベどころの騒ぎじゃなくなるからな)
マサキは思考していくうちにどんどんと冷静さを取り戻していく。
そんなマサキとは対照的に時間が経過するにつれてネージュの顔とウサ耳は、どんどん赤色に染まる。
そして心拍数が上昇。鼓動が速く刻み、その心拍音が、静寂な銀色の世界に響き渡りそうになる。
その鼓動を鎮めるために、ネージュは瞳を閉じて平常心に戻そうと試みる。
この精神を鍛える期間中に習得した、緊張や不安を解す方法だ。
クレールが言っていた『心を落ち着かせる方法』から着想を得て習得したものである。
(やばい。ネージュのやつ目閉じた。相変わらず可愛い顔しやがって……って、そうじゃない。きっと、これは合図だ。アニメとか映画とかでよく見るキスをする前の合図だ! で、でも、お、おでこだよな。おでことおでこをくっつけるだけだよな)
澄んだ青色の瞳を閉じるネージュを見たマサキは、それが合図なのだと思ってしまう。
実際にこの世界でもキスをする時は瞳を閉じる。しかし、緊張しているネージュは、心を落ち着かせるためにやった行為であって、キスをする前の行動だということに気が付いていなかった。
(やっぱり目を閉じると少し落ち着きます。近くにマサキさんがいるからかもしれませんけどね。さて、心が落ち着いたらどうやってキスをするか……って、私は何てことを言ってるんですか! キ、キスだなんて、恥ずかしくてできないですよ。気絶しちゃいます。絶対に!)
瞳を閉じたことによってネージュも冷静に物事を判断できるようになっていった。
だが、時すでに遅し。
ネージュが瞳を開けた時、マサキの顔がすぐそこまで来ていたのだ。
(キ、ス……)
キスされる寸前なのだとすぐに理解した。
そして、同時に開けたばかりの瞳を閉じた。マサキからのキスを受け入れるためだ。
心の準備などしていない。準備したところで緊張したり、恥ずかしがったりするのは目に見えている。
だからネージュはマサキに全てを委ねる。
唇を少し尖らせて。鼻息が当たらないように呼吸を弱くして。マサキの唇を待った。
(おでことおでこをくっつける)
(マサキさんとキス)
絶妙にすれ違う二人。
主導権はマサキにある。待つ側のネージュには主導権はないのだ。
よってマサキのおでことネージュのおでこが重なり合う。
「ど、どう? こ、こういうことだよね?」
「……ち、違います。違いますよ! もーう!」
「え? あっ、あれ? 違うの? 兎人族はこうするものだと……」
「な、なんでですか! おでこをくっつける行為は、謝罪の時とか、信頼する相手にその信頼を表す行為なんですよー。前にも言ったじゃないですか」
「そ、そうだったっけ? じゃ、じゃあネージュが言ってるキスって……」
「キスはキスですよー。初めてのキスは好きな人とがいいんです! そ、それに、好きな人がまだキスをしたことがないなら、そのキスもしてあげたいです!」
頬を膨らませながら、恥ずかしい台詞を恥ずかしがり屋がハキハキと言った。
それを聞いたマサキは、恥ずかしさを通り越して、よくわからない感情に陥る。
それが逆によかったのか、一周回っていつものようなテンション高めのマサキになった。
「し、したことないって、勝手に決めつけるなー! まあ、実際、したことないんですけど! ファーストキスになるんですけど!」
そのままマサキはネージュの肩を掴んだ。
余計なことを考えてしまう前に、勢いに任せてキスをしてしまおうという魂胆だ。
肩を掴まれたネージュは、反射的に一瞬ビクッとなる。しかし、すぐに受け入れて、先ほどのように澄んだ青色の瞳を閉じた。
閉じた瞳は同じだが、閉じた理由は先ほどとは異なる。
先ほどは、心を落ち着かせるため。今はマサキとキスをするためだ。
マサキとネージュ。二人は互いにキスをしようとしている。
先ほどのようなすれ違いはない。同じ気持ちだ。
ゆっくりと、ゆっくりと、互いの唇が引き寄せられているかのように近付いていく。
勢いに任せてキスをしようとしているとは思えないほど、静かでゆっくりだ。
この時間、緊張と恥ずかしさで、両者の頭の中は真っ白に染まる。
夜空に輝く欠けた月は、二人を祝福するかのように、今夜一番の輝きで二人を照らした。
月に祝福され見守られながら、マサキとネージュの唇は、重なり合おうとしていた。
そして、二人の唇が重なる寸前、ビリッと電気を浴びたかのような感覚が二人を襲った。
その電気は静電気よりも強力。重なり合おうとしていた唇が反射的に離れ、体が後方へしいぞいてしまうほどのものだった。
「は、初めてのキスが、電気の味! ってそんなわけあるか!?」
マサキは、謎の電気によってキスができなかったことがあまりにも恥ずかしく、ついノリツッコミで恥ずかしさをごまかしてしまっていた。
「というか、キスできなかったぞ! なんだったんだ? ビックリしたんだが……」
「は、はい。ビ、ビックリしましたね……」
キスができなかった者同士、互いの瞳は交差し合う。そして同時に、視線が横に動く。
何かがいる。
視線の先に何かがいるのだ。
禍々しい気配に引き寄せられ、二人の意識が、その何かへと向いた。
そこには、見たことが無い生物が立っていた。否、浮いていたのだ。
その生物は、全身闇色。この世の全てを無差別に吸い込んでしまうのでは無いかと思うほど、闇色の全身は渦巻いている。
そして顔や手足、ましてや体というものが、どこにあるのかがわからない見た目をしている。
しかし、そんな見た目をしていても『生物』なのだと、その威圧感が強制的に知らしめている。
そんな禍々しい生物の正体を、マサキとネージュは同時に見抜いた。否、初めから知っていた。
見たことがないのに初めから知っている。そんな矛盾を説明できる存在。
そう。この生物の正体は――
「の、呪い……?」
呪いだ。
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この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
薄幸召喚士令嬢もふもふの霊獣の未来予知で破滅フラグをへし折ります
盛平
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レティシアは薄幸な少女だった。亡くなった母の再婚相手に辛く当たられ、使用人のように働かされていた。そんなレティシアにも幸せになれるかもしれないチャンスがおとずれた。亡くなった母の遺言で、十八歳になったら召喚の儀式をするようにといわれていたのだ。レティシアが召喚の儀式をすると、可愛いシマリスの霊獣があらわれた。これから幸せがおとずれると思っていた矢先、レティシアはハンサムな王子からプロポーズされた。だがこれは、レティシアの契約霊獣の力を手に入れるための結婚だった。レティシアは冷血王子の策略により、無惨に殺される運命にあった。レティシアは霊獣の力で、未来の夢を視ていたのだ。最悪の未来を変えるため、レティシアは剣を取り戦う道を選んだ。
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