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第4章:恋愛『グルメフェス満腹祭編』

227 精神不安定な兎人ちゃん

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 豊満なマフマフの前で小さくガッツポーズを取るネージュ。

「私、ひとりでも出れるように頑張ります!」

 その小さな拳は、誰が見ても小刻みに震えているのがわかる。隣にいるマサキには、なおさらだ。

「無理しなくても大丈夫だよ。さっきも言ったけど、みんで祭りを楽しもうよ」

「む、無理なんてしてませんよ」

「いーや。無理してるよ。だって……」

 マサキは、小刻みに震えているネージュの小さな拳をナチュラルに握った。
 その瞬間、ネージュの拳は落ち着きを取り戻す。それと同時にマサキはネージュの本心を感じ取る。

「無理してるのが伝わってきたぞ。だから今回は純粋にみんなで祭りを楽しもうよ」

「ち、違うんですよ。無理とか、そう言うのじゃなくて……」

 それでもめげないネージュ。そんなネージュの言葉にマサキたちは耳を傾ける。

「私、皆さんに……その……お、恩返しがしたいんです!」

「恩返し?」

「は、はい! 恩返しです! こんな私と、何もなかった私と……毎日一緒にいてくれて、元気をくれて、笑顔をくれて……そんなみなさんに恩返しがしたいんです。料理のことなら私でも恩返しができるかもしれません。いいえ、この『料理コンテスト』こそ、みなさんに恩返しができる絶好の機会だと私は思いました! だから私、頑張ります!」

 マサキに手を握られているせいなのか、それとも成長の表れなのか、ネージュは本音を語った。
 赤面、息切れ、心拍数の上昇、小刻みに震える体。どれもネージュが本気だということが、ネージュの手を握るマサキは、その手のひらからひしひしと伝わってくる。
 そして、その本気の奥底にある不安も同時に感じ取ってしまっている。だからマサキは素直に頷けくことができずにいる。

「恩返しって、俺の方こそ、ネージュに恩返しするべきだよ。家のことだって、出会ったときのことだって、今だって、俺はネージュに恩返しすることがいっぱいだよ」

 マサキも本音で語る。これもネージュの手を握っている影響で、本音を言う勇気が出たのが原因だろう。
 そんなマサキの意見を聞いて真っ先に口を開いたのが、マサキとネージュの正面で話を聞いていた薄桃色の髪をしたクレールだ。

「クーも同じだぞー。おねーちゃんにはいっぱい『ありがとう』を言いたいぞー」

「デールもー! ありがとー」
「ドールもー! ありがとー」

 双子の姉妹もクレールの意見に賛同し感謝の気持ちを告げる。
 そんな双子の姉妹の長女であるジェラ・ダールも、ウッドテーブルの上で寝そべりながら、口を開く。

「アタシの方が……かん、しゃ……してる、ッスよ……いつも、ニンジン……ありが、とう……ッス……」

 恩返しするのはこっちの方だと、皆、ネージュに感謝をしているのだ。
 もちろんウサギのルナも同じ気持ちだ。無表情だが、漆黒の瞳でネージュのことをじーっと見つめている。

「ンッンッ。ンッンッ」

 小さく声を漏らし、鼻をひくひくとさせて、何かを伝えようとしているが、それがなんなのか本人のルナしかわからない。
 けれど、状況からしてルナも感謝を告げようとしているのであろうと、勝手に想像してしまう。否、想像せざるおえない。

「みなさん……。ありがとうございます! でも、それとこれとは別です! 私、頑張るって決めたんです! みんなのために頑張ることができたらきっと……いいえ、絶対に成長できると思います! だから出たいです! お料理コンテストに!」

「ネージュ……。ネージュがそこまで言うなら、わかったよ。挑戦してみようぜ。全力でサポートするからさ!」

「クーもサポートするぞ~!」

「デールもー!」
「ドールもー!」

 皆、ネージュの挑戦を応援する気になった。

 ネージュの手をさらに強く握るマサキ。ネージュがいつもやる仕草を真似て小さな胸の前で小さくガッツポーズを取るクレール。両腕をいっぱいに広げるデールとドール。そして言葉に出していないがダールは両手でサムズアップしていた。

「マサキさん、クレール、デール、ドール、ダール、みなさんありがとうございます!」

「ンッンッ」

 ルナがマサキの膝から飛び降りて、ネージュの足元でもふもふの体毛をすりすりとし始めた。ルナもネージュの挑戦を応援しようとしているのだ。

「ルナちゃんもありがとうございます」

「ンッンッ」

「優勝したら高級のニンジン買ってあげますね」

「ンッンッ!」

「はい。約束です」

 本当に会話をしているかのような間でルナは返事をしている。
 ネージュ自身もルナと会話をしているかのような感覚を得て癒されている。そして、すりすりしてくれているルナを撫でるために、マサキに握られている手を自然と解いた。
 そのままルナを撫でようとした途端、ネージュに異変が起きる。

「や、や、や、や、や、や、やっぱり無理です。怖いです。恥ずかしいです。緊張で倒れちゃいますよ」

 先ほどまで震えていなかった手が、再び震え出してしまった。そして顔色もどんどんと悪くなる。
 これは自分の手を握りしめてくれていたマサキの手を解いてしまったのが原因だ。否、根本的な原因はそこではない。ネージュ自身の性格と精神状態が原因だ。
 マサキの握りしめてくれる手のひらは、その原因を抑えてくれていただけ。マサキの手から離れてしまえば抑えていたものが溢れ出てしまうのは当然の結果なのである。

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「あ、あー! ネージュが! 情緒不安定っていうか、これもう二重人格だぞ! って、大丈夫か!」

 マサキは、ネージュの手を再び握った。抱き締めようとも考えたが、ネージュの負の感情を一秒でも早く拭うために、一番早い方法から試したのである。
 手を握ってもダメなら、抱き締める。そのつもりで手を握ったマサキだったが、その心配はいらなかった。

「も、もう大丈夫です。落ち着きましたありがとうございます」

 ネージュは手を握られただけで落ち着きを取り戻してくれたのである。
 普通はここで安心するのだが、マサキは全くもって安心することができなかった。

(この手を離したら、また耐えられなくなりそうだよな……成長どころか、日に日に悪化してるぞ。マジで。部屋の中でこんなに震えてるネージュ見たの初めてだし……)

「そ、そんなに怖い顔しないでくださいよ。本当に大丈夫ですから。ね? 頑張りますよ!」

「お、おう……」

 マサキは恐る恐る握る手を離した。するとマサキの嫌な予感は的中してしまう。

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

 再び手を握るマサキ。

「ふぅー、また怖くなりましたが、少し深呼吸したら治りました。ね? 大丈夫ですよね?」

「これが大きな壁だな」

「え?」

 ネージュにはマサキの手が離れたことによって、負の感情に支配されるという自覚がないのだ。
 その証拠にマサキの言葉に心当たりが全くない様子でいる。

「いや、ビエルネスの魔法で多少なりともなんとかなりそうだけど、コンテスト会場とここじゃ訳が違うからな。いつもの何倍も緊張するだろうし、俺が隣にいてあげられないし……」

「大丈夫ですよ! やる気十分です! いつでもニンジン料理をお見舞いしてやりますよ!」

 自信満々なネージュ。
 そんなネージュを半信半疑の瞳でマサキは見つめた。そして、握る手を離した。すると予想通りの結果が訪れる。

「やっぱり無理です。マサキさんと一緒じゃないと、私、何もできないです。恥ずかしくて、怖くて、緊張して、ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

 ネージュが怯え始めた瞬間にマサキは再び手を握った。
 するとまたしても予想通りの結果が訪れる。

「まあ、ちょっとは、緊張しますけどね。でも料理に自信もありますし、私には『盛り付けスキル』がありますから! ん? みなさん、どうしましたか?」

 呆気にとられているマサキたちの表情にネージュは気付いた。しかし、なぜ呆気にとられているのかがわかっていない様子だ。

「マジでこれどうするよ……」

「どうしたらいいんだろう」

 解決策が一向に出てこなくて、小首を傾げるマサキとクレールとデールとドール。
 その様子を見て、何しているのかが理解できずに小首を傾げるネージュ。
 そんな時、ウッドテーブルの上で寝そべっているダールが口を開いた。

「兄さんの、腕を……プレゼントしたら……いいッスよ……」

「ナイスアイディア! 俺の腕をプレゼントしたら、平常心を保ったまま料理コンテストに……って、そんなわけあるか! 物騒すぎるだろ!」

「兄さんの、ノリ、ツッコミ……キレキレ、ッス……ね……」

「はいはい。どうも」

 ダールとの漫才のような絡みも終わらせて、マサキは解決策を考え始める。

(マジでどうするかだよな……。料理に関しては全く不安はないんだが、この怯えがな……。このままだと室内でも手を繋ぎっぱなしになりかねないし……というか、なんでネージュだけこんなに怯えるんだよ。確かに緊張するってのはわかるけど、前までこんな感じにならなかったぞ。なったとしても俺もセットだったし。やっぱり単純に考えて悪化してるってことだよな。怯えてる自覚もない感じだったし……)

 今までのようにはいかない『精神不安定』な状態。今までですらギリギリ乗り越えてきた節がある。そのギリギリが通用しないほどにまでなってしまったのだから、いくら考えたとしても解決策は浮かんでこないのも自然の摂理だろう。

「こうなったらビエルネスに相談するしかないか。って、連絡手段ないから、いつくるかとかわからないけど。まあ、一ヶ月以内には来るだろうし、ゆっくり待つとす――」

「マスター! 私に会いたいって気持ちが極限にまで達してませんか? 私はもう限界です! ハァハァ……」

 家の天井にある妖精族専用の小さな扉から、薄緑色の髪をした子ウサギサイズの妖精族が息を荒げながらもタイミングよく顔を出した。

「ストーカーかと疑うレベルの怖すぎるタイミング! でもちょうど良い登場だぞビエルネス!」

「あぁ~ん。マスターが私を求めているぅ~。ハァハァ……今夜は激しい夜になりそうですね。マスター」

「ああ、激しい作戦会議にしようぜ!」

 変態妖精のビエルネスが、作戦会議に加わった。
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