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第4章:恋愛『授業参観編』
202 試行錯誤の結果
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「ンッンッ! ンッンッ!」
ルナの掛け声と共にマサキとダールは一歩後退する。ネージュのことを見ながら離れようという作戦だ。
これならマサキとネージュがどのくらいの距離を離れたかわかるし、どのタイミングで離れる距離の限界である二メートルに達するかもわかる。
一歩、二歩、三歩と後ろ向きに歩く。マサキとダールの後ろ向きでの二人三脚だ。
ネージュは小さな手のひらを握り、体がマサキの方へと動き出さないように我慢している。
その奥ではデールとドールそしてクレールのちびっこ応援団が声援を送る。
「そろそろッスよ」
「わ、わかってる……脳が全身に危険信号送ってるよ……ガガガッガ……」
小刻みに震え出すマサキ。ダールと手を繋いでいる左手は手汗でびしょびしょだ。
そして正面に立つネージュもまた小刻みに震え始めた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
しかし、小さな手のひらは握りしめたまま。先ほどのように、体が動いてしまわないように必死に堪えているのである。
そして、離れることが出来る限界の距離、二メートルまであと一歩となった。
マサキとネージュの心臓は張り裂けそうなほど鼓動が速くなる。さらに、マサキと手を繋いでいるダールにも伝わるほど心音がデカくなった。
これは『死ぬほどの苦しみ』が起こる前兆とも言える症状だ。
「だ、大丈夫ッスか?」
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
小刻みに震えながらも何度も頷くマサキ。『死ぬほどの苦しみ』に対する覚悟ができているのである。
(もう引き返せない。いや、全然引き返せるけど、引き返しても何も変わらないからな。あぁ……怖いよ……嫌だよ……ネージュも同じ気持ちだろうな……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖すぎる……)
「そ、それじゃ行くッスよ」
「ガガガッガガガガッガ……」
次の瞬間、マサキはダールと共に一歩後退した。これでマサキとネージュの距離は二メートルを離れたことになる。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
マサキとネージュは今までにないほどの苦しみ方で苦しんでいる。
全身で大きく震えて、瞳は白目を向きながらもがき苦しんでいる。そして、震える際に息を吐いた状態が続き、溺れているかの状態に陥っていた。
『死ぬほどの苦しみ』に抗う意識すら、その苦しみの前では何も成さない。意識も、感情も、思考も、全てが恐怖に呑み込まれてしまっているからだ。
「兄さん!」
約束通りダールはマサキとネージュを助けるべく、瞬時に行動に出る。
それは一歩戻り、離れた距離を縮めるだけの簡単な作業なのだが、マサキとネージュの苦しみっぷりを見てしまえば、ダールも冷静ではいられなかった。
「瞬足スキル!」
ダールは苦しむマサキとマサキの頭の上にいるルナの両方を抱き抱えて『瞬足スキル』を発動し、ネージュの側にまで運んだ。
一秒の遅れが命取りになりかねないと、無意識のうちに判断し、動いたのである。
マサキとネージュは地面に倒れもがき苦しみながらも抱き合っている。そして、徐々に穏やかな表情へと戻っていき、体の震えや呼吸も収まっていく。
その後、落ち着いたと思われた二人だったが、赤子のように泣き叫び始めてしまった。
「うわぁぁぁぁぁあああんっうぐぁあああああああんっ」
「ぁああぁああああああんぐっがぁぁあああああ」
一部始終を見ていた『ちびっこ応援団』の三人もすぐに駆けつけて、赤子のように泣きじゃくるマサキとネージュの背中や頭をさする。
「おにーちゃん、おねーちゃん、しっかりするんだぞー、もう大丈夫だぞー」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
クレールたち『ちびっこ応援団』に続いてダールもマサキとネージュに声をかける。
その際、抱き抱えていたルナを地面に横たわるマサキの顔の近くに置いた。
「ンッンッ! ンッンッ!」
「みんなここにいるッスよ。もう大丈夫ッスよ。だから落ち着いてくださいッス。深呼吸、深呼吸ッスよ」
「ンッンッンッンッ」
「兄さん姉さん……し、しっかり、しっかりするッス!」
ダールたちの声かけや背中のさすり、そしてルナの顔舐めは一時間以上続き、辺りは暗闇に染まった。
しかし、長時間の声かけのおかげでマサキとネージュは、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
落ち着きを取り戻していったマサキとネージュの二人はダールたちに運ばれて家へと戻る。
そして、ネージュ、マサキ、ビエルネスの順番で川の字で布団の上に寝かせられた。それでもマサキとネージュは向かい合って横になっている。
その間、無人販売所イースターパーティーは閉店時間を迎えたのでクレールとダールの二人は閉店作業をする。デールとドールそしてルナはマサキとネージュそしてビエルネスの面倒を見ることになる。
「……ダ、ダメでしたね……」
「……ダメだったな……」
ネージュとマサキは酷く落ちこんでいる。そして『死ぬほどの苦しみ』を味わった精神的なダメージと疲労感も合わさりぐったりとした様子だ。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
デールとドールは幼いながらも自分たちのせいでこうなってしまったのだと理解する。しかし、それは間違った解釈。悪いのはマサキとネージュを毎回苦しめている精神的病だ。決してデールとドールが悪いわけではない。
「授業参観は……」
「ダールお姉ちゃんだけで……」
デールとドールも諦めムード。否、諦めるしかなかったのだ。
しかし、マサキとネージュは首を横に振る。頭が枕の上に置いてあるので、実際のところ振るというよりは揺らすといった方が表現が正しい。それでもデールとドールの意見を断っているのには変わりない。
「諦めるのはまだ早いぞ」
「そうですよ。まだ早いです」
「で、でも……」
「で、でも……」
根拠のない言葉。これ以上特訓する時間もなければ策を練る時間もない。
しかし、マサキは自信満々の表情を双子の姉妹に向けている。隣に寝ているネージュも真っ直ぐな眼差しを向けている。
「ビエルネスちゃんはもう回復してるんですよ」
「え? でもまだ寝てるよ」
「え? でもまだ寝てるよ」
デールとドールの言うとおりビエルネスはまだ眠りの中だ。寝言は言っていても一度も起きていないのが現実。回復したかどうか本人にしかわかるはずがない。
「えーっと……そ、そうですよねマサキさん」
実際のところネージュもビエルネスが回復しているかどうかわかっていなかった。
だからこそマサキに話の主導権を譲る。否、元々マサキが話すべきだった内容だ。なぜならネージュはビエルネスを見て判断したのではなくマサキの表情を見て判断したのである。
「部屋に戻ったとき、ビエルネスちゃんの寝顔を見て、マサキさん安心した表情をしましたから、大丈夫だと思ったんですが、そうですよね」
「あっ、俺の表情見て判断したのか。まぁ、ネージュの言う通りなんだけど、ビエルネスの肌の色が戻ってるし表情も柔らかくなってたからな。完全に回復してるかどうかはまだわからないけど、起きときには軽い頭痛と空腹感だけで済むと思うんだ。あっ、これ居酒屋で働いていた時の知識ね」
居酒屋で働いていた時代に千を越えるほどの酔っ払いを見てきたマサキ。その中で得た酔っ払いに対する知識は豊富だ。だからこそビエルネスの顔色と表情を見ただけで大丈夫だと判断したのである。
「だから大丈夫だよ。ビエルネスの魔法さえあれば俺とダールの二人で授業参観に行けるよ」
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん」
「本当は魔法に頼らなくて行きたかったけど……これだけはどうしても無理みたいだからな」
魔法に頼らず自由に行動したいという気持ちはマサキにはある。それはネージュから離れたいという意味ではなく、恐怖心や苦しみから解放されたいという意味だ。
「でも、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「でも、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「ん?」
「からだ……」
「からだ……」
次に心配するのは体の心配だ。先ほどの特訓でマサキは精神的にも肉体的にも疲労している。そんな体で授業参観に行けるのかどうか心配するのは当然なのである。
「あー、問題ないかな。こっちにきてから少し、いや、結構、慣れないことが多かったからさ。体力的にも精神的にもちょっとのことじゃ怯まなくなったからね。まぁ、みんながいてくれるおかげでもあるんだろうけどさ。だから俺の体は心配しないでくれ」
「うん!」
「うん!」
ようやく笑顔が戻ったデールとドール。マサキも双子の姉妹に笑顔を向けるが、その笑顔が無理に作っている笑顔だと、青く澄んだ瞳に映すネージュは気が付いていた。
(……大丈夫なわけないじゃないですか。立ち上がるのも辛いはずです。その証拠に今も横になってるじゃないですか。私と同じだけの疲労感があるのなら明日の授業参観はかなり厳しいものになると思いますよ。それでもマサキさんはデールとドールを悲しませないために嘘をついて…………本当に優しい人ですね)
ネージュは布団の中で手を伸ばした。
手を伸ばした先にはマサキの手がある。まるでどこに手があるのかわかっているかのようにマサキの手に届いたのである。そしてそのまま布団の中で手を握る。
なぜ手を伸ばしたのか。なぜ手を握ったのか。ネージュ自身にもわからなかった。しかし、これだけは伝えたかったのである。
「明日頑張ってくださいね」
言葉だけではなく、手を握り触れ合いながら自分の気持ちを伝えたかったのだ。
優しく温かい言葉と天使のような笑顔を向けられたマサキの返事は一つしかない。
「うん。頑張るよ」
肉体的疲労、精神的疲労など、ネージュの笑顔の前では無いに等しい。最高の回復魔法だ。
マサキの体温は上昇した。ネージュの優しさという温もりが全身を包み込んだからだ。
「デールとドールもゆっくり休んでくださいね。風邪なんか引いたら元も子もないですからね」
「はーい」
「はーい」
双子の姉妹の笑顔もまたマサキとネージュの心と体を癒してくれる最高の回復魔法だ。
ルナの掛け声と共にマサキとダールは一歩後退する。ネージュのことを見ながら離れようという作戦だ。
これならマサキとネージュがどのくらいの距離を離れたかわかるし、どのタイミングで離れる距離の限界である二メートルに達するかもわかる。
一歩、二歩、三歩と後ろ向きに歩く。マサキとダールの後ろ向きでの二人三脚だ。
ネージュは小さな手のひらを握り、体がマサキの方へと動き出さないように我慢している。
その奥ではデールとドールそしてクレールのちびっこ応援団が声援を送る。
「そろそろッスよ」
「わ、わかってる……脳が全身に危険信号送ってるよ……ガガガッガ……」
小刻みに震え出すマサキ。ダールと手を繋いでいる左手は手汗でびしょびしょだ。
そして正面に立つネージュもまた小刻みに震え始めた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
しかし、小さな手のひらは握りしめたまま。先ほどのように、体が動いてしまわないように必死に堪えているのである。
そして、離れることが出来る限界の距離、二メートルまであと一歩となった。
マサキとネージュの心臓は張り裂けそうなほど鼓動が速くなる。さらに、マサキと手を繋いでいるダールにも伝わるほど心音がデカくなった。
これは『死ぬほどの苦しみ』が起こる前兆とも言える症状だ。
「だ、大丈夫ッスか?」
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
小刻みに震えながらも何度も頷くマサキ。『死ぬほどの苦しみ』に対する覚悟ができているのである。
(もう引き返せない。いや、全然引き返せるけど、引き返しても何も変わらないからな。あぁ……怖いよ……嫌だよ……ネージュも同じ気持ちだろうな……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖すぎる……)
「そ、それじゃ行くッスよ」
「ガガガッガガガガッガ……」
次の瞬間、マサキはダールと共に一歩後退した。これでマサキとネージュの距離は二メートルを離れたことになる。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
マサキとネージュは今までにないほどの苦しみ方で苦しんでいる。
全身で大きく震えて、瞳は白目を向きながらもがき苦しんでいる。そして、震える際に息を吐いた状態が続き、溺れているかの状態に陥っていた。
『死ぬほどの苦しみ』に抗う意識すら、その苦しみの前では何も成さない。意識も、感情も、思考も、全てが恐怖に呑み込まれてしまっているからだ。
「兄さん!」
約束通りダールはマサキとネージュを助けるべく、瞬時に行動に出る。
それは一歩戻り、離れた距離を縮めるだけの簡単な作業なのだが、マサキとネージュの苦しみっぷりを見てしまえば、ダールも冷静ではいられなかった。
「瞬足スキル!」
ダールは苦しむマサキとマサキの頭の上にいるルナの両方を抱き抱えて『瞬足スキル』を発動し、ネージュの側にまで運んだ。
一秒の遅れが命取りになりかねないと、無意識のうちに判断し、動いたのである。
マサキとネージュは地面に倒れもがき苦しみながらも抱き合っている。そして、徐々に穏やかな表情へと戻っていき、体の震えや呼吸も収まっていく。
その後、落ち着いたと思われた二人だったが、赤子のように泣き叫び始めてしまった。
「うわぁぁぁぁぁあああんっうぐぁあああああああんっ」
「ぁああぁああああああんぐっがぁぁあああああ」
一部始終を見ていた『ちびっこ応援団』の三人もすぐに駆けつけて、赤子のように泣きじゃくるマサキとネージュの背中や頭をさする。
「おにーちゃん、おねーちゃん、しっかりするんだぞー、もう大丈夫だぞー」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
クレールたち『ちびっこ応援団』に続いてダールもマサキとネージュに声をかける。
その際、抱き抱えていたルナを地面に横たわるマサキの顔の近くに置いた。
「ンッンッ! ンッンッ!」
「みんなここにいるッスよ。もう大丈夫ッスよ。だから落ち着いてくださいッス。深呼吸、深呼吸ッスよ」
「ンッンッンッンッ」
「兄さん姉さん……し、しっかり、しっかりするッス!」
ダールたちの声かけや背中のさすり、そしてルナの顔舐めは一時間以上続き、辺りは暗闇に染まった。
しかし、長時間の声かけのおかげでマサキとネージュは、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
落ち着きを取り戻していったマサキとネージュの二人はダールたちに運ばれて家へと戻る。
そして、ネージュ、マサキ、ビエルネスの順番で川の字で布団の上に寝かせられた。それでもマサキとネージュは向かい合って横になっている。
その間、無人販売所イースターパーティーは閉店時間を迎えたのでクレールとダールの二人は閉店作業をする。デールとドールそしてルナはマサキとネージュそしてビエルネスの面倒を見ることになる。
「……ダ、ダメでしたね……」
「……ダメだったな……」
ネージュとマサキは酷く落ちこんでいる。そして『死ぬほどの苦しみ』を味わった精神的なダメージと疲労感も合わさりぐったりとした様子だ。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
デールとドールは幼いながらも自分たちのせいでこうなってしまったのだと理解する。しかし、それは間違った解釈。悪いのはマサキとネージュを毎回苦しめている精神的病だ。決してデールとドールが悪いわけではない。
「授業参観は……」
「ダールお姉ちゃんだけで……」
デールとドールも諦めムード。否、諦めるしかなかったのだ。
しかし、マサキとネージュは首を横に振る。頭が枕の上に置いてあるので、実際のところ振るというよりは揺らすといった方が表現が正しい。それでもデールとドールの意見を断っているのには変わりない。
「諦めるのはまだ早いぞ」
「そうですよ。まだ早いです」
「で、でも……」
「で、でも……」
根拠のない言葉。これ以上特訓する時間もなければ策を練る時間もない。
しかし、マサキは自信満々の表情を双子の姉妹に向けている。隣に寝ているネージュも真っ直ぐな眼差しを向けている。
「ビエルネスちゃんはもう回復してるんですよ」
「え? でもまだ寝てるよ」
「え? でもまだ寝てるよ」
デールとドールの言うとおりビエルネスはまだ眠りの中だ。寝言は言っていても一度も起きていないのが現実。回復したかどうか本人にしかわかるはずがない。
「えーっと……そ、そうですよねマサキさん」
実際のところネージュもビエルネスが回復しているかどうかわかっていなかった。
だからこそマサキに話の主導権を譲る。否、元々マサキが話すべきだった内容だ。なぜならネージュはビエルネスを見て判断したのではなくマサキの表情を見て判断したのである。
「部屋に戻ったとき、ビエルネスちゃんの寝顔を見て、マサキさん安心した表情をしましたから、大丈夫だと思ったんですが、そうですよね」
「あっ、俺の表情見て判断したのか。まぁ、ネージュの言う通りなんだけど、ビエルネスの肌の色が戻ってるし表情も柔らかくなってたからな。完全に回復してるかどうかはまだわからないけど、起きときには軽い頭痛と空腹感だけで済むと思うんだ。あっ、これ居酒屋で働いていた時の知識ね」
居酒屋で働いていた時代に千を越えるほどの酔っ払いを見てきたマサキ。その中で得た酔っ払いに対する知識は豊富だ。だからこそビエルネスの顔色と表情を見ただけで大丈夫だと判断したのである。
「だから大丈夫だよ。ビエルネスの魔法さえあれば俺とダールの二人で授業参観に行けるよ」
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん」
「本当は魔法に頼らなくて行きたかったけど……これだけはどうしても無理みたいだからな」
魔法に頼らず自由に行動したいという気持ちはマサキにはある。それはネージュから離れたいという意味ではなく、恐怖心や苦しみから解放されたいという意味だ。
「でも、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「でも、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「ん?」
「からだ……」
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次に心配するのは体の心配だ。先ほどの特訓でマサキは精神的にも肉体的にも疲労している。そんな体で授業参観に行けるのかどうか心配するのは当然なのである。
「あー、問題ないかな。こっちにきてから少し、いや、結構、慣れないことが多かったからさ。体力的にも精神的にもちょっとのことじゃ怯まなくなったからね。まぁ、みんながいてくれるおかげでもあるんだろうけどさ。だから俺の体は心配しないでくれ」
「うん!」
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ようやく笑顔が戻ったデールとドール。マサキも双子の姉妹に笑顔を向けるが、その笑顔が無理に作っている笑顔だと、青く澄んだ瞳に映すネージュは気が付いていた。
(……大丈夫なわけないじゃないですか。立ち上がるのも辛いはずです。その証拠に今も横になってるじゃないですか。私と同じだけの疲労感があるのなら明日の授業参観はかなり厳しいものになると思いますよ。それでもマサキさんはデールとドールを悲しませないために嘘をついて…………本当に優しい人ですね)
ネージュは布団の中で手を伸ばした。
手を伸ばした先にはマサキの手がある。まるでどこに手があるのかわかっているかのようにマサキの手に届いたのである。そしてそのまま布団の中で手を握る。
なぜ手を伸ばしたのか。なぜ手を握ったのか。ネージュ自身にもわからなかった。しかし、これだけは伝えたかったのである。
「明日頑張ってくださいね」
言葉だけではなく、手を握り触れ合いながら自分の気持ちを伝えたかったのだ。
優しく温かい言葉と天使のような笑顔を向けられたマサキの返事は一つしかない。
「うん。頑張るよ」
肉体的疲労、精神的疲労など、ネージュの笑顔の前では無いに等しい。最高の回復魔法だ。
マサキの体温は上昇した。ネージュの優しさという温もりが全身を包み込んだからだ。
「デールとドールもゆっくり休んでくださいね。風邪なんか引いたら元も子もないですからね」
「はーい」
「はーい」
双子の姉妹の笑顔もまたマサキとネージュの心と体を癒してくれる最高の回復魔法だ。
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