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第4章:恋愛『月明かりの告白編』

197 落ちてきそうなほど大きなお月様

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(俺の名前はセトヤ・マサキ。異世界に来て早…………何日だ? まあいい。そんな俺は異世界で初めて、お月見をしている。元の世界でもお月見なんて滅多にしない。最後にしたのは、確か…………そう、小学生の頃だ。おばあちゃんと二人で団子を食べながらお月見をしていた。そんな昔のことだ。だから俺は忘れていたのかもしれない…………月の……月の……大きさを!)

 マサキの黒瞳には、今にも落ちてきそうなほど巨大な月が映っていた。もはや夜空に見える月なのか、月に見える夜空なのか、混乱してしまうほど大きいのだ。

「って! いくらなんでも大きすぎだろ!」

「今がピークみたいですね。とても綺麗です。こんなに大きいとは……私も驚きましたよ!」

「綺麗っていうか、落ちてきそうで怖いんだけど……本当にこの月、大丈夫かよ」

「マサキさんは怖がりさんですね。大丈夫ですよ。手が届きそうなほど近くにありますが、全然届きませんよ。それくらい遠くに月があるので落ちてきたりしませんよ」

「お、おう……冷静なネージュ、なんか新鮮だ」

「うふふ。そうですか。それよりも今しか見れないんですからお月見を楽しみましょう」

 ネージュが冷静でいられるのは、月に心を奪われているからだ。
 月に心を奪われることによって、不安や恐怖や緊張などありとあらゆる負の感情が、ネージュの心の中で砂の一粒のように小さな存在であることを無意識に心が感じているのだ。
 その心こそ、目の前の月のように大きく輝いている。月と砂。どちらが大きいか明白だ。
 そんな大きな心の前では、砂のように小さな負の感情は表舞台に姿を表すことは不可能なのである。

「そ、そうだな。目に焼き付けておくよ」

 マサキは冷静なネージュを見て、この光景を目に焼き付けることにした。
 それは今にも落ちてきそうなほど大きな月だけを指しているわけではない。正面にいる月明かりに照らされた白銀色の髪の兎人族とじんぞくの美少女の姿もだ。

 そんなマサキの視界をパタパタと半透明の羽を羽ばたかせながら飛んでいる妖精族が横切った。

「ま、ましゅた~」

 顔を赤らめてすでに出来上がっている様子だ。飛び方も千鳥足のようにふらついていて危なっかしい。
 そんな妖精をマサキは手のひらで受け止める。

「おいおい。だから飲み過ぎるなって言っただろ。大丈夫か?」

「だいろょうぶます。それにしゅても、おおきいれすねぇ~」

「めちゃくちゃ大きいよな。てか、妖精族からしたらもっと大きく感じるよな」

「そうれすよ~。それにふたつも~。ましゅた~もいつのまにか、ふたりに~」

「酔いすぎだぞ。もう休んどけ」

「だいろょうぶますよ。こんやはぶれいこうでしゅよぉ~」

「どこでそんな言葉覚えてきた。というか聞きたく無い言葉ベストテン。迷惑な言葉ベストスリーだわ。」

「……ましゅた~……ましゅた~」

「…………って寝てるし。しょうがないな。ルナちゃん、背中を貸してくれ」

「ンッンッ」

 手のひらの上でそのまま眠ってしまったビエルネス。そんな妖精のことを考えたマサキはルナの背中の上で眠らせることにした。
 ベット以上にふわふわもふもふで体を痛めることはない。そして暖かく風も凌げるので、体をやして風邪を引くことはまず無いだろう。眠るのなら最適な場所だ。
 ただし妖精族のように小さな生き物に限る。

「絶対にルナちゃんの背中で吐かないでくれよ。絶対にルナちゃんの背中で吐かないでくれよ。絶対にルナちゃんの背中で吐かないでくれよ。絶対にルナちゃんの背中で吐かないでくれよ――」

 マサキは眠っているビエルネスに暗示をかけるように繰り返し言葉をかけた。

「ンッンッ!」

 背中にビエルネスを乗せられたルナだが、小さく切られたバナナを食べながら月を見ていた。そして楽しげに声を漏らしていた。
 そんなルナの漆黒の瞳に反射して月が映っているのを、マサキは見た。

「バナナを美味しそうに食べてるし、ちゃんとお月見を楽しんでる感じがあって様になってるな。さすがウサギだ」

 団子ではなくバナナを食べているのは、ウサギに団子は食べれないからだ。だからせめて色だけでも近いものをと選んだのがバナナだったのである。
 それでも様になっているのだから、ウサギと月というものは切っても切り離せない関係なのだろうとマサキは心の中で思った。

「も、もう食べられないぞー」
「デールも~」
「ドールも~」

 そんな声がマサキの耳に届いた。そしてその声の方へと顔を向ける。
 すると仰向けになって寝転がっているクレールとデールとドールのちびっ子三人組の姿が黒瞳に映った。

「ちょいとペースが早過ぎたんじゃないか?」

「だって美味しかったんだもん」
「おいしかったー」
「おいしかったー」

「だからと言ってさすがに食べ過ぎだろ。団子はすぐに腹いっぱいになるからな。見ろ、ネージュを! まだまだ食べれそうだぞ!」

 と、マサキは月に心を奪われながらも未だに団子を食べ続けているネージュを指差す。

「だから食いしん坊さんみたいに言わないでください! 私は純粋にお月見を楽しんでるだけです!」

「おー、すごいぞー」
「お姉ちゃんすごい」
「お姉ちゃんすごい」

 ちびっこ三人組は、尊敬の目をネージュに向けた。

「も~う。マサキさんのせいですからね!」

「あははは。ごめんごめん」

 月見というシチュエーションの影響か、自然と笑みが溢れる。

「ふふふっ。マサキさんもいっぱい食べてるじゃないですかー」

「俺はさっき食べ始めたばかりだからな。ネージュは月が出る前から食べてただろ~」

「もーう。またそうやって私を食いしん坊さんにしようとしてー。ふふふっ」

 月明かりに照らされたネージュの笑顔は、星よりも綺麗で美しく、何よりも暖かい。そして邪悪な心を溶かしてしまうほど優しい笑顔だった。
 これこそが月見の本当の醍醐味なのかもしれない。そんなロマンティックなことが柄にもなく頭の中に浮かんできたマサキは、月に向かって一言溢すのであった。

「ありがとう」

 それは、お月見という場面を作り出してくれた主役の月に向けての感謝。
 それは、見守ってくれている兎人族とじんぞくの先祖たちへの感謝。
 それは、ネージュの笑顔を引き出してくれた月への感謝。そしてその笑顔への感謝。
 それは、この場にいる家族とも呼べるほどの仲間たちへの感謝。

 たった一言にたくさんの感謝を込めたのである。

 そんな中、オレンジ色の髪をした兎人族とじんぞくの美少女ダールだけいつもと様子が違かった。
 そよ風がダールの前髪を揺らすが、彼女は瞬きを忘れ、大きな月をじーっと眺め続けている。何も喋らずただひたすらに見つめ続けている。
 そんないつもの様子とは違うダールの横顔が視界に入ったマサキは思考する。

(なんかいつもと違って静かだな……こんくらい大人しければダールもなかなか可愛いんだよな。ウサ耳付いてるし俺からしたら美少女だ…………って、違う違う。そうじゃない。そういえば、ダールも両親を亡くしてるんだったよな。そんで両親に代わって妹たちの世話して…………だから月を見つめ続けてるのか。積もる話もあるだろうから、そっとしておいてあげるか)

 マサキはダールの横顔に見惚れそうになるが、ダールの気持ちを汲んで声をかけるのを辞めた。そして目の前の団子に手を伸ばし気を逸らした。

(団子うまっ。こんなに調味料があるのに、みたらし団子とか黒胡麻団子とかの味付けはないんだな。そこは異世界らしい……のかな。今度またお月見するときは試行錯誤して作ってみるか。それにしても団子美味いわ)

 故郷の日本で食べた団子の味を思い出すマサキ。そんな彼の耳に銀鈴の音色のような声が届く。

「マサキさん。マサキさん」

「ん? どうした? 足りないのか?」

「違いますよー。またやりましょうねって言おうとしたんです!」

「俺も今同じこと考えてたわ。また同じメンバーでお月見しような」

「はい! 絶対にしましょう!」

 団子を両手に持ちながら小さくガッツポーズを取るネージュ。そのまま両手の団子はネージュの口の中へと運ばれた。

(本当に美味しそうに食べるよな。だからクレールたちも釣られて食べるペースが速まったんだろうな。俺もその一人だし…………団子うまっ)

 こうしてマサキたちは全力で月見を楽しんだのだった。
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