159 / 417
第3章:成長『温泉旅行編』
149 副作用
しおりを挟む
月明かりから太陽の光へと変わった頃、太陽のように明るく元気な声がマサキの耳元に届いた。
「おはよー!」
「おはよー!」
同時にかかる元気な声。この声の主は双子の姉妹デールとドールだ。目を覚まし朝の挨拶をしたのである。
元気な声に対して疲れ切った掠れた声で返すのはマサキだった。
「……お、おはよう…………」
無理もない。マサキは一睡もしていないのだ。その原因は一目で理解できる。
「みんなどうして一緒の布団で寝てるのー?」
「みんなどうして一緒の布団で寝てるのー?」
幼いが故の純粋な質問。そう。マサキが一睡もできなかった原因はこれだ。
マサキの上にはネージュが乗り、右半身にはクレールが抱き付き、左半身にはダールが抱き付いている。昨夜と何も変わらない状況なのである。
「あ、あはは……みんな疲れて寝相が悪かったみたいだよ……あはは……」
苦笑いで笑うしかない。
幼いデールとドールに心配はかけられない。そもそもネージュたちがおかしくなった原因がわからない以上どうすることもできないのだ。
そんな時、マサキの全身を締め付けていた感覚が徐々に薄れていった。マサキは最初、体が麻痺したのかと思ったのだが、すぐに違うと判断する。なぜなら――
「おはようございます。あ、あれ? なんでマサキさんの上に? それにクレールとダールも……」
ネージュが目を覚ましたのだ。
「あはは……お、おはよう」
とりあえず挨拶をする。初めは挨拶から。基本中の基本だ。
「おはようございます。いてて……」
「ど、どうした?」
「ちょっと頭が痛いですね」
ネージュは頭を抑えながらマサキの上からゆっくりと降りて自分の布団に戻った。マサキに抱き付くクレールとダールのことを後回しにするほどの頭痛だということだ。
「だ、大丈夫か?」
「少し休めば問題ないと思います。たまにあるんですよね。朝起きると頭痛がすることが」
「そ、そうなんだ……ゆ、ゆっくり休んで……」
「……はい。もう少しだけ」
ネージュは布団を頭まで被り再び寝始めた。頭痛が治るまでの一時的な二度寝だ。
ネージュが退いたことによってマサキの体は動かせるようになった。筋肉は少ししかない細腕のマサキだが腕に抱きつくクレールとダールを振り解くことくらいはできる。
マサキがクレールとダールを振り解こうとする寸前、クレールとダールが同時に目を覚ました。
「あ、あれ? おにいちゃん?」
「どうして兄さんが?」
二人とも同じようなリアクションだ。先ほどのネージュと比較しても三人とも同じようなリアクション。まるで昨夜の記憶がないかのようなそんな感じだ。
「お、おはよう……二人とも寝相が悪くてこっちにまで転がってきたっぽいよ……」
マサキは嘘をつくしかなかった。昨夜のことを忘れているのなら真実を話す必要もあるまい。それに真実を話したとしても通常通りに戻ったクレールとダールそしてネージュは『夢』なのではないかとマサキの言葉を信じないはずだ。
それならばそっとしておくのが吉だろう。そっとしておくためには嘘をつくしかないのである。
「そ、そうなんだ……なんか頭がクラクラする……もう少しだけ寝たいかも……しれない……ぞ……」
クレールは右顔半分を覆い隠すほど大きいウサ耳に手を入れてこめかみ部分を押しながら答える。
「クレールの姉さん。アタシもッス。転がってきたときに頭でも打ったのかもしれないッス……」
ダールは一番端にある自分の布団を見ながら答えた。
そのままクレールとダールは自分の布団へと戻っていく。先ほどのネージュと同じように頭痛を抑えることで精一杯なのだ。
「お、お大事に……」
と、目の下にクマをたくさん作った青年がいたわりの言葉をかけた。
そんな様子をデールとドールは小首を傾げて不思議そうにしながら終始見ていた。
「ん?」
「ん?」
不思議がるのも無理もない。眠りにつき体力を回復したはずなのに三人とも頭痛でぐったりしているのだ。
「だいじょうぶー?」
「だいじょうぶー?」
その後、不思議に思うことをやめて頭痛でぐったりする兎人ちゃんたちにそれぞれ声をかけていった。
終始様子を見ていたのはデールとドールだけではない。全ての元凶。変態妖精のビエルネスもだった。
「……『ネトラレーゼ』のピークはキスまで……それ以上の事は一切起こらない。そして効果の持続時間は約二時間……その後は一度も意識を覚醒することはなく……朝まで眠り続ける……そして副作用として意識の覚醒とともに起こる頭痛……三人とも同じような結果……うん。いいデータが取れました。そしていいNTRが見れました。ただ副作用をなくし持続時間を増やさないといけませんね……それにもう少し興奮するようにしないと。まだまだ改良の余地があります……そ、それにしてもね、眠い……」
マサキ同様にビエルネスも一睡もしていないのだ。これも興味がそそるNTRだけのためではなく研究者としての実験の結果を記録するためのもの。この結果を見なければ改良への次のステップに進めないのである。
「もっといい魔法を……もっと興奮する、最高の魔法……を……まほ……う……を……」
ビエルネスは自分の布団の中でぶつぶつと言いながら死んだかのように眠りについたのだった。
デールとドールは頭痛で寝始めた兎人ちゃんたちを見終わったあと、ビエルネスとルナが起きているのか確認を始めた。デールがビエルネスの布団を開けて覗き、ドールがルナの元へと向かったのだ。
ビエルネスの布団を開けて覗いたデールは兎人ちゃんたちのようにぐったりしているビエルネスを見て口を開く。
「ビエルネスちゃんも疲れてそうだよ」
そのデールの言葉にマサキが驚きながら反応する。
「え、ビエルネスも? やっぱりビエルネスの仕業じゃなかったのか。ちょっと疑いすぎたな申し訳ない気持ちだ……」
別の意味で疲れ切って寝てしまったビエルネス。元凶はビエルネスなのだが、結果的にマサキの疑いが解けてしまい昨夜の事件は一生解決しない闇へと葬られたのだった。
ルナの元へと向かったドールはルナを抱っこしながらマサキの元に持ってきてマサキにルナを見せた。
「ルナちゃんは元気だよー」
「ンッンッ! ンッンッ!」
温泉に入った影響だろうか。ルナのもふもふの毛並みはいつもよりも綺麗で艶めいていた。そして漏れる声はいつもよりも大きく元気いっぱいだった。
そんなルナを見てマサキは上半身を起こしながら口を開く。
「よ、よかった。ルナちゃんは元気いっぱいか……」
安堵するマサキ。その安堵から限界を超えていた眠気が一気に押し寄せてくる。しかしマサキは眠ろうとはしなかった。眠らないために固まった上半身を無理やり起こしたのだ。
(元気なのはデールとドールとルナちゃんだけ……様子がおかしかったネージュたちはともかくビエルネスまでぐったりしてるとは思わなかったよ。もしもこのまま俺が寝ちゃったら、目の前の可愛らしい子供たちはどうなる? 誰かが起きるまで部屋にいて遊ぶこともおろか看病とかも始めかねない。それはあまりにもいたいけで可哀想だ。せっかくの旅行。それに初めての旅行だ。いい思い出を作ってあげなきゃいけない。それが大人の務めってもんだろ。俺みたいな腐った大人にはなってほしくないからな。そのためにも俺がしっかりしないとだ。だから俺が起きて旅行を楽しんであげないと……)
マサキはデールとドールのために己の体を犠牲にしたのである。
(大丈夫。居酒屋で働いてた時代はストレスで三日連続寝れなかったこともあった。これくらい余裕だ)
そう意地を張りながらドールからルナを受け取り抱っこする。
「ンッンッ!」
数時間ぶりにマサキに抱っこされてルナは嬉しそうだ。丸くて小さなウサ尻尾が犬のようにブンブンと動いている。
そんな元気な様子のルナを抱っこする手のひらから感じるマサキは自然と笑顔が溢れる。そして目の前にいる寝癖のついた双子の兎人族たちを見ながら口を開いた。
「みんなはしゃぎすぎて疲れちゃってるみたいだから、俺たちだけで遊びに行こうか」
「うん!」
「うん!」
マサキの言葉が相当嬉しかったのだろう。デールとドールは黄色の双眸をキラキラに輝かせながら元気いっぱいに嬉しそうに返事をしたのだ。
そんな元気いっぱいな返事からマサキは深く考えてしまった。
(この子たちは今日一日は遊べないっていう最悪の事態も想定してたんだろうな。そうじゃなきゃこんなに嬉しそうに返事なんてしない。それに返事一つで終わらせたのは頭痛で苦しむネージュたちのためだろうな。普通何も気にせずはしゃぐだろ。本当にいい子供たちだ。なんか泣けてきた……)
マサキの考えは間違ってはいない。このメンバーの中で一番に幼いとはいえ一番の常識人。周りのことをよく観察し自分たちがどのように行動したらいいかをこの歳で理解し行動しているのだ。
「よし、そうと決まれば着替えて朝食を食べて遊びにいくぞ! ネージュたちが出れないからって予定の変更はしない! 『温泉ランド』に向かうぞ!」
気合いの入ったマサキの言葉にデールとドールは周りに気を使い静かに返事をした。
「おー!」
「おー!」
この返事でマサキの考えが正しかったと証明されたのだ。デールとドールは一番の常識人で周りをよく見ているということに。
目的が決まれば行動するのみ。マサキは遊びに出かけるためにデールとドールにこれからどうするべきかを指示をする。
「まずデールとドールは可愛らしい寝癖を治す。そんで出かけるためにお着替えを準備してくれ。確か水着が必要らしいから忘れないように! 俺は俺でやらなきゃいけないことがあるから、ゆっくりと出かける準備をしていこう!」
「りょーかいです!」
「りょーかいです!」
敬礼しながら返事をするデールとドール。そのまま寝癖を治すためにお風呂場にある洗面台へと向かっていった。
洗面台へと向かうデールとドールを見送ったマサキはビエルネスが眠る布団をゆっくりとめくる。
「おーい、ビエルネス」
「ぬぅぅ……マ、マスター?」
「寝てるところ悪いんだけど、精神を安定させるあの魔法をかけてくれ。そろそろ効果が切れるだろ?」
ビエルネスの精神を安定させる抗不安剤のような魔法がなければマサキとネージュは離れ離れで行動することが不可能。もし魔法の効果がなく離れ離れで外出してしまえば『死ぬほどの苦しみ』を味わうことになる。
魔法がなくても離れられる距離は二メートルが限界だ。たったの二メートルしか離れられないので離れて行動する際にはビエルネスの魔法は必須なのである。
「あ、はい、魔法ですね。了解しました」
やけに素直に魔法をかけ始めるビエルネス。ただ眠たいからなのか、寝ぼけているのか、それとも昨夜のことでマサキに負担をかけてしまったと反省しているのか、どれにせよスムーズに話が進んでマサキにとっては大助かりだ。
ビエルネスの手のひらからは深緑、薄緑、深黄色、薄黄色、さらには黒色に近い緑色の魔法の粉が光にりながらマサキとネージュに向かって放たれた。
その光が消えれば魔法が完了した合図となる。
「ありがとうビエルネス。ゆっくり休んでくれな。お土産も買ってくるからな」
「マ、マスター」
マサキはビエルネスに優しい言葉を向けながら優しく布団をかけたあげた。
これは昨夜の事件の犯人をビエルネスだと疑ってしまったマサキがビエルネスに対して申し訳ない気持ちから出た行動だ。
「ありがとうございます」
「おう」
お互い何も知らない方が良い関係が築ける場合がある。まさに今がそのパターンなのである。
「ネージュたちにもお土産買ってくるからなゆっくり休んでくれよ。あと旅館のスタッフにも事情を話しておくからな」
聞いているかどうかわからないネージュとクレールとダールに対して言葉をかけるマサキ。
微かに布団の中から三人の声が聞こえてくる。
「マサキさん。ありがとうございます。気をつけてくださいね」
「おにーちゃんありがとう。気をつけるんだぞ」
「兄さんありがとうッス。妹たちをよろしくッス」
かすれた声で同時に返事が返ってきたせいで何を喋っているのか全く聞き取れなかったマサキ。しかしいい返事だと解釈をし、マサキはデールとドールと一緒に遊びに出かけるための準備を始めた。
あくびを何度もかみころしながら。
「おはよー!」
「おはよー!」
同時にかかる元気な声。この声の主は双子の姉妹デールとドールだ。目を覚まし朝の挨拶をしたのである。
元気な声に対して疲れ切った掠れた声で返すのはマサキだった。
「……お、おはよう…………」
無理もない。マサキは一睡もしていないのだ。その原因は一目で理解できる。
「みんなどうして一緒の布団で寝てるのー?」
「みんなどうして一緒の布団で寝てるのー?」
幼いが故の純粋な質問。そう。マサキが一睡もできなかった原因はこれだ。
マサキの上にはネージュが乗り、右半身にはクレールが抱き付き、左半身にはダールが抱き付いている。昨夜と何も変わらない状況なのである。
「あ、あはは……みんな疲れて寝相が悪かったみたいだよ……あはは……」
苦笑いで笑うしかない。
幼いデールとドールに心配はかけられない。そもそもネージュたちがおかしくなった原因がわからない以上どうすることもできないのだ。
そんな時、マサキの全身を締め付けていた感覚が徐々に薄れていった。マサキは最初、体が麻痺したのかと思ったのだが、すぐに違うと判断する。なぜなら――
「おはようございます。あ、あれ? なんでマサキさんの上に? それにクレールとダールも……」
ネージュが目を覚ましたのだ。
「あはは……お、おはよう」
とりあえず挨拶をする。初めは挨拶から。基本中の基本だ。
「おはようございます。いてて……」
「ど、どうした?」
「ちょっと頭が痛いですね」
ネージュは頭を抑えながらマサキの上からゆっくりと降りて自分の布団に戻った。マサキに抱き付くクレールとダールのことを後回しにするほどの頭痛だということだ。
「だ、大丈夫か?」
「少し休めば問題ないと思います。たまにあるんですよね。朝起きると頭痛がすることが」
「そ、そうなんだ……ゆ、ゆっくり休んで……」
「……はい。もう少しだけ」
ネージュは布団を頭まで被り再び寝始めた。頭痛が治るまでの一時的な二度寝だ。
ネージュが退いたことによってマサキの体は動かせるようになった。筋肉は少ししかない細腕のマサキだが腕に抱きつくクレールとダールを振り解くことくらいはできる。
マサキがクレールとダールを振り解こうとする寸前、クレールとダールが同時に目を覚ました。
「あ、あれ? おにいちゃん?」
「どうして兄さんが?」
二人とも同じようなリアクションだ。先ほどのネージュと比較しても三人とも同じようなリアクション。まるで昨夜の記憶がないかのようなそんな感じだ。
「お、おはよう……二人とも寝相が悪くてこっちにまで転がってきたっぽいよ……」
マサキは嘘をつくしかなかった。昨夜のことを忘れているのなら真実を話す必要もあるまい。それに真実を話したとしても通常通りに戻ったクレールとダールそしてネージュは『夢』なのではないかとマサキの言葉を信じないはずだ。
それならばそっとしておくのが吉だろう。そっとしておくためには嘘をつくしかないのである。
「そ、そうなんだ……なんか頭がクラクラする……もう少しだけ寝たいかも……しれない……ぞ……」
クレールは右顔半分を覆い隠すほど大きいウサ耳に手を入れてこめかみ部分を押しながら答える。
「クレールの姉さん。アタシもッス。転がってきたときに頭でも打ったのかもしれないッス……」
ダールは一番端にある自分の布団を見ながら答えた。
そのままクレールとダールは自分の布団へと戻っていく。先ほどのネージュと同じように頭痛を抑えることで精一杯なのだ。
「お、お大事に……」
と、目の下にクマをたくさん作った青年がいたわりの言葉をかけた。
そんな様子をデールとドールは小首を傾げて不思議そうにしながら終始見ていた。
「ん?」
「ん?」
不思議がるのも無理もない。眠りにつき体力を回復したはずなのに三人とも頭痛でぐったりしているのだ。
「だいじょうぶー?」
「だいじょうぶー?」
その後、不思議に思うことをやめて頭痛でぐったりする兎人ちゃんたちにそれぞれ声をかけていった。
終始様子を見ていたのはデールとドールだけではない。全ての元凶。変態妖精のビエルネスもだった。
「……『ネトラレーゼ』のピークはキスまで……それ以上の事は一切起こらない。そして効果の持続時間は約二時間……その後は一度も意識を覚醒することはなく……朝まで眠り続ける……そして副作用として意識の覚醒とともに起こる頭痛……三人とも同じような結果……うん。いいデータが取れました。そしていいNTRが見れました。ただ副作用をなくし持続時間を増やさないといけませんね……それにもう少し興奮するようにしないと。まだまだ改良の余地があります……そ、それにしてもね、眠い……」
マサキ同様にビエルネスも一睡もしていないのだ。これも興味がそそるNTRだけのためではなく研究者としての実験の結果を記録するためのもの。この結果を見なければ改良への次のステップに進めないのである。
「もっといい魔法を……もっと興奮する、最高の魔法……を……まほ……う……を……」
ビエルネスは自分の布団の中でぶつぶつと言いながら死んだかのように眠りについたのだった。
デールとドールは頭痛で寝始めた兎人ちゃんたちを見終わったあと、ビエルネスとルナが起きているのか確認を始めた。デールがビエルネスの布団を開けて覗き、ドールがルナの元へと向かったのだ。
ビエルネスの布団を開けて覗いたデールは兎人ちゃんたちのようにぐったりしているビエルネスを見て口を開く。
「ビエルネスちゃんも疲れてそうだよ」
そのデールの言葉にマサキが驚きながら反応する。
「え、ビエルネスも? やっぱりビエルネスの仕業じゃなかったのか。ちょっと疑いすぎたな申し訳ない気持ちだ……」
別の意味で疲れ切って寝てしまったビエルネス。元凶はビエルネスなのだが、結果的にマサキの疑いが解けてしまい昨夜の事件は一生解決しない闇へと葬られたのだった。
ルナの元へと向かったドールはルナを抱っこしながらマサキの元に持ってきてマサキにルナを見せた。
「ルナちゃんは元気だよー」
「ンッンッ! ンッンッ!」
温泉に入った影響だろうか。ルナのもふもふの毛並みはいつもよりも綺麗で艶めいていた。そして漏れる声はいつもよりも大きく元気いっぱいだった。
そんなルナを見てマサキは上半身を起こしながら口を開く。
「よ、よかった。ルナちゃんは元気いっぱいか……」
安堵するマサキ。その安堵から限界を超えていた眠気が一気に押し寄せてくる。しかしマサキは眠ろうとはしなかった。眠らないために固まった上半身を無理やり起こしたのだ。
(元気なのはデールとドールとルナちゃんだけ……様子がおかしかったネージュたちはともかくビエルネスまでぐったりしてるとは思わなかったよ。もしもこのまま俺が寝ちゃったら、目の前の可愛らしい子供たちはどうなる? 誰かが起きるまで部屋にいて遊ぶこともおろか看病とかも始めかねない。それはあまりにもいたいけで可哀想だ。せっかくの旅行。それに初めての旅行だ。いい思い出を作ってあげなきゃいけない。それが大人の務めってもんだろ。俺みたいな腐った大人にはなってほしくないからな。そのためにも俺がしっかりしないとだ。だから俺が起きて旅行を楽しんであげないと……)
マサキはデールとドールのために己の体を犠牲にしたのである。
(大丈夫。居酒屋で働いてた時代はストレスで三日連続寝れなかったこともあった。これくらい余裕だ)
そう意地を張りながらドールからルナを受け取り抱っこする。
「ンッンッ!」
数時間ぶりにマサキに抱っこされてルナは嬉しそうだ。丸くて小さなウサ尻尾が犬のようにブンブンと動いている。
そんな元気な様子のルナを抱っこする手のひらから感じるマサキは自然と笑顔が溢れる。そして目の前にいる寝癖のついた双子の兎人族たちを見ながら口を開いた。
「みんなはしゃぎすぎて疲れちゃってるみたいだから、俺たちだけで遊びに行こうか」
「うん!」
「うん!」
マサキの言葉が相当嬉しかったのだろう。デールとドールは黄色の双眸をキラキラに輝かせながら元気いっぱいに嬉しそうに返事をしたのだ。
そんな元気いっぱいな返事からマサキは深く考えてしまった。
(この子たちは今日一日は遊べないっていう最悪の事態も想定してたんだろうな。そうじゃなきゃこんなに嬉しそうに返事なんてしない。それに返事一つで終わらせたのは頭痛で苦しむネージュたちのためだろうな。普通何も気にせずはしゃぐだろ。本当にいい子供たちだ。なんか泣けてきた……)
マサキの考えは間違ってはいない。このメンバーの中で一番に幼いとはいえ一番の常識人。周りのことをよく観察し自分たちがどのように行動したらいいかをこの歳で理解し行動しているのだ。
「よし、そうと決まれば着替えて朝食を食べて遊びにいくぞ! ネージュたちが出れないからって予定の変更はしない! 『温泉ランド』に向かうぞ!」
気合いの入ったマサキの言葉にデールとドールは周りに気を使い静かに返事をした。
「おー!」
「おー!」
この返事でマサキの考えが正しかったと証明されたのだ。デールとドールは一番の常識人で周りをよく見ているということに。
目的が決まれば行動するのみ。マサキは遊びに出かけるためにデールとドールにこれからどうするべきかを指示をする。
「まずデールとドールは可愛らしい寝癖を治す。そんで出かけるためにお着替えを準備してくれ。確か水着が必要らしいから忘れないように! 俺は俺でやらなきゃいけないことがあるから、ゆっくりと出かける準備をしていこう!」
「りょーかいです!」
「りょーかいです!」
敬礼しながら返事をするデールとドール。そのまま寝癖を治すためにお風呂場にある洗面台へと向かっていった。
洗面台へと向かうデールとドールを見送ったマサキはビエルネスが眠る布団をゆっくりとめくる。
「おーい、ビエルネス」
「ぬぅぅ……マ、マスター?」
「寝てるところ悪いんだけど、精神を安定させるあの魔法をかけてくれ。そろそろ効果が切れるだろ?」
ビエルネスの精神を安定させる抗不安剤のような魔法がなければマサキとネージュは離れ離れで行動することが不可能。もし魔法の効果がなく離れ離れで外出してしまえば『死ぬほどの苦しみ』を味わうことになる。
魔法がなくても離れられる距離は二メートルが限界だ。たったの二メートルしか離れられないので離れて行動する際にはビエルネスの魔法は必須なのである。
「あ、はい、魔法ですね。了解しました」
やけに素直に魔法をかけ始めるビエルネス。ただ眠たいからなのか、寝ぼけているのか、それとも昨夜のことでマサキに負担をかけてしまったと反省しているのか、どれにせよスムーズに話が進んでマサキにとっては大助かりだ。
ビエルネスの手のひらからは深緑、薄緑、深黄色、薄黄色、さらには黒色に近い緑色の魔法の粉が光にりながらマサキとネージュに向かって放たれた。
その光が消えれば魔法が完了した合図となる。
「ありがとうビエルネス。ゆっくり休んでくれな。お土産も買ってくるからな」
「マ、マスター」
マサキはビエルネスに優しい言葉を向けながら優しく布団をかけたあげた。
これは昨夜の事件の犯人をビエルネスだと疑ってしまったマサキがビエルネスに対して申し訳ない気持ちから出た行動だ。
「ありがとうございます」
「おう」
お互い何も知らない方が良い関係が築ける場合がある。まさに今がそのパターンなのである。
「ネージュたちにもお土産買ってくるからなゆっくり休んでくれよ。あと旅館のスタッフにも事情を話しておくからな」
聞いているかどうかわからないネージュとクレールとダールに対して言葉をかけるマサキ。
微かに布団の中から三人の声が聞こえてくる。
「マサキさん。ありがとうございます。気をつけてくださいね」
「おにーちゃんありがとう。気をつけるんだぞ」
「兄さんありがとうッス。妹たちをよろしくッス」
かすれた声で同時に返事が返ってきたせいで何を喋っているのか全く聞き取れなかったマサキ。しかしいい返事だと解釈をし、マサキはデールとドールと一緒に遊びに出かけるための準備を始めた。
あくびを何度もかみころしながら。
0
お気に入りに追加
449
あなたにおすすめの小説
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる