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第3章:成長『温泉旅行編』

149 副作用

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 月明かりから太陽の光へと変わった頃、太陽のように明るく元気な声がマサキの耳元に届いた。

「おはよー!」
「おはよー!」

 同時にかかる元気な声。この声の主は双子の姉妹デールとドールだ。目を覚まし朝の挨拶をしたのである。
 元気な声に対して疲れ切った掠れた声で返すのはマサキだった。

「……お、おはよう…………」

 無理もない。マサキは一睡もしていないのだ。その原因は一目で理解できる。

「みんなどうして一緒の布団で寝てるのー?」
「みんなどうして一緒の布団で寝てるのー?」

 幼いが故の純粋な質問。そう。マサキが一睡もできなかった原因はこれだ。
 マサキの上にはネージュが乗り、右半身にはクレールが抱き付き、左半身にはダールが抱き付いている。昨夜と何も変わらない状況なのである。

「あ、あはは……みんな疲れて寝相が悪かったみたいだよ……あはは……」

 苦笑いで笑うしかない。
 幼いデールとドールに心配はかけられない。そもそもネージュたちがおかしくなった原因がわからない以上どうすることもできないのだ。
 そんな時、マサキの全身を締め付けていた感覚が徐々に薄れていった。マサキは最初、体が麻痺したのかと思ったのだが、すぐに違うと判断する。なぜなら――

「おはようございます。あ、あれ? なんでマサキさんの上に? それにクレールとダールも……」

 ネージュが目を覚ましたのだ。

「あはは……お、おはよう」

 とりあえず挨拶をする。初めは挨拶から。基本中の基本だ。

「おはようございます。いてて……」

「ど、どうした?」

「ちょっと頭が痛いですね」

 ネージュは頭を抑えながらマサキの上からゆっくりと降りて自分の布団に戻った。マサキに抱き付くクレールとダールのことを後回しにするほどの頭痛だということだ。

「だ、大丈夫か?」

「少し休めば問題ないと思います。たまにあるんですよね。朝起きると頭痛がすることが」

「そ、そうなんだ……ゆ、ゆっくり休んで……」

「……はい。もう少しだけ」

 ネージュは布団を頭まで被り再び寝始めた。頭痛が治るまでの一時的な二度寝だ。
 ネージュが退いたことによってマサキの体は動かせるようになった。筋肉は少ししかない細腕のマサキだが腕に抱きつくクレールとダールを振り解くことくらいはできる。
 マサキがクレールとダールを振り解こうとする寸前、クレールとダールが同時に目を覚ました。

「あ、あれ? おにいちゃん?」
「どうして兄さんが?」

 二人とも同じようなリアクションだ。先ほどのネージュと比較しても三人とも同じようなリアクション。まるで昨夜の記憶がないかのようなそんな感じだ。

「お、おはよう……二人とも寝相が悪くてこっちにまで転がってきたっぽいよ……」

 マサキは嘘をつくしかなかった。昨夜のことを忘れているのなら真実を話す必要もあるまい。それに真実を話したとしても通常通りに戻ったクレールとダールそしてネージュは『夢』なのではないかとマサキの言葉を信じないはずだ。
 それならばそっとしておくのが吉だろう。そっとしておくためには嘘をつくしかないのである。

「そ、そうなんだ……なんか頭がクラクラする……もう少しだけ寝たいかも……しれない……ぞ……」

 クレールは右顔半分を覆い隠すほど大きいウサ耳に手を入れてこめかみ部分を押しながら答える。

「クレールの姉さん。アタシもッス。転がってきたときに頭でも打ったのかもしれないッス……」

 ダールは一番端にある自分の布団を見ながら答えた。
 そのままクレールとダールは自分の布団へと戻っていく。先ほどのネージュと同じように頭痛を抑えることで精一杯なのだ。

「お、お大事に……」

 と、目の下にクマをたくさん作った青年がいたわりの言葉をかけた。
 そんな様子をデールとドールは小首を傾げて不思議そうにしながら終始見ていた。

「ん?」
「ん?」

 不思議がるのも無理もない。眠りにつき体力を回復したはずなのに三人とも頭痛でぐったりしているのだ。

「だいじょうぶー?」
「だいじょうぶー?」

 その後、不思議に思うことをやめて頭痛でぐったりする兎人ちゃんたちにそれぞれ声をかけていった。

 終始様子を見ていたのはデールとドールだけではない。全ての元凶。変態妖精のビエルネスもだった。

「……『ネトラレーゼ』のピークはキスまで……それ以上の事は一切起こらない。そして効果の持続時間は約二時間……その後は一度も意識を覚醒することはなく……朝まで眠り続ける……そして副作用として意識の覚醒とともに起こる頭痛……三人とも同じような結果……うん。いいデータが取れました。そしていいNTRものが見れました。ただ副作用をなくし持続時間を増やさないといけませんね……それにもう少し興奮するようにしないと。まだまだ改良の余地があります……そ、それにしてもね、眠い……」

 マサキ同様にビエルネスも一睡もしていないのだ。これも興味がそそるNTRネトラレだけのためではなく研究者としての実験の結果を記録するためのもの。この結果を見なければ改良への次のステップに進めないのである。

「もっといい魔法を……もっと興奮する、最高の魔法……を……まほ……う……を……」

 ビエルネスは自分の布団の中でぶつぶつと言いながら死んだかのように眠りについたのだった。

 デールとドールは頭痛で寝始めた兎人ちゃんたちを見終わったあと、ビエルネスとルナが起きているのか確認を始めた。デールがビエルネスの布団を開けて覗き、ドールがルナの元へと向かったのだ。

 ビエルネスの布団を開けて覗いたデールは兎人ちゃんたちのようにぐったりしているビエルネスを見て口を開く。

「ビエルネスちゃんも疲れてそうだよ」

 そのデールの言葉にマサキが驚きながら反応する。

「え、ビエルネスも? やっぱりビエルネスの仕業じゃなかったのか。ちょっと疑いすぎたな申し訳ない気持ちだ……」

 別の意味で疲れ切って寝てしまったビエルネス。元凶はビエルネスなのだが、結果的にマサキの疑いが解けてしまい昨夜の事件は一生解決しない闇へと葬られたのだった。

 ルナの元へと向かったドールはルナを抱っこしながらマサキの元に持ってきてマサキにルナを見せた。

「ルナちゃんは元気だよー」
「ンッンッ! ンッンッ!」

 温泉に入った影響だろうか。ルナのもふもふの毛並みはいつもよりも綺麗で艶めいていた。そして漏れる声はいつもよりも大きく元気いっぱいだった。
 そんなルナを見てマサキは上半身を起こしながら口を開く。

「よ、よかった。ルナちゃんは元気いっぱいか……」

 安堵するマサキ。その安堵から限界を超えていた眠気が一気に押し寄せてくる。しかしマサキは眠ろうとはしなかった。眠らないために固まった上半身を無理やり起こしたのだ。

(元気なのはデールとドールとルナちゃんだけ……様子がおかしかったネージュたちはともかくビエルネスまでぐったりしてるとは思わなかったよ。もしもこのまま俺が寝ちゃったら、目の前の可愛らしい子供たちはどうなる? 誰かが起きるまで部屋にいて遊ぶこともおろか看病とかも始めかねない。それはあまりにもいたいけで可哀想だ。せっかくの旅行。それに初めての旅行だ。いい思い出を作ってあげなきゃいけない。それが大人の務めってもんだろ。俺みたいな腐った大人にはなってほしくないからな。そのためにも俺がしっかりしないとだ。だから俺が起きて旅行を楽しんであげないと……)

 マサキはデールとドールのために己の体を犠牲にしたのである。

(大丈夫。居酒屋で働いてた時代はストレスで三日連続寝れなかったこともあった。これくらい余裕だ)

 そう意地を張りながらドールからルナを受け取り抱っこする。

「ンッンッ!」

 数時間ぶりにマサキに抱っこされてルナは嬉しそうだ。丸くて小さなウサ尻尾が犬のようにブンブンと動いている。
 そんな元気な様子のルナを抱っこする手のひらから感じるマサキは自然と笑顔が溢れる。そして目の前にいる寝癖のついた双子の兎人族とじんぞくたちを見ながら口を開いた。

「みんなはしゃぎすぎて疲れちゃってるみたいだから、俺たちだけで遊びに行こうか」

「うん!」
「うん!」

 マサキの言葉が相当嬉しかったのだろう。デールとドールは黄色の双眸をキラキラに輝かせながら元気いっぱいに嬉しそうに返事をしたのだ。
 そんな元気いっぱいな返事からマサキは深く考えてしまった。

(この子たちは今日一日は遊べないっていう最悪の事態も想定してたんだろうな。そうじゃなきゃこんなに嬉しそうに返事なんてしない。それに返事一つで終わらせたのは頭痛で苦しむネージュたちのためだろうな。普通何も気にせずはしゃぐだろ。本当にいい子供たちだ。なんか泣けてきた……)

 マサキの考えは間違ってはいない。このメンバーの中で一番に幼いとはいえ一番の常識人。周りのことをよく観察し自分たちがどのように行動したらいいかをこの歳で理解し行動しているのだ。

「よし、そうと決まれば着替えて朝食を食べて遊びにいくぞ! ネージュたちが出れないからって予定の変更はしない! 『温泉ランド』に向かうぞ!」

 気合いの入ったマサキの言葉にデールとドールは周りに気を使い静かに返事をした。

「おー!」
「おー!」

 この返事でマサキの考えが正しかったと証明されたのだ。デールとドールは一番の常識人で周りをよく見ているということに。

 目的が決まれば行動するのみ。マサキは遊びに出かけるためにデールとドールにこれからどうするべきかを指示をする。

「まずデールとドールは可愛らしい寝癖を治す。そんで出かけるためにお着替えを準備してくれ。確か水着が必要らしいから忘れないように! 俺は俺でやらなきゃいけないことがあるから、ゆっくりと出かける準備をしていこう!」

「りょーかいです!」
「りょーかいです!」

 敬礼しながら返事をするデールとドール。そのまま寝癖を治すためにお風呂場にある洗面台へと向かっていった。
 洗面台へと向かうデールとドールを見送ったマサキはビエルネスが眠る布団をゆっくりとめくる。

「おーい、ビエルネス」

「ぬぅぅ……マ、マスター?」

「寝てるところ悪いんだけど、精神を安定させるあの魔法をかけてくれ。そろそろ効果が切れるだろ?」

 ビエルネスの精神を安定させる抗不安剤のような魔法がなければマサキとネージュは離れ離れで行動することが不可能。もし魔法の効果がなく離れ離れで外出してしまえば『死ぬほどの苦しみ』を味わうことになる。
 魔法がなくても離れられる距離は二メートルが限界だ。たったの二メートルしか離れられないので離れて行動する際にはビエルネスの魔法は必須なのである。

「あ、はい、魔法ですね。了解しました」

 やけに素直に魔法をかけ始めるビエルネス。ただ眠たいからなのか、寝ぼけているのか、それとも昨夜のことでマサキに負担をかけてしまったと反省しているのか、どれにせよスムーズに話が進んでマサキにとっては大助かりだ。
 ビエルネスの手のひらからは深緑、薄緑、深黄色、薄黄色、さらには黒色に近い緑色の魔法の粉が光にりながらマサキとネージュに向かって放たれた。
 その光が消えれば魔法が完了した合図となる。

「ありがとうビエルネス。ゆっくり休んでくれな。お土産も買ってくるからな」

「マ、マスター」

 マサキはビエルネスに優しい言葉を向けながら優しく布団をかけたあげた。
 これは昨夜の事件の犯人をビエルネスだと疑ってしまったマサキがビエルネスに対して申し訳ない気持ちから出た行動だ。

「ありがとうございます」

「おう」

 お互い何も知らない方が良い関係が築ける場合がある。まさに今がそのパターンなのである。

「ネージュたちにもお土産買ってくるからなゆっくり休んでくれよ。あと旅館のスタッフにも事情を話しておくからな」

 聞いているかどうかわからないネージュとクレールとダールに対して言葉をかけるマサキ。
 微かに布団の中から三人の声が聞こえてくる。

「マサキさん。ありがとうございます。気をつけてくださいね」
「おにーちゃんありがとう。気をつけるんだぞ」
「兄さんありがとうッス。妹たちをよろしくッス」

 かすれた声で同時に返事が返ってきたせいで何を喋っているのか全く聞き取れなかったマサキ。しかしいい返事だと解釈をし、マサキはデールとドールと一緒に遊びに出かけるための準備を始めた。
 あくびを何度もかみころしながら。
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