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第3章:成長『温泉旅行編』

148 ネトラレーゼ

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 マサキは喜びという感情を通り越して苦しみという感情を味わっていた。

「マサキさん大好きです~」
「おに~ちゃん大好き~」
「兄さ~ん大好きッス~」

 ネージュとクレールとダールがこれでもかと体を密着させ腕や脚を絡ませてきている。そして絡んでいる腕や脚さらには頭や腰などをマサキに擦り付けて愛情表現をしているのだ。
 そのせいでマサキは愛されているという喜びよりも苦しさの方が勝ってしまい喜びたくても喜べない状態になってしまっているのである。
 さらにはいつもと違い異常な三人に困惑もしている。

(……く、苦しい……抱きつかれてるってよりも締め付けられてるって感じだよな……愛の囁きもこの苦しさの中だとこうも伝わらないものなのか……ってそうじゃなくて一刻も早くこの状況をなんとかしないと。このままじゃ俺の体がもたない……まずはネージュたちがどうしてこうなったのかを考えないと……)

 マサキはこの状況を打破するために考え始める。

(考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ)

 いくら考えても何も浮かばない。先ほど考えていた三つの原因の可能性がどれも低からである。なのでいくら考えてもネージュたちがおかしくなった原因やこの状況を打破する策が浮かばないのだ。

 そんな必死に思考するマサキに対してこの状況を作った犯人のビエルネスは布団の中で荒げる息を押し殺していた。

(ハァハァ……の効果がまさかここまでとはハァハァ……すっごく興奮しますよマスター。ハァハァ……いつまで効果が持つのか気になる所ですね。マスターにかけた魔法の効果が先に切れるか、それとも私のこの抑えられない欲求と興奮が爆発するのが先か、楽しみになってきました。ハァハァ……)

 ビエルネスは異常な状態のネージュとクレールとダールの三人の兎人族とじんぞくの美少女に魔法をかけたのではなく、通常通りのマサキに魔法をかけたのである。ネージュがまぶたの裏側から見たあの光こそビエルネスがマサキにかけた魔法だ。

(そうだ。この魔法にも命名をしないと…………この状況、この効果からして名前は………………そ、そうだ!)

 ビエルネスは魔法にピッタリの名前を思い浮かんだ。そしてそのまま頭の中だけで考えていればいいものの思わず口に出してしまう。

「名付けて『ネトラレーぜ』です! ハッ! ヤバッ!」

 思わず口に出してしまったビエルネスは手遅れだが口を塞いだ。しかしこの時のマサキは『変な寝言』だなぐらいにしか思っていなかった。それどころではなかったからだ。

(た、助かりました……ここでバレたら全て台無しでしたよ。危なかったです。ではではNTRネトラレの続きを)

 この魔法『ネトラレーゼ』は妖精族の魔法から派生したものでビエルネスお得意の人体や精神に効果を発揮するもの。その対象者は兎人族とじんぞくのみで兎人族とじんぞくが本能的に興奮を覚えたりするのである。よってネージュたちのように本音を語ったり甘えたりするのだ。
 つまりこれは猫にとっての『またたび』のようなもの。魔法が切れるまでの一時的の間、魔法にかけられた対象者は理性を失い興奮状態になるのだ。
 魔法の効果を受けているネージュとクレールとダールはマサキにメロメロなのだ。もともとマサキに好意を抱いている三人だからこそ余計に本音を溢し告白じみた恥ずかしい台詞をバンバンと口にしているのである。

「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき大しゅきです」
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき大しゅきだぞ」
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき大しゅきッス」

 三人とも『好き』『しゅき』と連呼しながら求めるように頭から脚まで全身を擦り付けている。相当マサキのことが好きすぎて狂ってしまっているのだ。

 ビエルネスに魔法をかけられたのはマサキだがマサキは対象者ではない。マサキに群がっていることから分かるようにマサキにかけられた魔法に反応してネージュたちが本能のまま群がっているのである。
 もしもネージュたち本人にビエルネスの魔法がかかったとしたらムンムンとしてしまい性欲を抑えきれずに自意行為を始めていただろう。そうしなければ満たされないのである。
 しかしビエルネスはそんなことを望んでいない。彼女が望んでいるのはNTRネトラレだけだからだ。

 先ほどは『またたび』と言ったがこれはあくまでマサキに魔法がかけられた場合にのみ言えること。兎人とじんちゃん本人にかけられたらもはや『麻薬』の類でしかないのである。それほど理性を失い興奮してしまうものなのだ。

 ネージュたちと同じ兎人族のデールとドールの双子の姉妹がマサキに群がらないのは幼すぎるからと考えられる。幼すぎるがゆえ魔法の効果の対象外になっているのかもしれない。
 もしくは幻獣でもあるルナが魔法から守護しているのかもしれない。それは幻獣についての情報が少ない以上憶測でしかない。むしろ妄想の範囲でしかないかもしれない。
 どちらにせよデールとドールは今も何事もないかのようにルナのもふもふボディを抱き枕にしてすやすやと眠っている。

「ンッンッ」

 ルナの漏れる声が布団の中から聞こえてくるがこの場合のルナの漏れる声はいびきのようなもの。ルナもデールとドールとともに何事もないかのようにすやすやと眠っているのだろう。

 ネージュとクレールとダールの三人がマサキに群がってから数分が経過した。いまだに事は起きておらず三人がマサキを求め全身を擦り付けているだけの状態だった。
 そしてマサキに対する愛を甘えた声で囁き続けているのである。

「好き好き好きマサキさんは私だけ。私だけの運命の人です。ずっと一緒です。ずっとずっと~」
「クーのとおに~ちゃんはずーっと一緒。二人っきりでずーっと一緒だぞ~」
「兄さ~んになら何されてもいいッス。だからずっとそばにいるッス~。ずっと一緒ッスよ~」

 自分だけのマサキだと言っている割には他の兎人ちゃんに対してなんのアクションも行わない。むしろそこがマサキが一番気になるところ。引っかかる所なのである。
 取り合っても独り占めしようとしてもおかしくない状況。なのになんのアクションもないのはこれまた不可解な事なのだ。

(もしかして俺しか見えてないとかか? 俺以外に対して全く絡みがないよな……という事はこの状況の原因の一端って俺じゃね? 俺が変なもん食べたってこと? 人間だから? 兎人族が大丈夫でも人間族はダメ的なやつ?)

 ようやくマサキの考察の針は正しい方向へと向き少しずつ真実へと近付いていった。
 ビエルネスの魔法がこの異常な状況の発端だが、マサキに魔法がかかっておりマサキ自身が『またたび』のようなものになっている。だからマサキ自身が原因の一端で間違いないのである。

(なんでこうなったかまでは推理できないし心当たりもない。けど……この場から俺がいなくなればネージュたちは落ち着きを取り戻しいつも通りに戻ってくれるはず。いや、そうであってほしい。そうじゃなきゃまずい。事が起きてからじゃ遅いんだ。みんなとの関係を崩したくない。絶対に。絶対に。絶対にだ!)

 マサキはこの状況を打破するためにこの場から去ろうと考えた。そして寝ている体に力を込める。立ち上がり部屋を出るためだ。
 幸いこの魔法以外にも精神を安定させる抗不安剤のような魔法がかかっておりまだ継続中だ。一人で部屋を飛び出したとしても怯え震える事はまずない。だからこそこの場から去ろうという考えが思い浮かぶのである。

 しかしどんなに決意を固めても、どんなに願ったとしてもマサキの体は動く事はなかった。本当に金縛りにでもかかっているかのように動かないのだ。
 なぜなら――

(締め付けられて全く動けねーぞ! そうだ、数分受け続けたせいで慣れてきて忘れてた。これめちゃくちゃ苦しいんだったわ……くそ……ここから抜け出す方法は……ってこの状況、脱出ゲームみたいだな。いやいや呑気に状況を楽しんでる場合か。考えろ考えろ考えろ。ここから抜け出す方法を!)

 マサキはネージュとクレールとダールに抱き締められて動くことが困難なのである。
 右腕を含む右半身はクレール。左腕を含む左半身をダール。これだけでもプロレス技に掛けられたかのように動く事が困難だ。さらに上にネージュが乗り力強く抱き締めているのだから脱出できる可能性は低い。否、不可能だ。

(あぁぁ……もう……くそ……美少女たちのいい匂いと温泉のいい匂いが俺の思考を鈍らせる。それに極め付けはもちもちぷにぷにのこの感覚だ!)

 マサキの上に乗り抱き付いているネージュのおっぱいマフマフが動くたびに大波のように激しく当たる。薄い浴衣だからこそ地肌と変わらないくらいにその感触を感じることができてしまうのだ。
 そしてマサキの左半身を抱き締めているダールは下半身をよく動かしている。むちむちな太ももでマサキの腰や脚を挟んだりしているのだけ。それはそれはもうむちむちの感触はすごい。
 さらにはマサキの右半身を抱きしめるクレールは頭をよく擦り付けている。右顔半分を覆い隠すほどの大きなウサ耳のふさふさで柔らかい感触といったらたまらないものだ。人間族のマサキからしたら未知の感触。ずっと触っていたい、ずっと撫でていたい、小動物と触れ合っているかのような感覚に近いものだ。

(べ、別に……これ以上何もしてこないんだったら……この場から抜け出す必要ってないんじゃないか? いや、でも待てよ、俺が何かしでかしてしまいそうになるだろ……いい匂いで柔らかくて気持ちがいい……このままいっそ……なんて考えちゃってる時点でアウトなんだよな。落ち着け落ち着け落ち着け。平常心だ。平常心を保て。あっちから何も仕掛けてこないんだ。それに俺は抜け出すことができない。なら、この状況を朝まで耐え続ければ俺の勝ちだ。朝になればデールとドールが起きるし旅館の従業員だって朝食の時間にきてくれる。誰かが助けてくれる! その前にみんなが正常に戻ってくれるのが一番だけどな。耐えるぞ。耐え続けるぞ。負けるな俺!)

 マサキの方針が決まった。耐え続けることだ。耐えて耐えて耐え続けてこの状況を乗り切ろうと考えている。
 実際に何かをしてきているわけでもない。一度ネージュがキスをしようとしたがそれも不発に終わっている。それ以上のことを誰も仕掛けてきていないのだ。だからこそ耐え続ければいずれマサキの勝利となる。

 マサキが方針を固めてから数十分が経過した。ネージュがおかしくなってから合計で二時間くらいのことだ。この数十分間、ネージュたちに変化はなかったのだが、ここにきて突然変化が訪れる。

「しゅき……き…………」
「しゅき……しゅ…………」
「き……ッス…………」

 ネージュとクレールとダールは電池が切れたおもちゃのように突然意識が遠のいていったのだ。

(あ、あれ? 電池切れ? 流石に眠くなったってこと?)

 マサキの予想は正しかった。

「フヌーフヌー」
「ハフーハフー」
「ヌピーヌピー」

 兎人ちゃんたちから寝息が聞こえてきたのだ。つまり兎人ちゃんたちは電池切れ。マサキを抱き枕にして眠ってしまったのである。

(よ、よかった。寝たか……)

 しかし、安堵するのはまだ早い。

(動けないことには変わりないんだよな。それにいつ目を覚ますかわからないからな。またさっきみたいに求められてクネクネ動かれても困るし…………って、あれ? 俺この状況寝れないんじゃね? せっかくの旅行なのに寝れないんじゃね? 怖いとか不安とか緊張とかじゃない別の理由で寝れないんじゃね? さ、最悪だ……)

 マサキはいつ起きるかわからない兎人ちゃんたちに警戒してしまい眠れなくなってしまったのである。否、寝てはいけなくなってしまったのである。

(だ、誰か俺を助けてくれ……………………あっ、柔らかい……むちむち……)

 マサキの寝てはいけない夜は朝まで続いたのだった。
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