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第3章:成長『温泉旅行編』
145 ババ抜き
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トランプのシャッフルを教えてから約一時間が経過した。
(意外とトランプのシャッフルだけで盛り上がるもんだな……なんか兎人族の心をくすぐるもんがあるのかな?)
ネージュたちは飽きることなくトランプのシャッフルを楽しんでいる。
表面のままシャッフルをしてトランプの数字と絵柄が変わる様子に不思議と心を奪われているのだ。
子ウサギサイズの小さな体でシャッフル自体できないビエルネスはマサキの肩の上からマサキの頭の上に移動して横になっていた。ルナをいつも乗せているマサキの頭はバランスがいい。横になっているビエルネスを落とすような揺れは一度も起きていない。
ビエルネスと同じくシャッフルができない以前にトランプができないイングリッシュロップイヤーのルナは前足を胸の下にしまい箱座りをしてぬいぐるみのように畳の床の上で静止していた。マフマフが大きすぎて餅のようになっている。
そして鼻をひくひくとさせながらネージュたちの様子を漆黒の瞳に映して見ていた。
(でも、そろそろババ抜きやらないと夜更かしコースだぞ。てか、シャッフルだけでも盛り上がってんだからいいか……いや、よくない。よくないぞ! 俺はババ抜きがしたい! だってババ抜きはボッチじゃできないから!)
ババ抜きをやりたいマサキは口を開く。そもそもババ抜きをやるためにトランプを出したのだ。そろそろトランプのシャッフルではなくババ抜きを初めてもいい頃だろう。
「あの……そろそろババ抜きをやりたいんだけど……」
申し訳なさそうに言うマサキ。未だにシャッフルを楽しんでいるのだから申し訳ない気持ちが先に出ても仕方ないことだ。
そんなマサキの言葉に驚いたのはネージュだ。青く澄んだ瞳を満月のように丸くさせながら口を開いた。
「えっ! これがババヌキってやつじゃないんですか?」
どうやら勘違いしていたようだ。
「さっき説明しただろ。これはゲームを始める前のトランプを混ぜるだけの行為であってこれ自体で楽しむ人はそうそういないんだよ」
「てっきりもう遊びが始まってるんだと思ってましたよ」
それほど楽しかったということだ。シャッフルで楽しめるのならきっとババ抜きでも楽しめること間違い無いだろう。
マサキはトランプを持っているダールからトランプを取り上げてルール説明を始めた。
ルール説明の際、軽くトランプをシャフルする。そして上から一枚ずつ配っていった。
「ババ抜きは絵柄とか関係なしで配られたトランプから同じ数字が揃ったら……って聞いてる?」
ネージュ、クレール、ダール、デール、ドールの兎人ちゃんたちの瞳はシャッフルを初めて見せたときのようにキラキラと輝いていた。
(まさか、トランプを配るだけのこの行為も気になるのか? いや、いかんいかん。これまでもやらせたら本当にババ抜きができなくなってしまう)
マサキは兎人ちゃんたちのキラキラ輝く瞳から何に興味が惹かれているのかを想像した。そしてそれを理解した瞬間、ババ抜きを絶対始めるために頭を切り替える。
「えーっとだな……同じ数字が揃ったら捨て札に置いて先に手札がなくなった人の勝ち。最後にジョーカーってトランプだけ残るようになってるからそのジョーカーが残ってた人の負けっていう簡単なゲーム……なんだけど……わ、わかったかな?」
話を聞いているのかどうかわからない兎人ちゃんたちに戸惑うマサキ。しかしそんな戸惑いを打ち消すかのように兎人ちゃんたちは元気に返事をした。
ネージュは「はい!」と、クレールは「うん!」と、ダールは「はいッス」と、デールとドールは「はーい」と、それぞれがそれぞれの返事で答えたのだった。
(まあババ抜きは簡単だしわからなくなったり間違ってたらその場で注意したらいいか)
遊びなのだから楽しくやろうと気持ちを切り替えたマサキはちょうどトランプを配り終えた。
トランプを配り終えたマサキにネージュが口を開く。
「よく喋りながらトランプを素早く配れましたね。機械見たいな動きでしたよ。本当にマサキさんは器用ですね」
「いやいやいや、これ普通だよ。マジックとかだったら……って余計ややこしくなるからその話は置いといて……ネージュだって喋りながら料理とかできるだろ。そんな感覚だよ」
「そうなんですね。初めて見た動きだったので驚いちゃいましたよ。やってもいいですか?」
「後でな。今からババ抜きを始めるんだからな……」
「は、はい……」
ネージュの垂れたウサ耳がさらに垂れてしょんぼりとする。トランプを配りたいだなんて変わった事を思っているのだが、初めて見るのなら好奇心が勝るのが当然。仕方がない事なのだ。
そのままそれぞれが目の前に配られたトランプを手にとった。
今回の参加者は畳の上で箱座りをしているウサギのルナとマサキの頭の上で寝ているビエルネス以外の六人。マサキ、ネージュ、クレール、ダール、デール、ドールの兎人ちゃん六人だ。
最初は初めてやるババ抜きに苦戦するものの数字が揃ったら捨て札にするという簡単なルールに兎人ちゃんたちも徐々に慣れてくる。そして何度も挑戦していくうちにミスなくババ抜きを行うことができるようになってきた。
ババ抜き開始から一時間経過。十回目のババ抜きが始まろうとする。
トランプを均等に一枚ずつ配るマサキ。トランプが配り終わる前にマサキは口を開く。
「そんじゃこれでラストにしよう。明日に支障が出たら困るからな」
「分かりました。これで最後ですね。絶対に負けませんよ」
ネージュは胸の前で小さくガッツポーズを取った。やる気十分ということだ。そしてそれだけ楽しんでいるということでもある。
「最終的に二択とか三択の運だからな。でも負けないぞ」
九回ババ抜きをやって一度も負けていないのはマサキだけだ。兎人ちゃんたちは全員マサキを倒そうと意気込んでいる。
トランプが配り終わりそれぞれが自分の手札を確認し、揃っている数字を捨て札に置いていく。全員が捨て札にトランプを置けなくなった状態になってからゲームがスタートされる。
基本的なルールで行っているババ抜き。時計回りで順々にカードを引いていく。順番は一個前のゲームの一番抜けから時計回りだ。
一個前のゲームの一番抜けはマサキ。つまり最後のゲームはマサキ、クレール、デール、ドール、ダール、ネージュの順番となる。
「それじゃ俺からだな」
マサキはクレールの五枚の手札からトランプを一枚引こうとする。
手札を引かれる際クレールは「ぬぬぬぬぬん」と声を漏らしながら集中している。初っ端から気合十分なのである。
「じゃあ真ん中……っと」
ここでマサキはクレールが持っている真ん中のトランプを引いた。そして引いたカードを見た瞬間、クレールが気合十分だった理由が判明する。
(ジョ、ジョーカーだと……だからあんなに険しい表情だったのか。でもジョーカーを引かれた後は喜びもせずにポーカーフェイスだ。この短時間でそこまでババ抜きをマスターしたってことか……恐ろしい成長。さすがクレールといったところか。俺もクレールを見習ってポーカーフェイスでジョーカーを受け取るか)
クレールの手札から引いたジョーカーを自分の手札に入れるマサキ。これで終わらずにブラフをかける。
「あー、揃ってないな……残念」
こう言う事によりマサキは自分があたかもジョーカーではなく数字を引いたというアピールを自然に行ったのだ。これもババ抜きという単純かつ簡単なトランプゲームにおける勝率を上げるための策略。
そしてこのマサキのブラフを知る者はこの時点で二人。マサキとクレールのみ。マサキの手札を引くネージュには気付いていない事実だ。
「クーはこれにしようかなー」
クレールの番になったのでクレールはデールの手札を引いた。
「クーも揃ってないー」
人数が多ければ多いほど揃いにくいのがババ抜きだ。ちょうど六人というプレイヤーの数は揃いにくい方に分別されるだろう。
「デールはこれー! あー、揃わなかったー」
「ドールはこれー! あー、ドールも揃わなかったー」
「アタシはこれッスよ! んー、残念揃ってない。ッス」
デールとドールそしてダールも揃わずにターンが過ぎていく。
そしていよいよネージュの番が訪れる。ネージュのが引くマサキの六枚の手札にはジョーカーが眠っている。
つまりネージュがジョーカーを引く確率は六分の一だ。
「ん~、どうしましょう……これですかね?」
ネージュはマサキの手札からトランプを引いた。そのトランプはハートのエースだ。
「あー、揃わなかったです……」
これで全員のターンが終了した。誰もペアを揃えることなく二周目に入る。
そのまま二周目、三周目、四周目、五周目とターンが過ぎていく。
その間にババ抜きに慣れたクレールが――
「やったー! クーが一抜けだぞー!!」
一番に抜けた。
この周回のネージュのターンでネージュがマサキのトランプを引く。
「マサキさんあと一枚ですか!?」
「うん。そうだよ。これで俺のニ抜け」
残り一枚の手札を揺らし調子に乗るマサキ。調子に乗りたくなるのも無理はない。なぜならその最後の一枚こそがババ。つまりジョーカーだからだ。
「う、うひぃ……」
ジョーカーを引いたネージュから漏れた声だ。
クレールほどババ抜きに慣れていないためついつい声が漏れてしまったのである。
次の周回では、デールが三抜けとなった。
「やったー! 三番目ー!」
次にドールが四抜けとなる。さすが双子だ。仲良く連続で抜けた。
「やったー! 四番目ー!」
先ほど聞いた声が繰り返されたかのように同じ声、同じリズム、同じ波長での喜びの声が響いた。
残りのプレイヤーははネージュとダールの二人。ネージュの手札は二枚。その中にジョーカーがいる。
そしてダールの手札は一枚だ。ダールは二択を当てさえすればここで勝利となる。
「さあダール。選んでください」
「引くッスよ。姉さん!」
ダールはゆっくりとネージュの手札に向かって右手を伸ばす。
そして二枚のトランプの上で右手が止まる。ゆっくりと左右のトランプの上に移動し品定めを始めた。ネージュの表情を観察しながら。
「これッスかね?」
「ぬぅぅ……」
ダールから見て左側のトランプでは険しい顔をするネージュ。
「それともこっちッスかね?」
「ぬふー」
ダールから見て右側のトランプでは安堵に満ちた表情をするネージュ。
再びダールの手元がゆっくりと左右のトランプの上で移動を繰り返す。
「これッスか?」
「ぬ、ぬぅ……」
「こっちッスか?」
「ぬふっふ」
スーッとダールの手が動く。
「ぬぬぬぅ……」
スーッとダールの手が先ほどのトランプの上に戻る。
「ぬふふっ」
険しい表情と安堵の表情。ネージュは顔に出てしまう正直者のようだ。
ダールは安堵の表情を浮かべる右側のトランプがジョーカーだと考えた。なので険しい表情を浮かべる左側のトランプを引いてこの勝負を終わらせようとする。
「これッスね!」
引いたトランプはハートの三。ダールの予想通りジョーカーではなかった。よってダールの手札ではペアが揃い、ネージュの手札にはジョーカーの一枚が残りババ抜きが終了となった。
「な、なんでわかったんですか……勝てると思ってましたのに……」
「姉さん顔に出てたッスよ」
「ほ、本当ですか!? 喋ったりしたらバレると思ってたので喋らないようにしてたんですが……まさか顔に出てたとは……」
美白がかったもちもちの頬を触り表情筋をほぐすネージュ。表情の変化は無意識だったようだ。
そんなネージュを見てマサキは考える。
(ネージュには今度ポーカーフェイスってやつを教えてやらないとな……またババ抜きやるとき負けちゃうからな)
ババ抜きに負けたネージュがトランプを片付け始めた事によりマサキも片付けを手伝い始める。
「よしっ! それじゃ明日のためにもトランプ片付けて布団を用意して寝るとするか」
ネージュはババ抜きで負けた事を忘れたかのように元気いっぱいに「はい!」と、返事した。
クレールも元気よく「うん!」と、返事をした。
ダールは「はいッス!」と、デールとドールは「はーい!」と、三姉妹同時に返事をした。
それぞれがそれぞれの返事で返事をした兎人ちゃんたち。素直に布団を並べて就寝へと向かう。
何度かマサキとネージュの家に泊まったことがあるお隣さんのダール三姉妹。その時を再現するかのように布団が並べられている。
今日一日が終わる。そんな寂しげで儚い感情がとても温かく心を包み込むような感覚を味わうマサキだった。
(意外とトランプのシャッフルだけで盛り上がるもんだな……なんか兎人族の心をくすぐるもんがあるのかな?)
ネージュたちは飽きることなくトランプのシャッフルを楽しんでいる。
表面のままシャッフルをしてトランプの数字と絵柄が変わる様子に不思議と心を奪われているのだ。
子ウサギサイズの小さな体でシャッフル自体できないビエルネスはマサキの肩の上からマサキの頭の上に移動して横になっていた。ルナをいつも乗せているマサキの頭はバランスがいい。横になっているビエルネスを落とすような揺れは一度も起きていない。
ビエルネスと同じくシャッフルができない以前にトランプができないイングリッシュロップイヤーのルナは前足を胸の下にしまい箱座りをしてぬいぐるみのように畳の床の上で静止していた。マフマフが大きすぎて餅のようになっている。
そして鼻をひくひくとさせながらネージュたちの様子を漆黒の瞳に映して見ていた。
(でも、そろそろババ抜きやらないと夜更かしコースだぞ。てか、シャッフルだけでも盛り上がってんだからいいか……いや、よくない。よくないぞ! 俺はババ抜きがしたい! だってババ抜きはボッチじゃできないから!)
ババ抜きをやりたいマサキは口を開く。そもそもババ抜きをやるためにトランプを出したのだ。そろそろトランプのシャッフルではなくババ抜きを初めてもいい頃だろう。
「あの……そろそろババ抜きをやりたいんだけど……」
申し訳なさそうに言うマサキ。未だにシャッフルを楽しんでいるのだから申し訳ない気持ちが先に出ても仕方ないことだ。
そんなマサキの言葉に驚いたのはネージュだ。青く澄んだ瞳を満月のように丸くさせながら口を開いた。
「えっ! これがババヌキってやつじゃないんですか?」
どうやら勘違いしていたようだ。
「さっき説明しただろ。これはゲームを始める前のトランプを混ぜるだけの行為であってこれ自体で楽しむ人はそうそういないんだよ」
「てっきりもう遊びが始まってるんだと思ってましたよ」
それほど楽しかったということだ。シャッフルで楽しめるのならきっとババ抜きでも楽しめること間違い無いだろう。
マサキはトランプを持っているダールからトランプを取り上げてルール説明を始めた。
ルール説明の際、軽くトランプをシャフルする。そして上から一枚ずつ配っていった。
「ババ抜きは絵柄とか関係なしで配られたトランプから同じ数字が揃ったら……って聞いてる?」
ネージュ、クレール、ダール、デール、ドールの兎人ちゃんたちの瞳はシャッフルを初めて見せたときのようにキラキラと輝いていた。
(まさか、トランプを配るだけのこの行為も気になるのか? いや、いかんいかん。これまでもやらせたら本当にババ抜きができなくなってしまう)
マサキは兎人ちゃんたちのキラキラ輝く瞳から何に興味が惹かれているのかを想像した。そしてそれを理解した瞬間、ババ抜きを絶対始めるために頭を切り替える。
「えーっとだな……同じ数字が揃ったら捨て札に置いて先に手札がなくなった人の勝ち。最後にジョーカーってトランプだけ残るようになってるからそのジョーカーが残ってた人の負けっていう簡単なゲーム……なんだけど……わ、わかったかな?」
話を聞いているのかどうかわからない兎人ちゃんたちに戸惑うマサキ。しかしそんな戸惑いを打ち消すかのように兎人ちゃんたちは元気に返事をした。
ネージュは「はい!」と、クレールは「うん!」と、ダールは「はいッス」と、デールとドールは「はーい」と、それぞれがそれぞれの返事で答えたのだった。
(まあババ抜きは簡単だしわからなくなったり間違ってたらその場で注意したらいいか)
遊びなのだから楽しくやろうと気持ちを切り替えたマサキはちょうどトランプを配り終えた。
トランプを配り終えたマサキにネージュが口を開く。
「よく喋りながらトランプを素早く配れましたね。機械見たいな動きでしたよ。本当にマサキさんは器用ですね」
「いやいやいや、これ普通だよ。マジックとかだったら……って余計ややこしくなるからその話は置いといて……ネージュだって喋りながら料理とかできるだろ。そんな感覚だよ」
「そうなんですね。初めて見た動きだったので驚いちゃいましたよ。やってもいいですか?」
「後でな。今からババ抜きを始めるんだからな……」
「は、はい……」
ネージュの垂れたウサ耳がさらに垂れてしょんぼりとする。トランプを配りたいだなんて変わった事を思っているのだが、初めて見るのなら好奇心が勝るのが当然。仕方がない事なのだ。
そのままそれぞれが目の前に配られたトランプを手にとった。
今回の参加者は畳の上で箱座りをしているウサギのルナとマサキの頭の上で寝ているビエルネス以外の六人。マサキ、ネージュ、クレール、ダール、デール、ドールの兎人ちゃん六人だ。
最初は初めてやるババ抜きに苦戦するものの数字が揃ったら捨て札にするという簡単なルールに兎人ちゃんたちも徐々に慣れてくる。そして何度も挑戦していくうちにミスなくババ抜きを行うことができるようになってきた。
ババ抜き開始から一時間経過。十回目のババ抜きが始まろうとする。
トランプを均等に一枚ずつ配るマサキ。トランプが配り終わる前にマサキは口を開く。
「そんじゃこれでラストにしよう。明日に支障が出たら困るからな」
「分かりました。これで最後ですね。絶対に負けませんよ」
ネージュは胸の前で小さくガッツポーズを取った。やる気十分ということだ。そしてそれだけ楽しんでいるということでもある。
「最終的に二択とか三択の運だからな。でも負けないぞ」
九回ババ抜きをやって一度も負けていないのはマサキだけだ。兎人ちゃんたちは全員マサキを倒そうと意気込んでいる。
トランプが配り終わりそれぞれが自分の手札を確認し、揃っている数字を捨て札に置いていく。全員が捨て札にトランプを置けなくなった状態になってからゲームがスタートされる。
基本的なルールで行っているババ抜き。時計回りで順々にカードを引いていく。順番は一個前のゲームの一番抜けから時計回りだ。
一個前のゲームの一番抜けはマサキ。つまり最後のゲームはマサキ、クレール、デール、ドール、ダール、ネージュの順番となる。
「それじゃ俺からだな」
マサキはクレールの五枚の手札からトランプを一枚引こうとする。
手札を引かれる際クレールは「ぬぬぬぬぬん」と声を漏らしながら集中している。初っ端から気合十分なのである。
「じゃあ真ん中……っと」
ここでマサキはクレールが持っている真ん中のトランプを引いた。そして引いたカードを見た瞬間、クレールが気合十分だった理由が判明する。
(ジョ、ジョーカーだと……だからあんなに険しい表情だったのか。でもジョーカーを引かれた後は喜びもせずにポーカーフェイスだ。この短時間でそこまでババ抜きをマスターしたってことか……恐ろしい成長。さすがクレールといったところか。俺もクレールを見習ってポーカーフェイスでジョーカーを受け取るか)
クレールの手札から引いたジョーカーを自分の手札に入れるマサキ。これで終わらずにブラフをかける。
「あー、揃ってないな……残念」
こう言う事によりマサキは自分があたかもジョーカーではなく数字を引いたというアピールを自然に行ったのだ。これもババ抜きという単純かつ簡単なトランプゲームにおける勝率を上げるための策略。
そしてこのマサキのブラフを知る者はこの時点で二人。マサキとクレールのみ。マサキの手札を引くネージュには気付いていない事実だ。
「クーはこれにしようかなー」
クレールの番になったのでクレールはデールの手札を引いた。
「クーも揃ってないー」
人数が多ければ多いほど揃いにくいのがババ抜きだ。ちょうど六人というプレイヤーの数は揃いにくい方に分別されるだろう。
「デールはこれー! あー、揃わなかったー」
「ドールはこれー! あー、ドールも揃わなかったー」
「アタシはこれッスよ! んー、残念揃ってない。ッス」
デールとドールそしてダールも揃わずにターンが過ぎていく。
そしていよいよネージュの番が訪れる。ネージュのが引くマサキの六枚の手札にはジョーカーが眠っている。
つまりネージュがジョーカーを引く確率は六分の一だ。
「ん~、どうしましょう……これですかね?」
ネージュはマサキの手札からトランプを引いた。そのトランプはハートのエースだ。
「あー、揃わなかったです……」
これで全員のターンが終了した。誰もペアを揃えることなく二周目に入る。
そのまま二周目、三周目、四周目、五周目とターンが過ぎていく。
その間にババ抜きに慣れたクレールが――
「やったー! クーが一抜けだぞー!!」
一番に抜けた。
この周回のネージュのターンでネージュがマサキのトランプを引く。
「マサキさんあと一枚ですか!?」
「うん。そうだよ。これで俺のニ抜け」
残り一枚の手札を揺らし調子に乗るマサキ。調子に乗りたくなるのも無理はない。なぜならその最後の一枚こそがババ。つまりジョーカーだからだ。
「う、うひぃ……」
ジョーカーを引いたネージュから漏れた声だ。
クレールほどババ抜きに慣れていないためついつい声が漏れてしまったのである。
次の周回では、デールが三抜けとなった。
「やったー! 三番目ー!」
次にドールが四抜けとなる。さすが双子だ。仲良く連続で抜けた。
「やったー! 四番目ー!」
先ほど聞いた声が繰り返されたかのように同じ声、同じリズム、同じ波長での喜びの声が響いた。
残りのプレイヤーははネージュとダールの二人。ネージュの手札は二枚。その中にジョーカーがいる。
そしてダールの手札は一枚だ。ダールは二択を当てさえすればここで勝利となる。
「さあダール。選んでください」
「引くッスよ。姉さん!」
ダールはゆっくりとネージュの手札に向かって右手を伸ばす。
そして二枚のトランプの上で右手が止まる。ゆっくりと左右のトランプの上に移動し品定めを始めた。ネージュの表情を観察しながら。
「これッスかね?」
「ぬぅぅ……」
ダールから見て左側のトランプでは険しい顔をするネージュ。
「それともこっちッスかね?」
「ぬふー」
ダールから見て右側のトランプでは安堵に満ちた表情をするネージュ。
再びダールの手元がゆっくりと左右のトランプの上で移動を繰り返す。
「これッスか?」
「ぬ、ぬぅ……」
「こっちッスか?」
「ぬふっふ」
スーッとダールの手が動く。
「ぬぬぬぅ……」
スーッとダールの手が先ほどのトランプの上に戻る。
「ぬふふっ」
険しい表情と安堵の表情。ネージュは顔に出てしまう正直者のようだ。
ダールは安堵の表情を浮かべる右側のトランプがジョーカーだと考えた。なので険しい表情を浮かべる左側のトランプを引いてこの勝負を終わらせようとする。
「これッスね!」
引いたトランプはハートの三。ダールの予想通りジョーカーではなかった。よってダールの手札ではペアが揃い、ネージュの手札にはジョーカーの一枚が残りババ抜きが終了となった。
「な、なんでわかったんですか……勝てると思ってましたのに……」
「姉さん顔に出てたッスよ」
「ほ、本当ですか!? 喋ったりしたらバレると思ってたので喋らないようにしてたんですが……まさか顔に出てたとは……」
美白がかったもちもちの頬を触り表情筋をほぐすネージュ。表情の変化は無意識だったようだ。
そんなネージュを見てマサキは考える。
(ネージュには今度ポーカーフェイスってやつを教えてやらないとな……またババ抜きやるとき負けちゃうからな)
ババ抜きに負けたネージュがトランプを片付け始めた事によりマサキも片付けを手伝い始める。
「よしっ! それじゃ明日のためにもトランプ片付けて布団を用意して寝るとするか」
ネージュはババ抜きで負けた事を忘れたかのように元気いっぱいに「はい!」と、返事した。
クレールも元気よく「うん!」と、返事をした。
ダールは「はいッス!」と、デールとドールは「はーい!」と、三姉妹同時に返事をした。
それぞれがそれぞれの返事で返事をした兎人ちゃんたち。素直に布団を並べて就寝へと向かう。
何度かマサキとネージュの家に泊まったことがあるお隣さんのダール三姉妹。その時を再現するかのように布団が並べられている。
今日一日が終わる。そんな寂しげで儚い感情がとても温かく心を包み込むような感覚を味わうマサキだった。
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