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第3章:成長『ウサギレース編』
129 表彰式と閉会式
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「す、すげー! こんな感じで観戦してたのかー! モニターでけー」
「ンッンッ! ンッンッ!」
観客席に着いたばかりのマサキの口から出た言葉だ。
マサキは観客席から選手たちが走っているコースや大スクリーンのモニターなど観客席からでしか見ることができない光景に驚きながら己の黒瞳に映していた。
「ンッンッ!」
鼻をひくひくさせてながら声を漏らすルナもどこか楽しげな表情をしている。
そんなルナはマサキの腕の中。定位置であるマサキの頭には乗らずにウサギレースが終わったからずっとマサキの腕の中にいるのだ。
それもマサキ自身がルナを抱っこしていたいという気持ちが強いが故の結果。
ウサギレースを頑張ったルナを抱きしめ続けたいのである。
そしてもう一つ別は要員がある。それはマサキの頭の上で寝転がっている薄緑色の髪をした子兎サイズの妖精族ビエルネスがいるからだ。
いてもいなくても結果は変わらないが、ビエルネスを退かさない限り、ルナを頭の上に乗せることは不可能なのである。
普段外出中にマサキと手を繋ぐ白銀色の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女ネージュは、マサキの隣にべったりと付いている。
手を繋いでいなくても肩と肩は触れ合っている状態だ。
ビエルネスがかけた精神を安定させる抗不安剤のような魔法のおかげかもしれないが、このウサギレースがあったからこそマサキとネージュの二人は少しだけ成長したのかもしれない。
ネージュは青く澄んだ瞳をマサキの頭の上にいるビエルネスに向けた。その視線に気付いたビエルネスはネージュの言いたい事を察して先に口を開く。
「白銀の兎人様、安心してください。皆様を無料で温泉ツアーに招待しますから」
「でも本当にいいんですか?」
「さっきも言いましたが、いいんですよー! 妖精族に二言はありません。マスターのためなら私はなんだってしますからハァハァ……」
「あはは……嬉しいです。ありがとうございます」
マサキの頭の上で息を荒くするビエルネスにネージュは引き笑いをしながら感謝の言葉を告げた。
ネージュの言葉に続いてオレンジ色のボブベアーをした兎人族の美少女ダールもビエルネスに感謝を告げる。
「ビエルネスさんありがとうッス! 温泉なんてアタシたち初めてで緊張するッスよ」
ダールに続いて双子の姉妹デールとドールも口を開く。
「たのしみーたのしみー」
「おんせーん! おんせーん!」
デールとドールは温泉ツアーを想像してに胸を躍らせている。
透明スキルの効果で透明状態になっている薄桃色の髪をした兎人族の美少女クレールは、応援うちわをブンブン振り回して喜びを表現していた。
全員の反応を見ることができたマサキは頭の上にいる薄緑色の髪をしたビエルネスに向かって口を開く。
「それじゃ温泉ツアーの件よろしく頼むよ」
「任せてくださいマスター! 最高の温泉旅行になる事を約束しますよ」
豊満な胸を張って自信満々にビエルネスは言った。
これで優勝賞品の使い道についての軽い話し合いは終了した。日程などの細かい内容などは家に帰ってからだ。
表彰式が始まるまではウサギレース中の選手たちを応援しながら時が過ぎるのを待った。
ゴールまで辿り着けないと判断した飼い主たちが次々とリタイアしていく。
そんな中、不動産ブラックハウジングのオーナーを務めるブラックとそのパートナーウサギのダークが堂々とゴールをした。
ダークは高齢ウサギだ。ゆっくりとゆっくりと亀のように一歩一歩進み続けた結果ゴールをすることができたのである。
「頑張りましたね。ダーク。良い思い出ができました」
「フゥッフゥッ」
ブラックはゴールまで辿り着いた愛兎のダークを頭からもちもちのお尻まで全身をマッサージするかのように優しく撫でた。
「お疲れ様。ダーク」
「フゥッ」
ダークがゴールしてからは誰もゴールしなかった。他の選手たちは皆諦めてリタイアしたのである。
なのでゴールしたウサギたちのみで計算するとダークは最下位となる。
しかし順位を数字に置き換えると七十四位だ。百二十五ペアの参加があったのだからブラックとダークにとっては良い結果、良い思い出になったのだ。
こうしてウサギレースは無事幕を閉じることができた。
残りは表彰式と閉会式だ。閉会式は表彰式と併用で行われるとのこと。
マサキは再びウサギの覆面マスクを被り表彰式に参加していた。
『第三十二回大樹杯ウサギレースは異例中の異例! 白熱する激しいレースの末、準優勝者が三組もでましたー!』
司会は実況も務めていた薄緑色の髪をした妖精族のプレレだ。
『がんばったで賞も含め表彰式の受賞者は五組となります!』
がんばったで賞、つまり努力賞のようなものだ。
その名の通り頑張った飼い主とウサギのペアに贈られる賞である。
『まずはがんばったで賞の発表から! 第三十二回がんばったで賞に選ばれた選手は……』
選手たちに緊張が走る。
優勝者、準優勝者はすでに着順決定の際発表があったが、『がんばったで賞』の発表はまだない。
プレレが絶妙な間から『がんばったで賞』に選ばれた選手を発表する。
『ブラック選手とダーク選手のペアです!』
選ばれたのは誰もが納得のいくペアだ。
「私たちが選ばれましたよ。ダーク。映えある賞をいただけて光栄ですね」
「フゥッフゥッ!」
掠れた息で鳴くダーク。高齢ウサギにとってウサギレースで賞を貰えるということは名誉なこと。
ダーク自身もその事を理解しているみたいだ。嬉しそうな表情を浮かべている。
『おめでとうございます。こちらミニメダルとタイジュグループ商品に使える一万ラビ分の割引券です』
プレレの司会と共に別の妖精族がブラックとダークの首にそれぞれメダルをかけた。
そしてブラックの手元に茶封筒のようなものが渡される。
この中にタイジュグループ商品に使える一万ラビ分の割引券が入っているのだろう。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「フゥッフゥッ!」
ブラックとダークは何度も何度も観客席に向かって感謝を告げた。
丁寧に頭を下げる姿は見た目の怖さとのギャップは凄まじいものだ。
『続いて準優勝の発表です! 着順発表の際、準優勝者の発表をしましたが、改めて発表させていただきます』
表彰台は特別に準優勝者の三組が入れるように幅が広いものが設置されている。
この時のことを想定して作ったのか、それとも急遽作ったものなのかわからない。
『同着準優勝! レンヌ選手とレンナ選手! エーム選手とシロ選手! そしてマグーレン選手とルー選手! 表彰台へ登壇お願いします!』
名前を呼ばれた三組の選手はそれぞれ表彰台に登壇した。
鹿人族のレンヌとジャックラビットのレンナは堂々と歩き登壇。
「ありがとう。ありがとう。応援ありがとう。次こそは優勝してみせる!」
「プゥプフゥ!」
応援してくれた観客や同族の鹿人族に手を振るなどパフォーマンスも怠らない。
聖騎士団白兎所属のエームは相変わらずミニウサギのシロに噛まれたままの登壇。
「イテテテテ。シロちゃんはいいんですか? こんな姿、団長に見られても、イテテテテ」
「フスーフンスー!」
シロはお構いなしにエームの手を噛み続けた。
兎園の園長マグーレンとフレミッシュジャイアントのルーはボディービルダーの大会に出場した選手のように登壇を始めた。
表彰式なのにマグーレンは上半身裸のまま。しかもパートナーウサギのルーと共に様々な筋肉ポーズを観客に見せつけている。
まだウサギレースの熱が冷めていないのである。捉え方を変えれば最高のパフォーマンスを見せていると捉えることもできるだろう。
「相棒よ。最後に観客の目にワシらの筋肉を焼き付けようぞ」
「ンゴッンゴゥ!」
ルーは今回の大会が引退試合だ。
なので優勝できなかったことを悔やむよりも全力を出し切れた事を誇りに思った方がよっぽど良い。
そのためにも表彰台に上がった今も全力でポージングを続けている。
準優勝者三組には賞品の『タイジュグループ商品に使える十万ラビ分の割引』が授与された。
それぞれ山分けなどはせずに三組全員に授与される。
そしてミニトロフィーもそれぞれに授与された。
『ではでは皆様お待たせしました。第三十二回大樹杯ウサギレースの優勝者を発表します』
無駄にドラムロールが流れる。どの世界でも緊張感を出させるドラムロールは共通なのだ。
そしてドラムロールが鳴り止むのと同時にプレレは優勝者を発表した。
『ぴょんぴょんマスク選手とルナ選手です!』
会場が一気に湧く。声援の大きさから会場に小さな地響きが起こるくらい湧いている。
「本当に優勝したんだな。やばい。緊張してきた。レース中は大丈夫だったのに……というか今が今日一番の緊張……」
「ンッンッ!」
ぶつぶつと独り言を溢す覆面姿のマサキはウサ耳が長いチョコレートカラーのもふもふを抱きながら表彰台へと上がった。
準優勝者たちよりも一段高い表彰台。優勝者だけが上れる頂だ。
「一段だけなのに……景色が全然違う」
「ンッンッ」
覆面越しからでも見える景色にマサキは心から感動を覚えた。
今まで経験したことがない高揚感のようなものだ。
『それでは優勝賞品の飼い主とウサギの二泊三日貸し切り温泉ツアーの招待券を受け取ってください』
プレレの司会と共に別の妖精族がマサキに招待券が入った茶封筒を渡した。
ルナを抱っこしているマサキは渡された茶封筒を指で挟み持つ。
『そしてそしてー! トロフィーの授与です』
「ト、トロフイー!? どどど、どうしよう。持てないよ」
「ンッンッ」
ルナを抱っこしているマサキはトロフィーを持つことができない。
脇に挟むのもどうかと思っているのでそんなことはしない。
マサキはトロフィーを受け取るためにルナを頭の上へと誘導する。
「ンッンッ」
ルナは短い後ろ足をマサキの肩に乗せる。そして顎と前足をマサキの頭に乗せようとした。
いつもとは違うマサキの頭。黒髪ではなく覆面マスクの素材がルナの顎と前足に触れる。
しかしルナは戸惑うことや嫌がることもなく顎と前足を乗せた。
そのまま鼻をひくひくさせて「ンッンッ」と、声を漏らしている。
マサキは頭の上から聞こえるルナの漏れた声を聞いた瞬間、安心感に似た感情を感じる。
(ルナちゃんも落ち着くのかもしれないけど俺も落ち着くんだよな)
そんな事を思いながらマサキは空いた手でトロフィーを受け取った。
「お、重い……」
ルナを抱き抱え続けた腕が疲れていたわけではない。ルナの体は軽い。マサキのひょろひょろの腕でも軽々持てるほどだ。
重さを感じたということはそれだけトロフィーに重量があるということ。それだけ素材が本物だということ。
『優勝おめでとうございます! 期待の新人ルーキー、ぴょんぴょんマスク選手! 今のお気持ちをお聞かせください!』
突然のインタビュー。マサキにとっては無茶振りでしかない。
プレレはマサキに優勝した今の気持ちを聞くために半透明の羽を羽ばたかせながらマサキに近づいていく。
「あ、あ、え、えーっと……」
プレレが近付きマイクが寄ってくるたびに精神を安定させられ抗不安剤のような魔法がかかっているはずのマサキにとてつもない緊張、とてつもないプレッシャーが襲いかかる。
『今のお気持ちを! 優勝コメントを!』
「あ、う、っと……ぅっ……えーっと、その……」
頭が真っ白になるマサキ。
居酒屋で働いていた時代、幾度となく無茶振りを強いられてきた。
その度にメンタルはズタボロにやられてしまう。そしてトラウマほどではないが思い出すのも嫌な無茶振りもある。
だからこそマサキは頭が真っ白になり言葉が出なくなった。
たとえビエルネスの魔法がかけられていたとしてもこれだけはどうすることもできない。マサキ自身の問題なのだから。
「っ…………」
嬉しいです。ありがとうございます。そんな一言すらも出てこないのである。
そんなマサキを助けたのはマサキの頭の上に乗るルナだ。
「ンッンッ! ンッンッ!」
マサキに代わってプレレのマイクに向かって声を出している。
いつもの漏れたような声ではない。しっかりと大きな声を出して困っているマサキに代わって声を出したのだ。
「ル、ルナちゃん……」
「ンッンッ! ンッンッ!」
『ルナ選手から優勝コメントをいただきましたー! ウサギ語はわかりませんが、素晴らしいコメントだと伝わりましたー! 皆様! 盛大な拍手をー!』
プレレに言われた通り観客席から拍手が喝采する。
拍手を受けるマサキたちは改めて自分たちが表彰されているのだと実感した。
そしてマサキは助けてくれたルナに心の底から感謝をする。
「ルナちゃん助かったよ。ありがとう」
「ンッンッ!」
「ウサギ語はやっぱりわからないけど、何が言いたいのかはなんだかわかってきた気がするよ」
「ンッンッ」
「ウサギレースもお疲れ様。次は温泉に浸かってゆっくり休もうな」
「ンッンッ! ンッンッ!」
マサキは頭の上にで声を漏らすルナの額を撫でた。
左右の漆黒の瞳ちょうど上の部分。撫でる側も撫でられる側も気持ちがいい部分だ。
「ンッンッ!」
ルナは撫でてくるマサキの指に向かって額を押し当ててもっと撫でろとアピールをした。
このまま表彰式は閉会式へと移行し第三十二回大樹杯ウサギレースのプログラムが全て終了した。
マサキとルナ、否、ぴょんぴょんマスクとルナはマグーレンとルーを破った新人ルーキーそして謎の覆面選手として兎人族の里中で、否、兎人族の国中で一躍有名になったのだった。
「ンッンッ! ンッンッ!」
観客席に着いたばかりのマサキの口から出た言葉だ。
マサキは観客席から選手たちが走っているコースや大スクリーンのモニターなど観客席からでしか見ることができない光景に驚きながら己の黒瞳に映していた。
「ンッンッ!」
鼻をひくひくさせてながら声を漏らすルナもどこか楽しげな表情をしている。
そんなルナはマサキの腕の中。定位置であるマサキの頭には乗らずにウサギレースが終わったからずっとマサキの腕の中にいるのだ。
それもマサキ自身がルナを抱っこしていたいという気持ちが強いが故の結果。
ウサギレースを頑張ったルナを抱きしめ続けたいのである。
そしてもう一つ別は要員がある。それはマサキの頭の上で寝転がっている薄緑色の髪をした子兎サイズの妖精族ビエルネスがいるからだ。
いてもいなくても結果は変わらないが、ビエルネスを退かさない限り、ルナを頭の上に乗せることは不可能なのである。
普段外出中にマサキと手を繋ぐ白銀色の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女ネージュは、マサキの隣にべったりと付いている。
手を繋いでいなくても肩と肩は触れ合っている状態だ。
ビエルネスがかけた精神を安定させる抗不安剤のような魔法のおかげかもしれないが、このウサギレースがあったからこそマサキとネージュの二人は少しだけ成長したのかもしれない。
ネージュは青く澄んだ瞳をマサキの頭の上にいるビエルネスに向けた。その視線に気付いたビエルネスはネージュの言いたい事を察して先に口を開く。
「白銀の兎人様、安心してください。皆様を無料で温泉ツアーに招待しますから」
「でも本当にいいんですか?」
「さっきも言いましたが、いいんですよー! 妖精族に二言はありません。マスターのためなら私はなんだってしますからハァハァ……」
「あはは……嬉しいです。ありがとうございます」
マサキの頭の上で息を荒くするビエルネスにネージュは引き笑いをしながら感謝の言葉を告げた。
ネージュの言葉に続いてオレンジ色のボブベアーをした兎人族の美少女ダールもビエルネスに感謝を告げる。
「ビエルネスさんありがとうッス! 温泉なんてアタシたち初めてで緊張するッスよ」
ダールに続いて双子の姉妹デールとドールも口を開く。
「たのしみーたのしみー」
「おんせーん! おんせーん!」
デールとドールは温泉ツアーを想像してに胸を躍らせている。
透明スキルの効果で透明状態になっている薄桃色の髪をした兎人族の美少女クレールは、応援うちわをブンブン振り回して喜びを表現していた。
全員の反応を見ることができたマサキは頭の上にいる薄緑色の髪をしたビエルネスに向かって口を開く。
「それじゃ温泉ツアーの件よろしく頼むよ」
「任せてくださいマスター! 最高の温泉旅行になる事を約束しますよ」
豊満な胸を張って自信満々にビエルネスは言った。
これで優勝賞品の使い道についての軽い話し合いは終了した。日程などの細かい内容などは家に帰ってからだ。
表彰式が始まるまではウサギレース中の選手たちを応援しながら時が過ぎるのを待った。
ゴールまで辿り着けないと判断した飼い主たちが次々とリタイアしていく。
そんな中、不動産ブラックハウジングのオーナーを務めるブラックとそのパートナーウサギのダークが堂々とゴールをした。
ダークは高齢ウサギだ。ゆっくりとゆっくりと亀のように一歩一歩進み続けた結果ゴールをすることができたのである。
「頑張りましたね。ダーク。良い思い出ができました」
「フゥッフゥッ」
ブラックはゴールまで辿り着いた愛兎のダークを頭からもちもちのお尻まで全身をマッサージするかのように優しく撫でた。
「お疲れ様。ダーク」
「フゥッ」
ダークがゴールしてからは誰もゴールしなかった。他の選手たちは皆諦めてリタイアしたのである。
なのでゴールしたウサギたちのみで計算するとダークは最下位となる。
しかし順位を数字に置き換えると七十四位だ。百二十五ペアの参加があったのだからブラックとダークにとっては良い結果、良い思い出になったのだ。
こうしてウサギレースは無事幕を閉じることができた。
残りは表彰式と閉会式だ。閉会式は表彰式と併用で行われるとのこと。
マサキは再びウサギの覆面マスクを被り表彰式に参加していた。
『第三十二回大樹杯ウサギレースは異例中の異例! 白熱する激しいレースの末、準優勝者が三組もでましたー!』
司会は実況も務めていた薄緑色の髪をした妖精族のプレレだ。
『がんばったで賞も含め表彰式の受賞者は五組となります!』
がんばったで賞、つまり努力賞のようなものだ。
その名の通り頑張った飼い主とウサギのペアに贈られる賞である。
『まずはがんばったで賞の発表から! 第三十二回がんばったで賞に選ばれた選手は……』
選手たちに緊張が走る。
優勝者、準優勝者はすでに着順決定の際発表があったが、『がんばったで賞』の発表はまだない。
プレレが絶妙な間から『がんばったで賞』に選ばれた選手を発表する。
『ブラック選手とダーク選手のペアです!』
選ばれたのは誰もが納得のいくペアだ。
「私たちが選ばれましたよ。ダーク。映えある賞をいただけて光栄ですね」
「フゥッフゥッ!」
掠れた息で鳴くダーク。高齢ウサギにとってウサギレースで賞を貰えるということは名誉なこと。
ダーク自身もその事を理解しているみたいだ。嬉しそうな表情を浮かべている。
『おめでとうございます。こちらミニメダルとタイジュグループ商品に使える一万ラビ分の割引券です』
プレレの司会と共に別の妖精族がブラックとダークの首にそれぞれメダルをかけた。
そしてブラックの手元に茶封筒のようなものが渡される。
この中にタイジュグループ商品に使える一万ラビ分の割引券が入っているのだろう。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「フゥッフゥッ!」
ブラックとダークは何度も何度も観客席に向かって感謝を告げた。
丁寧に頭を下げる姿は見た目の怖さとのギャップは凄まじいものだ。
『続いて準優勝の発表です! 着順発表の際、準優勝者の発表をしましたが、改めて発表させていただきます』
表彰台は特別に準優勝者の三組が入れるように幅が広いものが設置されている。
この時のことを想定して作ったのか、それとも急遽作ったものなのかわからない。
『同着準優勝! レンヌ選手とレンナ選手! エーム選手とシロ選手! そしてマグーレン選手とルー選手! 表彰台へ登壇お願いします!』
名前を呼ばれた三組の選手はそれぞれ表彰台に登壇した。
鹿人族のレンヌとジャックラビットのレンナは堂々と歩き登壇。
「ありがとう。ありがとう。応援ありがとう。次こそは優勝してみせる!」
「プゥプフゥ!」
応援してくれた観客や同族の鹿人族に手を振るなどパフォーマンスも怠らない。
聖騎士団白兎所属のエームは相変わらずミニウサギのシロに噛まれたままの登壇。
「イテテテテ。シロちゃんはいいんですか? こんな姿、団長に見られても、イテテテテ」
「フスーフンスー!」
シロはお構いなしにエームの手を噛み続けた。
兎園の園長マグーレンとフレミッシュジャイアントのルーはボディービルダーの大会に出場した選手のように登壇を始めた。
表彰式なのにマグーレンは上半身裸のまま。しかもパートナーウサギのルーと共に様々な筋肉ポーズを観客に見せつけている。
まだウサギレースの熱が冷めていないのである。捉え方を変えれば最高のパフォーマンスを見せていると捉えることもできるだろう。
「相棒よ。最後に観客の目にワシらの筋肉を焼き付けようぞ」
「ンゴッンゴゥ!」
ルーは今回の大会が引退試合だ。
なので優勝できなかったことを悔やむよりも全力を出し切れた事を誇りに思った方がよっぽど良い。
そのためにも表彰台に上がった今も全力でポージングを続けている。
準優勝者三組には賞品の『タイジュグループ商品に使える十万ラビ分の割引』が授与された。
それぞれ山分けなどはせずに三組全員に授与される。
そしてミニトロフィーもそれぞれに授与された。
『ではでは皆様お待たせしました。第三十二回大樹杯ウサギレースの優勝者を発表します』
無駄にドラムロールが流れる。どの世界でも緊張感を出させるドラムロールは共通なのだ。
そしてドラムロールが鳴り止むのと同時にプレレは優勝者を発表した。
『ぴょんぴょんマスク選手とルナ選手です!』
会場が一気に湧く。声援の大きさから会場に小さな地響きが起こるくらい湧いている。
「本当に優勝したんだな。やばい。緊張してきた。レース中は大丈夫だったのに……というか今が今日一番の緊張……」
「ンッンッ!」
ぶつぶつと独り言を溢す覆面姿のマサキはウサ耳が長いチョコレートカラーのもふもふを抱きながら表彰台へと上がった。
準優勝者たちよりも一段高い表彰台。優勝者だけが上れる頂だ。
「一段だけなのに……景色が全然違う」
「ンッンッ」
覆面越しからでも見える景色にマサキは心から感動を覚えた。
今まで経験したことがない高揚感のようなものだ。
『それでは優勝賞品の飼い主とウサギの二泊三日貸し切り温泉ツアーの招待券を受け取ってください』
プレレの司会と共に別の妖精族がマサキに招待券が入った茶封筒を渡した。
ルナを抱っこしているマサキは渡された茶封筒を指で挟み持つ。
『そしてそしてー! トロフィーの授与です』
「ト、トロフイー!? どどど、どうしよう。持てないよ」
「ンッンッ」
ルナを抱っこしているマサキはトロフィーを持つことができない。
脇に挟むのもどうかと思っているのでそんなことはしない。
マサキはトロフィーを受け取るためにルナを頭の上へと誘導する。
「ンッンッ」
ルナは短い後ろ足をマサキの肩に乗せる。そして顎と前足をマサキの頭に乗せようとした。
いつもとは違うマサキの頭。黒髪ではなく覆面マスクの素材がルナの顎と前足に触れる。
しかしルナは戸惑うことや嫌がることもなく顎と前足を乗せた。
そのまま鼻をひくひくさせて「ンッンッ」と、声を漏らしている。
マサキは頭の上から聞こえるルナの漏れた声を聞いた瞬間、安心感に似た感情を感じる。
(ルナちゃんも落ち着くのかもしれないけど俺も落ち着くんだよな)
そんな事を思いながらマサキは空いた手でトロフィーを受け取った。
「お、重い……」
ルナを抱き抱え続けた腕が疲れていたわけではない。ルナの体は軽い。マサキのひょろひょろの腕でも軽々持てるほどだ。
重さを感じたということはそれだけトロフィーに重量があるということ。それだけ素材が本物だということ。
『優勝おめでとうございます! 期待の新人ルーキー、ぴょんぴょんマスク選手! 今のお気持ちをお聞かせください!』
突然のインタビュー。マサキにとっては無茶振りでしかない。
プレレはマサキに優勝した今の気持ちを聞くために半透明の羽を羽ばたかせながらマサキに近づいていく。
「あ、あ、え、えーっと……」
プレレが近付きマイクが寄ってくるたびに精神を安定させられ抗不安剤のような魔法がかかっているはずのマサキにとてつもない緊張、とてつもないプレッシャーが襲いかかる。
『今のお気持ちを! 優勝コメントを!』
「あ、う、っと……ぅっ……えーっと、その……」
頭が真っ白になるマサキ。
居酒屋で働いていた時代、幾度となく無茶振りを強いられてきた。
その度にメンタルはズタボロにやられてしまう。そしてトラウマほどではないが思い出すのも嫌な無茶振りもある。
だからこそマサキは頭が真っ白になり言葉が出なくなった。
たとえビエルネスの魔法がかけられていたとしてもこれだけはどうすることもできない。マサキ自身の問題なのだから。
「っ…………」
嬉しいです。ありがとうございます。そんな一言すらも出てこないのである。
そんなマサキを助けたのはマサキの頭の上に乗るルナだ。
「ンッンッ! ンッンッ!」
マサキに代わってプレレのマイクに向かって声を出している。
いつもの漏れたような声ではない。しっかりと大きな声を出して困っているマサキに代わって声を出したのだ。
「ル、ルナちゃん……」
「ンッンッ! ンッンッ!」
『ルナ選手から優勝コメントをいただきましたー! ウサギ語はわかりませんが、素晴らしいコメントだと伝わりましたー! 皆様! 盛大な拍手をー!』
プレレに言われた通り観客席から拍手が喝采する。
拍手を受けるマサキたちは改めて自分たちが表彰されているのだと実感した。
そしてマサキは助けてくれたルナに心の底から感謝をする。
「ルナちゃん助かったよ。ありがとう」
「ンッンッ!」
「ウサギ語はやっぱりわからないけど、何が言いたいのかはなんだかわかってきた気がするよ」
「ンッンッ」
「ウサギレースもお疲れ様。次は温泉に浸かってゆっくり休もうな」
「ンッンッ! ンッンッ!」
マサキは頭の上にで声を漏らすルナの額を撫でた。
左右の漆黒の瞳ちょうど上の部分。撫でる側も撫でられる側も気持ちがいい部分だ。
「ンッンッ!」
ルナは撫でてくるマサキの指に向かって額を押し当ててもっと撫でろとアピールをした。
このまま表彰式は閉会式へと移行し第三十二回大樹杯ウサギレースのプログラムが全て終了した。
マサキとルナ、否、ぴょんぴょんマスクとルナはマグーレンとルーを破った新人ルーキーそして謎の覆面選手として兎人族の里中で、否、兎人族の国中で一躍有名になったのだった。
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職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~
新米少尉
ファンタジー
「私は私の評価を他人に委ねるつもりはありません」
多くの者達が英雄を目指す中、彼はそんなことは望んでいなかった。
ただ一つ、自ら選択した道を黙々と歩むだけを目指した。
その道が他者からは忌み嫌われるものであろうとも彼には誇りと信念があった。
彼が自ら選んだのはネクロマンサーとしての生き方。
これは職業「死霊術師」を自ら選んだ男の物語。
~他のサイトで投稿していた小説の転載です。完結済の作品ですが、若干の修正をしながらきりのよい部分で一括投稿していきますので試しに覗いていただけると嬉しく思います~
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
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Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
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それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
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それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!
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