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第3章:成長『ウサギレース編』

126 横一線に並ぶ四種類のウサギ

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 四匹のウサギはゴールを目指して、飼い主目指して一直線に走る。
 その走りは加速する。残り五十メートルの全力疾走だ。

「ンッンッ!」
「フスーフンスー!」
「プゥプフゥ!」
「ンゴッンゴゥ!」

 四匹とも同じウサギだが種類が違う。

 薄茶色の体毛でカンガルーのような見た目で筋肉質なルーはフレミッシュジャイアント。
 ホワイトカラーの体毛で子兎のように小さなシロは白のミニウサギ。
 薄いチョコレートカラーの体毛で濃いチョコレートカラーの斑点模様があり、手足そしてウサ耳が長いレンナはジャックラビット。
 最後にチョコレートカラーの体毛で手足が短く垂れたウサ耳をイチゴ柄のリボンで結び立たせてるルナはイングリッシュロップイヤーだ。

 フレミッシュジャイアント、ミニウサギ、ジャックラビット、イングリッシュロップイヤーと、種類は違えど一つだけ共通点があった。
 それはマフマフだ。
 四匹のウサギの首回りに大きな肉垂がある。この肉垂はメスウサギにしかないもの。これをマフマフと呼ぶ。
 人間族や兎人族とじんぞくで例えるとこのマフマフはおっぱいのようなものだ。
 実際には腹の下に乳首があるがそれは別で見た目や性別の観点からマフマフをおっぱいと見立てているのである。
 そのマフマフがゴールを狙う四匹のウサギに共通してあるのだ。
 つまり四匹全てメスだということ。女同士の激しいレースは最終局面を迎えようとしている。

『やはり先に出たのは三連続優勝のルー選手だー! 後ろ足の脚力を利用して一歩一歩大きく跳ねているー!!』

 まさにその姿はカンガルーだ。
 その後ろをシカのような容姿のレンナが軽やかに駆ける。一歩一歩丁寧にそして綺麗に踏み込みながら駆けていく。

『レンナ選手も負けじとルー選手を追う! いや、並んだー! 接戦! 接戦! 接戦だー! すごい! すごいぞー! 熱い! 熱すぎる!』

 実況をする妖精族のプレレも白熱したレースに興奮している。

『ルナ選手とシロ選手は必死に追いかけます。やはりまだまだ新人ルーキーには高い壁なのか!』

 手足の短さ、体の小ささ、そしてマフマフの大きさが不利なのか。ルナとシロは前を走る二匹を追うので精一杯だ。

「ンッンッ!」
「フスーフンスー!」

 真剣な表情のルナ。もう前足後ろ足の筋肉は限界に来ているはずだ。それでも必死に走る。諦めずに走り続ける。

「ンッンッ!」

 ルナの漆黒の瞳にはゴールのさらに先を見ていた。

「ルナちゃん! がんばれー!!」

 そう。『ウサギの覆面マスク』を被った黒ジャージの男が地面に這いつくばりながら応援する姿が映っているのだ。

「ンッンッ!」

 ルナは誰よりも速くゴールテープを切り大好きな飼い主、大好きなマサキの元へと飛び込みたいのである。

「ルナちゃん!」
「がんばれー!」
「がんばれー!」
「いけッスー!」

 観客席から見守るネージュたちも応援に熱が入る。立ち上がり観客席から身を乗り出しながらルナに声を届けようと大声で応援をする。

 ルナのウサ耳にこの声が届いていなくても叫ぶ。
 ルナが言葉を理解しなくても叫ぶ。
 ルナの心に声が届き背中を押しさえすればいいのだから。

「ルナちゃーん! 負けるなー!!」
「ルナちゃーん! 負けないでくださーい!!」

 ゴールのその先で立ち上がった後に叫んだマサキと観客席から大声で叫んだネージュの言葉とタイミングがピタリと一致した。
 お互い言葉とタイミングがピタリと一致した事に気付いていない。
 ただの偶然か。それとも魔法の影響か。はたまた長い付き合いだからこその一致か。
 そんな偶然の応援にルナは鳴いて応える。

「ンッンッ!! ンッンッ!! ンッンッ!!」

 その瞬間、ルナは加速する。短い手足を素早く動かし加速。こうすることでしかルナに加速方法はないのだ。

 加速するルナに合わせてシロも負けじと加速。前を走る大きなウサギの背後を取った。
 そうすることで風の抵抗をなくしたのだ。
 ミニウサギの体の軽さ、そして小さな体だからこそできるテクニックである。

「いいですよ! シロちゃん! このまま追い越してください!」

 シロの自分の体を活かした走りのテクニックに感心するエーム。そのまま大声で応援は続く。

 残り三十メートル。
 次に仕掛けたのはチョコレートカラーのイングリッシュロップイヤーのルナだ。

『おーっとルナ選手! 加速するシロ選手の後ろについた! 風の抵抗をさらになくし体力を温存しようとしているのか!?』

 ルナはお尻とマフマフをぶるんぶるんと極限にまで揺らしながら必死にシロを追う。
 残り三十メートルでのウサギたちの順位はルーとレンナが同着一位。シロが三位でルナが四位だ。このまま状況に変化がなければ準優勝はできない。
 しかし仕掛けたシロに続いてルナも仕掛けている。残り三十メートル、否、二十メートルでルナはさらに仕掛けた。
 ルナはシロとの距離を詰めた。接触するギリギリの距離だ。

 その瞬間ルナが声を上げた。痛がるような怖がるような驚くようなそんな声だ。

「ンッンッーンッ!」

 ルナの小さな顔面に前を走るシロの暴れ狂う後ろ足が当たってしまったのだ。
 そのシーンを目撃した覆面姿のマサキはシロのパートナーである聖騎士団のエームに向かって怒号を飛ばす。

「おい! ルナちゃんの顔にお前んところのウサギの後ろ足が当たったぞ! ルナちゃんの可愛い顔に傷でもついたらどうするんだ! どう責任とってくれるつもりだ!?」

 マサキは悪人や迷惑な酔っ払いそして仲間を傷つける者を許さない。許せないのだ。
 それが事故だとしても今の状況では事故かどうかはマサキの目では判断しかねない。なぜならマサキの瞳に映っていたシロという白いミニウサギは飼い主をも平気で攻撃するウサギだからだ。
 だから今回のルナの顔に当たった後ろ蹴りも後ろをベッタリと付いてくるルナに向かってわざとやったものなのではないかと思ってしまう。否、思うしかないのだ。
 しかし、エームの口からは謝罪の言葉は出なかった。そして怒り狂うマサキよりも冷静だった。

「覆面くん。落ち着いてください!」

「落ち着いてられるかよ! 飼い主にも引っ掻く乱暴なウサギだと思ってたけど、まさかルナちゃんにまで引っ掻くなんてな!」

「……もしも傷がついてしまったのなら謝りますよ。そして僕の治癒魔法ですぐに治してあげます」

「そういう……そういう問題じゃないだろ!」

 怒るマサキは拳を握りしめた。その拳はエームに向けようとはしない。怒りを堪えるために拳を握りしめているのだ。
 そんなマサキをエームはさらに怒りを爆発させる言葉を言う。

「覆面くんのウサギさんはようにも見えたんですけどね」

「な、なんだと!? ルナちゃんはそこまでバカじゃない! ルナちゃんはな、ちゃんと考えて行動できる賢いウサギなんだぞ!」

「だからんじゃないんですか?」

「は?」

 エームはウサギたちが走るコースに向かった指を差した。その指に合わせてマサキの黒瞳が動く。そしてマサキは愛兎のルナをその瞳に映した。

「ル、ルナちゃん!?」

「シロちゃんの後ろ足を利用して、自らのウサ耳に結んであったリボンを切ったのではないでしょうか? ならそれくらい可能ですよ」

「なんでそんなことルナちゃんがするんだよ! リボンがなかったら走れなくなるだろ!」

 ルナの長いウサ耳に結んであったイチゴのアクセサリーがついたリボンは、ルナのウサ耳から切れ落ちている。

『おーっと! 残り十五メートル地点でアクシデントだ! ルナ選手のウサ耳に結んであったリボンが切れ落ちてしまったー! 走り辛そうだ! 大丈夫か!? ルナ選手!』

 リボンがないせいで全力疾走するルナの長いウサ耳が地面について擦れてしまっている。ウサ耳が引っかかって転んでしまわないか心配になる程、ルナのウサ耳はルナの走りを邪魔している。

「ンッンッ!」

 しかし地面を擦り続けていたルナのウサ耳は横に開いた。まるで空気の流れを後ろに送る紙飛行機の翼のように。
 これでルナは自分のウサ耳に引っかかることなく走ることができる。

「ンッンッ!」
「フスーフンスー!」

 ルナとシロは声を上げる。小さな体からは想像もできないほど大きな声、雄叫びだ。

 残り十メートル。プレレの実況が激しさを増す。

『おーっと残り十メートルでルナ選手とシロ選手がルー選手とレンナ選手に追いついたー! だが、追いついただけで追い抜くことはできない! 誰が! 誰が! 誰がゴールテープを切るのかー!? 瞬きなんてできませーん!!』

 残り八メートル。観客席のネージュたちの応援も激しさを増す。

「ルナちゃーん!!」
「ウサギ様ー!!」
「いけーッス!!!」
「がんばれー!」
「がんばれー!」

 残り六メートル。上半身裸の筋肉じいさんマグーレンが叫ぶ。

「相棒よ! 最後の力を振り絞れー!」
「ンゴッンゴゥ!」

 残り五メートル。鹿人族ろくじんぞくの男レンヌが叫ぶ。

「今年こそは優勝だー! いけー!」
「プゥプフゥ!」

 残り四メートル。聖騎士団のエームが叫ぶ。

「団長のために走ってくださーい!」
「フスーフンスー!」

 残り三メートル。ウサギの覆面マスクを被った黒ジャージの男マサキが叫ぶ。

「ルナちゃーん! がんばれー!」
「ンッンッ!」

 マサキの声を聞いたルナは跳んだ。跳んで着地、跳んで着地を繰り返している。

「ンッ! ンッ! ンッンッ!」

 誰よりも早くゴールテープを切るため。そして大好きなマサキに早く飛び込むため。ルナは跳び跳ねながら走っているのだ。

 前へ前へと走る四匹のウサギたちはきれいに横一線に並んでいる。誰が一番でもおかしくない。最後の最後まで順位がわからない白熱したウサギレースになった。

 残り二メートルからゴールテープを切るまで、プレレの実況が会場を盛り上げる。

『誰が! 誰が! 誰が一番にゴールテープを!』

「ンッンッ!」
「フスーフンスー!」
「プゥプフゥ!」
「ンゴッンゴゥ!」

飼い主レース同様に四匹のウサギたちはほぼ同時にゴールテープを切った。

『ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴール!!!!! ゴールだ!!! 今ゴールしました! ほぼ同着! ほぼどうちゃくー!! どうちゃくー!!!』

会場は今大会一番の盛り上がりをみせた。その後すぐにざわつき始める。誰が一位だったのか観客席にいる誰もがわからないからだ。

『今までにない白熱したウサギレースでしたー! ただいま着順を確認しております! 着順が決定するまでもうしばらくお待ちください!』

 目視だけでは誰が一位だったのか判定するのは難しい。そして正確ではない。だからこそ魔道具で判定をしなければならない。そんな状況になった。
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