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第3章:成長『ウサギレース編』

119 超おしゃべりな妖精

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 ビエルネスが『妖精の扉』から飛び出して五時間が経過した。

 イングリッシュロップイヤーのルナの垂れている大きなウサ耳にはイチゴの飾りが付いたリボンが結ばれている。ウサ耳を立たせ歩きやすくしたのだ。
 そしてマサキは歩きやすくなったルナと共にウサギレースに向けての特訓をしていた。
 特訓と言っても部屋の中をただただ歩くだけ。歩くマサキにべったりとルナはついて行くだけ。
 その姿は可愛いを具現化し生き物に変えたと言っても過言ではないだろう。そのぐらいウサギのルナは可愛い。そんなルナの可愛さがあるからこそマサキはウサギレースに向けての特訓をするほどの気力が戻ったのである。

「ルナちゃんはお利口で可愛いなぁ~」
「ンッンッ」

 マサキは時々振り返る。ルナがちゃんとついて来ているか確認するためだ。
 マサキにべったりのルナは特訓中は一度たりともマサキの側を離れたことはない。その度にマサキはルナをベタ褒め。もふり、もふり、もふりまくる。
 もふった後はひたすらにウサギ臭を嗅ぐ。否、ルナごと吸い込んでしまうのではないかと思うくらいの勢いだ。

「ンッンッ」

 ルナもマサキに褒められ撫でられるのが大好きなのだろう。無表情だが撫でられたり嗅がれたりするたびに声を漏らしている。

 そんな時、天井から太陽の日差しが照らされた。『妖精の扉』が開いたのだ。
 子兎サイズの小さな扉。その扉を開けられるのはマサキが知る限り一人しかいない。
 そう。妖精族のビエルネスが五時間ぶりに帰って来たのだ。

「マスター! ただいま戻りましたよー」

 太陽の日に照らされるビエルネスの薄緑色の髪はその髪の色に輝いてマサキたちがいる部屋を照らした。
 その姿だけ見れば神々しく美しいのだが、肝心の妖精が変態なものだから台無しだ。

「ぐへへ。マスターマスター! ぐへへ」

 ヨダレを垂らしながら急降下しマサキの肩の上に乗った。
 ビエルネスの存在を感じた瞬間、クレールは『透明スキル』を発動させて透明になる。
 無人販売所イースターパーティーの商品の準備をしていたネージュは体が小刻みに震え始めた。しかし震えはすぐに止まる。流石にビエルネスに慣れたのである。

 マサキの肩に乗るビエルネスは小さな頬をマサキの頬に合わせてすりすりとする。

「随分と遅かったな。というかベタベタしすぎ。っておい! ヨダレヨダレ。ヨダレ垂れてるぞ!」

「べちゃーじゅるじゅるじゅる」

「変な効果音出すな! ていうか、わざとヨダレ出してるよな! やめてくれ! ルナちゃんにかかったらどうすんだよ!」

「今の言い方ですとマスターにはヨダレを垂らしてもいいと解釈してもよろしいですよね」

「もう慣れすぎて自分のことはどうでも良くなってたわ。慣れって恐ろしい……というか俺にもかけるな!」

 マサキはハエを追い払うかのように手を扇ぎながらビエルネスを追い払う。
 追い払われるビエルネスは興奮しながらマサキの周りをブンブンと飛び回る。変態妖精には何をしても喜ばれてしまうのだ。

 そんな一人と一匹の仲睦まじい姿を見ていたオレンジ色の髪から小さなウサ耳を生やした兎人族とじんぞくの美少女ダールがウッドテーブルの上で上半身をだらーんっと伏せた状態で口を開く。

「ビエルネスさん。の兄さんを救う解決策みたいなのは持って来たんッスか?」

「おいおい。貧乏人は俺だけじゃないだろ。俺たち全員貧乏人だ。いや、俺以外は貧乏兎びんぼううさぎか……」

 そんな無意味なツッコミを入れるマサキの頭の上にビエルネスは止まり羽を休め始めた。いつもならルナが陣取っている場所だ。そのルナは今は床の上。マサキの足元だ。なので黒髪の頭の上は空いているのである。

「もちろん持って来ましたよ。ちょっと時間がかかりましたがマスターたちが喜ぶものです。ぐへへ。じゅるり」

 ヨダレをすする音が頭の上から聞こえたマサキはすぐに反応をする。

「お、おい。俺の頭の上でヨダレたらすなよ」

「もう遅いッスよ」

 そんなダールの言葉にマサキは肩を落とし自分の頭を諦めた。怒らなかったのは自分たちのためにを持って来てくれたからだ。そのを聞くためにマサキは口を開く。

「……それでビエルネス。何を持って来てくれたんだ?」

「ぐっふっふっふ。それはですね~」

 ビエルネスは大きく息を吸い込んだ。それは大きな声を出す前の準備。ビエルネスはマサキの頭の上で寝そべりながら真上にある『妖精の扉』に向かって予想通り大声を上げた。

「フエベスちゃ~ん! もういいよ~」

 その声が天井の『妖精の扉』に届いた時、天井から太陽の日差しが照らし始めた。『妖精の扉』が開いたのだ。
 そこからマサキたちの部屋に入って来たのはビエルネスと全く同じ大きなの妖精だ。
 同じなのは大きさだけではなく太陽に照らされている薄緑色の髪も同じ。獣のもこもこの毛皮を使った衣装も同じ。
 ビエルネスとの違いが見つからないほど容姿がほぼ同じ。

(クローンか? いや、双子、と言うか姉妹か。七姉妹とかって言いてたもんな)

 マサキは真っ先にクローンを想像した。それはビエルネスの趣味が人体実験だからだ。この異世界はマサキにとってはまだまだ未知。魔法やスキルが存在するのだ。クローンの技術ぐらいあってもおかしくないだろうと思ったのである。
 しかしすぐにビエルネスの姉妹サバドとリンゴそして長女のルーネスを思い出し、クローン説よりも姉妹説が濃厚になったのである。

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」

 そして始まってしまう。マサキは知らない妖精に体と心が無意識に反応。小刻みに震え出してしまったのだ。
 それが例え普段通りに喋れるビエルネスの姉妹や関係者だとしてもマサキは震えてしまう。それが心に病を持ったものの宿命なのだから。

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

 マサキと同じ宿命を背負う白銀髪の兎人族の美少女ネージュも知らない妖精が部屋の中に入って来たことによって体が小刻みに震え始めてしまった。店の商品の仕込みどころではなくなってしまうほど震えている。
 震えすぎてまな板の上に並んでいるクダモノハサミの食材のイチゴやバナナをみじん切りしている。真っ白で細い指を切ってしまわないか心配になる程、小刻みだ。

「この子はね。私の一つ上のお姉様のフエベスちゃん」

 ビエルネスは『妖精の扉』から降下する妖精族の紹介をする。その後、紹介されたビエルネスの姉のフエベスは口を開いた。

「ビエルネスちゃんに紹介されたフエベスちゃんで~す。フーちゃんって呼んでね~。てかてかてか~、ビエルネスちゃんの話し本当だったんですねー。兎人族の里に人間族様が住んでるだなんて私驚きですよ~。ちょー驚き。お目目が飛び出しちゃいそうです。きゃはっ。しかもしかもしかも! ビエルネスちゃんのマスターになったんですよね~。そっちの方が私ちょー驚きなんですけど~。まさかまさかまさか、あのビエルネスちゃんがマスターを作るだなんてね。お姉ちゃんとしてはすっごくすっごくすっご~く嬉しいです。だから人間族様には私も感謝してるんですよ~。ビエルネスちゃんが気に入った人間族様に私も興味があります~。仲良くしてくださいねー。兎人族様たちもウサギ様も仲良くしてくださいねー。ふふふっ。なんだか居心地の良い場所ですねー。ブーちゃんの家とは大違いです。あっ、ブーちゃんって言うのは私の友達のことです。ううん。長い付き合いだから友達じゃなくて親友ってやつですかね。ブーちゃんの家はね、同じ兎人族の里ガルドマンジェにあるんですけど――」

 フエベスは開口一番にベラベラと喋り続けた。マサキやルナ、ネージュ、ダールの周りをブンブンと飛びながら口が止まらない。そんなフエベスをマサキは厄介な妖精が増えたと心の中で思う。

(さ、流石に喋りすぎだろ……サバドさんとリンゴさんも結構おしゃべりだったけど、比べ物にならないくらい喋ってるな……なんなんだ一体……というかブーちゃんって誰だよ……)

「でねでねでね、私はブーちゃんの家に十年以上住んでるんですけど、それはもーう十年間何も変わらないですよ。ブーちゃんは物欲がないというかなんというか……一緒に住んでいる私からしたらもっと部屋に物を増やして欲しいわけなんです。それでですね私は――」

(ま、まだ喋ってるんだが……いつになったら話が止まるんだ……というかブーちゃんの話されてもわからないんだが……)

 マサキはお喋りが止まらない妖精に困り果てている。なのでお喋り妖精の妹でもあるビエルネスにアイコンタクトを送る。小刻みに震えているマサキが出来る最低限のコミュニケーションだ。

(なんとかしてくれよ)

 黒瞳の視線をもらったビエルネスはなぜか顔が赤らめていく。
 そして己の体を抱き寄せクネクネと宙を浮かびながらアイコンタクトを送って来たマサキにウインクと投げキッスを飛ばす。

(何やってんだこの妖精は……というかなんのために連れて来たんだよ……ここはダールに任せるしか)

 そう思ったマサキは黒瞳でオレンジ色の髪の兎人族の美少女を見る。

「ヌピーヌピー」

 ダールは眠っていた。四時間以上同じ場所に座り続けた結果、ダールは睡魔に襲われていた。そしてお喋り妖精のお喋りを子守唄にして眠ってしまったのだ。
 飽き性のダールらしいこの状況の逃げ道だ。

「でもブーちゃんはねいつも一人なんですよ。だから私がいないとダメだと思いましてね、一緒に暮らすことにしたんです。でもでもでも仕事は妖精族の森アンティパストにある本社ですから、毎日の移動が大変なんです。それでも十年以上続けてる私ってすごいと思いませんか? 親友のブーちゃんへの愛ってやつですかね。でもブーちゃんは私のことをどう思っているのでしょうか。直接聞くのも恥ずかしいですし……でもブーちゃんの気持ちも聞かないとダメですよね。一方通行の愛は寂しいですもんね――」

 まだまだブーちゃんという人物の話は尽きない。それにマサキは話を中断させれるほどのコミュニケーション能力を兼ね備えていない。
 肝心のビエルネスはマサキのことをジロジロと見るたびに顔を赤らめたり息を荒げたりしている。
 この部屋の中いる人物で一番まともなのはイングリッシュロップイヤーのルナだけかもしれない。

「ンッンッ」

 ルナは――ルナは、いつもと変わらず無表情で鼻をひくひくさせながら声を漏らしている。ルナの漆黒の瞳はベラベラと喋る妖精を一点に見つめている。

 フエベスが喋り続けること一時間。

「すっかり長話をしてしまいましたね。ここに来た理由を忘れてましたよ。それくらいここが落ち着くということですね」

 一時間の拷問のような時間を得て、ようやくフエベス自身が本題へと戻してくれた。

「ビエルネスちゃんに頼まれてを大量に持って来たのですよ」

 そう言うとフエベスは目の前に手をかざした。そして何もない空間が開き別空間が現れる。その別空間にかざしていた小さな手のひらを入れ始めてゴソゴソとし始めた。

「んーっと……袋に詰め込んだからすぐに見つかるはずなんですけど……取れないですね。ちょっと待っててくださいね。あっ、これはですね『収納スキル』というものでしてブーちゃんから教えてもらったスキルなんですよ。本当に便利で使ってるんですよ。それにしても見つからないですね。妖精族なので手が短くて届かないのかもしれません。こういう時って不便ですよね。でもでもでも、小さい体でも便利な時もあるんですよ。例えば……あっ、掴みましたよ」

 フエベスは『収納スキル』というスキルでできた別空間にある何かを掴んだ。そしてそれを取り出す。
 取り出したのは軽自動車ほどの大きさの茶色い袋だ。空間にできた小さな穴からは想像もできないほどの大きなのものをフエベスは取り出したのである。

「おっとっとっと……これ、重いと思いますか? でも私みたいな小さな体でも軽々持てちゃうんですよ。なんでだと思いますか? それはですね。重力系の闇属性の魔法を使っているからです。この袋にかかる重力を軽くすることによって私みたいに小さな体でも軽々持ち運べるのですよ。他にも風属性の魔法で浮かせる方法もありますけど、あれは集中力を要しますからね。なのでこっちの方が楽なのです。ではここに置いちゃいますね」

 聞いてもいない魔法についての説明をしながら軽自動車ほどの大きさの茶色の袋をマサキたちの寝床の上に置いた。
 置かれた瞬間、『ドシッ』と床が軋む音がした。重力系の魔法を解除したことによって本来かかっている重力が床に重くのしかかったのである。
 軽自動車ほどの大きさだ。それくらいの重みはあるだろう。しかしこの中身は一体なんなのだろうか。聞かなくてもすぐにお喋り妖精は説明をしてくれる。

「中身はですね。タイジュグループ で商品として取り扱えなくなった食品ですよ。これを無償で提供します。それがビエルネスちゃんからのお願いなんですよー」

 貧乏人のマサキたちにビエルネスは無償で食品を提供してくれた。これがビエルネスが用意した対策だ。
 マサキたちは飛んで喜びたくなるほど胸を高鳴らせていた。しかしその喜びをフエベスの喋りの圧が押さえつける。

「この商品どういうことか簡単に説明しますと、賞味期限切れの食品ということです。賞味期限が切れてもまだまだ美味しく食べられる食品はいっぱいなんですよ。でもでもでも、食品を取り扱うのにはルールがありまして、そのルールに則るしかないんです。そのせいでまだまだ食べられる食品が提供できなくなるんですよ。全くおかしい話ですよね。でもですね。そのおかげでブーちゃんは食べ物に困らないんですよねー。私のおかげです。私もブーちゃんの役に立ってるってことなんです。それでですね――」

 ここから先はさらに地獄。フエベスのお喋りは止まらない。
 軽自動車ほどの大きさの茶色の袋に入った食品を一つ一つ説明を始めたのだ。
 感謝しきれないほどありがたすぎる無償の提供だ。そのせいで地獄の説明会を中断させるわけにもいかずに最後まで聞くはめになる。
 その説明は夕刻を知らせる鐘の音が鳴るまで続いた。学舎に行ったデールとドールがそろそろ帰って来てもおかしくない時間だ。

「――いけない。もうこんな時間! まだ説明は終わってないけど、戻らないとマルテスが怒るかもしれませんから私はこの辺で帰らせていただきますね。ではではのウサギレース頑張ってくださいね! 応援してますー! それではまたどこかでお会いしましょー!」

 地獄のような時間は突然と去っていった。お喋り妖精の帰りはあっさりとしていた。そして嵐のような静けさがマサキたち部屋に残る。

 静寂――

 地獄のような時間に耐え切れずにマサキとネージュは気を失っている。マサキはウッドテーブルの近くの床に倒れていてネージュはキッチンで倒れている。
 倒れているマサキの背中の上にはルナが箱座りをしながら「ンッンッ」と声を漏らしている。
 そのルナの後ろ、マサキのお尻の割れ目にはビエルネスが羽を休め眠っていた。フエベスの妹でもあるビエルネスすらも地獄の時間を耐えられなかったのである。
 ダールはフエベスのお喋りを聞いて眠ってしまってから何一つ体勢を変えずにウッドテーブルに伏せたまま眠っていた。むしろヨダレを垂らしてぐっすりと眠っている。
 透明状態のクレールは、もはやこの部屋にいるかどうかもわからない。耐えられずに部屋から飛び出している可能性が浮上している。

 マサキたちが目を覚ましたのはここから二十分後。デールとドールが学舎から帰って来た時だった。
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