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第2章:出逢い『空飛ぶウサギが来た編』

73 謎の落下物

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 ダール三姉妹が無人販売所イースターパーティーの横に増築するかのように引越してきてから三週間ほどが経過した。マサキが異世界転移してから百二十五日目である。

 警備員兼雑用として雇われたダールは自分の家の中から入店退店する客を確認したりして『仕事をしているようで仕事をしていない仕事』を一生懸命働いていた。
 他にも雑用係として掃除や食材の仕入れなどもやってもらっている。
 そんなダールにマサキたちは仕事量よりも少しだけ上乗せした給料を支払っている。
 通常よりも給料が多いのは盗賊団を逃さず捕まえてくれたダールに感謝しているからだ。そして貧しい暮らしに戻ってほしくないという気持ちもある。
 しかし一番の理由は雑用係の業務として行っている食材の仕入れだ。人間不信のマサキと恥ずかしがり屋のネージュ 、そして悪魔が宿るという伝承がある片方だけ大きなウサ耳を持つクレールの三人は人前に出るのが苦手だ。
 三人が苦手な人前に出るということをダールがやってくれているので給料が高い。それが一番の理由なのである。

 そしてダールの双子の妹デールとドールは引越した五日後から兎人族の里ガルドマンジェにある小さな兎人族とじんぞく学舎まなびやに通い始めた。
 デールとドールは日本でいうところの小学一年生に値する。学舎に通ったことのあるダールは妹たちにも学舎で勉学に励んで立派な大人に成長してほしいという強い気持ちがあったのである。
 そしてダールはデールとドールの姉でありながら親代わりでもある。なので親代わりとしても学舎に通わせてあげたいという気持ちも強いのだ。

 その結果、ダールは無人販売所イースターパーティーで働くことができたタイミングですぐに妹たちを学舎に通わせたのである。
 妹たちのためでもあるがダール自身が仕事を辞めないための決意のようなものでもあるのだ。

 そんなこともありながら無人販売所で働くマサキとネージュ、クレール、ダールの四人は兎人族の森アントルメティエでニンジンの収穫を行っていた。


「八百屋でニンジンを買うのもいいけど……やっぱり無償で手に入る兎人族の森ここがいいよな」

「そうですよね。初心を忘れずにってことですよね」

「そういうことそういうこと」

 全身黒いジャージ姿のマサキとブラウン色のロリータファッションのネージュは手を繋ぎ何気ない会話をしながらニンジンの収穫を行っていた。外出中は手を繋がなければ平常心を保てないからだ。
 そして二人はどれも『そっくりニンジン』というニンジンの実の部分がなく毒の葉だけのハズレのニンジンばかりを引いている。

「おにーちゃんおねーちゃん! クーが一番だぞー!」

 元気な声でマサキとネージュを呼んだのはピンク色のドレスを泥だらけにしているクレールだ。右手には大きなニンジンがありそれをぶんぶんと振り回しアピールしている。本日一本目の当たりを引いたのである。

「さすがクレールですね」

「えへへへー」

 子供のような無邪気な笑顔を振り撒くクレール。出会ったばかりの頃よりもさらに子供らしくなっている。
 それはマサキたちに心を許したからなのか、デールとドールの双子の姉妹と遊ぶようになったからなのか。そのどちらもであるのか。
 子供らしい姿こそがクレールの本来の姿なのである。

 そんな一生懸命で可愛らしいクレールとは対照的に口を半開きにし死んだ魚のような目をして天を見上げるオレンジ色の髪をした兎人族の美少女がいた。ダールだ。

「ダールはもう飽きてしまったんですね……」

 ネージュが言うようにダールはニンジンの収穫に飽きてしまっている。
 泥がついたそっくりニンジンを両手で持っているので何度か収穫をしたのだろう。しかしダールは飽き性な性格だ。同じ動作を繰り返すと自分が何をしているのか分からなくなってしまうのである。
 そんなダールはボーッと天を見上げている。

 するとダールの黄色い双眸が謎の物体を捉えた。その謎の物体は天から真っ逆さまに地上に降下している。落下地点はマサキとネージュがいる位置だ。
 このままでは謎の物体がマサキとネージュに直撃してしまう。
 ダールは慌てて声を出した。

「にににに兄さん! 姉さん! 上から、上から何か降ってきます!」

 若干言葉が詰まってしまったが謎の物体が落ちてくる前に落下地点にいる二人に伝えることができた。
 これもダールが作業に飽きてボーッと天を見上げていたおかげである。ファインプレーだ。

「う……え……?」

 ダールに言われた通り上を確認するマサキとネージュ。首を大きく捻って太陽の光を繋いでいない方の手で遮り真上を見たのだ。
 逃げる前に確認した理由は単純。落下物を確認しない限りどこへ逃げていいかわからないからだ。逃げた先が落下物の落下圏内なら意味がない。
 そして日本人らしい黒瞳と青く澄んだ綺麗な瞳は落下物を捉えた。

「ななななんだあぁぁぁぁ!?」
「ガタガタガタガタガタ……」

 マサキとネージュは落下する謎の物体を見て慌てながら叫んだ。
 そして二人の足は同時に動いた。息がぴったりな二人は相談せずとも逃げる方向は同じ。まるで二人三脚でもしているかのように踏み出すタイミングが同じだった。
 なるべくこの場から離れるために走るマサキとネージュ。そしてその様子を見ているクレールとダールも落下物の衝撃に備えてその場から逃げるように走り出した。

 落下する謎の物体はマサキとネージュを追跡するように落下していく。空中で落下する方向を転換したのだ。
 落下物が方向転換したことを瞳の端で捉えたマサキは落下物に向かって怒号を飛ばした。

「なんでついてくるんだよー! ふざけんなー!」

 マサキの怒号も虚しく落下物はマサキとネージュの元へとどんどん近付く。そして激突した。
 激突したのはマサキの後頭部だ。激突した衝撃でマサキの頭が吹っ飛ぶという悲惨なことにはならなかった。
 なぜなら落下物はマサキの後頭部に激突する寸前、速度が急激に落ちたのである。
 そしてマサキの後頭部には謎の落下物がベッタリと張り付いている。それはもふもふでふわふわでもちもちで生暖かい物体だ。

「マ、マサキさん大丈夫ですか!?」

「な、なに!? 何がくっついてんの? 怖いんだけど怖いんだけど怖いんだけど! 俺の頭の後ろに何がくっついてんの?」

 マサキは慌てて後頭部にくっつく謎の物体を取り除こうと左手で掴んだ。しかし謎の物体は離れてはくれない。
 そしてマサキは左手にもふもふでふわふわでもちもちで生暖かい小動物を触っているような感覚を味わう。
 マサキの隣で手を繋ぐネージュにはその正体がなんとなくわかっていた。

「……ウサギ?」

 そう。ウサギだ。チョコレートカラーのもふもふのウサギ。一般的に知られるウサギよりは耳がやたらと大きい。
 ネージュの声は慌てるマサキには届いていない。そして真後ろを見るほどの視野を持っていないので後頭部にいる謎の生き物の正体をマサキはまだ知らない。

「これ生き物じゃねーか? もふもふしてるし……怖い怖い怖い怖い怖い……ネージュ早く取ってくれ……」

「はい! 今取りますね!」

 ネージュがマサキの後頭部にベッタリとくっつくウサギを取ろうとした瞬間、ウサギは動いた。器用にマサキの頭をぐるりと半周。つまり後頭部から顔面に移動したのだ。

「んぐぅおう!?」

 マサキは顔面に回り込んできたウサギに尋常じゃないほど驚いた。そして咄嗟にネージュと繋いでいる右手を離してしまう。
 そのまま顔面にベッタリとくっついているウサギを剥がそうと両手で掴んだ。そして思いっきり引き剥がそうとする。

「ぬぅおうぅやっ!」

 マサキは顔面からウサギを引き剥がすことに成功した。それと同時に反動で背中から地面に向かって倒れそうになる。

「マサキさん!」

 咄嗟に左手を伸ばすネージュ。マサキもウサギから右手を離しネージュを掴もうとする。しかしあと少しのところで掴めなかった。そしてマサキは左手でウサギを持ちながら背中から地面に叩きつけられたのであった。

「うぐぅッ!!」

 背中から地面にぶつかったことによって肺に衝撃が入る。そして思わず声が出てしまう。

「マサキさん大丈夫ですか!?」
「おにーちゃん!」
「兄さん!」

 ネージュ、クレールそしてダールがマサキの心配をして駆け寄る。

「いててて……大丈夫……ってなんだこれ……ウ、ウサギか!?」

 マサキは倒れながら左手で持っているウサギを両手で持ち直した。そしてウサギを自分の腹の上に置いてまじまじと見る。

「耳がやけにデカい茶色のウサギ……」

 腹に乗っているウサギの特徴を呟いた。

 突然天から落下してマサキにぶつかったウサギはチョコレートカラーの毛色で手足が短い。
 手足が短い代わりにウサ耳はとても大きく垂れていた。
 種類はイングリッシュロップイヤーだ。よく見ると顔の下の胸あたりにある肉垂が大きく垂れている。これがウサギのマフマフ。つまりマサキの腹の上にいるウサギはメスのウサギということだ。

 マサキの黒瞳とウサギの黒瞳は交差する。
 ウサギは逃げることも嫌がることもせずただただ鼻をひくひくと動かし「ンッンッ」と声を漏らしながらじーっとマサキを見つめ続けている。

「なんでウサギが降ってきたんだよ……」

 ウサギは兎人族のように人語を話せない。理解しているかもしれないがその表情からは読み取ることはできない。

「ンッンッンッ」

 マサキの腹の上でウサギはマサキを見続けた。そして鼻をひくひく動かしながら声を漏らし続けた。
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