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第七節

第28 殺人鬼

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 それはユウカが外を歩いてる時だった。

「何だよあいつ! 」

 ユウカはバイト帰りに少し頭を冷やすために一人で外を歩いていた。
 たまには一人で黄昏ていたい時もある。 というのは格好をつける名目で、黄昏ついでに実際はエリィーの通ってきたと言う穴が見つからないかと、少し歩いていた。
 その道は特にごちゃごちゃもしていない一歩道。 辺りには人っ子1人もおらず、静かだった。
 勿論夜の深夜帯なのだから当たり前だ。
 街灯が照らしてくれるから、この街は夜でも明るい。 人類の発明とはとても素晴らしい。
 だとしても、深夜帯ともなれば人の数は急激に減る。

 そんな夜の事だった。
 丁度ユウカは見てしまった。 誰かが人を殺している姿を。

 ユウカの行こうとする前には血まみれの人がいた。
 牙に、てかてかした顔、そして角。 その顔に感情など一切ないその姿はまさに殺人鬼。

 おまけにフードで頭を覆っている。 殺されている人はどんな人だったのかは暗くて分からないが、今なおも血を吹いている事だけはわかる。 既に死んでいるのか、まだ息があるのか。 ただあれはどう見ても殺された、そう判断できる一面だった。


 仮面をした目の前の殺人鬼はユウカの方を向いた。
 ここには身を隠せるところは何もない。 街灯と街灯の間は薄暗く、小さな公園があったりもするが中は街灯があれど暗く薄気味が悪い。 抵当のマンションも立ち並ぶがもっと先だ。 この一本道で避ける事など出来ない。

 血は黒く仮面に付着していたが、表情が何とも恐ろしい仮面だった。般若のごとくつり上がった顔をしているがなまはげ以上に怖い。
 手には刀を持っていた。 よく切れそう。 夜だと言うのに、街灯の光を反射させたその刀はとても魅力的なほど目を奪われる。
 今ここで出くわしたこいつは、成華学院の生徒が噂していた、あの殺人鬼そのものの姿をしている。

 ユウカは息を飲んだ。 こんな時どうしたらいいのか。 経験があったとしたって人はこの状況、どうすればいいのか等、正しい答えは出せはしないだろう。
  できる事は逃げる事。 そうしなければ殺されてしまう。
 だけどユウカは逃げれなかった。いや、動けなかった。体が肯定されていて動かない。 ユウカ自身も驚いている。 まるで誰かが後ろで腕をつかんでいる様な感覚。 腕を掴んでいるようなそれは人ではないようで、全く体温を感じなかった。 本当に人がいるのかすら怪しんだ。

 殺人鬼は黙って近づいてくると動けないユウカの胸元をさした。

 「うっ」

 ユウカは激痛に倒れこんだ。 人が死にそうな状況に直面した時、体は自身を守護する為、人間の危機的本能を働かせる。ユウカは少しの間だけ気絶した。 


 その時間、不思議な夢を見る。 辺りは真っ白でどこだかもわからない場所。
 目の前には大量の血を流して倒れている人がいる。 
 誰か気になったユウカはその倒れた人影に近寄っていった。
 その姿は紛れもない自分。自分自身が倒れているのだ。それも幼い自分。それは死にかけていた。
 その瞬間、辺りがさっきよりははっきりとしてきた。
 どこか記憶にある様な、光景。
 今ユウカは自分の古い記憶を思い出している最中だった。

 そのことにユウカが気づいた。 彼はまだ小さな子供で確か、事故にあった事があったという事。
 それでも詳細には思い出せないが、確かにうっすらとそんな事があったかもと思い返す。
 でもこんなにも死にそうだったのにどうして自分は今生きているのか不思議に思った。
 辺りには誰もいないし、人が来そうな気配だってない。このまま10分と見つからなければ目の前の小さな自分は息絶えているだろう。
 だけど、今こうして自分は学生生活を送って生きている。
 なら、この少年を助けた人が、見つけ出してくれた人がいるはず、なのに思い出せない。
 この後、病院で目覚めた記憶も覚えもない。 病院には運ばれていないのだから。
 ならどうして彼は助かったのか。
 足音が鳴り響いて来る。 靄の中からこちらに向いて誰かが近づいて来る。それは一人の女性だった。 顔も見えない、その靄はその女性の姿すべてを隠していたからどんな女性かもわからない。
 その影は髪がとても長かったのだ。だからユウカは女性だと認識した。
 それは、倒れていた少年の近くで座ると抱き寄せ自分の膝を枕にして抱えた。 
 それから少年に顔を近づけると、じっと動かなくなってしまった。

 思い出した。 唇の温かい感覚、それと同時に何か、にがくて、そしてとても暖かいものが絡みつく。
 そうだ接吻してるんだ。

 その瞬間ユウカは血が頭から噴火しそうになると同時に意識を戻した。

 閉じていたい瞳が開く。
 目を覚ますと、そこには誰もいなくなっていた。 何より生きている。 刺されたことを思い出すと、心配して胸を押さえた手には血が――――、
 ついていなかった。 
 どうやら刀の柄の部分で溝内を突かれただけだった。
 安心するのも束の間、

「そうだ、刺された人」

 辺りには何もなかった。死体も、倒れた人影も刺されたはずの血痕の後も綺麗に何もないのである。
 あるとすれば道路に塵ばむ砂埃程度。

 ユウカには一体何があったのか思考が追いつかなくなった。。
 確かに目の前で人を切って返り血を浴びている場面を見た。 それは確かだ。 そして自分もしっかりと刺されたと思った時に受けた、溝内の一撃の痛み。 これも体にちゃんと残って今も痛い。
 ユウカが倒れていたのはせいぜい5分もない。

 そこまでしっかり記憶にあるはずなのに、死体や血痕、殺されたと思しき状況が全くないのである。
 まるでそこには何も起きていなかったかのように、ただの道路でしかない。
 犯人が丁寧に死体を片付けた? だとしても、飛び散った血痕をこんなに綺麗に、それもなかったかのように短時間で処理することは不可能だ。
 確かに夜で暗く、見えにくいと言っても、血しぶきを上げていたのだ。 そんぞそこら中にとびちっていた血はせめて刺された現場にはあってもおかしくない。

 だけどどこを探しても無い。 じゃあ夢? 夢でも見ていたのだろうか。 だとしたら相当疲れている。 ユウカはそう思うしかなかった。
 

 
 「ただいま」

 ユウカが家に帰るとテーブルで前かがみになって寝ているエリィーがいた。
 ユウカを待っていたようで、耐えかねて寝てしまったのだろう。

 ユウカは布団を敷いていると、バイクが走り回る音がした。バイパーだ。
 また活発に動き出しては騒いでいた。 零錠が言っていた、バイパーと政府の抗争戦争。彼女はこれから激化すると言っていたが、一体この街はどうなるのだろうか。

 心配ないと零錠は言っていたので心配はないのだろうが、総動員で政府が動くとなると、エリィーの事も心配だ。 
 ユウカは寝ているエリィーを抱きかかえて布団に移す。
 エリィーの事も心配だ。以前に測った時から縮んでいっている。 何とかして彼女が言う穴を見つけてあげたいが、見つけたところでエリィーの帰れる場所につながっているのかもわからないとなると余計に心配だ。 このままではいずれエリィーは。 なんとなく消えて行ってしまうエリィーを想像できたユウカは、穴を探しに少し夜道を寄り道していたのだが。


 もうじき正午を回る。 一日は早いものだ。 ユウカは疲れた体を癒す為にお風呂に入っていた。

 がたがたがた。  何かが通る様な物音がした。 

 エリィーだろうか? エリィーがきっと起きたのだろう特に気にしなかった。 もう正午を超えていてるし、宿題をやって寝るとなるとまた3時コースになりそうだった。

 風呂から上がらると部屋は真っ暗だった。 起きてから電気を消して寝たのだろうか。とにかく、乾いた喉を潤すユウカだったがどうも人の気配を感じる。
 何とも落ち着かない気分だったが、エリィーも寝ているだろうし、さっさと勉強をしようとテーブルに道具を広げる。  何かの呼吸の音だろうか、スース―と音が聞こえてくる。 当たり前だエリィーが寝ているのだから。 だけど、それは暗いからか、まるで獣の興奮するようなそれに似ていた。

 学校で流行っているコウモリ男事件。 ふとそれが頭に浮かんだ。 こういう時に現れるのだろうか? 以前のユウカなら全く考えもしなかった話なのに、今の自分はすっかりとコウモリ男を想像して少し警戒すら覚えた。 自分でもそれが信じられなかったが、エリィーと言う存在との出会いが彼を変えているのかもしれない。

 まさかな。そう言って取り掛かる。 ユウカには全く時間の余裕がない。 日々の事件で一日に勉強に向かえる時間は1、2時間程度が良い所だった。そして追い打ちをかける様に授業についていけてない。
 丁度、集中していた時、ユウカの後ろから何かが飛び掛かってきた。

「な、なんだ!? 」

 驚いたは見たものの、全く体が動かない。 強い力で抑えられたユウカはそのまま肩を咬まれた。

「うわっ」

 肩から血が出たのが分かった。 鋭い歯が当たったからだ。 ユウカも肉を引きちぎられないようなんとか暴れて、この場を脱しようとするが、もう遅い。捕食された餌のように抵抗は意味をなさなかった。
 再度首元をしっかりと咬まれるとユウカは自分が食されているのだと実感した。 目の前が暗くなる。 鈍い音が鳴った。



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