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番外編
【父の日編(五)】奇跡の贈り物。(五)
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「みーくん、大丈夫ー?」
「へ……?」
「しんどい時は右向きで寝るといいよー」
強ばった背中に置かれた手は小さくも温かい。語尾を伸ばした特徴的な喋り方と、自分を「みーくん」呼びをする人物は一人しかいない。水樹は涙顔も気にせず振り向いた。
「希星はもう……。ごめんね、起こしちゃった?」
「な、んで、み……」
酷い吐き気に襲われ、慌ててバケツに顔を突っ込む。成人男性の震える体を彼女達は丁寧に摩ってくれた。
「ごめ、ん。俺……」
「謝らなくて結構だよー。しんどい時って誰しもあるあるー」
「みずくん、経口補水液のゼリータイプ買ってきたよ……って、あれ?」
「はいどうぞ。スポドリも準備OKだよ」
「ちょーーい!!」
寝室に姿を表したのは光希、芳美、希星だった。
二回目の高校三年時同じクラスになり、文化祭準備を機に親しくなった女性達。守谷水樹のファンでありながら、遊佐水樹とたびたび連絡をする旧友の仲でもあった。
どうにか落ち着いた水樹はベッド上に座り、渡されたゼリーで失われた栄養を摂る。
「どうしてウチらがいるの? みたいな目だね」
水樹を囲むように座る彼女達へ、知らず知らずのうちに視線を送っていたようだ。
「説明してしんぜよー。なたっちが教えてくれたのであーる」
「彼方……が?」
「そうそう。フラッフラした足取りで駅へ向かっていくから、気になって後をつけたのよ」
「そして、みーくんが体調不良だと知ったのだったー」
「最初呼び止めた時はウチらだってわからなかったみたい。何気に酷くない?」
「あれは腹立ったなあー」と愚痴を零す光希達の話を聞き、水樹は罪悪感に陥る。
(俺のせいで彼方に支障が……)
話を聞く限り、その後も色々と影響がありそうだ。
打ち合わせ中にミスをして個展の件がなくなったら。彼方が頑張ってきたことが全部水の泡になる。
(どうしよう、どうしよう! 俺がきっかけを作ったから……。俺が悩みの種を……)
「二人とも、水樹君が余計心配しちゃうでしょ」
待ったを掛けたのは、芳美だった。
「あたしからも説明させて。水樹君が体調不良だって聞いたのは本当だけど、看病を申し出たのはあたし達なんだ」
芳美の説明によれば、「少しは力になれるかも」「一人だと心細いし」「任せたまえー」と詰め寄ったらしい。水樹の体調は気になるが、仕事を放り出すこともできない。彼方は信頼できる三人に鍵と体調不良の旦那を託した。
「おおー。推しを目の前にしても芳美が真面目だ」
「……ちょっと」
「睨まないで! みずくん、余計な心配掛けさせたみたいでごめん」
「う、ううん。こっちこそ取り乱してごめんね」
偶然居合わせたのが芳美達で良かった。自分が彼方なら苦しい呼吸も少し楽になるだろうし、気遣いだけで安心する。
「きっと今頃、愛する旦那のために大急ぎで仕事を片付けているはずだよ。なんだかんだあいつ、高校の時からみずくんのことしか頭にないから。誰かさんも見習えばいいのになー」
頬を膨らませる紅城光希は、羨望の眼差しを向ける。
同じくクラスメイトだった紅城はプロカルタ師として世界を渡り歩き、奥さんである光希に留守番を頼んでいる。
「紅城君は元気?」
「元気、元気。未だ『ござる』呼びが抜けない」
「紅城君らしいね。きっとまたすぐ戻ってくるはずだよ。こう……、しゅば! って」
「……うん。なんか逆に励まされたんだけどー!」
光希はカラリと笑う。友人の復活に安堵していると、光希の横で何やら難しそうに考える希星がいる。
「なた君からは大まかな症状を聞いた程度だけどー、改めて確認してもいいー?」
「う、うん」
「ダメだった匂い、何があるー?」
なぜ匂いを問われたかはわからないが、昨日のことを思い出して真面目に答えていく。難しそうな顔をしていた割に、希星の口調は相変わらずゆったりだ。
「なるほどー。匂い以外に『これ、変ー』と思った症状あるかなー。ほんの些細なことでもいいよー」
即座に吐き気と答えたが、些細な症状と聞かれると難しい。
「例えば体が火照って怠かったりー、汗をたくさんかいたりすることないー?」
その選択肢には心当たりがある。寝る前なんて酷かった。背中に浮かんだ汗が気持ち悪くシャツを脱ぎ、今年初めてクーラーをつけた。それに、タクシーで無駄にかいた脂汗。
「ふむふむ脂汗も追加ー、メモメモー。他はー? 息切れ起こしちゃうとか、喉が渇いて飲み物たくさん飲んだ時期とかある?」
「すごい、どうしてわかるの?」
希星の勘の良さは学生時代から知っていたが、エスパー並に調子の悪さを言い当てられて驚いてしまう。
(希星さんもこれらの症状に悩まされたとか)
そうでもなければ、具体的な症状を挙げられないはずだ。辛くはなかっただろうか。
不意に自身の腹を撫でた希星は、「ちょっと隣の部屋へカモーン」と水樹一人を呼ぶ。心配する光希と黙り込む芳美を蚊帳の外にさせるのは大変心苦しいが、考えあっての呼び出しだろう。
寝室を出る前に希星は二人へ耳打ちをし、「よろしくねー」と何かを頼む。秘密の内容も驚愕する光希達の表情からは読み解けなかった。
リビングへ移動すると、扉を閉めるよう指示される。鍵をかけずにパタンと扉を閉じれば、廊下を通っていく足音が聞こえてきた。
「じゃあー、単刀直入に聞くねー」
「ああ、うん」
二人になったのに声を潜められた。深刻な症状である可能性が高まる。希星達と一歳違っても、水樹はもう二十後半だ。リスクだってあるし、健康診断は今年まだ一度も受けていない。
(落ち着け、俺。気分悪くなってどうするんだ)
真実を知るのが怖くなり、固唾を飲んで見守った。
「最終ヒート開始日を教えて?」
「えっ」と素っ頓狂な声が出そうになったが、希星は真剣な表情だ。
同じオメガだからこそ、何か手掛かりがあるのだろうか。
「し、四月三十日……です」
「みーくんの誕生日で、次の日がなたっちと番になった日だね。その時に愛を確かめ合った?」
「愛を……確かめ……」
「言い換えようか。番として結ばれる以外に、心と身体も繋がったんだよね」
今までの質問とまた少し違っていた。
水樹は視線を落とし、女性の腹を見つめる。『あの時、番になれた希星は幸せ者だねー』と、希星が嬉し涙を浮べて喜ばしい報告を持って来たのは、つい最近のこと。彼女の番は用心棒を務めていただけあり、容姿も雰囲気も凛々しい。近寄り難い方だと思えばお笑いとコメディー作品が大好きで、デート場所はいつもライブか映画館だと陽気に話していた。
再び顔を上げると、先輩女性は微笑んで後輩男性の答えを待っている。柔らかな空気の中が「大丈夫だよー」と背中を押す。
──こくん
「えへへー。友達が幸せで、希星とってもハッピー! 二人がドラッグストアから戻って来るまで、一緒におしゃべりしよー」
にへらとした笑い方は夫婦そっくりだった。
「へ……?」
「しんどい時は右向きで寝るといいよー」
強ばった背中に置かれた手は小さくも温かい。語尾を伸ばした特徴的な喋り方と、自分を「みーくん」呼びをする人物は一人しかいない。水樹は涙顔も気にせず振り向いた。
「希星はもう……。ごめんね、起こしちゃった?」
「な、んで、み……」
酷い吐き気に襲われ、慌ててバケツに顔を突っ込む。成人男性の震える体を彼女達は丁寧に摩ってくれた。
「ごめ、ん。俺……」
「謝らなくて結構だよー。しんどい時って誰しもあるあるー」
「みずくん、経口補水液のゼリータイプ買ってきたよ……って、あれ?」
「はいどうぞ。スポドリも準備OKだよ」
「ちょーーい!!」
寝室に姿を表したのは光希、芳美、希星だった。
二回目の高校三年時同じクラスになり、文化祭準備を機に親しくなった女性達。守谷水樹のファンでありながら、遊佐水樹とたびたび連絡をする旧友の仲でもあった。
どうにか落ち着いた水樹はベッド上に座り、渡されたゼリーで失われた栄養を摂る。
「どうしてウチらがいるの? みたいな目だね」
水樹を囲むように座る彼女達へ、知らず知らずのうちに視線を送っていたようだ。
「説明してしんぜよー。なたっちが教えてくれたのであーる」
「彼方……が?」
「そうそう。フラッフラした足取りで駅へ向かっていくから、気になって後をつけたのよ」
「そして、みーくんが体調不良だと知ったのだったー」
「最初呼び止めた時はウチらだってわからなかったみたい。何気に酷くない?」
「あれは腹立ったなあー」と愚痴を零す光希達の話を聞き、水樹は罪悪感に陥る。
(俺のせいで彼方に支障が……)
話を聞く限り、その後も色々と影響がありそうだ。
打ち合わせ中にミスをして個展の件がなくなったら。彼方が頑張ってきたことが全部水の泡になる。
(どうしよう、どうしよう! 俺がきっかけを作ったから……。俺が悩みの種を……)
「二人とも、水樹君が余計心配しちゃうでしょ」
待ったを掛けたのは、芳美だった。
「あたしからも説明させて。水樹君が体調不良だって聞いたのは本当だけど、看病を申し出たのはあたし達なんだ」
芳美の説明によれば、「少しは力になれるかも」「一人だと心細いし」「任せたまえー」と詰め寄ったらしい。水樹の体調は気になるが、仕事を放り出すこともできない。彼方は信頼できる三人に鍵と体調不良の旦那を託した。
「おおー。推しを目の前にしても芳美が真面目だ」
「……ちょっと」
「睨まないで! みずくん、余計な心配掛けさせたみたいでごめん」
「う、ううん。こっちこそ取り乱してごめんね」
偶然居合わせたのが芳美達で良かった。自分が彼方なら苦しい呼吸も少し楽になるだろうし、気遣いだけで安心する。
「きっと今頃、愛する旦那のために大急ぎで仕事を片付けているはずだよ。なんだかんだあいつ、高校の時からみずくんのことしか頭にないから。誰かさんも見習えばいいのになー」
頬を膨らませる紅城光希は、羨望の眼差しを向ける。
同じくクラスメイトだった紅城はプロカルタ師として世界を渡り歩き、奥さんである光希に留守番を頼んでいる。
「紅城君は元気?」
「元気、元気。未だ『ござる』呼びが抜けない」
「紅城君らしいね。きっとまたすぐ戻ってくるはずだよ。こう……、しゅば! って」
「……うん。なんか逆に励まされたんだけどー!」
光希はカラリと笑う。友人の復活に安堵していると、光希の横で何やら難しそうに考える希星がいる。
「なた君からは大まかな症状を聞いた程度だけどー、改めて確認してもいいー?」
「う、うん」
「ダメだった匂い、何があるー?」
なぜ匂いを問われたかはわからないが、昨日のことを思い出して真面目に答えていく。難しそうな顔をしていた割に、希星の口調は相変わらずゆったりだ。
「なるほどー。匂い以外に『これ、変ー』と思った症状あるかなー。ほんの些細なことでもいいよー」
即座に吐き気と答えたが、些細な症状と聞かれると難しい。
「例えば体が火照って怠かったりー、汗をたくさんかいたりすることないー?」
その選択肢には心当たりがある。寝る前なんて酷かった。背中に浮かんだ汗が気持ち悪くシャツを脱ぎ、今年初めてクーラーをつけた。それに、タクシーで無駄にかいた脂汗。
「ふむふむ脂汗も追加ー、メモメモー。他はー? 息切れ起こしちゃうとか、喉が渇いて飲み物たくさん飲んだ時期とかある?」
「すごい、どうしてわかるの?」
希星の勘の良さは学生時代から知っていたが、エスパー並に調子の悪さを言い当てられて驚いてしまう。
(希星さんもこれらの症状に悩まされたとか)
そうでもなければ、具体的な症状を挙げられないはずだ。辛くはなかっただろうか。
不意に自身の腹を撫でた希星は、「ちょっと隣の部屋へカモーン」と水樹一人を呼ぶ。心配する光希と黙り込む芳美を蚊帳の外にさせるのは大変心苦しいが、考えあっての呼び出しだろう。
寝室を出る前に希星は二人へ耳打ちをし、「よろしくねー」と何かを頼む。秘密の内容も驚愕する光希達の表情からは読み解けなかった。
リビングへ移動すると、扉を閉めるよう指示される。鍵をかけずにパタンと扉を閉じれば、廊下を通っていく足音が聞こえてきた。
「じゃあー、単刀直入に聞くねー」
「ああ、うん」
二人になったのに声を潜められた。深刻な症状である可能性が高まる。希星達と一歳違っても、水樹はもう二十後半だ。リスクだってあるし、健康診断は今年まだ一度も受けていない。
(落ち着け、俺。気分悪くなってどうするんだ)
真実を知るのが怖くなり、固唾を飲んで見守った。
「最終ヒート開始日を教えて?」
「えっ」と素っ頓狂な声が出そうになったが、希星は真剣な表情だ。
同じオメガだからこそ、何か手掛かりがあるのだろうか。
「し、四月三十日……です」
「みーくんの誕生日で、次の日がなたっちと番になった日だね。その時に愛を確かめ合った?」
「愛を……確かめ……」
「言い換えようか。番として結ばれる以外に、心と身体も繋がったんだよね」
今までの質問とまた少し違っていた。
水樹は視線を落とし、女性の腹を見つめる。『あの時、番になれた希星は幸せ者だねー』と、希星が嬉し涙を浮べて喜ばしい報告を持って来たのは、つい最近のこと。彼女の番は用心棒を務めていただけあり、容姿も雰囲気も凛々しい。近寄り難い方だと思えばお笑いとコメディー作品が大好きで、デート場所はいつもライブか映画館だと陽気に話していた。
再び顔を上げると、先輩女性は微笑んで後輩男性の答えを待っている。柔らかな空気の中が「大丈夫だよー」と背中を押す。
──こくん
「えへへー。友達が幸せで、希星とってもハッピー! 二人がドラッグストアから戻って来るまで、一緒におしゃべりしよー」
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