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番外編

【父の日編(四)】奇跡の贈り物。(四)

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(辛い……)
 昼の陽光を浴びる気分にもなれず、水樹は寝室のカーテンを閉める。
 どうにか元気を取り戻した水樹だったが、仕事を再開して間もなく調子を崩した。
『ただでさえお前が指輪を外し忘れたせいで、オレの記念日が霞むところだったんだぞ。新婚気分で浮かれた上に健康管理が不十分とか、仕事舐めてんのか?』
本日の主役、守谷奏斗がイラついた態度で放ってきた嫌味を思い出し、また気分が悪くなる。
 今朝、うっかり結婚指輪を着けたまま仕事に出掛けてしまった。何も知らない取材陣からは変な目で見られ、現場に妙な雰囲気を作り出した。巧みな話術でカバーした奏斗だったが、対応が一歩遅れれば、トレンド一位の『ソロアーティストデビュー六年目』が水樹に関するワードに塗り変わっていただろう。
 取材陣退出後、奏斗がグチグチ言い出した。だが、普段なら返せるそれにみっともなく涙ぐんでしまい、他の共演者やスタッフから早退するよう勧められた。 奏斗がどんな顔で自分を見送ったかさえ知らない。
 一度は泣き疲れて眠ったが、起きて早々気分が悪い。
部屋を行き来するの大変だよね、と彼方はベッド周りに色々用意してくれた。応急処置用のバケツや少しずつでも食べられるような袋詰めのパン、飲み物などなど。
『夜の七時には戻るから。何かあれば遠慮せず電話して』
 個展の話し合いに呼ばれた彼方は、時間が来るまで隣にいて安心感を与えるような言葉をかけてくれた。取り繕った笑顔からは『心配』の二文字が浮かんでいた。申し訳ない。
 水樹は自分の腹を撫でる。朝起きた時から張るような違和感があった。食欲もない。
 加えて身体が火照りやすい。クーラーだと寒いので、扇風機を回して涼を得てる。時度に切らないとミシミシ身体が痛くなるのが玉に瑕だ。
 気分は底まで沈み、視界が潤むのもそう時間はかからなかった。
「俺……、大事な時に体調壊してばっかりだ」
 タイミングの悪さには自覚がある。誕生日、記念日……数え上げたらきりがない。
 そういう時は大抵ヒートだったが、周期計算するともう少し先だ。予兆とも違う。吐き気なんてなかった。あったとすれば抑制剤の副作用で、だ。
 また狂って早まった? でも、巣を作りたいと思えない。
(早く治さなきゃ。個展当日に病院……なんて絶対ダメだ。プレゼントは用意できなくても、元気に回復したらなんとか……なる……はず)
 補給用の水を飲んだら噎せてしまい、新しい涙を落とすのが嫌で瞼を閉じる。
 抜けてきた現場はどうなったか、スタッフ全員に迷惑をかけた、など仕事に関することも浮かんでは消え、消えては浮かび、ますます寝付けない。
 水樹は胸の中に彼方の枕を引き寄せ、額ごと顔を埋める。そして重いため息をついた。
「早く……帰ってきて」
 誰にも届かない願い。ありがたいことに今は一人の時間が少ない。仕事場では必ず誰かが一緒にいて、帰宅すると愛おしい彼方が一番近くにいる。当たり前となった幸せに感謝しつつも、どこか慣れてしまったのだろう。
 すると、チャイムが鳴った。
 鳴り終わるのを待たずに、ドアノブが回される。早めの帰宅に嬉しさと戸惑いが一気に押し寄せた。
(もう打ち合わせ終わったの?)
 水樹のためなら彼方はやりかねないが、それにしたって早過ぎる。いくら運動神経が良くても、今回の打ち合わせ場所は走って帰れる距離じゃない。彼方が出て行ってからまだ一時間も経っていないのだから。
 足音も異なる。床板が軋む音や、体重の掛け方がいつもと違う。決定的なのは、相手の足が六本ありそうなことだ。
(彼方じゃない。まさか泥棒!?)
 水樹が施錠できる状態ではなかったので、代わりに彼方が鍵を閉めた。鍵につけたキーホルダーの音まではっきり覚えている。
(鍵穴を変に弄る音はしなかった。合鍵を渡したのは母さんと彼方にだけ)
 もしや彼方に何かあったのでは、と不吉なケースが浮かぶ。ぶつかった拍子に鍵を奪われたり、集団組織に拘束されたり……。
 後者はアフレコのし過ぎなのかもしれないが、ないとは言い切れなかった。
 そうこう考えている間にも謎の人物達が近づいてきている。水樹は枕を抱き締め、体を縮こませた。
(……き、気持ち悪い)
 姿勢を屈めただけなのに。自身の運の悪さを呪いつつ、迫り来る影に緊張感が走った。
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