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番外編
【エイプリルフール編(五)】元気になる魔法をかけられて。(一)(水樹視点)
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「ふう……」
撮影の休憩が入り、水樹はベンチに腰を下ろした。水を一口飲んでももやもやした気持ちは流されず、体の底にただ溜まっていくような感じだ。
「はあ……」
「なーに湿気た面してんだ、守谷水樹」
頭上から呼ばれ、丸まった背を戻していく。蜜柑色の髪、赤みがかった瞳……。
「はあ……」
全部確認する前に視線を膝の穴へ戻す。
「人の顔を見てため息吐くとか、良い度胸してんな」
ドサッ。何故か隣に座られた。水樹達が座っているのは撮影も可能なロビーで、空席はいくらでもある。だが、突っ込む気分にもなれなかった。
「さっき話してたぞー。『物憂鬱な表情も絵になるわ~』てさ。優しい世間様はお前の顔を悪くないかと思うだろうが、プロとして指示されたものを無視するのはどうなんだ」
「……っ」
「その歳、そのキャリアでもう偉くなったつもりか? 天狗かよ。大概にしろ」
正論を淡々と吐かれ、ぐうの音も出ない。
守谷奏斗は粗探しをすることに長けており、ちょっとした失態や痛いところを突いてくる。正論であることには変わりなく、心の中で深く反省した。撮影監督達の機転がなければやり直しを毎回食らっていただろう。
「とりあえず、姫や、まな坊とはる坊を泣かせたらしばくぞ」
そこでなぜ、歩美と愛翔達のことが話題に上がるのか。ぽかんとしていたら「喧嘩売ってんのか」と返される。売るも何も、あの子達とは仲良くしてくれてありがとうって感じだが。
「はーあ。寝よっかな」
後頭部に手を当てると目を閉じ、奏斗は足をだらりと伸ばした。
「本当に何しに来たの……」
「オレは寝てるので聞こえまっせーん。お前が何に悩んでるかとかばちくそ興味ねえ。だから聞くかよバーカ」
これがラジオパーソナリティの相方や共演数が多い相手じゃなかったら、態度と言葉を鵜呑みにしていたに違いない。何年経っても守谷奏斗は不器用な人間だ。
「あっそ。なら、独り言でも呟いちゃおう……かな」
そうして水樹は重い口を開く。
今朝、彼方の挙動が不審めいていた。
目覚めた流れでするキスから一日のルーティンは始まっている。今朝もいつものように唇を近付け合ったのに、突然甘く絡んだ視線や雰囲気を「ちょっと用事を思い出したから」と有耶無耶にされ、寸止めを食らった。
朝食を作る際も、口臭対策も念入りにした歯磨き後も、出掛ける前すら彼方はキスしようとする素振りを全く見せない。水樹がガツガツし過ぎなのかとタクシーの中で羞恥を抱いたが、結婚生活初の出来事に唇の熱どころか胸の奥まで冷えそうになった。
(俺、知らず知らずのうちに何かしたんだ。じゃなきゃ、彼方がキスを拒否……)
ネガティブな想像ばかりが巡り、ミネラルウォーターをググッと飲む。真ん中がペコッとへこんだ。
「彼方が実は夜型なの、一緒に暮らし始めて知ったんだ。もちろん朝強いけど夜はその比じゃないくらい頑張ってる。練習して、何度も描き直して、また練習する」
子供が生まれてからは体力を温存するため、臨機応変に作品と家族に向き合っている。目指す場所も活躍する場所も違うが、貪欲に高みを目指していく様はとても気持ち良いもので、見ていて惚れ惚れする。
同時に、自分は甘え過ぎなのではないかとか色々考えてしまう。でも彼方には不安さえもお見通しで「気にしないで」と本心から言っちゃう。相手の痛みを誰よりも敏感に察し、力になろうと奮起する彼方だ。そんな素敵な相手と番になれて、この上なく幸せであると水樹は日々感じている。
「だから……」
「ふーん」
被せるようにつまらなさそうな声を上げられ、水樹は口を閉ざした。
「今、何時だっけ?」
「えーと……。十二時前じゃない?」
つい長々と話してしまったので、そろそろ移動時間だろう。午後からはライブ会場の下見とドラマCDのアフレコで、また奏斗と一緒である。
「はい、チーズ」
──パシャリ。
ポーズも表情もとれず、ただ掲げられたスマホを見上げることしかできなかった。
「ちょっ、俺のスマホなんだけど」
「お前、今日全くSNS更新していないだろ。ファンが悲しむぞ?」
「それは……」
「はい送信、と。オレはミュートされてるが、お前からなら届くだろ」
ミュート? いくらなんでも守谷奏斗をミュートする公式垢はいないだろう。アイコンも振り向き顔に設定してあるし、人気も高い。
(そもそもファンに向けてならミュートとか関係ないんじゃ……)
「おうおう、ついたついた。さすがはあいつだな」
スマホを受け取り、恐る恐る画面を覗いてみた。
『既読』。次に目に入ったのが撮られた写真と奏斗が書いた短いメッセージ。視線を上部へ持っていくとこのトーク主の名前が表示されている。
「か、かなっ……」
急いで悪戯した奴を視線で追うが、忽然と姿を消していた。なんという逃げ足の速さだ。
「水樹くーん。バス着いたから早く乗っちゃってー。奏斗くんとは違うバスね」
「は、はい!!」
スマホを尻ポケットにねじ込み、水樹は走った。不快な鼓動が立つ理由は走ったからではなく。
(どうしよ、どうしよう! 彼方にあんなの送るなんて!!)
撮影の休憩が入り、水樹はベンチに腰を下ろした。水を一口飲んでももやもやした気持ちは流されず、体の底にただ溜まっていくような感じだ。
「はあ……」
「なーに湿気た面してんだ、守谷水樹」
頭上から呼ばれ、丸まった背を戻していく。蜜柑色の髪、赤みがかった瞳……。
「はあ……」
全部確認する前に視線を膝の穴へ戻す。
「人の顔を見てため息吐くとか、良い度胸してんな」
ドサッ。何故か隣に座られた。水樹達が座っているのは撮影も可能なロビーで、空席はいくらでもある。だが、突っ込む気分にもなれなかった。
「さっき話してたぞー。『物憂鬱な表情も絵になるわ~』てさ。優しい世間様はお前の顔を悪くないかと思うだろうが、プロとして指示されたものを無視するのはどうなんだ」
「……っ」
「その歳、そのキャリアでもう偉くなったつもりか? 天狗かよ。大概にしろ」
正論を淡々と吐かれ、ぐうの音も出ない。
守谷奏斗は粗探しをすることに長けており、ちょっとした失態や痛いところを突いてくる。正論であることには変わりなく、心の中で深く反省した。撮影監督達の機転がなければやり直しを毎回食らっていただろう。
「とりあえず、姫や、まな坊とはる坊を泣かせたらしばくぞ」
そこでなぜ、歩美と愛翔達のことが話題に上がるのか。ぽかんとしていたら「喧嘩売ってんのか」と返される。売るも何も、あの子達とは仲良くしてくれてありがとうって感じだが。
「はーあ。寝よっかな」
後頭部に手を当てると目を閉じ、奏斗は足をだらりと伸ばした。
「本当に何しに来たの……」
「オレは寝てるので聞こえまっせーん。お前が何に悩んでるかとかばちくそ興味ねえ。だから聞くかよバーカ」
これがラジオパーソナリティの相方や共演数が多い相手じゃなかったら、態度と言葉を鵜呑みにしていたに違いない。何年経っても守谷奏斗は不器用な人間だ。
「あっそ。なら、独り言でも呟いちゃおう……かな」
そうして水樹は重い口を開く。
今朝、彼方の挙動が不審めいていた。
目覚めた流れでするキスから一日のルーティンは始まっている。今朝もいつものように唇を近付け合ったのに、突然甘く絡んだ視線や雰囲気を「ちょっと用事を思い出したから」と有耶無耶にされ、寸止めを食らった。
朝食を作る際も、口臭対策も念入りにした歯磨き後も、出掛ける前すら彼方はキスしようとする素振りを全く見せない。水樹がガツガツし過ぎなのかとタクシーの中で羞恥を抱いたが、結婚生活初の出来事に唇の熱どころか胸の奥まで冷えそうになった。
(俺、知らず知らずのうちに何かしたんだ。じゃなきゃ、彼方がキスを拒否……)
ネガティブな想像ばかりが巡り、ミネラルウォーターをググッと飲む。真ん中がペコッとへこんだ。
「彼方が実は夜型なの、一緒に暮らし始めて知ったんだ。もちろん朝強いけど夜はその比じゃないくらい頑張ってる。練習して、何度も描き直して、また練習する」
子供が生まれてからは体力を温存するため、臨機応変に作品と家族に向き合っている。目指す場所も活躍する場所も違うが、貪欲に高みを目指していく様はとても気持ち良いもので、見ていて惚れ惚れする。
同時に、自分は甘え過ぎなのではないかとか色々考えてしまう。でも彼方には不安さえもお見通しで「気にしないで」と本心から言っちゃう。相手の痛みを誰よりも敏感に察し、力になろうと奮起する彼方だ。そんな素敵な相手と番になれて、この上なく幸せであると水樹は日々感じている。
「だから……」
「ふーん」
被せるようにつまらなさそうな声を上げられ、水樹は口を閉ざした。
「今、何時だっけ?」
「えーと……。十二時前じゃない?」
つい長々と話してしまったので、そろそろ移動時間だろう。午後からはライブ会場の下見とドラマCDのアフレコで、また奏斗と一緒である。
「はい、チーズ」
──パシャリ。
ポーズも表情もとれず、ただ掲げられたスマホを見上げることしかできなかった。
「ちょっ、俺のスマホなんだけど」
「お前、今日全くSNS更新していないだろ。ファンが悲しむぞ?」
「それは……」
「はい送信、と。オレはミュートされてるが、お前からなら届くだろ」
ミュート? いくらなんでも守谷奏斗をミュートする公式垢はいないだろう。アイコンも振り向き顔に設定してあるし、人気も高い。
(そもそもファンに向けてならミュートとか関係ないんじゃ……)
「おうおう、ついたついた。さすがはあいつだな」
スマホを受け取り、恐る恐る画面を覗いてみた。
『既読』。次に目に入ったのが撮られた写真と奏斗が書いた短いメッセージ。視線を上部へ持っていくとこのトーク主の名前が表示されている。
「か、かなっ……」
急いで悪戯した奴を視線で追うが、忽然と姿を消していた。なんという逃げ足の速さだ。
「水樹くーん。バス着いたから早く乗っちゃってー。奏斗くんとは違うバスね」
「は、はい!!」
スマホを尻ポケットにねじ込み、水樹は走った。不快な鼓動が立つ理由は走ったからではなく。
(どうしよ、どうしよう! 彼方にあんなの送るなんて!!)
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